「そいつは危なかった。お互いの旅が不愉快なモノになるところだったね」
俺は今、5階建の馬車に乗っている。
どういう事かと言うと、5階建の建物を体長5メートルはある巨大な馬4匹が引っ張っているのだ。
建物は1から3階までは吹き抜けになっており、荷物運搬用となっている。
人が座るのは4と5階ってわけよ。フカフカの固定された座席が何列も並んでいる。俺は4階の一番後ろの右端の席に腰掛けている。他の客はあまりいないから、十分くつろげる。
おっと、突然こんな事を言ったってよくわからないだろうな、ごめんちょ。
えーと、どこから説明しようか?
とりあえずね、【巨神ガメの甲羅】で意識を失った俺を、シャーナたちバックアップ部隊が森の北端まで運んでくれたのだ。
そこから、1日かけて、俺たちは人間の町付近まで移動した。もちろん、人目には気をつけてね。
シャーナたちとはそこで別れた。彼女たちは一足に南東の拠点へと向かい、俺は町へ向かった。
その町は、俺が暮らしていた西の街(設定上ね)と目指す街【ベネルフィア】の中間に位置している。
町の外側には街道が走っていて、定期的に巨大な馬車が行き来しているんだ。
だから俺は南東方向に向かう巨大馬車に乗り込んだってわけよ。
それにしても、馬車ってのはもっとこう揺れるモンだと思っていたが、案外乗り心地が良い。
ま、こんな馬鹿でかい馬車がまともに運行できるのは、奴ウ力による補助があるおかげなんだろうけどな。
おう、そうだ、その奴ウ力の事で疑問に思う事はないかい?
俺は1つ思ってた事があったのよ。
それは、人間たちの交通手段の事なんだけど、どうにも腑に落ちないんだよなぁ。
もうわかって来てるとは思うけど、この世界は魔鬼理と奴ウ力っつう超常的な力で発展を遂げている。初めてこの世界に生まれた頃は、中世ヨーロッパ風なんて思っていた。だが、実際は俺の知らん独自の発展を遂げたそれなりに高度な文明世界なのだ。
なのに、
なぜ人間は未だに馬車なんていう古臭いモノを使っているのか?
だって、この馬車だとベネルフィアまで2日程かかるんだぜ。自動車やバスに代わる何かが生まれていてもおかしくないし、機関車的なモノとかが発明されていてもいいのに。
さてその理由とは何か……?
ずばり、ヲイド教である。
セリスちゃんから、ヲイド教信者(てか、全ての人類なんだけど)が守るべき掟の事を聞いていた。その掟の中で交通に関する掟がいくつかあったんだよね。
2つ程提示してみようかな。
ヲイド教の掟その1!
空はヲイドのモノです。我々は主から大空を貸し与えられているに過ぎないのです。故に人が空を飛ぶ事は禁止です! 破ればぶち殺します!……但し尤者、緊急時における伐士団は例外です。
ヲイド教の掟その2!
大地はヲイドのモノです。我々は主から大地を貸し与えられているに過ぎないのです。故に陸路での移動は馬力、人力以外の通行は認めません! また、新たな交通技術の開発も禁止です! 破ればぶち殺します!
てな感じの掟で、制約を受けているのだよね。
表向きは、それらの行為はヲイドに対する背信行為だからだとか。
だが、実際はどうだろう?
思うに、これは交通手段を限定させる事で国民の行動を制限させるのが目的ではないだろうか?
コントロールしやすくする為、情報統制しやすくする為、ではなかろうか?
それぐらいやらんと、1つの宗教が人類全てを支配する事はできないと思うわけ。
あぁ、ついでに言えば、魔族っていう共通の敵がいる事も支配者層にとっては都合がいいよな。体制に対する不満逸らしになるし……。
ふむ、これはもっとヲイド教と人間社会の調査が必要だな。
俺は窓の外を眺めた。
4階って事もあり、景色が良く見える。
真下は原っぱ、その先は林。
俺はその林に視線を向ける。
シャーナちゃんたちはどうしてるのかな?
