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「……それは嵐の前の静けさにしては、あまりにも短すぎる時間」

 頬を撫でる風が心地よい。

 鼻腔を木の匂いが刺激する。


 俺は静かに目を開けた。


 森だ。


 俺は木に寄りかかっている状態だった。

 ぼっーとする頭を振っていると、横から嘶き声。視線をそちらに向けるとバイコーンがじっと俺の事を見ていた。バイコーンの背には荷袋が結ばれている。


「目が覚めたのね」


 そのバイコーンの背後からシャーナが出てきた。

 手には何やら液体が入った小瓶を握っている。


「魔人には砦の出入り口を把握させない、だね?」

「そゆこと。はい、これ飲んで」


 欠伸混じりに問いかけると、シャーナが小瓶を差し出してきた。


「魔素濃縮ドリンクよ。これで魔力と血の巡りが良くなるわ。頭がボッーとしてるでしょ?」


 小瓶を受け取り、一口飲んでみた。

 何だろう? レモンサワーのような味がした。

 一気に飲み干す。


「どう、スッキリした?」


 俺は頷き、立ち上がった。

 改めて周りを見回す。まだこの辺は木が疎らだ。だけど、もっと奥の方は木が鬱蒼としていてほの暗い。

 そして、とても静かだ。


「ここは【静寂の森】?」

「そうよ。例のゴブリンに襲われた町に近いところ。ここからお前が辿ってきた道を進むの」


 森をどのように進んだのかハッキリとは覚えてないんだけどなぁ。


「そういえば、セリスちゃんは?」

「お姉さまは――」

「ここよ」


 土を踏み締める音とともにセリスが姿を現した。


「例の町の様子を見てきたの。誰もいなかったわ」


 セリスはバイコーンの荷袋から水筒を取出し、一口飲んだ。


「ダーティにドリンクは?」

「飲ませたわよ」


 セリスは頷き、水筒を荷袋へと戻した。


「じゃ、ハグレ魔族の痕跡探しを始めましょうか」



 俺たちは徒歩で森の中を歩いた。


「こっちでいいのね?」


 セリスが指す方向を見て俺は頷く。


「たぶんね……てか、こんな方法で見つかるのかな? 何も手掛かりもないわけだしさ」


 シャーナが睨んできた。


「ちょっとぉ、もう弱音を吐こうっての? 見つけるしかないでしょ、これは任務なんだから」


 むぅ、それはわかっているんだけど……。


「もっと大勢で探した方がいいんじゃない? ほら、この森全てローラー作戦でもしてさ」


 これに答えたのはシャーナではなくセリスだった。


「それはダメ。今、この森は微妙な緊張状態にある。人間たちがいつ来るかもわからない状況なの。大勢の魔族で派手な動きはできない。こうしてハグレ魔族の出現ポイントから痕跡を辿るの」

「――むぅ、わかったよ」


 仕方なく納得した俺の肩を、シャーナがポンッと叩いた。


「これは森の偵察も兼ねているのだからね? しっかり気を引き締めてね、ダーティ」

「りょーかい」


 それから程なくして、俺たちはデカモグラとの戦闘跡地にたどり着いた。

 地面が掘り返された時特有の荒れ方をしている。


 セリスはしゃがみ込み、土を触った。


「ここでデカモグラに襲われたのね?」


 俺は大げさに頷いた。


「そうそう、ヤツは俺の大事な宝玉を狙ってやがったのさ。宝玉だよ? 宝玉、つまり2つの玉の事なんだけどさ。いやね、アレを奪われたら、俺は生きた屍になってただろうね」

「……」


 褐色娘たちの冷たい視線。

 オッケー、時と場所を弁えろって事ね、拙者、心得たり……。


「で、あんたはそのモグラを殺さなかったのね?」

「うん、そだよー……拙者の慈悲の心は海よりも深いのでゴザル」

「そう……」


 セリスは荒れた地面を見回した。


「……このモグラはその後自分の住処に戻ったと思う?」


 と、セリスが言う。


「私はそう思う、お姉さま。辿ってみる価値はあるわ」


 ん?


 もしかして俺のファインプレー? ヤツを殺さなかった事がここで役に立つの?

 そういや、何かの小説で書いてあったな。どんな者にもそれなりの役目がある、だから無闇に殺しちゃいやん! ってな。

 てか、十数日前の自分を褒めてあげたい! グッジョブ、俺ッ!


