「しばらくここには来れな≪血の記憶≫いんだろうな……」
「レーミア様、質問をしてもよろしいですか?」
前を行くレーミア様に問い掛けた。
今、俺たちは魔王城からレーミア様の館へと通じる階段を降りている。
この会議で出てきたいくつかの意味不明な単語について、今のうちに尋ねておこうと思ったわけよ。
どうせ、この後は北大陸への移動でバタバタする事になるだろうからな。
「それはさっきの会議で聞いた事に関して?」
「はい」
「悪いけど、それは後にまとめて答えてあげる。明後日、北の砦に戻るわよ。その道中にでも答えてあげるから」
俺は驚きの声を上げた。
そりゃ、北大陸に戻る事はわかっていたが、まさかこんな急にとは思わなかったぜ。
「……あの、例の黒幕は何か行動してくるでしょうか?」
レーミア様が立ち止まり、こちら振り向く。
ひっ!
質問しちゃいけないんだった!
「質問は後でと言ったばかりなのに……まぁ、特別に答えてあげる」
「えへへ、ありがとうございます」
と、レーミア様がズイッと顔を近づけて来た。
「いい? 私の特別は安くはないわよ?」
ひえっ!
「あ、あの」
「冗談よ。そうねぇ、今回の会議の件は確実に他の将軍たちにも広まるわ。それと、本当はあってはならない事だけど、一部の高魔族の権力者たちにもね……絶対に食いついてくる」
レーミア様はハッキリと言い切った。
「どういう形にしろ、お前に必ず接触してくるはず。その時お前が北大陸の砦にいれば、その存在を大分絞り込めると思わない? 少なくとも魔都よりは接触する者の数は少ないでしょ?」
なるほど。
「……あぁ、そうだ。あれだけ挑発してやったわけだから、相手はお前の事を警戒、若しくは命を狙ってくるかもね」
「……」
「でも安心して? 私が守ってあげるからね」
そう言って彼女は階段を下り始めた。
「……」
彼女の言う通りだ。
俺が危惧している事そのものを彼女は指摘した。
俺の考えの1つとして、その黒幕を何とか手中に収められないかってのがあった。それか協力関係を結べないかとな。
魔王やレーミア様にとっては危険分子。だが、俺にとっては都合の良い協力者になってくれたかもしれない。
だが、
今となってはそれも不可能に近い。
なぜなら、今回の件で、俺は明らかにその何者かの脅威になってしまったからだ。
その者は俺に必要以上の警戒心を抱く事だろう。協力関係を築くのは難しい。
そこまで考えていたんだろうか、この女性は……?
黒幕への挑発だけではない、俺の動きも封じる為に?
それは考えすぎだろうか。
ふと、目の前を歩くこの女性がとても恐ろしいモノに思えた。
心の奥底から何かが蠢いて来る。
赤い月。
世界は血に染められる。
見えない鎖にどんどん締め付けられていく。
ンパ様に感じる恐怖とは違う、ジワジワと染み込んでくる恐怖。
ヒタヒタと這い寄る冷たい吐息。
――冷たい赤、紅、緋、朱、アカ……イ、ツキ
その冷めた目は、俺の考えをすべて見透かしているようだ。
――流れる血、血、血、チのジュバク……
そのほっそりとした色白の指は、俺の心臓をやさしく包み込み、緩やかな死へと誘う。
――君は……ダレ?
血が凍り、時は止まり、俺は停止する。
彼女の永遠の奴隷。
ナ
ゼ……?
『あなたは【無意識領域下】に蠢く者どもをご存知ですか?』
い
し
き
が零れ落ちていく……。
『ねぇ、今日は天気も良いし、巨神ガメに乗って行きましょうか?』
―――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――――
――
ハッ!
何や今の?
俺はいつからクサイポエマーになったんだい!?
くそっ!
