「……ロープウェイ?」
ロイとの訓練を終えた俺は館の自室へと戻った。
あ、言い忘れてたけど、俺もとうとう自分の部屋を手に入れたんだぜ。
まぁ、魔王城の一泊した部屋と比べるとアレだが、風呂も便所もあるし十分満足できる。
でも、俺の場合、この部屋に帰って来ることは滅多にないと思うけどね。
俺は風呂場で訓練の汗を洗い流し、体を拭き終えると、さっきまで着ていた分とは別の巫女忍者服に着替えた。ちなみにリリアンナちゃんはこの衣装を4着作ってくれた。
着替えも終えてさっぱりすると、俺は食堂へと向かった。
昼食はいつの間にか好物になっている"七色魚バーガー・メガ盛り特製ソース付"だ。
昼食を終えた後、俺は館の正門の前でリリアンナを待った。この前使った魔王城へと通じる門。あれは裏門なのだそうだ。この正門は魔都へと通じているらしい。
これから彼女がデート(いや、ただの魔都案内なんだけど)をしてくれるそうなのだ。
思えば、魔王城に到着してから今まで、遠くから眺めるだけで、一度も散策した事が無かった。
魔族社会一の都市。
どれだけ発展しているのかよぉく調査しないとな。
門の前で待つ事5分。リリアンナはやって来た。
彼女の服装はいつも通りのメイド服。だが、髪を後ろで束ねてポニーテールにしている。
良く似合っているぞ! この小悪魔めっ!
「お待たせしましたぁ、ダーティさん!」
彼女は元気よく腕を振ってきた。
片方の腕には革製の手提げ袋を提げている。
「よう、リリアンナちゃん! 今日もかわうぃーねっ!」
「えへへ、当たり前ですぅ~」
うん、自信は大事だね!
「それじゃ、行こうか! あ、ソレ持つよ?」
俺はリリアンナが持つ袋に手を伸ばした。
紳士さをアピール。これぞ気配り系男子の実力だッ!
「あ、結構ですぅ」
リリアンナちゃんはサッと腕を引いた。
「……」
大丈夫! 傷つかない。自信が大事、自信……。
「行きましょう、ダーティさん」
そう言ってリリアンナは鉄格子を開けようとする。
俺は慌てて門に駆け寄り、鉄格子を開いてやった。
「さ、さぁ、リリアンナちゃん! いざ、我らの探検を始めよう!!」
俺は高らかに宣言した。
「何言ってるんですかぁ? これはデートじゃないですぅ」
彼女の言葉に俺はガックリと膝を落とした。
わかってたけどね、デートじゃないって……わかってたけどね。
「で、でもさ、今日は俺の為に魔都を案内してくれるんだよね? ね?」
俺は上目づかいでリリアンナを見上げた。
そんな彼女の答えは、
「うーん、ちょっと違いますぅ。レーミア様からおつかいを頼まれたので、その"ついで"ですねっ!」
「……」
俺たちは門を抜けると、なだらかな坂道を下り始めた。
魔都へ降りるという事で、俺はフードを被り、例の仮面で顔を隠していた。
坂道は緩いカーブに沿って続いており、左手は岩壁、右手には落下防止用の金属製の柵が設置されている。
柵の隙間からは魔都の景色が見渡せた。今からこの都市を探検できるのだ。まぁ、おつかいのついでだけど……。
「ねぇ、このまま下まで歩いて降りるの?」
さすがにそれはきついと思うのだ。だって下までは何百mくらいあるんだぜ?
俺の疑問にリリアンナはとんでもないっといった顔で首を振った。
「そんな事してられないですぅ! おバカさんですねぇ」
後半は聞かなかった事にして、と。
「じゃあ、どうやって降りるの?」
「アレを使うのですよっ!」
リリアンナが前方を指した。
その先を目で追うと、
「……ロープウェイ?」
と、異世界にしては、いささか場違いな発言をしてしまう。
だが、目の前のソレは、どこからどう見てもロープウェイだった。
斜面の先には20m四方に広がる平面な空地。
真正面には別の坂道。おそらく他の将軍の館と繋がっているのだろう。
その空地には石でできたアーチ型の建物が1つ。
建物から下の魔都まで、斜め下に白い糸のようなモノが張られていた。
間隔を空けて数個の金属製の鉄塔が建てられており、糸はその鉄塔を支えに、ピンと張られている。
良く見ると、その白い糸は動いていた。そして下からは気球の籠のようなモノがどんどん登って来ている。
俺の表現力の限界だ。
とにかく! あれはロープウェイなんだ!
「ねぇ、あれってロープウェイだよね? でなきゃ動く棺桶かいな?」
リリアンナは眉をひそめる。
「ロープウェイ? そんな呼び方は初めて聞きました。これは【天の蜘蛛糸】、略して【天糸】と呼ばれていますぅ」
異世界言語の翻訳すげぇ。漢字の音、訓まで使って翻訳してくれるのか。元の異世界語ではどんな言葉を使っているんだろう?
「ささ! 早く乗りましょう!」
リリアンナは俺を促してアーチ型の建物へと向かった。
アーチの中に入ると、例の糸は天井部を伝って流れて来ている。天井の途中で糸は折り返し、再び下の魔都へと降りていく。
「やぁ! リリアンナちゃんじゃないか!」
横から声を掛けられた。
俺たちがソチラに視線を向けると、なんと1つ目の男が肘掛け椅子に座り込んでいた。
この男は【天糸】の常駐監視員ってとこか?
1つ目の男は立ち上がり俺たちの元に近づいてきた。
「久しぶりだねぇ! 1年ぶりくらいかな? そっちの……仮面の旦那は?」
1つ目男は珍しげに俺を眺めまわした。失礼なヤツだな。
「彼はレーミア様の新しい部下ですぅ」
リリアンナはなんでもないように答えた。
ふむ、この1つ目は魔人の存在を知らないんだろうな。
「へー」
彼は改めて俺を眺め回してたが、ハッと我に返り、糸が流れている真下に立った。
「もうすぐ登ってくるから、ちょっと待っててね」
俺は糸の先は見やった。
下に向かって大きく穴が空いており、すぐ側まで籠が登って来るのを確認できた。
籠は穴を通って建物の中に入ってきた。
ゆっくりとした動きで建物の中を滑って行く。
1つ目の男が籠へと近づき、籠の1つの面に付けられた扉を開く。
すると、籠の中の座っていた魔族2人が降りてくる。
「さぁ、どうぞ」
俺とリリアンナはその入れ替わりに籠に乗り込んだ。
1つ目男が扉を閉じる。
「いってらっしゃい!」
男に見送られ、俺たちを乗せた籠は穴を通って建物の外へと出ていった。