「やってみましょう」


 そう言うとセリスは地面を少し掘り返した。


「あった。崩れかけてはいるけれど、これくらいだったら大丈夫」


 覗き込んでみると、モグラが掘った後の穴が辛うじて残っている。穴というよりは小さな隙間程度だ。


「これでどうやって辿るの?」

「空気を送り込むのよ」


 セリスはそう答えると、地面の隙間に息を吹きかけた。


「私が送り込んだ空気はモグラの残した隙間を進み続けるの。空気の流れは手に取るようにわかる」


 セリスは立ち上がり、森の一方を向いた。


「こっちよ、着いて来て」


 セリスが歩き始めた。


「私たち、すごいでしょ?」


 シャーナが得意げに言う。

 俺は肩を竦めてセリスの後を追った。



 それからしばらくの間は、空気の流れを追うセリスにひたすら着いて行くだけの地味な作業。

 緊張感を持てと言うけれど、こんなの傍から見れば、男前と美女2人と変な獣2体が仲良く森を散策しているようにしか見えないぞ。

 周りも変わり映えのしない木ばかりだし……ん、何だあれ?


 それは煙だった。

 ここから1キロメートル離れた辺りから黒煙が立ち昇っている。そ何だか不吉な象徴に思えて、思わず背筋に冷たいモノを感じた。


 俺は急いで2人に知らせようとしたが、セリスもシャーナも既に煙の方を見据えていた。先程までとは違って目つきが鋭い。


「何なのかしらね、アレ?」

「さぁ、でも何らかの異変があったみたいね」


 俺は2人を交互に見比べた。


「で、行くのかい?」

「当然!」


 2人の声が重なる。


 セリスは近くの木に印を付けた。また後で戻って来た時の為だろう。


「途中まではバイコーンで行きましょう。その後は徒歩で近づく」


 俺はシャーナの後ろに乗り込んだ。

 バイコーンたちはできるだけ静かに駆けていく。

 そして後200メートルというところで彼女たちは立ち止った。

 バイコーンの背から降りると、下にあった枝を踏んでしまった。

 おぉ、思わずビクッちまった。


「ダーティはどうするの?」


 シャーナがセリスに問い掛けた。

 セリスは思案気に俺を見てくる。


「そうね……ダーティは――」

「俺も行く」


 セリスが答える前に言いきってやった。

 何が起こっているのかは知らねぇが、こういうのは自分の目で確かめねぇとモヤモヤするからな!


「でも、着いて来られる?」

「あぁ、大丈夫……と思う」


 セリスはため息を吐く。


「わかった……それじゃ2人ともいい? この先に何が起こっていようと決して深追いはしない事! 状況によってはすぐに退避。もしもの場合はバイコーンたちに砦に向かってもらいましょう。乗せる者がいない分、早く砦に報せる事ができるし」

「りょーかい!」


 俺は2人に背を向けた。

 よし、あの魔鬼理を使ってみよう!


 俺は魔手羅を出して、自分の顔に当てる。


≪鬼流≫!!


 魔手羅から温かいモノが流れ込んでくる。

 全身にソレが流れ込むにつれて五感が研ぎ澄まされ、体に力が漲る。


「ダーティ、何しているの? 早く行くわよ!」


 シャーナに急かされる。

 

「ごめん、ごめん!」


 俺はフードを被った。

 これで良し!



 セリスとシャーナは木の枝から枝へと軽やかに飛び移って行く。

 俺はと言えば、その下の幹に魔手羅を食いこませて飛び移っていた。もし、木に意思があれば罵倒されまくってるだろうな。


 何十本目かの木に飛び移った時、セリスが手で制した。


 俺とシャーナは硬直した。

 まだ、煙までは距離がある。なのになぜ、立ち止ったのか?


 それは俺の研ぎ澄まされた耳にも入ってきた。


 何か鎖のようなモノが擦れる音がする。


 セリスがジッと見つめる前方、50メートル先に彼らはいた。

 彼らも慎重に辺りを見回しながら木の間を縫うように歩いている。


 なぜ、俺たちは彼らを見て青ざめたのか?


 それは、彼らが人間だったからだ。


 俺は慎重にゆっくりとセリスたちのところまで幹を登った。


 改めて彼らを観察した。目の感覚が研ぎ澄まされているので良く見える。


 灰色のジャケットに、ベージュのズボン。

 腰に着けているベルトには短剣や瓶が収められているホルダー、黒い石版がはめ込まれた腿当て、そして両脇腹にあたる部分には大きな拳銃のような形をした装置が付けられていた。


