「全体図がハッキリしない」
「"静寂の森包囲作戦"ねぇ」
第2支部でコピーした水報板を眺めながらセリスが呟く。その隣に座るシャーナも難しい顔をしていた。
ここは魔族の拠点【水底の月】。
取得した情報を彼女たちに渡しに来たってわけだ。
「……包囲って、森の広さを考えると現実的ではないな」
俺は同意の意を込めて頷いた。
「そうだよね。だからもっと詳細が知りたかったんだけど――」
「情報は凍結されていたってわけね」
シャーナが俺の言葉を引き取る。
「そ。おそらく、その情報は本部に保管されていると思う。より厳重な警備の元でね」
セリスはため息を吐いて椅子の背に寄りかかる。
「その本部に忍び込むつもり?」
俺は曖昧に首を振った。
「難しいと思うな。建物内がどうなっているかわからないし、特別な防衛対策が施されているかも……」
「そうよねぇ」
シャーナも同じく背に寄りかかる。
「でも、できる限りの事はやるよ。とりあえず本部の様子を見ながら突破口を探ってみるつもり……もちろん、無理はしないぜ」
セリスが口を開く前に言い切った。
無理はするな。この潜入を開始して以来耳にタコが出来るほど聞いたセリフだ。
「私たちもできる限りのサポートはするから。またお酒がいるかもしれないでしょ?」
俺は思わず苦笑した。
あの後、トマスはこってり絞られたようだ。なんせ記憶を失う程酔っぱらって、路上で寝ていた事になっているからね。ちと可哀想だったかな?
「未だに、酒で酔わせて侵入する方法が上手くいくなんて信じられない」
とセリス。
彼女たちは、俺がシフターの魔鬼理を使える事を知らないからな。当然の疑問だろう。
「他の魔人たちはこんな方法を取った事無いわよね、お姉さま」
とシャーナ。
他の魔人か……あ! 魔人と言えば、
「ねぇ、王都にいる先輩魔人さんからは何の情報も入ってないの?」
王都だし、いいポジションを確保しているだろうし、入ってくる情報は俺のよりも濃密だと思うのだが……。
セリスとシャーナはお互いに向き合って、首を振った。
「こっちには何も情報は入ってないわ」
とシャーナ。
「もしかすると、砦には情報が入っているのかも。後で確認してみる」
とセリスが顎に指を当てながら言った。
ふむ、彼女たちが知らされていないだけなのか、それとも魔人が報告していないのか。
ジーンキララの件もある。
得体の知れない彼らには注意せねば。
「そうだ。砦と言えば、リリーがお前の事を心配していたわよ」
とシャーナがニヤニヤしながら言った。
「リリアンナちゃんかぁ。うんうん、俺の身を心配してくれるなんていい娘だなぁ」
と1人納得する俺。だがシャーナは首を振る。
「違う違う。お前が人間の女にメロメロになっているんじゃないかと心配してたの……だってダーティさんはドスケベですからねぇ」
最後らへんはリリアンナの真似をしたつもりなのだろう。似てないぞ。
それに俺はドスケベではない。あくまで紳士的に女性を愛しているに過ぎないのだ。まったく心外である。
「で、実際どうなの? お前はすぐに女の子にくっ付いて行くんだから」
「そ、そんなわけないやい! てか、前にも言わなかったっけ?」
と言いつつ内心ドキリとする。
あの飲み屋の娘とはまぁ、なんだ。作戦上のなりゆきで、だからな。仕方がないのである。
女の魅力ってのは、魔族も人間も関係なく魔人アルティメットを圧倒するのだ…………でも、ゴブリンの女は勘弁な。
「怪しいもんだわ。気を付けないと、レーミア様に喝を入れられる事になるからね」
それはつまり、静寂の森で受けたあのプレイって事か?
中々魅力的ではあるが……。
「むろん、あの方を失望させるような事はしないよ。で、そのレーミア様はどうされているのかな?」
あの最後に見たレーミア様の顔が思い浮かぶ。
「えぇ、リリーに聞いたところだと、何だか深刻な顔をしている時が多いんだって」
ううむ。
彼女は将軍内に潜む黒幕野郎を突きとめようとしている。
深刻な顔をしていると言う事は、あまり上手く行っていないのかもな。それは俺にとってはありがたいと言っていいのかな?
でも、今さら黒幕野郎と協力関係を結べるのだろうか?
