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「海のニオイってのはどの世界でも共通なんだな」

 潮風が鼻をくすぐる。

 海のニオイってのはどの世界でも共通なんだな。


 馬車から降りた俺は目の前の街【ベネルフィア】を眺めた。


 前に見たどの町よりも高い壁に囲まれている。例のコンクリートのような素材の壁だ。

 壁の上を見上げると、おそらく伐士であろう男たちが油断なく目を見張らせていた。

 その彼らの下に大きな門が2つある。一方は荷物運搬用、もう一方が人の出入り用の通路だろう。そのどちらの門にも、門番らしき男たちが立っていた。

 俺は街に入る為の列に並んだ。前を見ると、馬車で話しかけてきた青年の姿も見えた。ま、別にどうでもいいんだけど……。


 門を潜ると、そこは建物の1階部分に繋がっていた。中々広い部屋で、正面には長いカウンターが設置されていた。そこに数人の受付係が腰かけている。街に入る者たちはそれぞれ係の前に並んで行く。ここで手続きをするのだろう。俺は適当な所に並んだ。


 しっかし、街1つに入るのに、こうも手間がかかるとはね。


「次の方ー! どうぞ!」


 受付のオッサンに呼ばれる。


「ペンダントのご提示を」


 オッサンに言われ、俺は首に下げていたペンダントを彼に渡した。裏に俺の個人情報が記されているヤツだ。


「えーと、アルゴン・クリプトンさんですね。ではここに手を触れてください」


 カウンターの上に黒い石板が置かれる。

 俺はその上に右手を置いた。すると、石板が青白い輝きを放つ。


「奴力を確認しました。失礼ですがクリプトンさん、この街にはどのようなご用で……?」


 はぁ、そこまで聞かれんのか。


「えと、伐士養成所の適性試験を受けに来ました。ここに書状があります」


 俺はリュックから巻物を取り出し、オッサンに手渡した。

 オッサンは丁寧に受け取ると、巻物に目を走らせた。


「ありがとうございます、クリプトンさん。試験は明日なのですね? では、1週間分の滞在許可証を発行しましょう。養成所への入学が決定しましたら、入学許可証を持って改めてこちらの方にお越しください。居住許可証を発行しますので」

「わかりました」

「では、少々お待ちください」


 ここは元の世界でいう役所みたいだな。

 なんにせよ、これで試験に落ちたらどうしよう? 先輩魔人が落ちないよう手を回してくれているのかな。


「クリプトンさん、発行証はペンダントにはめ込ませております」


 オッサンがペンダントを手渡す。

 ペンダントの裏面には透明なガラスがはめ込まれていた。よく見ると、中に液体が入っている。

 軽く触れてみると、ガラス上に【滞在許可証 期限1週間】の文字が浮かび上がる。


「期限内でしたら、外に出られて再び入る場合、許可証と奴力の確認のみで街に入る事ができます」

「わかりました」


 遊園地のフリーパス的な? ちょっと違うか。


「これで手続きは完了です」


 受付はそう言うと、カウンター裏から、スマートフォンサイズのガラス板を取り出した。


「【水報板すいほうばん】の販売もコチラで受け付けておりますが、いかが致しましょう?」


 カウンターに置かれるガラス板。金属の枠にはめ込まれている。ガラスの中には液体が入っていた。

 

 これが【水報板】か。

 セリスから聞いていた。このガラス板は人間たちの情報端末なのだ。何て言ってたっけ? あー、奴ウ力の水奴ウを利用して作られているとか……。

 それぞれの街にそれぞれの水報板があるのだと。街を新しく訪れたら、コレを買う事が推奨されているらしい。


「はい、買います」

「では、1ヲルですね」


 俺は袋から金貨を取出し、差し出した。


「ではあちらから街に入れますので。クリプトンさん、試験頑張ってください。"ヲイドと共に"」

「ありがとうございます。"ヲイドと共に"」


 この"ヲイドと共に"ってのはヲイド教の挨拶=全人類共通の挨拶ってわけだ。

 フ〇―スと共にあれ、みたいだよね。


 ま、やっと街の中へ入れたわけだ。

 建物を出ると、すぐ目の前は大きな広場になっていた。中央には豪華な造りの噴水がある。その周りを子どもたちが駆けまわっていた。

 そこいらに人がいて、行ったり来たりしている。やはり活気があるな。

 円形の広場から、大きく3つの通りに別れている。

 

 俺は早速、水報板を使ってみる事にした。

 ガラス板を軽く指でタッチすると、いくつかの文字群が表示される。


・今日のニュース

・魔族注意報

・ベネルフィア地図

・ヲイドの教え

 

 などなど。


 よし、まずは宿を探そう。

 "ベネルフィア地図"の箇所をタッチする。てか、スマホを操作しているみたいだな。


 画面にベネルフィア全体図が表示される。

 赤い点がある場所が、現在俺がいる場所だな。

 俺は地図をざっと眺めた。


 どうやら、この街は大きく3つの地区に分かれているらしい。

 

 まず、この広場を含めた門付近の地区。ここはフィア区だ。


 そして、広場から右に進んだところがセブンス区だ。名前の通り、序数持ちのセブンス一族の館があるらしい。この交易都市は、セブンス一族が治めているらしいんだな。良く見ると、大きな建物の屋根が見える。それがセブンスの館だろう。街の上流階級もこの地区に住んでいるのだとか。

 

 そんで、残り1つの地区は海の上にある。

 と、それを言う前に、まずはこの街の成り立ちを説明した方がいいかな?


