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「レーミア様って将軍の間ではボッチなんだろうか?」

 大会議室はホール状になっていた。

 中央には大げさと言っていい程の円卓。そしてその周りには、甲羅の要塞で見たゼリー状の物体が置かれている。座る者によって形を変える椅子だ。

 円卓には既に何名かの将軍が腰かけて話し込んでいる。その他にも部屋の隅で談笑している者たちいた。


 ざっと見て14名程度の魔族がここにいる。

 おそらく、将軍の部下がそれぞれ付き添っているんだろう。


 さすが将軍というべきか、明らかに他の魔族とは違う凄みがあるな。

 山羊のような角を生やした者、全身が炎で縁取られている者、空色の鱗で覆われている者など様々だ。


 俺たちが円卓に近づくと、周りの将軍たちは俺に視線を向けて来た。

 なんとなく居心地が悪い。


「やぁ、レーミア」


 背後から声を掛けられた。

 振り返ると、スラッとした長身の男、そしてその背後に控えるようにして女性が立っている。


「フェムート……お前が出席するのね」

「あぁ、アーリルフはこういう場には不釣合いだからね」


 レーミア様の言葉にハッとする。

 こいつが残りの北方将軍の1人か。

 ちっ、美男だな。


 フェムートは肩まで伸ばした金色の髪を後ろでまとめている。ダークエルフと同じ尖り耳が特徴的。彼らと同系統の種族だろうか?

 色白の整った顔立ちには気品が溢れており、俺は堪らず吐きそうになる。


 まぁ、フェムートは一旦脇に置いておいて、その後ろの女性に注目する。


 フェムートと同様、輝く金髪が肩甲骨の辺りまで伸びている。その髪はまるで金の川のようだ。先端が肩口に流れている。シャーナたちとは違い露出は控え目だ。だが、首元の開かれたところから綺麗な鎖骨が覗いている。

そのエメラルドグリーンの瞳を見ていると、吸い込まれそうになる。

 豊満な体付きではない。しかし、そこに背徳的なエロスを感じるのだよ。あぁ、堪らん!


「ハァ、ハァ、ハァ」

「……ダーティ、何をしているの?」


 レーミア様の冷たい声。


 それも当然。

 なぜなら俺は無意識のうちに金髪女性の側までにじり寄っていたからだ。

 目の前の女性が生ゴミを見るような目で俺を見ている。あぁ、これはこれで……良い。


「あー、レーミア。彼が例の魔人なんだね?」


 フェムートがにこやかに問いかけた。


「そうよ、名前はダサオ・アルティメット、結構男前なのよ」


 レーミア様はそう言って笑みを浮かべる。

 嬉しい、けど皮肉なんだよなぁ。


「ダサオ・アルティメット君ね……私はフェムートだ。レーミアと同じく北方将軍だよ。そしてこの娘は私の部下のイーティス」


 イーティスは軽く会釈した。


「初めまして、"オサダ"・アルティメットです」

 

 俺も会釈する。

 なるほど、イーティスちゃんね。


 フェムートは相変わらず笑みを浮かべながら、俺の仮面を指す。


「ここでは仮面を取ってもいいんじゃないかな? 一般の魔族はいないのだからね」


 レーミア様は答える代わりに首を振った。


「ふむ、お嬢様なりの考えがあるってわけだね」


 この言葉に、レーミア様は顔をしかめる。


「その呼び方はやめて欲しいわね、フェムート」


 フェムートはおどけたように手を振った。


「おやおや、すまない。つい癖でね……」


 口では謝っているが、反省している素振りなど全く無さげだ。

 それにしてもお嬢様? レーミア様が? 確かに雰囲気はあるけど、わかんねぇな。


「では、失礼するよ。アルティメットくんのお顔は後の楽しみに取っておこう。行くよ、イーティス」

「はい、フェムート様」


 フェムートたちは別の将軍たちのところへと向かった。

 その相手には見覚えがある。

 以前、セトグールをイビってたヤツ、ベルトールだ。


 ヤツはフェムートと会話しながらも、チラチラと視線をイーティスに向けている。

 そしてイーティスは、俺の時以上の侮蔑した目つきをしていた…………俺の勝ちだなベルトール!


 俺がフェムートたちを目で追っている間に、レーミア様はゼリー状の椅子に腰を下ろしていた。

 他の将軍はそれぞれ集まって談笑しているのに、レーミア様は爪をぼんやりと眺めているだけだ。そして俺は座るわけにもいかず、円卓の近くでただただ立ち尽くすのみよ。


 何だろう……レーミア様って将軍の間ではボッチなんだろうか?


 俺は手持ち無沙汰で円卓を眺めた。

 光沢があり、俺の仮面や天井の模様が映り込んでいる。


 間が持たんな……。

 レーミア様と楽しい会話でもしようかな? と思っていると、横合いから声。


「レーミアさん、お久しぶりです」

「あら、ファントム。久しぶりね」


 レーミア様は座ったまま返答する。

 相手は立ってるってのに、座り続けるとは、やはりこの方は女王の素質があるに違いない。


 俺はレーミア様から声をかけてきた者に視線を移した。


 これまた美男。

 しかし、フェムートの時のような吐き気はおきない。嫌味がない、整った顔立ち。髪や瞳の色はレーミア様と同じ紺色だ。そして肌の色も白蝋めいている。レーミア様と同じ種族だろうか?