俺が悠々自適に巨大馬車でくつろいでいる間、彼女たちは今も人に見つからないよう林や森の中を駆けているのだ。
ちょっと悪い気もするけど、ま、仕方ないよね。
俺はポケットからホラ貝の首飾りを取り出した。
しげしげと眺めながら、それを貰った時の事を思い返した。
◆
「ふぃー、やっと町が見えてきたね!」
「そうね、伐士たちが待ち伏せてないかヒヤヒヤしたわ」
シャーナが安堵の表情で頷く。
俺たちは町の外れにある林の中に潜んでいた。
それにしても、シャーナちゃんはまだあの森の一件の事を気にしてんのか。
「まぁ、そんなに気を張る必要はないんじゃない? もっと気楽に行こうよ!」
「……あんたはもっと緊張感を持つべきだわ」
と、前のセリスが言う。
「まったく……これから人間の街に潜入する者とは思えないね」
彼女はヤレヤレと首を振った。
「んー、そりゃあね、人間たちにバレないか不安ではあるけど……ま、ポーの変身能力を信じているからな俺は!」
「え?」
セリスの隣にいたポーもコチラを振り向く。だが、彼の姿は人型ではない。灰色の犬の姿に変身していた。正直こっちの方が元の姿よりも愛嬌がある。
「え? じゃないよ。俺の命はポーの変身能力に係ってるんだぜ? それなのに、そんな愛くるしい犬の姿に変身しやがって。なに? 女子受けを狙ってんのか? そうなんだな? キッー! 小憎たらしい子ッ!!」
ポーは困ったように視線を彷徨わせ、
「ええっと、頑張ります」
シャーナがバシンっと俺の頭を叩いた。
「ポー、ダーティの言う事は気にしなくていいから、偵察お願い」
セリスがポーの頭を撫でる。
ポーが犬特有の「ワンッ!」と一鳴きすると、町の方へと走り去った。
「キッー!!」
「バカッ」
また、シャーナに叩かれた。
俺たちの後ろにいるバックアップ要員たちは呆れ気味に俺を眺めていた。
果たしてこんなアホに潜入任務をこなせるのだろうか?
メンタリストではないが、ヤツらの考えている事は大体わかる。けっ! 見てろ、俺はやる時はやる男なんだからな。
「ダーティ、今の内に渡しておくわね」
そう言うと、セリスが袋とホラ貝の首飾りを手渡してきた。
袋の中には人間が使う硬貨が入っていた。これでしばらくは生活に不自由しないくらいの額らしい。
んで、問題は首飾りの方。
「これは何?」
俺はセリスに尋ねた。
「風ホラ貝の首飾りよ。私たちが風を使って連絡を取り合っているのは知ってるわね?」
「うん」
「≪風の調べ≫って魔鬼理なんだけどね。基本は私たちダークエルフ同士でしか使えないんだけど、この首飾りを使えば他の種族でも同じように風の会話ができるの」
「はぁ」
俺がポカンとしていると、
「実際やってみましょうか? シャーナ、お願い」
「わかったわ」
シャーナは1人離れたところに向かう。
「じゃ、ダーティはこの貝を耳に当てて」
指示通り右耳に貝を当てた。すると、
≪風の調べ≫
『ダーティ、聞こえる? おーい、このスケベ魔人!』
「……聞こえてるんだけど」
そう、貝からシャーナの声が聞こえてきたのだ、まるで電話のように。
『あ、聞こえた? じゃ、今度はお前から連絡してみて』
シャーナの声が途切れる。
今度は俺からって、どうやんだ?
