「これ、俺、食えなくね?」
「ねぇねぇ、あの短剣って何? わざわざ取りに来るって事は、特別なモノなのかい?」
リフタリアの店から数メートルの小広場にて、俺はリリアンナちゃんに尋ねた。
「うー、レーミア様のプライベートに関わる事ですから言えないですぅ。ごめんなさい」
ぬぅ、あの口が軽いリリアンナが教えてくれないとは……。
レーミア様のプライベート? そう言われては、ますます気になるではないか。
「そこを何とか! ね? ちょっとだけ! お願い! ね?」
「むむむぅ! ダメったらダメですぅ!」
ありゃ、ダメか。
ここは退いておこう。別に今すぐ問いただす必要もないし。
「わかった、わかった、もう聞かないよ。それより、あのリフタリアの店員たちとは仲良さげだったね。よく来るの?」
とりあえず別の話題に変えよう。
リリアンナのむくれ面がほころぶ。
「はいっ! 腕がいいからって、レーミア様がひいきにしているお店なのですぅ。シャーナちゃんたちやロイさんも利用されてるんですよ!」
「そうなんだ。そういえば、あのケンタウロスのタリアさん? 彼女はこの巫女にん……この服にえらく興味を持ってたね?」
「そりゃそうですよ。リリアンナに裁縫を教えてくれたのは、あのタリアちゃんなのですぅ」
なるほど、裁縫のお師匠様でござったか。
「彼女、良くできてるって言ってくれたじゃん。やったね、リリアンナちゃん!」
「はいっ! 万感なる想いでいっぱいですぅ!」
俺たちはハイタッチした。
周りの魔族たちが何事かと見てくるが、気にしない。
「さて、おつかいも終わった事ですし、魔都を見て回りましょう」
「はいっ! お願いします、リリアンナ先生!」
「まずは……ダーティさん、お腹空いていますかぁ?」
「いや、別に空いて――め、めちゃくちゃ空いてるよ!」
特に腹は減っていなかった。だが、リリアンナが捨てられた仔犬のような目をしていたので、減っている事にした。
大丈夫、スイーツは別腹よ!
「良かったぁ! オススメのお菓子があるのですよっ!」
「よっしゃ! 俺の舌は既にスイーツモードだっぜ!」
再びハイタッチ。
「ルルル~、ルゥ、ルルルゥ~」
リリアンナが何やら歌を口遊んでいる。どうやら、お気に入りのお菓子を食べられる事が本当に嬉しいらしい。
俺たちはお菓子店を目指して通りを突き進む。
通りは相変わらず魔族で溢れかえってやがる。
密度高すぎだろ。東京並みだな。
あ、東京って言えば、俺が初めて訪れた時はマジでビビったなぁ。
駅とかさ、人の流れが早い早い。もうね、俺はビクビクと壁伝いに歩いてましたよ。
例えるなら、イワシの大群の中に、金魚が1匹紛れ込んだ感じ?
以上、余談でしたっ!
