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「とりあえず、この場はレーミア様の勝利だな」

 "大海の主"とは何者なのか?


 そんな俺の疑問を余所に会議は普通に始まった。

 俺だけ置いて行かれている気分だ。


「――今回のゴブリンの暴動についてですが、順を追って確認していきましょう」


 トビアスが淡々とした調子で話しを進めて行く。

 この会議の進行役は彼のようだ。


「補足箇所があれば、レーミア将軍。あなたから指摘して頂けると助かります」


 レーミア様は軽く頷いた。

 それを合図にトビアスは話し始めた。


「この一連の騒動はゴブリンの先王クラムギールの無断な出征から始まります」


 トビアスは要点を押さえて、簡潔にクラムギールの行動を説明していった。


 何者かの指示で動いていた事。

 その何者の正体と目的、クラムギールと接触した経緯は目下調査中である事を告げた。


「クラムギールはこの件の数日前より、お付きの者と四砦を巡っていた事がわかっております。その目的は各地のゴブリン兵の査察と激励の為です。そして最後の北大陸にて事を起こしたのです」


 そして、クラムギールたちが人間の町を占拠してから尤者に殺害されるまでを語る。そのほとんどは、俺がレーミア様にしゃべったモノだ。


「よろしいかしら、トビアス殿?」


 レーミア様が軽く手を挙げた。


「どうぞ、お願いします」


 トビアスは先を促した。


「この件に関して、私には疑問に感じている事があるの」


 レーミア様はゆっくりと円卓の将軍を見回し、そして背後の俺に視線を向けた。


「実際にその現場を目撃した者は、この後ろにいるアルティメットだけよ。あぁ、彼は新たに出現した魔人なのだけど、それはまた後で。とにかく、彼の話を信用するとした場合、気になるところがあるのよ」

「そりゃ、何だ?」


 ベルトールが張り出した腹をポリポリ掻きながら尋ねる。

 まったく、品の無いヤツだな。


「アルティメットが町の異常を察知した時、壁が破壊されていたそうなの。私の疑問はここよ。壁を破壊したのはゴブリンたちなのだろうか? ってね」

「はぁ? ゴブリンみたいな低俗なヤツらでも、辺境の町程度の壁だったら破壊できるだろうが」


 レーミア様は首を振る。


「確かにゴブリンたちでも壁は破壊できた。だけど、"序数持ち"がいない町で耐久性の低い壁だとしても、奴ウ力を用いて作られていたはず。ゴブリンたちでは手間取ったはずよ」


 序数持ち? 奴ウ力を用いて作られた? ダメだ、ついていけねぇ……。


「いったいそれが――」

「少し黙りたまえ、ベルトール」


 さらに文句を述べようとしたベルトールをフェムートが制した。


「す、すまねぇ、フェムート」

「続けてくれ、レーミア」


 ベルトールは狼狽えている。

 そんな彼を無視して、フェムートは先を促した。

 レーミア様は頷くと、俺の方を振り向いた。


「ところでダーティ、町やその周辺の様子はどうだった? 戦闘が行われた形跡はあったかしら?」


 他の連中の目がコチラを向いている。あぁ、俺って超重要人物って感じ? 


 おっと、悦に浸っている場合じゃない。

 あの時はどうだったっけ?

 確かに地面に血が流れていたけど、それくらいだな。壁と森の間の原っぱは荒れた様子もなかったし、建物も破壊されておらず、綺麗なモノだった。


 俺はその通りに述べた。

 あぁ、彼女が言いたい事がわかったぞ。


「そう、目立った戦闘の形跡は無かったのね? ありがとう、ダーティ。さて、これで壁を破壊したのがゴブリンたちだったとしたら、おかしくない?」


 レーミア様は他の将軍たちを見渡した。


「だって、壁の破壊に手間取っているうちに、町の住人は気が付いたはずだし、伐士たちも迎撃したはずよ。なのに、このアルティメットが言うには、戦闘が行われた形跡は無かった、伐士たちの死体は町の教会に集められていた。レッド・ジャケットの伐士だからといって、ゴブリンたちに一方的に殺戮される事は考えられないわ。不意を突かれ、何か別の者に手を下されたと考えられないかしら?」


