「俺の……小さいの?」
ゴブリンの暴動から数日が過ぎた。
あれからセティは新王として頑張っているようだ。まぁ、その大半は被害を受けた種族への謝罪と復興支援らしいけど。
俺たちも復興支援の為に駆けずり回っていたが、一昨日やっと魔都へと帰還する事ができたのだ。
近いうちに、臨時の将軍会議が開かれるらしく、俺たちはそれまでこの魔都に滞在することになった。
ようやくゆっくりと休めると思ったのもつかの間、翌日からは戦闘訓練を受けるようレーミア様に命令されちまった。
場所は彼女の館の1階にある訓練場。教官はダークエルフのシスコン野郎、ロイだ。
朝方のちょうど今も彼の訓練メニューをこなしている。
「ほら! 重心を意識して! それじゃ避け切れないよ!!」
ロイの足が俺の顔面スレスレを通り過ぎた。蹴りの風圧で前髪がハラハラと揺れる。
危ねー、でも避け切れた――
と、思った瞬間。
「ぐぼっ!」
ロイの踵が俺の顎にクリーンヒットしていた。
どうやら彼は、蹴り足の膝を曲げて逆に引くというフェイント技を使ったようだ。
「こんのっ!」
俺は肘鉄をロイの顔面に叩きつけてやろうとしたのだが、手の平で簡単に受け止められてしまう。
「隙だらけだよ!」
彼は俺の足を払った。
一瞬宙に舞う俺。
だが、ただでは倒れまい。
サッカーのオーバーヘッドの要領で足を前に突出し、ロイの側頭部に蹴りを入れた。
「無茶だよ」
だが、それも簡単に受け止められてしまう。
俺は体を無理に捻って着地すると後方にでんぐり返しした。
「それは無駄な動きだ」
ロイが距離を詰めてくる。
俺は警戒して防御の姿勢を取った。が、
「は?」
ロイは片手を床に着き、足を振り上げた。あまりにトリッキーな動きに、俺の動作はワンテンポ遅れ、彼の足が俺の顔面に向けて振り下ろされる。
≪出ろ≫!!
俺は咄嗟に魔手羅で防御してしまった。
ロイの足を黒い腕が弾く。
彼は不満げに立ち上がると、俺に指を突き付けた。
「ダーティ、魔手羅は使わないよう指示したはずだよ?」
背後の魔手羅を見やった。
ゴブリンとの戦いの時は気づかなかったけれど、魔手羅は最初の頃に比べて長く、太くなっていた……この言い方はちょっと卑猥だね。
まぁ、とにかく、魔手羅はレベルが上がるごとに大きくなるっぽい。ロイが言うには、他の魔人のモノはもっと大きかったらしいのだが。
俺はロイの方に視線を戻す。
「すまんすまん……ってか、あんなトリッキーな技を使わないでくれよ!」
「ダメダメ! そんな弱音言ってちゃ! 敵は容赦してくれないよ?」
いや、あんなアクロバットな動きはしねぇだろ……ストリートダンサーと戦うなら別だがYO!
「でもさぁ、こんな格闘術やる意味あんのか? 魔鬼理で一気に制圧すれば良くない?」
ロイはやれやれと首を振る。
「魔鬼理に頼り切るってのはオススメしないな。魔力は案外すぐに使い果たしてしまうんだよ? 全快するのにも時間がかかるし、できるだけ温存した方がいい。それに、この手合せの趣旨は昨日説明しただろ?」
彼の言葉に渋々頷く。
言いたい事はわかる。現に俺も、ゴブリンとの戦いでは魔力が底をつきかけてたしな。
それに魔手羅を使ってはいけない理由もわかる。
魔人である事を隠す為、それに尽きる。
でもやな、こんな面倒な訓練したくねぇ! 何の為のレベル奪取だよ!
