表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/249

「人間としての俺の名は……」

 通達を受けてから、数日。

 その間は、人間生活の習慣を学び、魔手羅を使わない戦闘訓練をひたすら行った。

 そして、人間社会潜入用の顔作り、身分の設定をレーミア様の部屋で話し合った。


 レーミア様の部屋の中央にあるテーブルに、北大陸の地図が乗せられている。


「ダーティ、お前が潜入するのは、この街よ」


 レーミア様の白く細長い指が、大陸南東の海沿いにある街を示した。


「えーと、【ベネルフィア】って街ですか?」

「そうよ、ここは交易都市なの。南方側では比較的大きな街で、他の国や街から人や物が流れてくる。もちろん情報もね」


 交易都市かぁ。

 人混みが多いところはあんまり好きじゃないんだよなぁ。


「それで、俺はどのような身分で潜入するのでしょう?」

「お前は西の街から、家族と離れてやって来た見習い伐士よ」


 何その設定。

 てか、俺、伐士を目指すの!?


「あの、情報を集めるのが目的なら、商人とかの方が都合がいいんじゃ……?」


 レーミア様は頷いた。


「私もそう思うわ。だけどね、商人は組合というモノに必ず所属させられるの。それは序数持ちが厳しく仕切っていて、入り込むのが大変らしいわ」

「伐士に入団するのは大丈夫なんですか?」


 彼女は笑みを浮かべた。


「えぇ。先輩魔人に感謝しないとね」


 って事は伐士団のそれなりに権限があるところに潜入魔人がいて、ソイツが俺の身分を保証してくれるわけか。

 でも、その潜入魔人には、俺の情報を把握されるわけだろ? 正直鬱陶しいな。

 やっぱり、この世界で厄介な存在は魔人だな。彼らはどうにかしないと。


「伐士養成所には適性試験があるの。今から約2週間後ね。体力や奴力値で判断されるそうだけど、お前なら大丈夫でしょ?」


 その根拠の無い自信は何なんですかい……。


「後はそうね……セリスから、人間の習慣の事は学んだのよね?」

「はい」


 特にヲイド教関係の習慣を教え込まれていた。


「確実に覚えた? もう自分の生活の一部になるくらい?」

「あー、覚えてはいますけど、生活の一部ってのは……」

「ヲイド教信者に成り切って。まだ潜入までには時間があるから」

「はい」


 ヲイド様さま~! ってか?

 しかし、俺には邪神ンパ様がいるのだ、むぅ。

 ンパ様すいません、しもべは他の神を信仰する事になりました。しかし、これは偽りなのです。僕は常にンパ様に忠実……。


「人間の通貨の事は教えて貰った?」


 レーミア様が次の話に移る。


「あ、はい。ヲル、イル、ドルの3種類ですよね?」

「そう」


 レーミア様は立ち上がると、端にある戸棚から硬貨を取り出し、テーブルの上に置いた。


「この金貨がヲル、銀貨がイル、銅貨がドルね」


 使われている金属は違うが、どれも同じ絵柄だ。ヒゲを生やした仏頂面のオッサンの顔。


「人間の硬貨には現教皇の顔をあしらっているそうよ。これは今の教皇バルター・セカンドね」


 俺はしげしげと硬貨を眺めた。

 通貨価値は、魔族のヤツと同じだ。銅貨10枚で銀貨1枚ってヤツ。シンプルこそが1番だ!


 だが、俺の目的として、この通貨をぶっ壊す必要があるのだよ。


 俺のヲイド教ぶっ潰し作戦を大雑把に述べるとだな、


 まずは経済をぶっ壊す。

 食料不足に陥れる。

 すると治安が悪くなる。

 そこで救世主、ンパ教(仮称)登場!

 奇跡的な力で食料難を解決!治安も良くなる!

 そして人々を先導し、権力者たちを打ち倒させ、俺が尤者ファーストを始末する!

 そして! 教祖である俺は世界中の美女を集めてハーレムを……


 エヘン! 最後はまぁ、置いとこう。

 とりあえず、これが理想のプランよ。


 たとえ窮屈でも、安定した生活を送っていれば、誰も変革は望まない。変わろうとはしない。長いモノに巻かれているのは楽だからな。そう言う俺もンパ様に巻かれているしな、たくさん。


 でも、さすがに生命の危機となれば話は違うはず!

