「重要なのは、これが事前なのか事後なのか、それだけだ……」
俺は何かを強要してくるヤツが嫌いだ。
特にカラオケッ!
自分が楽しいのだからお前も楽しいだろう、とかね。
特にカラオケッ!!
盛り上がれないとかマジこいつツマンネー、とかね。
特にカラオケッ!!!!
結論。
俺はカラオケが嫌いだ。
音痴舐めんな。
って、そうじゃない。
要するに、当人の望まない事を押し付けるのはやめて欲しいぜって事だ。
今、俺はアホなオーガどもに担ぎ上げられ、【巨神ガメの甲羅】内部の通りを駆けている状況だ。
甲羅の内部とは言うが、道はちゃんと舗装され、建物もしっかりとした石造り、色んなお店の看板も見える。もう街と言っていい規模なのだ。
俺は叫ぶ気力もなく、ぼんやりと天井を眺めた。
ドーム型になっており、いくつかの通路や、外へと繋がる穴が見える。
外からはただの山にしか見えない、偽装された砦、それが【巨神ガメの甲羅】なのであった。
「さぁて、着いたぞ!! 【亀のヘソ亭】によこうそ!」
その言葉と共に、視界が遥か上の甲羅から、木製の天井へと切り替わる。
どこかの建物内に入ったのだ。
籠った煙っぽい空気。
焼き魚の匂いやアルコールのキツイ匂いもする。
居酒屋みたいだな。
「ほら、降ろしてやれよ」
トゥーレの声を合図に、俺は椅子に座らされていた。
何十人か余裕で座れる長いテーブル。
そこにトゥーレやオーガたち、そして、シャーナとセリスが腰かけている。
「そんな仮面取っちまえよ、飲めねぇだろ」
と、1人のオーガ。
「いや、他のヤツらには見られない方がいいって――」
「そんな事気にする必要ないよ! 今日はこの店、ウチラで貸し切ってんだ」
女のオーガが遮り、俺のフードをむしり取る。
「あ!」
た、確かに、俺ら以外には誰もいねぇ。
店内はそれ程広くないのだが、こうも誰もいないとなるとな……。
右を見ると、カウンターがある。
そこには角を生やした男と、3人の毛深い娘たちが控えていた。
彼らは店員だろうか?
「他の連中は別のところで飲んでんのさ」
女のオーガがウィンクする。
可愛くねぇぞ。
「よーし、それじゃあ、ビル! 頼むぜ!」
トゥーレがカウンターに向かって叫ぶと、そこにいた男が笑顔で頷き、毛深い娘たちに指示し出した。
それ程時間が掛からない内に、数品の料理と凝ったデザインのジョッキが置かれる。
ジョッキ内には緑色の液体が入っている。
「これ何?」
幸い隣に座っていたセリスに小声で尋ねた。
「パンネキッツよ」
「え?」
「だから、パンネキッツ。パンネロの実から作られたお酒。あんた、お酒は飲んだ事あるの?」
「まぁ、ビールとか梅酒とか――」
「ビール? 梅酒? 何それ?」
怪訝な顔をするセリス。
「いや、いいんだ」
俺は改めてその緑色の酒を眺めた。
すると、みんながジョッキを持ち、立ち上がる。
俺もとりあえずマネをする。
トゥーレがみんなを見回し、
「えー、では、お前らの王国偵察の労いと、えーと、名前は……そう、ダーティだ! エヘン、このダーティの魔王軍入隊を祝して……乾杯っ!!」
それを合図にジョッキをぶつけ合う音が響く。
俺は恐る恐る、そのパンネなんちゃらを喉に流し込んだ。
「――!?」
なんだコレ!?
俺が今まで飲んだきたどの酒よりもキツイぞ!
ちょ、喉が吹っ飛びそうだ。
「ゲホ! ゲホ!」
咽る俺。
そんな俺を見てシャーナがニヤニヤする。
「なーに、ダーティ? ちょっと刺激が強すぎた?」
すると、他のオーガも便乗してくる。
「おいおい、魔人殿! これはまだ軽い飲み物なんだぜ?」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる。
もう! 飲ミニケーションってやっぱクソだわ!!
と、初めは思ったのだが、
数十分後。
「うええぇぇーいッ!!」
パンネキッツを思いっ切り飲み下す俺。
なるほど、中々どうして悪くない。
こう、クセになる味?
もう、ほろ酔い気分も通り越して、気分アゲアゲって感じ?
「うええぇぇーいッ!!」
俺のテンションを上げてくれている要因は酒だけじゃない。
「ダ~ティ! うふふ、飲んでるかぁー!!」
そう言って俺に寄りかかってくるのはセリス。
普段のクールな感じはどこかに吹っ飛んでしまったらしい。
なるほど、セリスちゃんは酔っぱらうと豹変するのか、グヘヘ。
「そういうセリスちゃんは、どうなんだいっ!」
「アタシぃ? アタシだってまだまだ飲めるも~ん!!」
俺たちは互いにジョッキを持った腕を組み、セリスは俺の口元に、俺はセリスの口元にジョッキを運ぶ。
初めての、共同作業!!