なんか知らんが、変なビジョンが頭の中に浮かんできたんだよな。
それに最後らへんに聞こえた声。
最初は男の声。そのあとは女性の声だったけど、ありゃ一体……。
「どうしたの? 早く行くわよ」
前を見ると、レーミア様が不審げにコチラを見ていた。
「あ、はい、すみません」
「疲れちゃったのね。ゆっくり休みなさいな」
俺は頭を降り、再び階段を下りはじめたレーミア様を見つめた。
しかし、その後ろ姿は何も語っていなかった。
◆
翌日。
これまでと同じように、俺はロイの訓練を受けていた。
やっている事は、魔手羅と普通の手を使って壁に図形をひたすら描き続けるという、絶望的に退屈なモノだ。
「大分綺麗な図形を描けるようになったね」
「そりゃ、あんだけやらされりゃな……」
ロイは満足げに頷いたが、ふと顔を曇らせた。
「まだまだ君に教えたい事はたくさんあるのに、僕の訓練は今日で終わりなんだね」
あぁ、そうか。
ロイはこの館に残るのだ。
だから、俺とは離れ離れになってしまう。ロイの訓練は中途半端なところで打ち切られるのだ。
「なぁ、ロイ。あんたからは戦いの基礎を教えてもらったんだ。向こうに戻ってもやっていけるよ。だから、心配無用だぜ!」
だが、ロイは首を振る。
「そんな事はどうでもいいんだッ!!」
「……あ?」
何だコイツ?
「僕が悔しいのはなぁ……君たちが砦に戻った後、新たに君の訓練を担当するのがシャーナとセリスだって事だよッ!!」
「……あ?」
ロイは大きく腕を振った。
「訓練では……時に肌と肌を触れ合わせる事があるッ!! 君がぁ、シャーナとセリスの素肌に触れるなどぉ! あああああぁぁぁ!!」
こいつ、ナチュラルに俺を侮辱してやがる。
「おいおい、落ち着けよ! なぁ、大丈夫だよ。俺は紳士なんだ。俺が彼女たちにハレンチな事するようなヤツに見えるか?」
「……見える」
テヘッ! やっぱり?
俺はポンポンとロイの肩を叩いてやった。
彼はプルプルと震えたか思うと、いきなり俺の両肩を力強く掴んできやがった。
「イテテ、何だよいきなり!」
「いいかい、ダーティ?」
ロイはグイッと俺に顔を近づけてきた。
ちょっとー、ロイさん、目が血走ってるから! 怖えぇよ!
「もし……妹たちに手を出したら……その時は君の〇〇〇をもぎ取って君の〇〇にぶち込み、最後に〇〇〇してやるからね。わかったね?」
あまりにも下品すぎて翻訳が正常に働いてない。
何このシスコン? マジ、怖い……。
「ロイさん、ロイさん、怖いから! ね? 暴力は良くないよ? そうだ! 俺と不戦条約を結ぼう! そうしよう!」
「わかったねッ?」
「イエス、サー」
◆
翌々日の夕刻。
俺たちは魔王城の塔に備え付けれたヘリポートのような場所にいる。
初めて魔王城を訪れた時に降り立った場所だ。
巨大なワイバーンが数匹、のっそりと佇んでいる。
これから北大陸に戻るメンバーは、レーミア様、リリアンナ、セリス、シャーナ、俺、そしてシェイプシフターのポー。さらに、フェムートの部下のイーティスちゃん、西方将軍ファントムとその他の部下数名だ。
フェムートはこの場にいない。何でも、南大陸に向かったとか。
しかし、なぜ、イーティスちゃんはフェムートに付き添ってないんだろう?
気になる。けど、教えてはくれなかった。
それ以上に気になるのはファントムだ。
彼はなぜ北大陸に来るのか?
四方の内で最も優秀な北方軍の見学をしたいのだとか。
上辺だけは何とでも言えるわな。
その腹の底に何を抱え込んでいることやら。
魔都に残る何名かの者たちが見送りに来ていた。
そのほとんどがレーミア様の部下なんだけどね。
ロイと、そしてミカラも魔都に残るのだ。
正直、ミカラとはあんまり話せていなかったから、なんか印象が薄いんだよね。
「ミカラ! お兄様の事よろしくね」
シャーナがリリアンナと意味あり気に顔を見合わせる。
2人ともニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「えぇ、任せて」
ミカラはミカラで苦笑いを浮かべている。
こりゃ、何なんだ?
「ねぇ、シャーナちゃんとリリアンナちゃんは何であんなに笑ってんの?」
俺は隣のセリスに尋ねてみた。
「あんたが気にする事じゃないわ」
「ほ?」
さらに問い詰めようとした時、ロイから声を掛けられた。
「ダーティ……」
「おう、ロイ! しばしのお別れ――」
「昨日の言った事、わかっているね……?」
近い近い! ロイさん、顔近い!