俺はキョロキョロと周りを見回しながら歩いていたのだが、右前方に目を留めた。
そこには円柱の塔のようなモノがある。そこまで高いわけではない。せいぜい5階建て程度(それでも十分に高いだろと思われるかもしれないが、周りにはもっと高い建物がチラホラあった)だ。
しかし、他の建物に比べて古臭い。良く言えば荘厳である、とも言える。
「ねぇ、あれは何?」
リリアンナに尋ねてみた。
彼女は俺の視線を追って円柱を見やると、何やら納得したように頷いた。
「ダーティさんはお目が高いですねぇ」
どこの商人だ。
「アレは古くから使われ続けている劇場なのですよ!」
「劇場? って事はあそこで演劇とかやってんの?」
「はいっ! 定期的に行われていますぅ。ワクワクするようなモノから、涙が止まらないモノまで様々な演劇が行われていますぅ」
「へー」
「そしてなんと言っても、年に1回開催される魔都の大祭の中心地なのですぅ」
リリアンナはステップを踏みながら話を続ける。
「へぇ、祭りがあるんだ!」
「めちゃくちゃ盛り上がるんですよ! ダーティさんにもぜひ参加してほしいですぅ」
「もちろん。俺、祭り好きなんだぜ! ワッショーイ!」
「ワッショーイ!!」
俺たちは両手を上げて叫んだ。
いい加減他の魔族の迷惑になっちまうな。
それから数十メートル進んだところでリリアンナがぴたりと立ち止った。目の前には鮮やかなピンク色の建物。
「着きましたぁ!」
立てかけられている看板を見ると、【甘甘甘つ屋】と黄色い文字で書いてあった。どんだけ甘いだよ……。
俺たちは店内へと足を踏み入れた。一瞬でフルーツの甘い香りに包まれる。これは……何の香りだ? リンゴ? 桃? パイナポー? どれでもであり、どれでもない香りだわ。
店内もピンク一色で統一されていた。
正面には売り子の魔族の娘がカウンター越しに笑顔を向けている。その右手には客席が、円形テーブル20席くらいある。だが、どの席も若い魔族の娘で埋め尽くされている。男は俺1人、場違いな空気ばりばりですやん!
「ダーティさん! ダーティさんってば!」
「んん?」
店内を見回すのに夢中になってたや。
「だから、リリアンナのオススメでいいですか?」
「あ、あぁ、それにしようかな……ってそういや俺、お金持ってないよ!?」
リリアンナは不思議そうな顔をする。
「ふぇ? お金なら、ほら! ここにありますぅ」
そう言って、手提げの中から硬貨が入っている袋を取り出す。
「えぇ、でも、それはさすがに悪いよ」
「ふぃ? おつかいで余った分は好きに使えとレーミア様に言われてるんですよ」
「そうなのぉ?」
「そうですぅ」
ぬぅ、15歳の少女に奢ってもらう事になるとは……。
まったく紳士らしくないぞ。
でも、ま、ここでは俺は0歳だしぃ……いっか!
リリアンナちゃんがお菓子を購入し、俺たちは店内ではなく、外で食べる事にした。天気もいいしな。
店から近いところにある小広場の腰かけに、俺たちは並んで座り込んだ。
リリアンナは紙袋から、包み紙を2つ取出し、1つを俺に差し出した。
「ありがとう」
礼を述べ、受け取ると、それは暖かかった。できたてのようだ。
包みを開けてみると、中には揚げパンのようなモノが入っていた。果物の香りがあたりに漂ってくる。
そこで気づいたのだが、
「これ、俺、食えなくね?」
仮面着けてるからね。無理だね。
「あー、リ、リリアンナが見張ってるうちにどうぞ、フードを外して食べてください!」
そう言って、彼女は立ち上がりキョロキョロ周りを見回す。
「いーよ、リリアンナちゃん。こんだけ大勢が行き来してんだ。誰かに顔は見られちゃうよ。俺は館に帰って食べるからさ、リリアンナちゃん先に食べてなよ」
リリアンナは申し訳なさそうな顔をする。
「それは悪いですぅ。リリアンナも帰って――」
「ぺいっ! 遠慮しない! 久しぶりに食べたかったでしょ? それに実は俺、まだ腹減ってなかったんだよね。ここに座ってのんびりと日向ぼっこしてるから」
彼女は愛おしげに揚げパンを見つめ、俺に視線を戻す。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますぅ」
そう言って彼女はお菓子にかぶりついた。
「んっ、んー!!」
リリアンナは幸福そうに身を震わせた。
そんなに美味しいのか。
「ねぇ、そのお菓子っていくらなの?」
リリアンナは口をモグモグさせて、飲み込む。
「1つ銅貨4枚、2つで8枚でしたね」
高いのか、安いのかわからん。
「ダーティさんは硬貨の事もわからないですぅ?」
「う、うむ」
なんか恥ずかしい。
俺ってさ、転生してすぐこの成人の身体に成長したじゃん?
