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「変化というのは突然やって来るモノなのだ」

 昼食を終えた俺は、セリスが待つ第二資料室、通称【ラムゼウの間】へと向かった。

 第二資料室は共同ブロックの3階にある。食堂は1階にあるので、螺旋階段を登るだけで良い。

 何体かの魔族とすれ違い様に挨拶しつつ、俺は第二資料室へと入った。


 中はそれほど広くない。

 数列の背の高い棚が並んでいる。棚の中には様々な小道具や、巻物が保管されていた。

 何だか、小さい博物館を訪れているようだ。

 時が止まり、誰からも忘れ去られた博物館、そんな印象だ。


「ダーティ、こっちよ」


 セリスの声だ。

 彼女の声は部屋の右手から聞こえた。

 入り口からだと死角になっていて見えなかったが、右端には大きめのテーブルと椅子が何脚か備え付けられていた。

 その内の一脚にセリスは座っている。


「遅かったかな? 俺はレディを待たせない主義なのだけど……」


 洋画のキャラが吐きそうな文句。昨日の気恥ずかしさがあるからね。ここはつとめて気にしてないアピールをしとかないと。


「いいえ、そんなに待ってないからご心配なく……でも、良い心掛けね」


 セリスは普段通りの冷静な口調だ。

 おや? 昨日の事なんて、まったく気にしてないのかな? それとも覚えてないとか? まぁ、どっちでもいいや。


「座って」


 セリスに促され、俺は彼女の対面に座った。


「何というか、率直に言って寂しい場所だね、ここ?」


 彼女は苦笑した。


「まぁね、ここはいずれ無くなる部屋なの。今ここに残っている資料は処分予定のモノばかりだしね」


 俺は改めて棚を見回した。

 捨てられる事が決まったモノたち。ここはただただ寂しい場所だな。


「第一資料室はこことはえらい違いなのよ。そうだ、せっかくだし、そこも後で行ってみましょう」

「了解、お願いしまする」


 それからセリスによるお勉強会が始まった。

 その内容は人間社会に対する内容が大半だ。


 さて、今回教えてもらったモノを軽くご紹介しよう。


 彼女によると、この世界の人間社会はヲイド教の聖地ヲイドニア教国を中心に動いているらしい。これは前にレーミア様から聞いたな。


 セリスが世界地図を広げてくれた。

 その地図上には五榜星を形成する大陸群とその北東方向にポツンとある三日月型の大陸が描かれていた。これも前に見た事あるな。


 んで、ヲイドニア教国ってのは、この三日月型の大陸にあるらしいんだな。

 1つだけ離れた大陸。

 まぁ、神聖視するのに打ってつけの場所だわな。


 この教国の下には、強大な四王国があるらしい。

 四王国はそれぞれ別々の大陸を支配している。


 西大陸をウェスタリア王国。

 東大陸をロトイース王国。

 南東方向にある南大陸をサウサリウス王国。

 そして、俺たちが今いる北大陸はノーベンブルム王国が支配しているのだと。


 ちなみに、南西方向にある残りの大陸。

 これは魔族も人間も踏み込んだ者がいないとされる未知の大陸。噂では、魔人たちはこの大陸からやって来るのだとか、俺は違うんだけどね。


 四王国に分かれているが、言語も通貨も共通。当然、国教はヲイド教。

 どの王国の町や村にも教会が建てられており、月に1度、同時にミサも行われるのだとか。

 実質、ヲイドの名の下に全ての人間が統制されている。それがこの世界の人間社会だ。


 これで情勢がわかってきた。

 魔族の中央大陸は四王国にすっかり取り囲まれている配置なのだ。侵略を防いでいるのは海、というか、そこに住む大海の主。

 そして、別の侵入口である【巨人の指輪】を、それぞれの大陸の四将軍が死守しているってわけだな。


 それからいくつかの人間の習慣について聞いたところで、セリスによるお勉強会は終了した。


 いやぁ、あっと言う間に終わったわ。

 学校の授業とか終わるの遅く感じたのに。

 やっぱりあれだな、美女にマンツーマンで教えてもらうってのが良かったんやな。


「明日も同じ予定なの?」


 すると、セリスは曖昧に頷いた。


「一応、そのつもりだけど。レーミア様とシャーナと相談している事があってね。もしかしたら、変わってくるかもしれない」

「ふーん、了解」


 俺が頷いていると、今度はセリスが躊躇いがちに声を掛けてきた。


「ダーティ……」


 なんかしきりに目をキョロキョロさせている。どうしたんだろう?