助けを求めるようにセリスに視線を向けた。
「連絡を取りたい相手を思い浮かべて、貝に語りかけて」
なんだ、簡単だな。
俺はシャーナの顔を思い浮かべる。
「シャーナちゃん、聞こえる? もし、俺に添い寝して欲しかったら"バ"って言って。俺に耳掃除して欲しかったら"カ"って言って。んで、もし、俺にボディマッサージして欲しかったら……」
『バカじゃないの』
「バカって言って……てな事でシャーナちゃんは俺にボディマッサージをして欲しいわけか。オッケー了解!」
『アホっ』
「アホって言った場合は……」
「『もういいからっ!』」
セリスとシャーナ、2人からツッコまれちった。
◆
偵察から戻ってきた忠犬ポーの報告により、何の問題もない事を確認した後、俺たちは別れたってわけよ。
ちなみに、この首飾りは使える範囲ってのが制限されているだな。例えばここから中央大陸のロイやミカラに連絡を取るのは不可能なのだ。
離れてはいるが、その気になればいつでも話す事ができる。
それがいいか悪いかはまだ判断できねぇな。
俺は首飾りをポケットに閉まった。
すると、前方から売り子らしき若い娘が飲食物を載せたカートを押して来る。そうか、今はお昼時か。
「車内販売です。いかがですか?」
売り子が俺に笑顔を向けてくる。
あぁ、チャーミングな笑顔や。
「うーん、これください。あと、飲み物も」
俺はカートの手前側に載せてあるパンらしきモノと、瓶に入った水を購入した。
「ありがとうございましたぁ!」
売り子は再びニッコリと微笑んだ。
あぁ、かわえぇ。
さて、アルティメットよ。ここはイギリスの超有名なスパイさんを見習って、彼女を一丁口説いてみますか?
「う、ううっ、うっ!」
「ど、どうされました?」
急に胸を押さえて苦しみ出した俺に売り子ちゃんが狼狽えながら駆け寄る。
俺は彼女を見上げ爽やかな笑みを浮かべる。
「すいません、あなたがあまりにも美しすぎて胸が締め付けられてしまったのです」
「まぁ!」
売り子は驚いた様子で口を押さえている。
決まったぜ……。
「良ければ今夜、一緒に……」
「あ、あの、申し訳ないのですが、あたしには夫がいますので」
「……」
人妻か、それもそれで……いや、ダメだ。そんなの紳士がする事じゃないぜ。
「こちらこそ申し訳ございません。いやぁ、あなたの旦那さんは世界一の幸せモノですね」
「ふふ、ありがとうございます」
売り子はニッコリと笑い立ち去っていった。
いいもんね、別に。
俺には魔族側の美女たちがいるもんね。
イーティスちゃん、セリスちゃん、シャーナちゃん、あとマスコット的なリリアンナちゃん、それと……それと、レーミア様が……。
「いつもあんな風に女性を口説いているのか?」
「あ?」
俺の左斜め前方に座っている青年が俺に笑いかけていた。
「ごめん、近くで急にあんな事をやられちゃったらね。気になっちゃってさ。見たところ、歳もあんまり変わらなそうだし」
確かに、青年も17歳くらいに見える。髪はダークブラウンで、瞳は赤味がかった茶色。爽やかな格好良さがある。俺程じゃないけどな。
「そりゃごめんよ。だけど、いつもあんな真似をしているわけじゃないぞ? 俺は紳士だからな」
すると、青年は軽く笑う。
「確かに、あんたの引き際は紳士的だったよ。もし、しつこくするようだったら俺が止めに入ってた」
俺は肩を竦めた。
「そいつは危なかった。お互いの旅が不愉快なモノになるところだったね」
「確かに」
青年も同意するように頷く。
俺はシートにゆったりともたれ掛かった。
野郎と無駄な会話をするつもりはありましぇーん!
「では、良い旅を」
「そっちもね」
青年は前に向き直った。
それから馬車は、ひたすら街道を走り続けた。途中にある町に着くと、そこで休憩の時間となる。外に出て気分転換したりする。
町に止まる度に乗客は増えていった。
今朝は結構空いていたのに、その数時間後には大体席が埋まっている。
夜になると、町の1つで約2時間程の休憩時間が与えられた。
この間に、公衆浴場に入ったり、夕食を済ませるのだ。
馬車に戻ると、先程とは別の売り子が毛布を貸してくれた。乗客はこの車内で一夜を明かすのだ。その間も馬車は進み続ける。
いいよね、こういう旅。ワクワクするわ。
翌日も同じような1日を過ごした。
景色を眺めたり、考え事をしたり、近くの席の人と話したりした。
穏やかな旅だ。
そして、乗車してから2日後、いよいよ交易都市【ベネルフィア】へとたどり着いた。