 客観的に見れば、ヲイド教も不公平なところがあるのだ。付け入る隙はある。


「そんなに硬貨を見つめてどうしたの?」


 レーミア様が不思議そうな顔で問いかけた。


「そんなにその硬貨が気に入った?」

「いえ、俺は魔族のヤツの方が好きですね」


 そう言って、魔族の硬貨を思い浮かべた。

 魔王城が精密に描かれているんだよなぁ。アレは凄い。


「奇遇ね、私もあの硬貨は好きよ。アレはドワーフとサラマンダーが共同で作っているの」


 へぇ、そうなんだ。

 サラマンダーと言えば、リフタリアのリフリーヌだな。あんまり話せてないけど。


 ドワーフ族には会った事はないなぁ。

 ドワーフって言えば、俺が昔読んでた小説のヤツが印象に残っている。

 そのドワーフのキャラクターは大泥棒で、特技は穴掘り、必殺技はオナラなんだよな。お気に入りのキャラクターだったぜ。

 そういや、その小説の主人公の名前はアルテミスだったな。俺の名前と似てて親近感があった。


「あ、そうだわ。私とした事が、肝心な事を忘れていたわ」


 レーミア様はコツンと自分の頭を小突いた……可愛い。


「ダーティ、お前の人間としての名を決めてなかったわ」


 おぉ、そりゃ、重要だ。


「一応ね、家名はクリプトンって決まっているのよ。お前はクリプトン家の次男って設定。もちろん、クリプトン家なんて存在しない。潜入した魔人が作った架空の存在よ」


 クリプトン家ね。化学に強そうな名前だな。


「それで、お前の名前はどうする? 自分に馴染む名前をつけてね」


 と、いきなり言われてもなぁ。

 どうしよう?

 自分の本名に近い名前がいいよな。

 アル、アル、あ! アルテミスでいいじゃん!


「レーミア様! アルテミスってのはどうでしょう?」

「アルテミス?」

「はい! 自分のアルティメットって名前に近いですし」


 何よりカッコイイ。

 ギリシャ神話様さまだ! あ、ンパ様、決して浮気しているわけではありませんので。


「アルテミスねぇ、でもそれって女性に付ける名前じゃないの?」

「え? あ、まぁ、そうなんですが、設定としてですね、狩りの才能がある男にはその名前を使う権利が与えられるのです。あなたの心をも射止める、ハンター・ザ・アルテミス!」


 俺は手を銃の形にして決めポーズを取った。


「ダメよ」


 うっ。


「そんな余計に目立つ名前はダメ。別のを考えて」


 そ、そんなぁ。


 あぁ、アルテミス。

 でも、仕方ない。別のを考えよう。


 えーと、アル、アル、アル……クリプトン、クリプトン……ん?


 クリプトンと来れば……?


「……アルゴン」

「え?」

「アルゴンでどうでしょう? アルゴン・クリプトン」


 レーミア様は唇に指を当てて考え込んだ。


「アルゴン、ね。いいんじゃない。決まりね、お前はアルゴン・クリプトン。早速その名前で書類を作るよう報せるわ」

「うっす」


 俺の人間としての名前は、アルゴン・クリプトンに決まった。



 それから時間はあっという間に過ぎていった。

 いよいよ、出発の日がやって来たのだ。


 早朝、レーミア様の私室にて、シェイプシフターのポーが潜入用の顔にしてくれている。

 その様子を見守っているのはレーミア様とリリアンナだ。


「よし、出来ましたよ」


 ポーが満足げな声を上げる。

 リリアンナが手鏡を手渡してくれた。


「わぁ、ダーティさん、若返りましたね」


 俺は首を振った。


「ノン、ノン、今はアルゴン・クリプトンだよ、リリアンナちゃん」

「えぇー、じゃあ、アルゴンさん」

「いや、冗談だよ。ダーティでいいよ」

「もう、どっちなんですかぁ!」


 俺は軽く笑いながら改めて鏡を眺めた。

 そこに映っているのは、何歳か若返った自分の顔だ。17歳くらい。まだ幼さを感じる顔つきだ。

 伐士養成所には、成人年齢とされる17歳で入る事ができるらしい。


「顔を若返らせただけなので、比較的長い期間、その顔を保つ事ができますよ」


 と、ポーが説明してくれた。


「ポーもついてきてくれるんだよな?」

「はい、しっかりサポートさせてもらいます」


 俺の問いにポーが肯定する。


 潜入任務には、バックアップとして何名かの魔族がついてくる。と言っても彼らは街の外、大陸にいくつか存在する拠点に駐屯するわけだけど。

 特にポーには俺の顔の維持(まぁ、本当は自分で出来るんだけどね)を定期的に行ってもらう必要があるのだ。


「それじゃ、行きましょうか」


 レーミア様がソファから立ち上がった。

 俺もソファから立ち上がり、自分の格好を眺めた。麻に似た素材のシャツに茶色のローブを羽織っている。今まで着ていた巫女忍者服は全てリリアンナちゃんに預けていた。


 俺たちは正面扉へと向かった。

 そこには、セリスとシャーナ、その他数人の魔族が待っていた。

 彼らもポー同様、俺のバックアップ要員なのだった。


「ダーティさん、これを」


 リリアンナが皮でできた大き目のリュックサックを手渡してくれた。


「中には衣類と生活に必要な人間の道具を入れてありますぅ」


 そしてさらに懐をゴソゴソ弄り、巻物と大きなペンダントを手渡してきた。


「この巻物は養成所の入学手続き諸々の書類ですぅ。潜入魔人さんが作ってくれたモノで、これを見せれば大体大丈夫ですぅ!」


 さすが先輩魔人! いつかお礼を言いに出向かねば……。


「そして、このペンダントは人間たちの身分証明書のようなモノですぅ」


 俺はペンダントを受け取った。

 表には1つの瞳が描かれ、裏にはアルゴン・クリプトンの名前、その他個人情報が記されている。


「街の出入りにはこれを出すよう要求されるのです」


 あぁ、セリスの授業で言ってたな。


「ありがとうリリアンナちゃん……あ、ちょっと待って!」


 俺はポケットに忍ばせていたモノを取り出して、リリアンナに見せた。


「え? これって?」


 リリアンナの驚いた声。

 俺の手の平には、銅で作られた髪飾り。

 魔都の装飾店でリリアンナが食い入るように見つめていた商品だ。

 現数力で重量や曲がり具合、角度などを調べ、ロイに譲ってもらった銅で作っていたのだ。いやぁ、型を何度も作り直して苦労した。加工や金属の知識が素人の作品だから、クオリティはアレなんだけどね。


