「君たちは本当に醜い種族だな!!」
「――彼らは何の罪も無い他の種族を襲い、傷つけた。魔族社会を著しく乱す行為であり、魔王への明らかな反逆だ」
レーミア様のハッキリとした声が辺りに響き渡る。
今、俺たちはゴブリン領の中央広場にいる。石でできた舞台の上に立ち、広場に所狭しと集まっているゴブリンたちを見下ろしていた。
オスやメス、子供から年老いた者まで、この領内の全てのゴブリンが集まっているようだ。
彼らの表情を見ると、怯えている者、怒りや憎しみに顔を歪めている者、諦めきった顔をしている者と、様々だ。
こう見ていると、同情したくなる。この周りの環境も、彼らを惨めにさせる要因の1つだろう。
ゴブリン領の印象を大雑把に言うと、それは火星だ。
一面が赤茶色の砂や岩石で覆われており、緑というモノが全くない。ダークエルフ領とはえらい違いだ。こんなところで暮らしていけるのか、疑問に思わずにはおれまいよ。
彼らの住居も中々特徴的だ。
ゴブリンたちの住居は全て土で出来ている。ゴブリンの肌の色に似た赤茶色の土だ。すり鉢状、かまぼこ型の塊がそこかしこに見える。お世辞にも暮らしやすいとは言えない。ここと魔都とでは、生活水準が違いすぎる。
「このような事態となれば、私たちとしても心苦しいが、公開処刑という形を取らなければならない」
レーミア様の話が続く。俺は舞台上に立つ者たちに目を向けた。
中央に拘束されたゴブリンたち。そして、その横には黒ずくめのローブを身に着け、頭巾で顔を隠している者たちがいた。ギラリと鈍い光を放つ斧を手にしている。彼らが処刑を執行するらしい。
その正体はレーミア様の部下たちだ。さすがに素顔で処刑するのは……って事だろう。
ちなみに俺は舞台の後方に立っている。右隣りにはリリアンナ、左にはセティが立っている。
この処刑が終わった後、セティの戴冠式が行われる予定だ。こんな形で戴冠式を迎えるなんて、彼からしたら最悪だろうな。
セティはずっと俯いたままであった。父の遺志を継いでゴブリンたちを守りたい、と言っていた頃とはえらい違いだ。これでは他のゴブリンたちも彼を信頼できない。
まぁ、今は何も言うまい。だけど、今回の主役はセティ、あくまでお前なんだぜ。
「うー、うぅー」
リリアンナが小声で呻き始めた。
見ると、しきりに目を擦っている。
「大丈夫、リリアンナちゃん?」
「うぅー、目に砂が入って気持ち悪いですぅ」
あぁ、なるほど。
この一帯は乾燥した土で覆われている。常に砂埃が舞っているので目に砂が入るのだろう。
ゴブリンの目が小さいのはこの環境のせいかもな。
「ダーティさんはその仮面のおかげで砂が入ってこないのでしょう?」
「あぁ、うん」
確かに、仮面を着けてて良かった。この不思議な仮面はどこにも穴が開いてない。だけど、視界はバッチリなのだ。
「リリアンナのおかげですぅ、一生感謝してください」
「はいはい」
俺は舞台下にいるセリスたちに目を向けた。彼女たち姉妹やロイ、その他のレーミア様の部下たちは舞台周辺を警護していた。彼女たちはジッと動かずゴブリンたちを見張っている。
俺はそんな彼女たちの後ろ姿を眺めながら、この少し前の出来事を思い返した。
◆
セリスたちが俺たちに合流した時、真っ先にロイが彼女たちの元に駆け寄った。
「あぁ、良かった! 無事だったんだね、かわいい妹たちよ!!」
腕を左右に広げて姉妹たちへと近づいて行く。ロイは妹たちとの抱擁を期待していたようだが、彼女たちの反応は冷めたもので、
「あぁ、兄さん、久しぶり」
「やめてよ、暑苦しいわね」
と、言っただけで動こうともしない。
シスコンのロイよ、同情はすまい。兄とはそういうモンだ。
「い、1年と6日と3時間45分29秒ぶりの再会だよ!? 何か素っ気ないよ!」
ロイは憤慨したように両手をブンブンと振る。
対して妹たちは相変わらず素っ気ない。
「うん、だから久しぶりって言ったじゃない」
「うわぁ、秒単位とか、お兄様……うわぁ」
最初の爽やかな印象がどんどん崩れ去って行く。イケメン度じゃ俺の圧勝だな。
「じゃあ、私たち、レーミア様に報告しに行くから」
彼女たちはそう言って、彼の脇をすり抜けて行く。
ガックリと肩を降ろすロイを、俺は慈愛の笑みを浮かべてポンポンと叩く。すぐ傍にいたミカラはため息を吐きながら首を振っていた。
◆
と、処刑前なのに、くだらん事を思い返してしまった。
いけない、いけない、目の前の事に集中しないと……。
「――では、これより執行する!」
レーミア様の声を合図に黒ずくめの者たちがゴブリンたちの前に立つ。
広場のゴブリンの一部が暴れ出そうとしたが、レーミア様の部下によって押さえつけれる。数ではゴブリンが多いが、実力差は圧倒的なのだろう。
黒ずくめの者たちは鈍い光を放つ斧を振り上げた。
よし! このタイミングだ!
俺は大きく腕を振って舞台中央に進み出て、大きな声で叫んだ。
「ちょっと待ったぁ!!」
振り上げられていた斧はぴたりと止まり、持ち手たちは窺うようにレーミア様を見た。
レーミア様は斧を降ろすように指示する。
「レーミア様……やはり俺はこの処刑には反対です」
俺は彼女にそう告げた。
舞台周辺がどよめきに包まれる。
「……」
レーミア様はジッと黙ったまま俺を観察している。
「そして、ちょっと彼らに話したい事があるんですが、いいですか?」
広場のゴブリンたちに手を向けて言う。
「……今回の事はお前に任せているのだから、好きにしなさい」
レーミア様はそう言うと、後ろへと下がった。
俺は彼女に一礼し、舞台の前方へと進み出た。
困惑しているゴブリンたちをゆっくりと見やり、できるだけ大きな声で、
「君たちは本当に醜い種族だな!!」
と言ってやった。