「どしたのセリスちゃん?俺の魅力にヤラれちゃ――」

「昨日の事覚えてる?」

「……え? 何だって?」

「だから! その……昨日、お酒を飲んだ後……どうなったか、覚えてる?」


 セリスはモジモジしながらそう問い掛けてきた。しきりにショートカットの銀髪を指で弄っている。


 ははぁ~! やっぱり、酔っぱらって俺に抱き着いた事を覚えていたのかなぁ?

 さてさて、どうしたものかな……。


「あー、いや、うん……実は俺、覚えてないんだよね。飲んでる途中からの記憶が曖昧なんだ。セリスちゃんはどう?」


 ふふ、ここはあえて覚えてないふりをしてあげよう。

 今後、再び酔っ払いセリスを見たいからな、グヘヘ。


「そう……なんだ」


 セリスは見るからに安堵している。


「実は私も曖昧で覚えていない……お互い飲みすぎには注意しないとね」

「そだね、今度飲み行く時は注意しないと」




 第二資料室から出た俺たちは、約束通り、第一資料室へと向かった。

 第一資料室、通称【サイマスウェルの間】は、共同ブロックの2階にある。

 

 セリスの言った通り、第一資料室は第二よりも広く、中も整然としていた。て言うか、初見の印象はネットカフェだ。部屋の中には個室のボックスが何台も並んでいる。右上にそれぞれ番号が割り振られている。

 

 入り口のすぐ横にはカウンターが設置してあり、髭面の男の魔族が腰かけていた。

 セリスはカウンターの男に何やら話しかけ、彼から木札を受け取った。


「それは何?」


 問い掛けると、彼女は木札を見せてくれた。そこには番号が書かれている。なるほど、その番号の場所を使えって事か。


 俺たちは当てられた番号のボックスに入った。

 中は2人入るのには少々手狭だ。ボックス内には机と椅子、そしてパソコンの代わりに大きな水晶玉が備え付けられていた。


「この水晶玉の中にあらゆる情報が保存されているのよ」


 セリスは水晶玉に手をかざした。

 すると、水晶の中に第二資料室で見た世界地図が浮かび上がってきた。


「こうやって、水晶に手をかざして欲しい情報を念じるだけでいいの。ただし、水晶に保存された情報に限られるのだけど」


 すっげぇ便利だな、ソレ。


「これのすごいところはね、全ての水晶が繋がっていて、情報を共有していること」

「情報を共有?」


 セリスは頷いた。


「えぇ。この部屋にあるモノだけじゃない、他の大陸の砦や拠点、中央大陸の魔王城や魔都の水晶とも繋がっているのよ。そのどこからでも情報を保存できる。もちろん、保存できるのは資格を持った者に限られるのだけど」


 えぇ、それってもうネットの検索システムみたいなもんじゃん!


「じゃあ、大陸間同士で情報をすぐに共有できるわけだ?」

「そうよ」


 俺は素直に驚嘆していた。


「使ってみる?」


 俺は頷き、水晶に手をかざした。



 その日の夜。


 俺はベッドの上でワイバーンの魔鬼理≪翼竜の羽ばたき≫を使ってみた。

 魔手羅が黒い翼へと変化する。

 だが、まだ小さい。

 俺の体を飛ばせるにはもっと大きくならないとな。これまで観察してきた事から、俺のレベルが上がるほど、翼は大きくなるのだ。それは他の魔鬼理も同じのようで、技の威力、正確さもレベルにより向上するようだ。まだ俺は低レベルなのだから、魔鬼理の威力も弱い。それが、ロイやトゥーレの言う一撃の軽さなのだろうな。


 ここ最近、夜は手に入れた魔手羅を試すのが日課になっていた。

 実戦の前にどのような性質のモノくらいは把握しておきたいからな。


 溜息を吐きながら俺は魔手羅を戻した。


 手っ取り早く強くなるには他者からレベルを奪うしかない。

 けど、中々そのチャンスがない。当たり前だけど、自分より強いヤツに敗北感を与えるのは難しい。やっぱ、じゃんけんとかで地道にやってみようかな。


 それにしても、これからしばらくはここで訓練を受け続ける事になるのだろうか?

