「俺だって、やる時はやるんだぜ!」
「よし、このまま廃城まで一気に駆け抜けるわよ!」
バイコーンたちは斜面を駆け下った。
セリスも滑空しながらついてくる。
斜面という事で、バイコーンはより速く走っている。まるでジェットコースターに乗っている気分だ。
より大きくなっていく喧噪の音。
斜面を下るごとに威圧感を増していく廃城。
俺はフードを被った。これで他の者には竜の仮面を着けているように見えるはずだ。
数十メートル先にゴブリンとスケルトンたちの集団が戦っている。このままでは突っ込んでしまうわけだが、バイコーンは一切立ち止ろうとはしない。まさかこのまま突っ込むつもりかい!?
「シャーナちゃん! このまま突っ込むつもり!?」
俺は声を張り上げた。
シャーナがハッとして顔を上げる。
「そういえば、何で気安くちゃん付けしてるのよ?」
いまごろ!? てか、それ今聞くの?
「いやぁ、これから同僚になるわけだし、仲良くしたい……ってのは後で言うから、ほら、ぶつかっちゃう!」
テンパる俺を見てシャーナはクスクスと笑う。
「大丈夫、ぶつからないわ。だって私たち、飛ぶんですもの!」
飛ぶ!?
彼女は両腕を上げていく。その仕草はまるで何か見えないモノをすくっているかのような……。
≪風の舞踏≫
頭に浮かぶ。魔鬼理が行使されたのだ。
ここで俺は違和感を覚えた。
バイコーンは変わらず走っているのだが、何か変だ。
下を見ると、地面がどんどん遠のいて行く。これはあれだ、飛行機が離陸する時の感覚に似てる。つまり……。
そう、バイコーンが空を駆けているのだよ!
下のゴブリン、スケルトンの両者共に、突然乱入してきた俺たちを見上げていた。
あぁ、これで満月が背景だったら、名作映画の一場面だったのにな。
横にはミカラとセティが乗るバイコーンが同じく空を駆けている。背後のセリスも相変わらず空を舞いながらついて来ていた。
城壁を飛び越え、尖塔の間を駆けるバイコーン。ますますジェットコースターに乗っているようで、気分爽快だ。下では戦闘が繰り広げられているんだけどね。
廃城の中心、中庭らしきところが見えてくると、2本角の獣たちはそこに向けて降りていく。飛行機が着陸するような感覚……よりは少々荒っぽい。
派手に地面に着地すると、彼らは自慢するかのように嘶く。セリスは対照的で、緩やかに着地した。
俺たちがバイコーンから降りていると、中庭を囲む回廊の影から槍を持ったスケルトン兵たちがゾロゾロとやって来た。
あっという間に彼らに包囲されてしまったのだが、セリスは冷静で、
「我々は魔王軍北方将軍レーミア隊の者だ! ゴブリンの凶行から貴様たちを救援しに来た。リッチ殿はどこにおられる?」
と、堂々とした物言いだ。
彼女はどこから取り出したのか、ペンダントを手の平に乗せていた。そのペンダントから金色の光の糸がスルスルと飛び出し、俺の仮面と同じ竜を形成している。
スケルトンたちはソレを確認すると、包囲を解いて、その内の1体が恭しく頭を下げると、手を右回廊の方に向けた。案内するという事だろう。
俺たちはスケルトンの案内に従い、足早に回廊を抜けていく。
「ねぇ、シャーナちゃん、さっきセリスさんが出したペンダントって何?」
前を歩くシャーナがコチラを振り向く。
「はぁ? お前だって同じ竜の仮面を着けているじゃない」
「いや、リリアンナちゃん、この竜については何も言わなかったし……」
彼女はため息を吐いた。
「まったく、リリーったら……いい? その竜の紋章はね、将軍直属の部隊の証なのよ。直属の部隊員はその紋章が刻まれた小道具が渡される。それは隊員によって違うのよ。お姉さまはペンダント、お前はその仮面、私はこの短剣」
シャーナは腰に差している短剣を示した。
「へー、じゃあ、俺のこの仮面もあんな風に光るの?」
「さぁ、知らないわ。それはリリーに聞いてよ」
仮面がピカッと光るかもしれない、なんかシュール。
俺たちは回廊の端にある階段を上がり、広間に出る。左手はテラスへと通じているようだ。厚い雲が見えている。
案内するスケルトンは広間を横切り、テラスへと出る。
俺たちも後に従い、テラスへと出ると、石の手すりに紫のローブを身に着けている何者かが背を向けて立っていた。頭には同じく紫の薄いベールを被っている。
案内していたスケルトンがイソイソとその人物へと近づき、何事か囁いた。
話し終えると、そのベールを被った者はコチラに向き直った。
ベールのその下は骸骨だ。首には金の装飾細工を提げている。
彼女がスケルトンを統べる巫女、リッチなのだろう。
だけど、見た目じゃ男か女なのかわからん。だって骨しかないもん。何だっけ、腰周りの骨格が男と女じゃ違うんだっけ? ローブを着てるからそれも確認できん。
まぁ、女性の腰周りをジッと見つめるのもアレだけどな。