「ちょっと休憩しようか?」
仕方なしという顔で彼は言った。
「賛成!」
俺は即座に返答すると床に座り込んだ。
両手を背後につくと、弾力のある感触。この訓練場の床や壁は、何やら不思議な素材で覆われているのだ。薄茶色のソレは、低反発枕を少し硬くしたような感覚。お陰で、派手に倒れても痛くない。
俺は天井を仰ぎ見ながら、昨日の訓練の事を思い返した。
◆
ロイがまず最初にやらせた事は、今日と同じく手合わせだ。ただし、この時は魔鬼理も魔手羅も使っていいと指示されていた。
結果は手も足も出せず、今と同じように床にへたり込んでいた。
「ダーティ、君は色んな種類の魔鬼理を使えるみたいだね」
ロイが俺を見下ろしながら言う。
「他種族の魔鬼理を修得するのは難しいはずだけど」
彼は不思議に首を捻る。
「まぁ、俺が使えるのは初歩的なモノだけだよ。それ以上は無理」
と、デタラメな返答をしておいた。
「そうなのかい? まぁ、他の魔人たちも変わった力を身につけていたからな」
魔人という言葉に俺は敏感に反応した。
「君は他の魔人も訓練した事があるのか?」
俺の問い掛けに彼は頷く。
「あぁ、これまで何人か指南したよ」
俺はさり気なさを装って尋ねた。
「で、彼らは俺よりも強かった?」
「うーん、何とも言えないな。だけど、魔手羅は君のモノよりもみんな大きかったな」
「は!?」
え、何その言い方。
まるで俺のナニが小さいみたいな……ちょいと劣等感をくすぐられるなぁ。
「俺の……小さいの?」
「うん、今まで見た中で一番小さいね」
「……」
アァ……。
「みんな日を追う事に強くなっていったんだ。大丈夫、君も訓練すれば強くなれるよ」
などと、俺に慰めの言葉を掛けてくれた。
俺は気を取り直して、さらに魔人の情報を聞き出そうと質問を続けた。
「それで、その魔人たちはどこに行ったの? サーカス団? それともマッドサイエンティストにでもなったのかい?」
ロイは困ったように苦笑いした。
「途中、君が何の事を言っているのかわからなかったけど、魔人たちはみんな人間社会に潜入しているんだ」
「それは、俺たち魔人が"奴ウ力"を使えるからだろう?」
彼は大きく頷く。
「その通り。いずれ君も人間社会に潜入してもらう事になる。だから今、訓練するんだよ」
やっぱりか。
魔人は人間の奴ウ力が使える。そしてその容姿は人間と変わらない。となると、潜入させるのに都合がいい存在じゃないか。
これはいい展開だぞ。だって、魔族と人間の情報を一気に手に入れられるんだからな。
「なぁ、他の魔人ってどんな容姿なんだ? 俺みたいに男前? もしくは女の子もいるの?」
「残念だが、それは言えないよ。すまない」
あー、ダメかぁ。
「っと、話が脱線したね。えーと、そう。君の戦い方を見て、気になる点が2つあった」
ロイは指2本を立てる。
「君の一撃は軽い、これがまず1つ。そしてもう1つは、君は魔手羅を使いこなせていない、そうだね?」
「あぁ、まったくその通りだと思う」
ロイの言う通りだ。
ゴブリンの戦闘の時、一撃一撃が軽くて苦戦した。それに、魔鬼理を同時に使おうとした時、うまくできなかった。
それは俺の技量不足で間違いあるまい。
「と言う事で、君の訓練メニューを考えてみたよ」
ロイは場内をテクテクと歩き出した。
「一撃を重くするためには身体操作を極めることだ。筋肉や関節の1つ1つの動きを把握できるようになってほしい。だから、魔鬼理や魔手羅を使わないで僕と手合せをしてもらう。手加減はしないよ」
彼は壁際に置いてある木製の木箱に手を突っ込んだ。
「そして、魔手羅を使いこなす為の訓練は、コレだ」
そう言ってロイは白いチョークのようなモノを取り出した。
「これを使って、壁に図形を描き続ける」
「は?」
ロイの言っている意味がわからなかった。
「この訓練では魔手羅を同時に別々の動きをさせるんだ。つまり、右の魔手羅で×を、左で〇を描く。ついでに普通の右手で□を、左手で△を描いてもらおうかな」
なんだその脳トレは?
俺はすかさず反論した。
「だ、だけど、壁を汚していいのかい? 影のボス、掃除のおばちゃんに怨まれちまうよ」
「それは心配ない。僕の魔鬼理ですぐにキレイにできるから。安心して、壁一面に描き続けてくれ」
ロイは笑顔でそう言って、チョークのようなモノを俺に手渡した。
「さぁ、やってみよう!」
◆
あぁ、昨日は大変だった。
俺が身震いしていると、ロイが声を掛けてきた。
「さぁ、そろそろ再開しようか!」
彼は爽やかな笑みを浮かべている。
けっ! シスコン野郎め! 俺はここに落書きしに来たんじゃないぞ。侵略する為なんだぞ!
でも、ま、今はやるしかない。
この後の午後からは、リリアンナちゃんが魔都を案内してくれる予定なのだ。
それを楽しみに、このスパルタ訓練を乗り切ってやるさ。
今回はシスコン野郎しか出ませんでしたね。