 このベネルフィアはとても大きな入り江に造られた街なのだそうだ。

 入り江の中にはいくつかの小さな島があって、本土と小島の間を埋め立てて造られたらしい。

 その埋め立てられた地区をベネル区と呼んでいる。


 ベネル区はさらに2つに分けられる。大ベネルと小ベネルだ。

 

 大ベネルは小島の中でも比較的大きな島を埋め立てた所だ。

 自国や他国の船がここにやって来る。いわゆる港ってヤツだな。


 そして小ベネルは小さい島々を埋め立て合わせて作られている。商店や一般住民の住宅がここにある。あと、伐士養成所もここだな。


 さて、適性試験は明日なのだから、今はまず宿屋を探そう。

 地図を見たところ、フィア区と小ベネルに宿のマークがある。

 そのマークをタッチすると、宿の詳細な情報を見る事ができた。


 ふむ、フィア区の宿屋はどれも豪華だな。値段もそれなりにかかる。

 一方、小ベネルの宿屋はキレイ目なモノもあればボロいところもある。値段はこちらの方が安い。


 うーん、フィア区に泊まりたい。

 だけど、節約しないとな。今後どうなるかはまだわかんねぇわけだし。


 てなわけで、俺は小ベネルに向かった。

 広間から小ベネルへ通じる道を歩く。

 人通りが多いな、魔都程じゃないけど、あ、それは魔族通りが多い、か。


 建物は大体石造りのモノが多いね。2階から3階建、窓から時折子供たちが見下ろしている。

 そのまま通りを真っ直ぐ進むと、潮の香りがより一層強くなった。

 本土から海上の小ベネルへ。


 小ベネルの印象を一言で言おう。


 それはベネチアだ。

 ん? ベネツィア? いや、ベニス? ま、どの読み方でもいいか。とにかくイタリアの「水の都」、「アドリア海の女王」と呼ばれるあの都市にソックリなのだ。


 あらゆるところに水路が走っていて、むしろ普通の通りがオマケのようだ。1階の窓を開けるとすぐ下に水路がある、そんな感じだ。

 見ていると、ゴンドラらしきモノが水路を優雅に進んでいる。これもベネチアと同じだな。

 でも違う所もある。それは水路の水が透き通る程キレイなのだ。

 ベネチアの場合はその建設の性質上、下水道の布設ができずに水が汚れているのだとか。一方、ベネルフィアはちゃんと下水設備が備え付けられているらしい。もちろん奴ウ力の賜物だ。

 ヲイド様さまだね!……嘘ですよ、ンパ様?


 俺は周りを観察しながら通りを歩いた。

 いろんなお店があるな。食い物関係、装飾関係、雑貨関係などなど。


 俺は地図を確認しながら目的の宿屋を探した。

 比較的キレイで、かつ安い宿屋だ。


 水路の反対の通りに行く為にアーチ型の橋を渡る。中々急な弧を描いている。この下をゴンドラが通る為だろうな。


 で、いくつかの通りや橋を渡りつつ、俺は目的地にたどり着いた。

 5階建の宿で、部屋もまぁ上等だった。トイレや風呂場は共用だったけど、ま、いいだろ。


 俺は3階の部屋を借りた。

 部屋に入り、戸を閉めると荷物をベッドの上に投げ出す。

 伸びをしながら窓へと近寄る。

 すぐ下を水路が走っている。客を乗せたゴンドラが2艘、ちょうど通っていた。あとで俺も乗ってみたいな。


 あ、そうだ。


 俺はポケットからホラ貝の首飾りを取り出した。

 街に着いた事を報告しないと。


 一応、誰か聞き耳を立てていないか確認し、シャーナの顔を思い浮かべながら、貝に声を発した。


「シャーナちゃん! おひさー!」

『いきなり緊張感のない声ねー。街には着いたの?』


 シャーナの声が貝から聞こえてきた。

 ま、聞き耳を立てていたとしても、風の声は他のヤツには聞こえないんだよね。いい道具だよ、これ。


「うん、今、宿屋にいるんだ。シャーナちゃんたちは拠点に着いたの?」

『うん。こっちもついさっき着いたところよ。で、人間に怪しまれる事はしてないでしょうね?』

「そりゃしてないよ。俺もそこまでアホじゃないって」

『どうだか……』


 あぁ、信用無いなぁ、俺。


『さて、お前はこれからそこで暮らすわけだけど、第一印象は?』


 俺は再び窓の外を眺めた。

 透き通った水路と風情のある街並み。その遥か先には海が広がっている。


 水の都。


「ま、悪くないんじゃないかな。シャーナちゃんとのデートに最適な場所だと思うね」

『またそうやって軽口叩く』


 シャーナが呆れた声で言う。


「いやいや、本当だよ。少なくとも景観は最高の街だね」


 水路の水が、太陽の光に照らされてキラキラ輝いていた。


 



 

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