「寝顔、可愛かったゾ!」
ンパ様による罰は体感的に2時間程続けられた。
ここは俺の夢なのだから、時間なんて意味を成さないのだけどね。
『お前はすっかり私の任務を忘れてしまったようだな? え?』
触手で拘束したまま、ンパ様は俺に質問した。
「ハァ、ハァ……い、いえ、そんな、そんな事はありませんよ」
『では、これはどういう事だ?』
ンパ様はベッド上の褐色娘たちを指した。
「これはー、その、時にスパイは、こういうお色気もこなして一人前と言いますか。ほら! スパイ映画の人って女遊びが好きな人が多いじゃないですかぁ? 特にボン――」
『間抜け。私は見ていたんだぞ? お前はただ、酒を飲んで酔いつぶれてここに運ばれただけだ』
「あ、そうだったんですか……」
ンパ様はその1つ目でギロッと睨みつける。
『ここまでで、お前は一体何をしてきた? 魔族どもにこき使われているだけじゃないのか?』
うっ、それを言われると……ね。
『さっきもそうだ。酒の席で気が緩んだ将軍から、なぜ情報を引き出そうとしなかった? 少なくとも、あのレーミアとか言う女将軍よりは簡単に引き出せたぞ』
「いや、それはですね。俺もやろうと思ってたんですよ。だけど、あのトゥーレの野郎、とんでもない酒を飲ませやがったんですよ? あれはヤツの策に違いないですよ! いや、お恥ずかしながら、まんまと引っ掛かりましたわ」
『……それで言い訳になっていると思うのか、アーティ?』
「あー……」
ンパ様はヤレヤレと首を……じゃない、体を振った。
『それはもういい。で、今後はどうするつもりなんだ?』
おっ、挽回するチャンスだ。
俺は拘束された体をピンと伸ばして姿勢を正した。
「はいっ! 魔族側に関しては情報収集を継続するとともに、何やら不審な動きを見せる者がおりますので、ソイツを何とか掌握できないかと考えております!」
ンパ様が頷く。
とりあえず納得してくれたみたいだ。
「そして、人間側に関しては、どうやら、魔人というのは人間社会に潜入できるそうなのです。だから、俺もいずれは潜入して、より工作活動しやすい立場になれそうです!」
『待て。その潜入というのは、いつできる? もう具体的に話は進んでいるのか?』
「い、いいえ……」
あ、冷や汗が……。
『そうやって流れに身を任せていたら、私は永遠と待たされる事になりそうだな?』
「あ、いや、それは……あの、質問があるのですが?」
『言ってみろ』
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「あのですね、助っ人を用意して頂く事はできないのでしょうか?」
『と、言うと?』
「つまり、俺以外にも誰かを魔人転生して頂けないかと思いまして。どうにも俺1人だと限界があると……」
『なるほど、自分にはできないと弱音を吐くのか?』
あ、イラつかせたかな?
「いえ、弱気になってるわけじゃないんです。ただ、人数が多い方が効率的で早く目的も達成できるかなーって?」
実際そうだよね?
俺がいかに優秀でも、天才的頭脳と体は1つしかないんだから。
『悪いがソレはできない。前に説明したと思うが、この世界はある種の秩序が働いている。これ以上送り込めば気づかれてしまうだろう』
そういえば、そんな事も言ってたな。
『わかったか、アーティ? お前1人でやってもらわねばならないんだ。しっかり頼むぞ』
「はい」
ちょっと納得は行かないが、仕方ない。
ご主人様に僕があれこれ言っていいはずがないのよ。
でも、質問はさせておくんなまし。
「ンパ様、実は気になる事があったんです」
『何だ?』
俺は将軍会議が終わった後、レーミア様と一緒にいる時に見たビジョンの事を説明した。
「――いきなりそんなビジョンが頭の中に浮かんできたんです。あのレーミア様いや、レーミアと一緒の時です」
『それは具体的な映像としてか?』
どうやら、ンパ様も興味を引かれたらしい。
「いえ、何というか、抽象的な映像を断片的に見せられているみたいな。途切れ途切れのフィルムみたいに……」
『ふむ』
ンパ様は何やら思案している。
「あと、声ですね……【無意識領域下】なるモノをご存じですか?」
『……知らないな』
あれ?
何か今、微妙に間があったような?
『とにかく、それは私にもわからない現象だ。それでお前の精神や体に異常はあるのか?』
「いえ、特に」
『ならば気にする必要もないだろう』
「あ、はい」
ンパ様は俺を触手から解放した。
『アーティ、しっかり励めよ』
「はい、誠心誠意頑張りまする」
ンパ様は頷くと、陽炎のように消えていく。
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――――――
――
「ぴえーろぉ!! ハッ!」
俺は勢い良く起き上がった。
今度は夢じゃない。
そろりと両隣を見ると、セリスとシャーナの無防備な寝顔。
「……」
さて、今度は邪魔をされないわけだから、やる事は1つしかない。
俺はシャーナの顔に近づいて行った。
その魅力的な唇に熱いチッスをッ!!