「どうして?」

「いや、あの時リリアンナちゃんが物欲しそうに眺めてたからさ、何だかほっとけなくてね」


 リリアンナは何やらモジモジしている。

 きっと照れているんだな? ハハッ! 可愛いヤツめ。


「あの、ダーティさん……」

「ん、何だい? 別に遠慮しなくていいんだよ。時間が経てば錆びてしまうし、その時は――」

「いえ、その、別にリリアンナが欲しかったわけじゃないんですぅ」


 何だって……?


「リリアンナはあれをレーミア様にプレゼントしようとしたのですぅ」


 何、だって……?


「だから、あげるのならレーミア様に――」

「私が何?」

「ひゃ!」


 いつの間にかレーミア様がすぐ側にいた。


「あ、ダーティさんがレーミア様にプレゼントがあるのだそうですぅ!」


 リリアンナはそう言うと、俺をレーミア様の前に押し出した。


「私にプレゼント? 何かしらダーティ?」


 首を傾げるレーミア様。


 ヤバい、ヤバい!

 何だこれ? どうしてこうなるんだ!?

 背後のリリアンナを見ると、ガッツポーズをしていた。

 この! 小悪魔っ娘ぉ!! まぁ、俺が勝手に作ってたのが悪いのか……。


「あの、髪飾りなんですが、手作りなんですが……」


 俺は口籠りながら言った。


「手作りの髪飾りを……私に?」


 レーミアは髪飾りを俺の手の平から取った。キョトンとした顔をしている。


「あ、はい、まぁ」


 あぁ、何を言われるのか?

 怖えぇ……。


「…………ありがとう」


 ん?

 んんん?


 レーミア様は相変わらずキョトンとした顔つきで髪飾りを眺め回している。


 何だこの反応、意外っ!

 うーん、俺もなんか奇妙な気分になってくるな……。


「エヘン! あの、レーミア様、そろそろ出発のお時間なのですが?」


 セリスが遠慮がちに声を掛けた。

 レーミア様はハッとして顔を上げる。


「そうね、ごめんなさい」


 彼女は俺に向き直った。


「それじゃ、しばらくのお別れね、ダーティ」


 俺はコクリと頷いた。

 約1月、何だかんだでお世話になった。寂しい気持ちも少しはある。あ、そういやイーティスちゃんはどこだろう? しばしの別れの挨拶をしたかったのに……。


「セリスちゃん、シャーナちゃん、ダーティさんをお願いしますぅ」


 とリリアンナ。

 まるで子供扱いだ。まぁ、確かに俺は0歳なのだが……。


「ダーティさん、頑張ってください! リリアンナはここで応援してますぅ!」

「ありがとうリリアンナちゃん」


 俺は笑顔のリリアンナからレーミア様へと視線を戻した。


「じゃ、いつも通り意識を失ってもらうわよ」


 レーミア様が手を向ける。


「この魔鬼理ってたぶん、俺の血を吸い取っているんですよね?」


 レーミア様は手を掲げたまま頷いた。


「そうよ、私の魔力が領域内の者の血を吸うの。それで貧血状態にするのよ」


 あぁ、やっぱりそうなんだ。


「じゃあ、レーミア様は俺の血の味を知っているんですか?」


 何を聞いているのだろうね、俺は。


「いいえ、吸い取った血は血界に保存される。まぁ、説明が難しいわ。そんなに吸血鬼の魔鬼理に興味があるの?」


 そこは戦血姫って言わないんだな。


「いえ、そんなんじゃ――」


 レーミア様が俺の首元に顔を近づけてきた。

 思わず身を強張らせる。


「今度帰って来た時は、直飲みさせてくれる?」


 耳元でそう囁かれた。

 うわぁ、うわぁ、危険な魅力や……。


「ダーティ……くれぐれも気をつけて、例の者が何かしてくるかもしれない」


 そう言って、レーミア様は顔を離した。


「それじゃ、準備はいい?」

「はい」


 俺の足下が赤く輝く。


 意識が朦朧とする中、俺はレーミア様の顔を見た。


 彼女は微笑んでいた。

 冷たさの中に一筋の優しさが込められたような微笑み。


 その顔がとても印象的で、

 意識が途切れた後も不思議と脳裏に焼き付いていた。








これで第3章は終了です。この後、閑話を2つ挟んで、第4章「伐士見習いアルゴン・クリプトン」を投稿していきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