 と、ここでレーミア様は一息吐く。


「まぁ、今まで話した事は所詮推測にしか過ぎないわ。調べようにも、痕跡は町ごと尤者に焼き尽くされてしまったのでね。まったく、タイミングの悪い事だわ」


 レーミア様がしゃべり終えると、室内は静寂に包まれた。

 各々、思うところがあるようだ。


 最初に口を開いたのはトビアス。


「なるほど。そのゴブリンたちに手を貸していた者はクラムギールに指示していた者と繋がりがあると……みなさん、何か意見はございますか?」


 将軍たちは互いに顔を見合わせている。

 特にベルトールはチラチラとフェムートの顔色を伺っていた。

 ははぁ、さっきの事といい、どうやら将軍同士にも上下関係があるようだな。

 セトグールに対しては、あんな横柄な態度を取っていたのにな。


 ファントムが手を挙げた。


「僕はレーミア将軍の推測に同意します。と言っても、その何者かが何の為にこのような事をするのか、まるで検討がつきません」


 それに続くようにしてフェムートが、


「レーミアの言わんとする事もわかります。が、彼女自身が述べたように、あまりにも憶測でモノを言い過ぎていますね。彼女の意見に傾倒するのは早計です」


 何名かの将軍たちが同意するように頷く。とりわけベルトールは力強く頷いていた。わかりやすい奴め。


「……他に意見のある方はいますか?」


 トビアスが問い掛ける。

 だが、今度は誰も何も言わない。


「では、ゴブリンの暴動の話に移らせてもらいます――」


 トビアスの淡々とした声が響く中、俺は隣のイーティスちゃんを見やった。

 全くの無表情である。何を考えているのかわからない。


「イーティスちゃ~ん、起きてるー?」

「……」


 思いっきり睨まれてしまった。



「――以降、セトグール王自らが率先して被害を被った領の復興支援を行っている状況です」


 イーティスちゃんに気を取られている間にトビアスは暴動についての話を終えていた。


「っけ! うす汚ねぇゴブリン共が! あんなヤツら全員殺しちまえばいいんだよ」


 予想通りのベルトール。

 ふん、短絡的な小物だなっ!


「そういう汚い言葉を使わないでくれ、ベルトール」


 フェムートが注意する。しかし、その声には咎める調子が全くない。


「まぁ、彼の気持ちもわからなくはないね。今回の件では、ゴブリンに対する罰が甘すぎるという意見が多く見られる。私も同感だよ」


 フェムートがレーミア様に向き直る。


「この件については、ぜひとも君の考えを聞いておきたい」


 レーミア様は大儀そうに深く座りなおす。


「別に罰を軽くしたつもりはないわ。暴動を起こした者たちはみな奈落の迷宮へと落とした。それで十分じゃない?」

「確かにね。だが、それは見せしめとしては効果が薄いように思う。聞くところによると、君も最初は処刑を行うつもりだったらしいじゃないか? なぜ、気が変わったのかな?」


 彼女はため息を吐いた。


「良くご存じの事で……」

「情報収集は私の特技の1つでね」


 このフェムートって男。見た目の爽やかさの割にネチネチしてやがるな。


「……あの時、処刑を実行していたらゴブリンたちの心に新たな憎しみを植え付けていたわ。そうなると、いつかまた彼らは暴動を起こしていたかも、いえ、それに留まらず、魔王様への反逆に繋がっていたかもしれない」


 レーミア様の言葉にフェムートは首を振った。


「君はゴブリン側に偏ったモノの考えをしているよ。他の種族の事も考えてくれ。処刑を行わなければ、彼らの憤りも収まるまいよ」


 冷めた目で金髪の男を見返すレーミア様。


「……その他の種族というのは、襲われたスケルトンやピクシーたちの事? それとも、お前の周囲の高魔族たちの事?」


 フェムートは吐き気を催す爽やかな笑みを浮かべた。


「レーミア……わかるだろう? その、なんだ、種族同士の微妙なバランスの問題なんだよ。ただでさえ、君は低魔族贔屓の編成を行っているんだ。これ以上は余計な反感を買うだけだよ?」

「私は贔屓したつもりは無い。優秀な者を登用しているだけ……それに、私は種族間のバランスなんてものには縁が無かったの。だから何が言いたいのかさっぱりわからないわね」


 他の将軍たちは沈黙して2人のやり取りを聞いていた。

 が、ここでファントムが仲裁に入った。


「まぁ、まぁ、フェムート将軍。このゴブリンの暴動に関しては丸く収まっているじゃないですか。それに新たなゴブリン王セトグールは以前僕の元にいた事があります。誠実な男でした。彼は上手くゴブリン族をまとめてくれるでしょう」


 フェムートは肩を竦めて黙り込んだ。

 それを肯定と受け取ったらしいファントムはトビアスに頷く。

 

 トビアスが話を先に続けた。

 

「では次の話に移りましょう……新たに現れた魔人アルティメット殿についてです。何度もすみませんが、レーミア将軍、お願いします」


 レーミア様は俺に前に出てくるよう指示した。


「先程も述べたが、彼はアルティメット。北大陸に出現した魔人で、尤者の攻撃から生き延びたところを私の部下が保護したのよ」


 そして、レーミア様は俺に魔手羅を見せるよう指示した。


≪出ろ≫!!


 2本の黒々とした魔手羅がそれぞれの袖から覗く。


「……小さいな」

「2本だけしか出せないのか?」


 円卓の将軍たちから囁き声が聞こえる。

 聞こえてるぞー!

 てか、2本だけしか……? え? もっと魔手羅を出す事ができたりするんだろうか?