「リッチ殿、ご無事で何よりです」
セリスが軽く頭を下げた。
あれ? 魔族としては将軍直属の部下の方が位が上なんじゃ……。
「ねぇ、シャーナちゃん、スケルトンは高魔族なのかい?」
俺はシャーナちゃんに囁いた。彼女は首を振る。
「いいえ、彼らも低魔族よ。だけど、他の低魔族とはちょっと違う。あのリッチっていう巫女を、高魔族もみんな特別視しているわ」
「彼女を?」
シャーナは頷く。
「そう。彼女はね、元々、古代の巫女だったのよ。それが不死化してリッチとなった。古代からの知識を持っているし、噂では彼女、魔鬼理や奴ウ力とは違った力を行使できるそうよ。だから、恐れる者が多いの。魔王様も一目置いてる」
「へぇ」
リッチはセリスの話をジッと聞いており、時折相槌を打つ。
話が終わると、リッチは再びコチラに背を向け、両腕を広げた。ローブから骨の手が覗く。
「あれは何を?」
「スケルトンたちに私たちは味方だと報せを出しているのよ。どうやっているのかは知らないけどね」
答えてくれたのは話を終えたセリスだ。
「まぁ、そんな事は気にする必要はない。それより、戦場を見ておきましょう」
俺たちは相変わらず両腕を広げているリッチの邪魔にならないよう、少し離れたところの手すりから戦場の様子を窺った。
「わーお!」
思わず声を上げてしまう。
何百というゴブリンとスケルトンが入り乱れて戦っている。マジで映画の世界に入った気分だ。
ゴブリンは戦斧を振り回し、スケルトンは槍や剣で応戦する。
今、1体のゴブリンが火球を放った。ソレはスケルトン数体に直撃する。だが、彼らは炎に包まれながらもゴブリンへと向けて進軍する。
わぁ、炎を纏った骸骨。アメコミヒーローみたいだ!
戦場を見ていると、やたらと早い動きをしているスケルトンたちがいる。
よく見てみると、彼らは骸骨の馬に跨っていた。
なるほど、たとえ骸骨になったとしても、馬はその強力な機動力を存分に発揮しているようだ。ゴブリンたちを踏みつけ、蹴り飛ばしている。
跨っているスケルトンも、馬上から剣を振りおろし、次々とゴブリンたちを切り倒していた。
だが、ゴブリンも負けていない。
数体で馬上のスケルトンに襲いかかり、引きずり落とす。
また、別のところではゴブリン数体で火球を放ち、馬とスケルトンの双方が炎に包まれていた。炎に包まれた馬は臆するどころか、さらに戦意を燃え上がらせたようで、前脚2本を威嚇するように高らかと掲げる。馬上のスケルトンもそれに呼応するように剣を頭上へと上げる。
炎を纏ったスケルトン・ライダー。
かっけぇ……。てか、マジでアメコミのあのヒーローじゃないか! ライダー!!
俺がライダーに見惚れていると、肩を叩かれた。見ると、セティがリッチの方を指差していた。
「もう、終わったようですよ」
リッチは腕を降ろし、コチラに近づいていた。
「これから私たちも戦いに参加するんですね……」
セティが静かに言う。
あぁ、セティはこれから身内と戦うんだよな。それなのに、俺ときたら、はしゃいじゃってな……恥ずかちぃ!!
「では、私たちは彼らの援護に向かいます」
セリスの言葉にリッチが頷く。そしてなぜか、彼女は俺の方に視線を向けてきた。
空っぽの眼窩で俺をジッと見つめてくる。
え、何だよ?
骸骨の顔なので、表情というモノが全くない。
その暗い穴2つを見ていると、吸い込まれるような感覚に襲われる。
他の者たちもリッチの行動に困惑しているようだ。
「……さぁ、行くわよ」
セリスに促され、俺たちは広間へと戻る。
チラッと後ろを振り返った。リッチはまだ俺に視線を向けていた。
スケルトンを統べる巫女、リッチ……。なるほど、確かに彼女は不気味だ。
俺たちは中庭へと戻り、バイコーンたちと合流する。
「あんたたちも戦闘に参加してもらうわ」
セリスがバイコーンたちの首をやさしく撫でる。それに答えるように彼女たちは低く嘶いた。
俺たちは回廊を抜け、城の城門へと向かう。
スケルトンたちは俺たちに道を空け、一礼する。何か偉くなった気分だ。
城門の前にたどり着くと、扉の前にいたスケルトンたちが開けてくれた。数メートル先で戦いが繰り広げられている。
「ポウッ!」
俺は念の為、自分のステータスを確認しておいた。
うん、生命力も魔力も満タンだ。あ、リッチの事も現数力で調べれば良かった。でも、何かそうできない気分だったんだよな……。
「ダーティ、セトグール、あんたたちは別に残っていてもいいのよ?」
セリスが声を掛けてきた。
セティは即座に首を振る。
「身内の過ちをただ見ているつもりはありません! 私も戦います!」
すかさず俺も、
「俺だって、やる時はやるんだぜ!」
セリスは軽く頷く。
「そう、じゃあ行きましょう」
俺たちは門を越え、戦場へと駆けだした。