 うーん、またンパ様に叱責されそうだな。


 俺は気分に転換に、魔都の頃より続けている工作物作成に取り掛かった。あともう少しで完成する。


 まぁ、今はこの世界の知識を蓄えるって事で。

 ンパ様には悪いけど、この魔王軍の生活も気に入ってきたし……。


 だが、


 変化というのは突然やって来るモノなのだ。



「え、野外任務?」

「そう、私とあんたとシャーナで、【静寂の森】にね」


 それは翌日の早朝。

 食堂で朝飯を食っている時のことだった。

 欠伸をしながらダラダラと食べていると、セリスがやって来てそう言ったのよ。


「えっとー、何をするの?」

「あの森に隠れ住むハグレ魔族の探索が目的よ。ゴブリン王が町を占拠した一件で、あの辺りは緊張状態に入る事が予想される。まだ人間たちは調べに来ていないようだけど、それも時間の問題。だから、私たちはその前にハグレ魔族たちを保護したいのよ、不安要素は減らしておかないと」


 俺はグラスの水をゴクリと飲み込んだ。

 そういや、昨日セリスはそのような事を匂わせていたな、しかしこんな急に来るとは思わなかった。


「そんな重要な任務に俺が参加してもいいの?」


 問い掛けるとセリスは苦笑した。


「まぁね、でもあくまで私たちの任務はハグレ魔族の居所を突き止める事、今彼らも警戒して表に出てこなくなっているからね。それが終われば、実際のハグレ魔族との交渉は別の部隊が行うから。それにあんたを連れて行く理由、それは最後にハグレ魔族と遭遇したのがあんただからよ。森の探索ではあんたの意見も参考させてもらうから、その遭遇した場所とか、はっきり思い出しておいてね」


 俺は森で出会ったスライムとデカモグラたちの事を思い出した。

 あぁ、何だか随分と懐かしく思えるな。


「それじゃ、朝食を終えたら1階正面扉の前に来て」

「りょーかい」


 朝食を食べ終えた俺は食堂から出て正面扉に向かった。すると反対方向からイーティスちゃんが向かってくる。

 昨日の事、まだ怒っているかな?


「おはよう、イーティスちゃん」

「おはようございます」


 彼女は冷静に挨拶を返して通り過ぎて行った。


 あれ?


 何か小言でも言われるものと思ったが、こりゃ本気で怒らせちゃったかな。

 ま、その辺のフォローは後でやっとこうかな。


 俺は気にせず、正面扉へと向かった。


 それから5分後。


 正面扉の前で待っていると、バイコーンを引くセリスとシャーナ、そしてもう1人色白の男。


「お待たせ、それじゃ、このバイコーンに乗って!」


 シャーナが俺にバイコーンに跨るよう促す。

 俺は素直に従い、見知らぬ色白の男を眺めた。


「えっと、この4人で行くの?」


 シャーナは首を振る。


「いいえ、彼は行かないわ」


 じゃ、彼は何だ?


「えっと、それじゃ彼は見送りなのかな、かな?」


 再度首を振るシャーナ。


「彼には大切な役目があるのよ」


 色白な男が俺に近寄ってきた。


「ねぇ、覚えてるダーティ? 魔人には砦の出入り口は見せない決まりだって事」


 俺はシャーナと色白の男を見比べて納得した。

 あぁ、そうか。


 男は俺に手をかざす。

 バイコーンの足下が赤く輝く。


 血界か。


 俺は意識を失った。






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