 彼は足下まで伸びた黒いマントを羽織っていた。


「それで、この方が魔人なのですね?」


 ファントムの視線が俺に向けられる。

 俺って有名人?


「そうよ、彼はダサオ・アルティメット」


 ファントムは俺に手を差し出した。握手を求めているようだ。


「初めまして、僕は西方将軍のファントムです。よろしく」

「"オサダ"・アルティメットです。こちらこそよろしくですデス」


 戸惑いながらも手を握り返した。ひんやりとしている。


 てか、西方将軍って事は……。


「聞きましたよ、君がゴブリンの暴動鎮圧に一役買ったとね。それも比較的穏便に済ます事ができたとか。僕もセトグールの事を心配していたのでね、安心しました」


 やはりあいつの事を知っていたか。セトグールは西方の砦に派遣されていたらしいからな。


「あの、セトグールの事を……?」

「えぇ、彼は我々の元で働いてもらってましたからね、あの事件が起こった時、彼の気持ちを考えると胸が張り裂けそうでした」


 ファントムが苦々しげな表情で言った。

 

 セトグールの事を本気で心配していた? 本当にそうだろうか?

 あいつは西方でつらい思いをしたと言っていた。

 別にこの男が何かをしていたとは思わない。それにセティを助けられなかったからといって責められないだろう。

 

 だけど、どうにも引っ掛かる。何かこの男には、その表情といい、作り物めいたところがある。と、話が変な方向に行きそうだな。

 要するに、このファントムとかいう男は表面上は好意的だが、内面ではどうかわからねぇって事よ。この手のタイプは結構厄介だ。案外、名前の通り仮面を着けているのかもな。


「でも、今セティは……セトグールはゴブリン族の為に頑張っているようですよ」

「それは僕も聞きました。非常に喜ばしい事です。僕も今後彼をサポートしていきたいと考えているのですよ」


 ファントムは笑みを浮かべた。


「では、僕もそろそろ失礼します。もうすぐ魔王様も来られるでしょう」


 そう言って彼はレーミア様の元から離れていく。

 俺はその後ろ姿を注視していたのだが、


「ねぇ、ダーティ」


 レーミア様に声を掛けられた。


「はい、何でしょう?」

「退屈だわ、歌ってよ」

「ひょ?」


 この方は本気で言っているのか? これから会議が行われるこの場で歌えと……?


「……嫌なの?」

「いえ、歌わせてもらいましょう!」


 俺は姿勢を正した。


「えー、では、海藻の歌です。エヘン……コンブッ! ワカ――」

「冗談よ」



 それから数分後。


 立っていた将軍たちも各々席へ着いていた。

 部下の者たちは俺も含め、みな壁際に立っている。


 俺はさりげなくイーティスちゃんのすぐ横に立つ。彼女とぜひ話してみたかったのだ。一応フェムートの情報も聞き出したいしね。

 あと、ファントムの部下とも話しておきたいな。


 左横に佇むイーティスは、キリッとした顔つきで前方の円卓を眺め渡している。

 俺は半歩程さらに近づき、彼女に話しかけてみた。


「ハロー、イーティスちゃん! さっき振り!」

「……」


 イーティスちゃんは一度視線を向けたかと思うと、すぐに向き直ってしまった。


 オーケー、オーケー! 慣れてるよ。メンタル……メンタル。


「イーティスちゃんはさ、将軍会議には結構参加してるの? 俺初めてでさ、結構緊張してるんだよね」


 イーティスちゃんは軽くため息を吐き、俺に顔を向けた。


「……もうすぐ会議が始まります。静かにしていなさい」


 やった! 会話に成功したぞ! この一歩が大切なんだよね。コミュニケーションは奥が深いや。


 小さな成功に喜んでいると、扉が開かれる音がした。

 一斉に将軍たちが立ち上がる。


 中に入ってきたのは、魔王補佐役のトビアスだった。ただ1人だ。


 将軍たちの間に困惑の表情が浮かぶ。


 みなの気持ちを代表してフェムートが疑問を投げかけた。


「トビアス殿、魔王様はいかがされました?」


 トビアスは円卓に近づくと、立ち止り、みなを見渡した。


「みなさんにお知らせします。魔王様は急遽用事ができてこの会議に参加できなくなりました」

「それはなぜです?」


 再びフェムート。


「魔王様は"大海の主"に呼び出されたのです」


 その場に居合わせた者たちの空気が張り詰めるのがわかる。フェムートも口を噤む。


 "大海の主"って誰や?


トビアスはこれ以上質問が無いとみるや、円卓の席に腰掛けた。


「では、会議を始めましょう」


 トビアスの冷静な声が室内に響き渡った。






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