「……あ」
シャーナの目が薄く開く。
かと思ったら、しだいに目を大きく見開いていった。
「あ……あぁ……あん……たッ」
上手く状況を掴めてないな。
面倒な事になる前にさっさと退散だぁ!
「やぁ、おはようシャーナちゃん! 今日も1日頑張ろう!!」
俺はベッドから飛び出して、部屋を突っ切った。
それ程広くないから、すぐに木製の扉へとたどり着く。
扉を開き、シャーナの方を振り返る。
「寝顔、可愛かったゾ!」
ウィンクして扉を閉め、回廊を駆ける。
部屋からシャーナの悲鳴が聞こえたが、まぁ、気にしない。
ある程度まで来たところで、俺はゆっくり歩き始めた。
そういえば、ここでの俺の部屋ってどこになるんだろう?
まだ聞いてなかったや。
と、まぁ、困り果てているところ。
前から見知った魔族がやって来る。
「やぁ、おはようイーティスちゃん!」
あの流れるような金髪は、たとえ300メートルと離れていたって見つけられる自信があるぜ。
「……!?」
イーティスちゃんは俺を無視して通り抜けようとするが、急に鼻を抓む。
「これ……お酒の臭いですか?」
そう言って顔をしかめる。
「そだよ。なに? イーティスちゃんも飲みたかった? だったら今度一緒に行こうか? てか、今夜行っちゃう?」
イーティスちゃんは鼻から手を離すと、嘲りの笑みを浮かべた。
「まったく、駐屯地に戻って早々夜遊びとは責任感の欠片もありませんね。あなたからはあのダークエルフたちの臭いもします。一緒に飲んでいたのでしょう? これだから低魔族の集まりは……」
イーティスちゃんは大げさにため息を吐いた。
なるほど、徹底してダークエルフが嫌いなのか。
「いや、ダークエルフの匂いが付いているのは、別の理由のせいなのよ。昨夜は、彼女たちとベッドを共にしてね。そのせいなんだろうね、匂いが染みついている理由」
チラッとイーティスちゃんに目をやると、頬を赤くして狼狽えている。
「な……なん!?」
「どう? イーティスちゃんも今夜、俺とベッドを共にしてみるかい?……君の匂いで俺を染めてくれよ」
最後らへんは彼女の耳元に囁いてみた。
「はぁ!? こ、このケダモノが!? 汚らわしいッ!!」
そう言って俺を押しのけると、イーティスちゃんは足早に去って行く。
そんな後ろ姿をニヤニヤと見つめる俺なのであった。
それからまた回廊を彷徨う俺。
この建物、意外に広いぞ。
とりあえず、レーミア様の部屋を探しているのだが、どこかさっぱりわからん。
あれ以来、まだ他の魔族とはすれ違っていない。
まだ、朝が早いせいかな?
あぁ、こんな事ならさっきのイーティスちゃんに聞いておけば良かった。
何であんなに彼女をいじりたくなるのだろう?
彼女を見ていると、また新たな道に目覚めそうだ。
などと、下品な妄言を呟いていると、
「あ! ダーティさん! こんなところにいたんですかぁ! ってお酒臭いですねぇ!」
振り返ると、リリアンナがいた。
「あ、おはようリリアンナちゃん!」
「おはようじゃないですよぉ! 部屋の場所教え忘れてたの思い出したから、早起きして探し回ってたんですよ?」
君が教え忘れていたのかい。
うっかリリアンナめっ!
「あれぇ? 何か嬉しそうですねぇ、ダーティさん。良いことでもありましたぁ?」
「うん、昨夜からミラクルが続いていてね。それより、リリアンナちゃんはどうだったの? 昨日は楽しめた?」
リリアンナがニッコリと微笑む。
「はいっ! 久しぶりに、リリアンナとレーミア様の熱い闘いが繰り広げられたのですぅ!」
彼女は目をキラキラと輝かせている。
あぁ、この娘は本当にレーミア様の事を好いているんだな。
てか、この2人、ホントの姉妹みたいだぜ。
「あ! ダーティさん、お部屋に案内しますぅ!」
「あ、そうだった。お願いするわ、リリアンナちゃん」
「はいっ! お願いされましたぁ! では、しゅっぱ~つ!!」
俺はリリアンナに案内されるがままについて行った。
この将軍の城とも言うべき建物は、5つのブロックに分けられているらしい。
それぞれの将軍とその直属の部下で4つ。もう1つは共同のブロック、食堂や訓練場などだ。
どうやら俺は逆に進んでいたらしく、再びシャーナたちの部屋を通り過ぎる事になった。幸い、彼女たちとは遭遇しなかったけどね。
と、なんやかんやで部屋の前へとたどり着く。
他の部屋と同様、木製の扉。
ここのノブにも魔力認証が備え付けられているらしい。
俺は礼を述べ、扉を開いた。
「ダーティさん。今日から再び訓練が始まるそうですぅ。午前はシャーナちゃんによる戦闘訓練、午後はセリスちゃんによる人間社会のお勉強らしいですぅ」
「お、おう、ありがとうリリアンナちゃん」
「いえいえ、それでは~!!」
俺は扉を閉め、一息吐いた。
とりあえず、風呂に入ろう。
◆
それから1時間後。
シャーナによる戦闘訓練だ。
あの朝チュン以来の顔合わせだ。
会ってそうそう怒鳴られるかと思ったが、そんな事はない。
彼女は笑顔で「訓練を始めましょう」と言った。
場所は共同ブロックにある訓練場。
壁や床は魔王城下の館の訓練場と同じ素材。だけど、こっちの方が広いし、何やら様々な訓練器具が備え付けられている。
俺がキョロキョロと辺りを見回していると、シャーナが声を掛けてきた。
「さて、ダーティ。私がお兄様の訓練を引き継いだわけだけど、もちろん、兄様の訓練メニューを継承して行うわよ」
あぁ、またあの落書きをやるのか……。
「ただし、今日は実戦訓練を行うわ」
「え?」
実戦?
