「魔人と知らなければ、魅力的な娘なのになぁ……」
祭り1日目の午前。
この祭りの期間は養成所は休みだった。
そして、ルシアンやクリス、ダルの3人は、それぞれ祭りの手伝いをしなければならないらしく、俺だけがフリーだった。
彼らの手が空く午後までは、俺はボンヤリと部屋で過ごすつもりでいた。
部屋の外からは、祭りの時特有の喧騒が聞こえてくる。なんだか懐かしいな。
例の水龍の卵の件については、この一週間できる限りデズモンドやスローンを見張ってみた。
成果としては、ヤツの手下らしき数人の者たちを特定できた。
俺としてはこの卵を横合いから奪い取りたいと考えている。なんせ、水龍の卵を欲しているのは、あのセブンス一族の者の可能性が高いんだからな。セブンスの力を借りれば伐士隊本部にある極秘資料を手に入れられるかも。
まぁ、そう上手くはいかんだろうが、取引を見逃す訳にもいくまいよ。
全ては祭り2日目に掛かっている。
ま、それまではのんびり祭りを満喫するつもりだ。
ふぅ、最近は夜遅くまで見張りっぱなしだったからな。
部屋の外の喧騒は気になるが、ここはひと眠りするか……。
――トントン!
と、ベッドに横になったところで扉がノックされた。
「……」
ルシアンたち、ではないよな。手伝いがあるんだから。
――トン、トントン!
どうしよう?
――トントン、トントン!
居留守にするか?
――トントントン、トン!!
だがその間も扉を叩く音は止まない。
――トン、トントン、トン、トントン、トトトン!!
うるさいなっ!?
なんなの?
何で妙なリズムを刻んでいるのかね!?
俺は文句の1つも言ってやるつもりで勢い良く扉を開いた。そこには、
「やっぱりいた! おはよう、アルゴン」
ニッコリと微笑みを浮かべた魔人ジーンキララが立っていた。
◆
「聞いてはいたけど、みんな仮面を着けてるねー。なんか不思議」
ジーンキララが周りを見回しながら言う。
彼女の言葉通り、周りを行き交う人々はみな仮面を着けていた。
動物をモチーフにした物、幾何学的な模様が施されている物、何かの毛皮を表面に貼り付けている物など、様々だ。
そんな様子を眺めながら俺は問い掛ける。
「で、俺たちも仮面を買いに行くわけ?」
するとジーンキララは満面の笑みを浮かべて頷く。
「もちろん! せっかくのお祭りだよ? 全力で楽しみましょうよ!」
こいつは一体何を考えているのだろう?
いきなり俺の部屋を訪ねて来たかと思えば、一緒に祭りを観て回ろうという。
午後からはルシアンたちと合流する旨を伝えたが、彼女はそれでも構わないと言い、半ば強引に連れ出された訳よ。
そもそも何で俺の部屋の場所を知っているの? っていう疑問もあるが、なぜ急に祭りデートに誘ってきたのか謎である。
これが普通の人間や魔族の女の子なら手放しで喜ぶところだが、生憎と彼女は魔人なのである。警戒せずにはおれまいよ。ま、俺も魔人なんだけどね。
「あ! あそこで仮面を売ってるみたいだよ!」
彼女は前方の小ベネルの広場を指し示す。
そこには鮮やかなブルーの天幕が張られており、ところどころに仮面が貼り付けられている。その下には人々が並んでおり、特段に人口密度が高い。
そこで祭り用の仮面を販売しているらしい。
ちなみに、広場には他にも多くの露店が立ち並んでいた。色んな食べ物の混じった匂いが鼻をつく。と言ってもそれは不快になるモノではないんだよね。食欲をそそられる匂いだ。
これはルシアンに聞いていたのだが、どうやら祭りの時には外国からも店を出しに来るのだそうだ。どうりで見慣れない品物が多い訳だ。
「行きましょ」
彼女に促され、俺たちは人を掻き分けながら天幕へと向かった。
天幕内は外から見た通り、人でごった返している。
頭のすぐ上には何本もの紐が張り巡らされており、そこにはいくつもの仮面がぶら提げられていた。
「いっぱいあるね! どれにしようかなぁ」
ジーンキララは無邪気にはしゃいでいる。
俺はそんな彼女を眺めていたのだが、聞き覚えのある声が聞こえてきたので、ソチラに視線を向けた。