前世の記憶とか昨日の事のように思い出せるんだよね。
だから、前世の常識を未だに引きずっているというか、良く言えば、違った視点で物事を見れる。悪く言えば世間知らずって事なんだよな。
「わかりましたぁ、リリアンナが説明してあげましょう!」
「お願いします、先生!」
「いいですかぁ? 硬貨は3種類、金貨、銀貨、銅貨とあります。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚。つまり銅貨100枚で金貨1枚の価値なのですぅ。はい、終わり!」
うん、シンプルでわかりやすいねっ!
リリアンナは再びお菓子を食べ始めた。
俺はとりあえず魔都の景観を眺める事にする。
それから少し後。
「リリアンナちゃん、これからどこに行く?」
と横の少女に尋ねてみたのだが、
「すぅー……すぅー……」
寝ていた、食べかけのお菓子を握り締めたまま。
俺はそっとお菓子を彼女の手から取り出すと、元の包み紙に戻して、紙袋に入れた。
リリアンナはそれでも起きない。
そういや、リリアンナもここ最近ずっとレーミア様と一緒に動いていたんだものな。それだけ疲労も溜まってたんだろう。
もしかして、レーミア様はリリアンナに気分転換をさせたくて、わざわざおつかいを頼んだのかな?
それで余分にお金を持たせていたとか……。
何にしても、これだけ気持ちよさそうに寝てるんだ。起こすのは野暮ってやつだぜ。
俺は再び、魔都の景観を眺め始めた。
◆
「ああああああぁ!!」
「わっ!」
リリアンナが目を覚ましたかと思うと、急に叫び声を上げた。
「ど、どうして起こしてくれなかったんですかぁ!? もう時間がないですぅ」
そう、太陽は西に傾き、既に夕方になっていた。
「いやさ、気持ちよさそうに寝ていたからさ……」
「そんな! だって、ダーティさんに全然案内できてないじゃないですかぁ!」
リリアンナが憤然とした調子で叫ぶ。
「あっれー? 俺の案内は"ついで"じゃなかったけー?」
俺はニヤニヤしながら言った。
「うぅ! それはっ!」
「まぁ、また来ればいいんだしさ。ほら、早く帰らないとレーミア様にソレを渡すんでしょ?」
リリアンナは渋々頷く。
そして、【天の蜘蛛糸】まで戻る途中。
リリアンナが突然、店のショーウィンドを覗き見た。
そこは装飾店で、ガラスの中には様々な装飾品が据え置かれている。
リリアンナはその内、銀色に輝く髪飾りを呆けたように眺めている。
「これ、欲しいの?」
リリアンナは小袋を取出し、硬貨を数え、落胆した。
「足りないですぅ」
何だか、その姿が放っておけなくて、俺もその髪飾りを眺める。
文無しの俺にはとうてい買えない。
と、眺めているうちにある1つの考えを思いついた。
「リリアンナちゃん、ちょっと見張ってて」
「え?」
俺は急いでフードを取ると、鼻を抓み、
「ポウッ、ポウッ、ポウッ、ポウッ」
現数力を行使した。
知りたい情報が青い文字で表示される。
「あ、あの?」
リリアンナに声を掛けられ、俺は急いでフードを被った。
「もう大丈夫! さぁ、行こう」
◆
帰りの【天の蜘蛛糸】にて。
「ダーティさん、見てください!」
リリアンナが指す先には、魔都の夜景が広がっている。
昼間に見た虹色魚の輝きとはまた違う、どこか安心感がある光の海だ。
「綺麗ですねぇ」
「うん、綺麗だ」
魔都探検は、中途半端になってしまったが、
この夜景が見れただけでも、来た価値はあったというモノだ。