あぁ、確かロイと最初にやったな。
「……言っておくけど、生半可な気持ちで臨まないようにね。これは殺し合いよ、本気で来なさい」
え?
「い、いや、シャーナちゃん、これは訓練なんだから、ある程度手加減を――」
「いいえ、コレは殺し合い。少なくとも、私は本気でお前を殺しに行く、いえ、殺す」
「ひっ!」
ヤバイ! 目が本気だ。めちゃくちゃ殺気を放ってやがる。
「魔鬼理も魔手羅も使っていいわよ。私も手加減なく使うから」
「あの、シャーナちゃん……もしかして、怒ってる?」
「もしかしなくても怒ってる!」
ひっ!
修羅の目だっ!
本気で殺される!?
「シ、シャーナちゃん、昨夜の事は俺も何が起こったのかわからないんだ。だから――」
「言い訳なら、あの世で冥王にでも言いなッ!!」
シャーナが突進してくる。
生き残りを賭けたサバイバルが始まった。
◆
数十分後。
「ハァ、ハァ、ハァ」
俺は壁に手を突き、息を整えていた。
対照的にシャーナちゃんはまったく息切れしていない。
これがレベルの差ってヤツか。
「お前も中々しぶといわね。さすが魔人と言ったところかしら?」
「ハァ、ハァ、守備力だけは、自信があるからね!」
まったく、酷いぜ。
シャーナは宣言通り、容赦なく魔鬼理を使ってきた。
俺も隙を狙って反撃するが、まったく届かなかった。
こんな一方的なの訓練じゃないやい!
だが、
良い事もあった。
彼女が魔鬼理を使うという事は、俺もソレが使えるようになるって事だ。
≪斬風≫
≪風鎧≫
この2つの魔鬼理を習得してやったぜ!
「さ! 続けるわよ!」
とシャーナ。
「ちょ、マジ!? 早くない?」
「もう十分休んだでしょ? ほら、構えて!」
いや、いや、いや、今度はマジで死んでしまう。
誰か助けてー!
と、思えば、案外叶うモノで……。
「お、誰かと思えばダーティじゃねぇか!」
俺とシャーナが入り口を振り返ると、そこにはトゥーレ将軍とその部下のオーガたちがいた。
「なんだ? その様子だと、もう大丈夫みてぇだな!」
そう言ってコチラに近寄って来る。
「昨日はありがとうございました」
シャーナが頭を下げる。
俺も慌ててそれに倣う。
どうやら、酔いつぶれた俺たちを運んでくれたのは彼ららしい。
ありがたい話だが、何で俺も一緒のベッドに寝かせたんだろうね? いや、ありがたい話だけどさ。
「いやいや、礼なんて。元はと言えば、俺があんなモノを飲ませたせいなんだ。悪かったな、ダーティ」
トゥーレが俺の肩をポンポンと叩く。
「トゥーレさん! ここは詫びもかねて、どうです?」
背後のオーガが何か提案している。
「ふむ、それもいいかもしれんな」
それを受けてトゥーレが何か考え込む。
「よし! ダーティ、昨日のお詫びだ。俺が戦ってやるよ!」
は?
「だから、俺が手合せしてやるよ、せめてもの償いだ」
いや、いや、いや、それのどこが償いだよ! アホか!
「良かったなぁ、ダーティ! 将軍自らが手合せしてくれるなんて、そう滅多にねぇぞ!」
と、先程のオーガ。
て、てめぇ、ぶち殺すぞ!!
余計な事言いやがって。
「それは光栄な事だわ。良かったわね、ダーティ」
シャーナがニヤニヤしながら言う。
そ、そんな、助けてシャーナちゃん!
「さぁ、遠慮する必要はねぇ。全力で来な!」
トゥーレはそう言って首をゴキゴキと鳴らす。
こりゃ、助けなんかじゃねぇ、さらに殺しに来てやがる。
まさか、将軍と手合せする事になるなんてッ!!