「ここにあるのは全部一点モノだぜ!! 早い者勝ちだよ!!」
と叫んでいるのはルシアン。
彼は俺の姿に目を留めると、コチラに近寄ってきた。
「よう、アル! 意外だな、お前の事だから部屋で寝てると――」
そこまで言ってルシアンは口を噤んだ。俺の背後に目を向けている。当然そこには、
「や! ルシアンくん! 頑張ってるね」
ジーンキララが笑顔で軽く手を振っている。
「え? ジーン!? え……アル……」
違う、違うぞ、アンルチ。どうせお前はお約束な誤解をしているのだろう……いや、誤解するなってのが無理な話だけどさ。
「アルと……ジーンが……」
やめろ、言うな。
俺の気持ちを知ってか知らずか、ルシアンは俺の肩に手を置く。
そしていかにもモノ解りのいい友人ですみたいな顔をしている。
「アル……午後からの約束は、別にいいから。楽しんでくれ!」
野郎は、気が利くだろ? と言いたげにウィンクしやがった。チョップしてやりてぇ。
「あのな、アンルチ。別にこれは――」
「あ! アル君!……ってアレ?」
横合いからクリスの声。
彼女の顔にも驚きの表情が浮かんでいる。
あぁ、面倒臭い。
とりあえず彼らの誤解を解いて、俺たちは仮面を購入した。
ルシアンたちとは午後に再会する事として、俺たちは天幕の外へと出た。
「どう? 似合ってる?」
ジーンキララが自分の仮面を早速着けて尋ねてきた。
彼女が購入したのは黒猫をモチーフにしたハーフマスクだ。
黒猫って事で、黒を基調にした仮面で、頬と接する淵の部分には髭を表す銀色のラインが引かれている。
彼女の白金色の髪といい意味でギャップがある。なんかセクシー。
「こう、何て言うのかな……夜の闇に紛れて宝石を盗んでそう」
「何それ?」
彼女はクスクスと笑う。
こうも無邪気な笑顔でいられると、何か調子が狂うな……。
「そういうアルゴンの仮面は、何か意外だなぁ。もっとふざけたモノを買うのかと思ってた」
「え? 俺ってそんなひょうきんなヤツかな?」
俺は手元の自分が買った仮面を見つめた。
それは鷲をモチーフにしたハーフマスクだ。
鷲が翼を広げているイメージの仮面。羽の一枚一枚が丁寧に彫り込まれていて、凝ってるなぁって素直に感動したからコレにしたんだよね。
彼女のご期待には添えなかったけど。それとも、金ぴかの太陽をモチーフにした仮面を買うべきだったかなぁ、色んな意味で目立ちそうだ。
「へぇ、結構似合ってるよ」
俺が仮面を着けると彼女はそう言ってくれた。へっ、別に嬉しくないやい! ホントだぞ?
「なぁに? 頰が緩んでるよ?」
からかわれるのは癪だ。
「いや、キララちゃんがあまりにも不埒ぃ――い、痛い!!」
ブラックキャットは笑顔のまま俺の両頬をつねってくる。
「その呼び方は止めてって言ってるよね? それにあたしが不埒ぃ?」
「ごめん、ごめんって!」
キララってかわいい名前だと思うんだけどなぁ。
あたし、魔人少女キララ! よろしくねッ☆ みたいな。
だが、そんな事を目の前の娘に言える訳ないよね。
彼女は俺の顔から手を離すと、1つの露店を指し示す。
「罰としてアレ買ってよ」
その指先を目で追うと、
【気分爽快! 西方のオアシス! ウェスタリアのピロアジュース!!】
という看板が掲げられている。
なんだか安っぽい謳い文句だが、彼女が欲しているのなら仕方ない。
俺は露店に近寄り、そのジュースを2つ買った。別に彼女の言う事をきいた訳じゃないぞ? あくまで俺の好奇心によるものなのだ。
「ほい」
「ありがとう、アルゴン!」
俺からジュースを受け取ると、彼女は礼を述べ、早速飲み始めた。俺も従う。口の中に柑橘系の爽やかな味が広がる。なるほど、確かに気分爽快という宣伝に嘘はないな。
彼女の方を見ると、満足げな表情を浮かべている。そして俺の視線に気づくと、
「美味しいねっ!」
と、無邪気な笑顔を向けてくるのだった。
はぁ……。
魔人と知らなければ、魅力的な娘なのになぁ……。
そう思いつつ俺は再びジュースを飲んだ。
あ、でもレーミア様の次くらいに、ね。