周りのオーガたちが笑い、囃し立ててくる。
「ゴクゴク……プハァ! ダ~ティ!」
セリスはジョッキを降ろすと、なんと俺に抱き着いて来た!
「わーおっ!」
オーガたちは冷やかし、トゥーレも高らかに笑う。
ただ、シャーナはギョとした顔で俺たちの元に駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっとお姉さま!! 離れて!!」
「何よぉ、シャーナ。邪魔しないでよぉ」
シャーナは狼狽えつつも、俺とセリスを引きはがそうとする。
「イテテ! シャーナちゃん、痛い!」
「お前は黙ってて!!」
結構力を込めて俺たちを離そうとするが、その度にセリスはさらにきつく抱きしめてくるのだ。
いい匂い。それに、当たってる……アレが当たってる……。
「離れて、お姉さま!」
「いーや! だってこうしてると気持ちいいんだもん」
そう言ってセリスは頬擦りしてくる。
「なっ!?」
我は天国を見つけたり。
「ダークエルフの娘ってのはお盛んだねぇ」
オーガの女の声が聞こえた。
「まったく、もうっ!!」
シャーナは手を振り上げ、俺たちの間に振り下ろした。
すると、見えない何かにぶつかる衝撃。
≪風壁≫
と頭に浮かぶと同時に、俺は別のテーブルへと吹っ飛んでいた。
大爆笑が巻き起こる。
ま、まさか、魔鬼理を使ってくるとは。シャーナ……恐ろしい娘ッ。
「ははっ! 大丈夫かダーティ?」
そう言って助け起こしてくれたのはトゥーレだ。
「ありがとうございます、トゥーレ将軍」
「災難だったなぁ、ま、これでも飲めよ」
そう言って、トゥーレはジョッキを差し出した。
中身はパンネキッツじゃない。赤い液体だ。何だろう?
「これって何ですか?」
トゥーレはニヤリと笑う。
「"ヘルボルケーノ"って名前の酒だ。覚悟しとけよ、パンネよりもキツイぞ?」
俺もニヤリと笑みを返す。
「臨むところですよッ!」
そう言って、俺はヘルボルケーノを喉に流し込んだ。
「――!?」
うおっ!
喉にマグマを流し込まれているようだ。すっげぇ!
ゴク、ゴク……。
そして俺は気を失った。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――――
――
「くらぁーく!! ハッ!」
目が覚めると、俺は暗い部屋にいた。
体に感じる感触から、どうやらベッドに寝ているようだ。
だけど、何かおかしい。
てか、俺の横に誰かいる!?
俺は恐る恐る横に視線を向けた。
「なっ!?」
横にいたのはなんと、シャーナだった!
ベットに顔をうずめながら、寝息を立てている。
俺は反対方向に目線を向けた。
そこには案の定、セリスの姿。
ダークエルフのサンドイッチである。
まて、まて、まて、まてぇ、まてええぇぇ!!
あの飲み会から何があった?
まったく記憶にねぇ。
いや、重要なのはそこじゃねぇ。
重要なのは、これが事前なのか事後なのか、それだけだ。
俺は視線を下に向けた。
ちゃんと履いている。
つまり、事前だな。
よし、ならばやる事は1つ。
据え膳食わぬは男の恥よ!……ちょっと違うけど。
ええい! そんな言葉の定義など、どうでもよいわ!!
まずはシャーナちゃんのその程よい肉感の唇にチッスを……。
って、アレ?
おかしいな、体が動かない。
何で?
え、指一本動かせないんだけど?
金縛りにあったみたいだ。
ええいっ! なぜだ? なぜ動かん!? 俺!
目の前に天国があるのにっ! これじゃ、生殺しだぜ!
動かせるのは視線だけだ。
俺は改めて視線を下に向けた。
触……手……。
いつの間にか俺の体に触手が巻き付いている。
これは、まさか……。
『久しぶりだな、アーティ』
あぁ、この声は!!
俺は声のする方に視線を向ける。
そこには触手で覆われたグロテスクな怪物。
羽をパタパタさせて宙に浮いている。
触手の一部が長く伸び、俺に巻き付いていたのだ。
「あの、どちら様でしたっけ? 人違い、いや、魔人違いでは――」
『ほほぉーう!』
怪物は吠え、触手を締め付けてくる。
「ひっ! ごめんなさい、冗談です! ンパ様サマ!!」
『もう遅い!』
ンパ様はその強靭な力で俺をベットから引き上げる。
『久しぶりの罰だな。特と味わうがいい』
「いいいっやああああぁぁぁぁ!!……あ!」
懐かしい感触……。