「彼はこの社会に対する知識が乏しく、また戦闘術も未熟な為、私の部下が教育を施している」


 彼女は俺に指を向ける。


「いずれは彼も人間社会に潜入してもらう予定よ」


 ここでフェムートが手を挙げた。


「では、彼の素顔を確認させてもらおうか。いいね、レーミア?」

「そうね」


 レーミア様は笑みを浮かべて俺に仮面を取るよう指示した。


 俺はフードを外す。これで他の者に俺の顔が見えるはずだ。ただし――


「おいっ! 顔が違うぞっ!! 俺は前にヤツの顔を見ていたんだ!!」


 ベルトールが声を荒げた。

 あ~ぁ、レーミア様の期待通りの反応しやがって。


 他の将軍は驚き、俺とレーミア様を交互に見比べる。


「レーミア、どういう事かな?」


 フェムートが苦笑しながら問い掛ける。


「あら? あ、そうそう。この前ベルトールと会った時はシフターに頼んで顔を変えてもらったのよ。こっちが本当の顔ね」


 レーミア様はこの会議が始まって以来一番の笑みを浮かべている。

 楽しんでるなぁ。


「ふざけているのかな? その顔だって本物とは限らないだろう。今すぐ彼に魔鬼理を使用したシフターを連れて来てくれ」


 あぁ、おっしゃる通り、これは俺の本当の顔じゃねぇ。


 俺は磨き上げられた円卓に映っている自分の顔を見つめた。

 膨れた頬に、腫れぼったい唇。

 ハッキリ言おう。ブ男だ。

 こんなの俺であってたまるかいっ!


「さすが鋭いわねフェムート」


 レーミア様の皮肉。


「その通りよ。彼のこの顔も本物じゃない。実はね。彼には特殊な任務を与えてあるの。だからお前たちにも素顔を見せるわけにはいかないの」


 だが、フェムートは納得しない。


「それは何の説明にもなっていないよ。せめてどのような系統の任務なのか教えてくれないかな?」


 レーミア様は変わらず笑みを浮かべ、唇に指を当てる。


「ダメよ。本当はその任務の存在自体を秘匿しておきたかったのだけど……ほら、私ってやさしいでしょ? だからこうして教えてあげたのよ、感謝しなさい」


 フェムートも笑みを浮かべ、なおも反論する。


「悪ふざけが過ぎないかい? 少なくとも、同じ砦に駐屯する私は彼の素性を知っておくべきだと思うが……?」


 レーミア様はやれやれと頭を振った。

 そして最後の一撃を放つ。


「この件は既に魔王様の許可を頂いているのよ。それでも異論はあるの?」


 フェムートはさっと笑みを引っ込め、トビアスに視線を向ける。


「……えぇ、魔王様も了承されています、間違いありません」


 フェムートは言葉を噛みしめるようにゆったりと座りなおす。

 そして、


「わかりました。こちらからは言う事はありません」

「ご理解感謝するわ、フェムート」


 フェムートはゆっくりとレーミア様に向き直る。


「どういたしまして、お嬢様」


 レーミア様は一瞬顔をしかめたが、すぐに元の笑顔に戻った。


「じゃあ、改めて挨拶しなさい、ダーティ」

「はい」


 俺は円卓に向き直り、挨拶した。

 無難な挨拶よ。

 ここからが重要さ。


 俺はフェムートに視線を向ける。


「フェムート将軍!」

「何だね?」

「ポウッ!」


 怪訝な顔をするフェムート。

 その顔から例の青い文字が飛び出す。

 とりあえず種族だけでも確認しておこう。


 種族の欄にはハイエルフと書かれていた。

 てことはイーティスちゃんもハイエルフか。

 なるほど、どうりでダークエルフの容姿に似てるわけだ。


 次にファントムに向き直り、


「ポウッ!」


 同じく現数力を行使した。


 ファントムの好奇な顔から青い文字が浮かぶ。


 種族の欄は吸血鬼ヴァンパイア

 レーミア様とは違う種族なんだな。


 そして次はベルトール……はいいや。


「彼は何をしたんだ?」


 戸惑うフェムート。

 そんな彼にレーミア様が笑みを浮かべながら答えた。


「これは彼の神聖な挨拶らしいわよ、フェムート。良かったわね、私もされたのよ」


 そして軽やかな笑声を上げた。

 とりあえず、この場はレーミア様の勝利だな。半分は俺のおかげだろう、うん。


 俺は後ろへと下がり、イーティスちゃんの横に並んだ。


「言っとくけど、俺の本当の顔はめっちゃ男前なんだよ? イーティスちゃんにだけは見せてあげようか?」

「……そんな事はどうでもいいのです」


 やった! 話しかけたら普通に返事してくれるようになったぞ!


「あー、では、これで会議は終わりにさせて頂きます」


 トビアスの淡々とした声が室内に響いた。


 将軍会議はこうして無事?に終わった。

 果たして、レーミア様の思惑通りに正体不明の黒幕への挑発が成功したのかどうかは、この後わかる事になるのだろう。




 






 






 












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