 装備という装備が全てベルトに集中している。

 まるで電気工事士の作業ベルトのようだ。あのドライバーとかペンチとか圧着器が入ってるヤツね。


 俺は現数力でヤツらの内の1人を調べてみた。


----------------------------------------------

ヒューゴ・デアメル 31歳 男 レベル:180

種族:人間 


【基礎体力】

生命力:300  奴力:400 


攻撃力:250  防御力:210(+10)  速力:140 


【奴ウ力】

火奴ウ――レベル:50

 ・亜火赦 消費奴力:20

 ・亜火赦・円 消費奴力:30

 他……  

水奴ウ――レベル:40

 ・水煉 消費奴力:20

 ・水煉・流 消費奴力:30

 他……

雷奴ウ――レベル:40

 ・雷攻流 消費奴力:20

 ・雷攻流・縛 消費奴力:30

 他……

風奴ウ――レベル:50 

 ・風牙 消費奴力:20

 ・風牙・舞 消費奴力:30

 他……

土奴ウ――レベル:30

 ・覇威土 消費奴力:20

 ・覇威土・壁 消費奴力:30

 他……

天奴ウ――レベル:30

 ・閃光 消費奴力:30

 ・光槍 消費奴力:40

 他……  

無奴ウ――レベル:50 

 ・斬・慧 消費奴力:10

 ・突・侵 消費奴力:10

 ・打・衝 消費奴力:10

 他……


【装備】

・グレー・ジャケット:防御力(+10)

・伐士帯


----------------------------------------------


 わぁ、純粋な人間のステータスってこんな感じなんだぁ。

 当たり前だが、魔鬼理に関する項目は全部ないね。

 あと、魔奴ウの項目も無くなってやがるね、こりゃ一体?


「ねぇ、あいつらって、伐士?」


 俺は小声で2人に問い掛けた。


「そう、アレはグレー・ジャケット。偵察部隊の伐士ね」


 同じく小声でシャーナが答えてくれた。


 グレージャケットか。

 そういや、将軍会議の時、レッド・ジャケットがどうとか言ってたな。聞き忘れてたや。


 てか、偵察部隊って事は……。


「もしかして、本隊も近くにいるのかな?」


 セリスが頷く。


「可能性は高い。人間たちがいよいよここの調査に乗り出したってわけね。私としては遅いように思うのだけど……」

「どうするお姉さま?」


 セリスは少しの間考え込み、


「……私たちは何もしない。彼らの動きを見張りましょう。どうやら、彼らもあの煙のところを目指しているようだし。でも決して深追いはしない」


 セリスが振り向く。


「絶対に気付かれないようにしないと。この辺にはハグレ魔族しかおらず、戦闘が行われる事は無かった。だけど私たちが見つかったら、彼らは怪しむわ。砦に近い地域に人間たちが侵入してくる、それだけは避けたいから」


 俺とシャーナは同意するように頷いた。


「じゃ――」



 その時だった――。


 

 俺は背後に何か異様に冷たい響きを捕えた。

 ソレは音というべきか、感触というべきか、感情というべきか、あるいはその全てかもしれない。

 とにかく、研ぎ澄まされた五感が俺に危機を報せてくれたのだ。


 後ろを振り返ると、何かが光り、そして俺たちに向かって迫ってくる。


 短剣だ……3本の短剣――。


 そう認識するとと共に俺は声を上げた。


「危ないッ!」

 

 咄嗟に振り返るセリスとシャーナ。


 俺は魔鬼理で3本の短剣を吹き飛ばそうとするが、間に合わない。

 仕方なく俺は魔手羅でガードした。


 他の2人も、自身に風を纏わせる魔鬼理≪風鎧≫で短剣を防いでいた。


 だが、


 突然の不意打ちにより、バランスを崩した俺とシャーナは木から落ちていく。


 上には青ざめたセリスの顔。


 ゆっくりゆくっりと下へと落ちていく。

 走馬灯ってわけじゃないんだろうけど、今全てがスローモーションに見える。


 恐れているのは短剣なんかじゃない、ヤツラの存在だ。


 俺たちは派手な音を立てて地面に落ちた。


「うっ……」


 シャーナが痛みに呻く。


「大丈夫!? シャーナちゃん!」


 俺は彼女の顔を覗き込んだ。


「私は大丈夫……それより」


 シャーナは不安げな顔で横を見やった。

 その先には伐士たちがいるはずだった。


 俺もソチラを向く。


 だが、彼らの姿は無い。

 木々のざわめきだけが辺りに響く。


 もうどこかに行ってしまったのか?



 いや、違う。



 彼らは潜んでいるのだ。

 俺たち獲物を狩る為に……。


 静寂。


 それは嵐の前の静けさにしては、あまりにも短すぎる時間。


 伐士たちが、襲撃して来るのだ。










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