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「どうやら、俺が話すターンのようだ」

 拘束具によって身動きできない俺は、アホ面トロールに丸太のように抱え上げられて運ばれた。

 目指す先は大会議室。以前、将軍会議の時に入ったことがある広い部屋だ。


 その大会議室の重厚な扉が開かれた時、真っ先に目に入ったのは、ダリのような髭を生やした大男だ。


「さてさて、やって来たな。やんちゃな魔人小僧?」


 子供のイタズラに対する接し方をしてきたダリ髭野郎。

 もちろん、この大男こそが魔族を統べる者。魔王ビゾルテだ。


 彼は今、広い部屋のやや後方にある装飾過剰な玉座に腰掛けていた。

 ビゾルテの視線には、罪人を咎めるような鋭さはなく、むしろ面白がっているかのような柔和さがあった。いやはや間抜けな面だ。


 そんな間抜けな魔王の前には大きな円形のテーブルがあり、周りに将軍たちが腰掛けている。レーミア様や彼女と同じ北方将軍のフェムートの姿もある。それと、将軍ではないが、スケルトン領を治めるリッチの姿もあった。その虚空の眼窩を俺に向けている。なんか落ち着かない気分にさせられるぜ。


 アホ面トロールは意外にも丁寧な動作で丸太を……じゃなくて俺を椅子に座らせた。魔王や将軍たちとは少し距離を置かれた椅子だ。


「ありがと、トロールくん」


 俺はアホ面トロールに小声で礼を述べた。


「ただ、ちょっと右のオケツの位置が良くなくてね。……そ、そ、そ! ありがとう」


 俺が心地よく座れるようアホ面トロールは微調整して部屋を去って行った。


 満足げに周りを見回すと、魔王とは打って変わって将軍たちは冷ややかな視線を向けてくる。うん、むしろこれが正しい反応さ。


 レーミア様も冷たい視線を向けている気もするが、きっと演技なのだろう。


「アルティメット、トビアスから聞いているだろうが、俺たちはお前の処分をどうするのか話し合っている」


 魔王は世間話でもするような気軽さで話しかけてくる。


「で、俺はお前から話を聞いてみたくなってここに呼んだわけだ」


 俺が何か言おうとする前に尊大な声が大会議室に響く。


「恐れながら魔王様、このような裏切り者の話を聞いても無意味かと」


 声の主はフェムートだ。やっぱりなって感じよ。


「弁解の余地などございますまい。この者によってどれ程の損害を我々が被ることになるか。ここで始末をつけるべきです」


 始末とは穏やかじゃないな。

 フェムートにとって俺は余程邪魔者らしい。


「お前は先程から同じことばかり。長生きすると頭が石のように硬直してしまうのかしらね」


 俺のことを断罪するフェムートの話にレーミア様が割って入る。


「少なくとも、私の頭の中には礼儀というモノがちゃんと入っているよ、君よりはね」


 フェムートが忌々しげに俺のことを指し示す。


「レーミア、君はどこか他人事のようだが、この者が好き勝手やってきたのは君の管理の甘さにも原因がある。責任を感じて貰わねば!」


 フェムートの言葉に何人かの将軍たちが賛同するように頷いている。なるほど、これがヤツの取り巻き連中ってわけか。


「責任、ね。確かに私の躾が足りなかったことは認めましょう」


 そう言ってレーミア様は俺の事をジロリと見てくる。本気で言っているわけじゃないんだろうけど……だよね?


「でも、それを言うのなら、お前もじゃない?」


 と、彼女は視線を俺からフェムートに移した。


「どういうことかな?」


 惚けるフェムートにレーミア様は冷めた視線を向ける。


「わかっているでしょうに。お前の大切な部下であるイーティスはどうしたのかしら?」


 すると、我らがハイエルフ殿は顔を歪めてため息を吐いた。


「あの娘の事は非常に残念に思っている」


 まるでとてつもない苦痛に耐え凌いでいるかの如くフェムートは体を震わせている。


「私は、あの娘を心底大切に思っていた。たとえ彼女に隠された秘密があったとしてもです。いや、あったからこそとも言える。 みなさん、あの娘は実はハーフエルフだったのです!」


 その言葉に取り巻きの将軍たちがわざとらしく息を呑む。


「みなさんもご存知の通り、ハーフエルフというのは忌み嫌われている存在です。もちろん私はそのような差別は不当であると断言しますがね」


 心の中で嘘つけとツッコんでおく。

 低魔族差別の筆頭のような存在が、よくもまぁペラペラとそんなことを言えるもんだ。


「私は彼女の父親とは親しかった。彼が、あー、一時の過ちを犯した結果とはいえ、大切な娘には変わりない。彼は私に助けを求めてきた。なので私は、彼女が不当な扱いを受けないように面倒をみようと決心したのです」


 また嘘ついてらぁ。

 どうせ、汚れ仕事を任せられる便利な道具を手に入れたとしか思ってなかったろう。

 なのに、取り巻き将軍どもときたら、賞賛しながら手を叩いている。もはやギャグでやってるだろ!


「しかし……彼女は、イーティスはそんな私の想いを踏み躙っていたのです!」


 フェムートは今度は怒りを露わにしているかのように体を震わせた。いや、演技ではなく本当に怒っているのかも。


「あれは恩知らずにも我ら魔王軍を裏切っていたのです!」


 その言葉に呼応するように取り巻きの将軍どもは口々にイーティスを罵り出した。


「えぇ、えぇ! みなさんが憤慨するのも当然だ。何より私が一番怒りを覚えているのです。まったく予期していなかった! まさか、反魔王派に与していたとは! むろん、私も甘かったことは認めます! しかし、それは愛情ゆえでした! 愛情により私の目は曇っていた! どうか、魔王様、それにみなさん、私を許してほしい!!」


 フェムートのやたら演技くさい弁明が終わると、取り巻き将軍たちは「あなたは悪くない」などとヤツを庇う言葉を捲し立てた。


 俺はチラリとレーミア様に視線を向ける。彼女は小さく首を振った。

 イーティスはレーミア様の手中にあるわけだが、フェムートを追い詰めるカードにはならないと考えているのだろう。


 フェムートは完全にイーティスを切り捨てている。てか、そのつもりで利用していたのだろう。

 イーティスをこの場に連れて来たとしても、フェムートはなんだかんだで彼女の裏切りという筋書きを通してしまうのだろう。

 今は、フェムートの魔の手からイーティスを守ることに専念した方が良いとレーミア様は考えているんだ。


「……まぁ、俺は元々その娘ことを深く追求するつもりはないぞ」


 魔王が興味なさそうに呟いた。

 とたんにフェムートの取り巻き将軍どもは静かになった。

 さすが魔王って感じ?


「それよりも、コイツだろ」


 魔王は俺を指し示す。

 すると、一斉に将軍たちが俺の方を見る。


 どうやら、俺が話すターンのようだ。

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