「あ、あたぼうよ」
「君を信じているからね?」
俺は何度も頷いた。
ロイは安心したように顔を離す。
「そういえば、ダーティ、例の工作物はもうでき――?」
「わー!!」
俺は慌ててロイの口を塞いだ。
「な、なに?」
ロイがびっくりしたように言う。
俺はリリアンナの方を見た。
彼女はシャーナと何やら楽しげに話している。
聞こえてないな。
俺は安堵のため息を吐き、ロイに向き直る。
「ロイ、あれは内緒にしてるんだ。サプライズってヤツだよ、サプライズ」
「そ、そうだったのか。すまない」
「……2人とも何してるのよ?」
セリスが怪訝な顔をして俺たちを見ていた。
「あはは、何でもないよ」
とりあえず誤魔化しておく。
ロイがそんな事を口にした理由。
それは将軍会議があった日の午前中に遡る。
俺はロイに、金属の切れ端でも貰えないか尋ねた。
その理由を説明すると、ロイは快く承諾してくれたのだ。
それから俺は貰った金属で、ある物を作っているわけでな。
「ダーティ殿!」
振り返ると、トビアスが笑顔でコチラに近づいてきていた。
「トビアスさん、短い間でしたが、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ」
トビアスはふと考え込み、手で鼻を抓んだ。
「確か、こうでしたね……ポウッ!」
あぁ、俺の挨拶を真似してくれているのか。
俺はフードを外した。
その下の顔は元の顔だ。
俺も鼻を抓み、
「ポウッ!」
笑みを浮かべるトビアスの体から、青い文字が浮き出てくる。
---------------------------------------------
魔王補佐役 トビアス 190歳 男 レベル:900
種族:人狼
【基礎体力】
生命力:980 魔力:100
攻撃力:50 防御力:60(+10) 速力:50
【魔鬼理】
表示不可
【装備】
・マルクルの正衣 防御力(+10)
----------------------------------------------
低……!?
生命力以外は俺以下じゃん!
でも、レベルは900だし、魔鬼理は表示不可か。
それに種族は人狼……。
何か訳ありって感じかな?
「魔王様も顔を出したかったでしょうがね、残念がっていると思いますよ」
「あの、魔王様はまだ"大海の主"というお方の元に……?」
トビアスはため息交じりに頷いた。
「えぇ、"主"のご機嫌取りは何よりも重要ですからね」
そこまでなのか……。
「そろそろ出発しましょう!」
レーミア様が大きな声を出した。
「では、良い旅を」
「ありがとうございます」
トビアスの元を離れ、ワイバーンたちのところに近寄った。
「さて、どのワイバーンに乗り込もうかな? あ、イーティスちゃん、一緒に乗ろうよ、ね?」
「ダーティ、あなたはこっちよ」
レーミア様が手招きする。
うっ、
やはりレーミア様と一緒か。
あのビジョンを見て以来、どうにもレーミア様に近寄り難いんだよね。
「ささ、ダーティさん、早く乗り込みましょう!」
後ろから背中を押された。リリアンナだ。
「リリアンナちゃんも一緒に乗るの?」
「はいっ! そうですよ!」
あぁ、マイエンジェル!!
彼女がいるだけで空気が軽くなるぜ。
「もうリリアンナちゃん最高! マジ天使、リリアンナちゃんマジ天使」
「え? 天使って何ですかぁ? リリアンナはサキュバスですぅ」
「いやね、最高にかわいいって事だよ!」
「そうなんですかぁ。えへへ、当然ですぅ」
「はいはい、さっさと乗んなさいよ!」
「あ痛て!」
後ろから頭をシャーナに叩かれた。
俺たちを乗せたワイバーンたちは、見送りの魔族たちに見守られながら、暁の空へと飛翔した。
ロイやミカラ、トビアスが手を振ってくる。
特にロイは涙目でシャーナとセリスに手を振っていた。
夕日に照らされた魔都が眼前に広がっている。
しばらくここには来れないんだろうな。
ちょっと寂しい。
ワイバーンたちは見張り岩を越え、魔都の外へと飛び出して行った。
ドウ
シテ……?