「レーミア様は例のゴブリン王の件や静寂の森の刺客について調査されているからね」
とセリス。その表情には主に対する確固たる忠誠を感じた。
「それに加えて今回判明した包囲作戦でしょ。あぁ、レーミア様。私たちももっと頑張らないと」
シャーナはグッと拳に力を入れる。
「そうだな。俺もしっかりやらないと。まだそんな有益な情報は手に入れてないし」
全体図がハッキリしない。
確実にパズルのピースは集まっているけれど、全体図が想像できないから、ピースの組み合わせに手間取っている。そんな感じだ。
てか、魔族で何かを企んでいるヤツがいようが、俺には深刻な問題じゃない。まぁ、棚ボタ程度の認識よ。
俺はもっと大きい事と対峙しなけりゃならん。
魔族と人間、それぞれの勢力を利用して、ンパ様の言う"世界の秩序"を見つけ出す。
それが俺の最終的な目的なんだからな。
「まぁ、でも、確実に得られた情報もあるんだし、焦る必要はないんじゃない? レーミア様もきっと褒めて下さるわ」
とシャーナ。
どうやら励ましてくれているようだ。
「うんうん、優しいねシャーナちゃんは! ほれ、ハグしよ! ほれ!」
「ちょ! こっち来んなぁ!」
テーブルを乗り越え抱き着こうとする俺を、彼女は狼狽えながら手で抑えつける。
「はいはい、そういう事は後でやってよね……」
セリスが呆れたように首を振る。
◆
水底の月からベネルフィアに戻った俺は、伐士隊本部を見に行く事にした。
時は夕刻。水底の月で遊び過ぎたな……。
遊びって言っても、俺がやっていたのは新たな魔奴ウの開発なんだけどね。
魔鬼理と奴ウ力の組み合わせで、いくつか効果的なモノを発見できた。実戦で使うのが楽しみだぜ。
まぁ、この街にいる限り、実戦なんてあまり縁がないだろう。
今はそれより本部の事だ。
伐士隊本部はこの街の中心、大ベネルと小ベネルの境にある。
以前説明した通り、大ベネルは港になっている。その為、大ベネルと小ベネルの間は幅450メートル程の湾が横たわっている。
ベネルフィア全体の形を説明すると、この街は凹の形をしている。
へこんでいる所がベネルフィア湾。その左が大ベネルで右が小ベネル。
左下がフィア区で、右下がセブンス区だ。
そして、街の中心であるへこんでいる底の部分、そこに伐士隊本部があった。
本部の前方には広場、その先にはベネルフィア湾、さらにその先には外海との境をなす水門があった。
本部の建物自体も、第2支部とは規模が違う。
こんなにデカくする意味があんのかねぇ。それに中の様子もわからん。
あまりガン視しすぎるのもよくないので、さり気なく広場に向かいながら眺めた。
入り口にはキッチリ装備した伐士たち。
そして建物の外壁には何十体ものストーン・ゴーレム兵が設置されている。有事の際は彼らが起動するのだ。
立派なもんだ。あぁ、せめて中の様子を知れたらいいのだがな。
「今日はこれぐらいにしておくか……」
俺は広場下に広がるベネルフィア湾に目を向けた。
深い色の海。小ベネルの透き通った水路の水とはえらい違いだ。
ふと広場下の壁面に目を向ける。波に洗われるその壁面には巨大な1つ目の彫像があった。
この1つ目はヲイドのシンボルらしい。俺の場合はンパ様のモノを思い浮かべるのだけどね。
この場所にシンボルがある理由、それはここがこの街の中心というのはもちろんだが、もう1つある。
それは、この場所にベネルフィアの守護者が眠っている為らしい。
守護者。
それは【夜海の仮面】の元ネタになった事件後に配置された防衛手段なのだとか。
海からやって来る巨大な怪物を打ち倒す力があるらしい。ま、この街に伝わる都市伝説みたいなもんだ。確証はない。
俺は視線を遠くに向けた。
右には小ベネル、左には大ベネルがある。
大ベネルかぁ。
あっちには船乗りたちの為の宿屋や飲み屋があるらしい。
何だかんだいって、まだ行った事が無かったんだよな。
このまま部屋に帰るのもアレだし、大ベネルで情報収集でもしてみるか。ってか、何で今まで行ってみなかったんだろう?
他国の船員が多いのだから、今までとは違った情報が手に入るだろうに。
まぁ、新生活に慣れるのと、第2支部潜入で頭が一杯だったからなぁ。
仕方ない。だから今日行ってみよう。
てなわけで、俺は広場の左手から大ベネルへと向かった。




