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「ミラの過去話が続くんだよね」

 暗転する視界。

 微かに響くのは少女ミラの呼吸音のみ。


 彼女は荷車の中に隠れていた。切迫した母親にそう指示されたからだ。


 外は先程まで騒然としていたが、今はまったくの静寂に包まれている。


 ミラは恐る恐る荷車から顔を出して外の様子を眺めた。


 一面、赤。


 それが彼女が最初に感じた印象だった。

 他の荷車は燃え盛り、その近くには血まみれの魔族たちが倒れ伏している。

 彼らはゾラスが両親に貸し与えた護衛たちだった。


 だが、次第にミラの視線はある一点に収束していく。

 そこには折り重なるように倒れ伏している男女がいた。


「あ、あぁ……」


 知らず知らずの内に声が漏れてしまう。


 それはミラの両親たちだった。


 そんな彼らを見下ろすように、側に血に染められた死神が立っていた。


「あ、あぁ!!」


 ミラは荷車から飛び出していた。

 うまく着地ができず顔を地面にぶつけてしまう。


「ッ!!」


 血染めの男はその物音に気づき、一気にミラの元に詰め寄った。男は右手に短剣を握り締めている。それはゾラスがミラの父に渡したものだった。


「なっ!?」


 血染めの男はミラの姿を認めると、唖然とした様子で固まってしまう。


 ミラはその男を見上げた。

 意外なことにその男の目はどこか優しげだった。ただ、今は血に染まり、驚きに目を見張っている。


 男はミラと、両親の亡骸を交互に見比べる。


「そんな……」


 男は辛そうに言葉を詰まらせた。


「ファントム!! おい、ファントム!!」


 近くから別の男の声がした。

 ファントムと呼ばれた血染めの男は声の方を振り向く。


 ミラはファントムという名を思い出した。

 あのゾラスという怖い男が言っていた、魔王軍の追手の名前だ。

 それがミラの両親の命を奪った者の正体。


「トビアス様……? 魔王様の右腕であるあなたがどうしてここに?」


 ファントムが新たに現れた男に話しかける。

 そのトビアスと呼ばれた男の姿がミラにも見えた。灰色の髪が荒々しく逆立っているが、体は引き締まっている。


「例の短剣はそれ程重要なモノなのだ……おい、その娘は!?」


 トビアスの問いかけにファントムは首を振る。


「おそらく彼らのーー」

「そうか……」


 トビアスは後ろを振り返る。


「おい! 来てくれ! 治癒を頼む!!」


 彼の呼びかけに治癒師の魔族がやって来た。

 その魔族はミラの脈を測り、目を覗き込んできた。


「大丈夫です。命に別状はありません」

「そうか、介抱を頼む」


 トビアスは再びファントムに向き直る。


「ファントム、その短剣のことなんだが、お前の手の中にあるソレは偽物だ」

「偽物?」


 ファントムは困惑の表情を浮かべる。


「あぁ、彼らはゾラスによって囮にされたんだ。情報もヤツがワザと流したのだろう。本物はヤツが今も所持している」

「……」


 トビアスの言葉にファントムは虚ろに頷く。


「吸血鬼領に持ち込むならば、同じ吸血鬼に任せると予想されていたんだがな……にしてもお前、平気か?」


 トビアスは気遣うようにファントムを見る。


「同族殺しをさせるとは。一体誰の命令でここに?」

「フェムート将軍です」


 するとトビアスは苦虫を噛み潰したような顔つきになる。


「フェムートか。悪趣味なことを」

「……」

「大丈夫か?」


 するとファントムは首を振る。


「トビアス様、僕は争いのない世の中にする為に戦ってきた、つもりでした。でも、僕は今日彼女の両親を奪ってしまった。こんなモノの為に……」


 ファントムは短剣を握り締めた。


「わからなくなったんです。一体何が正しいことなのか」


 トビアスはファントムの肩に手を当てる。


「何が正しいかなんて誰にもわからないさ。お前の迷いは決して悪いことではない。重要なのは、何を信じて行動するかだと私は思う」


 ファントムは言葉を噛み締めるように深く頷いた。


「何を信じるか……」


 そこで、視界が再び暗転する。


 次に視界が開けた時、どこかみすぼらしい家の中で成長したミラが家事をこなしていた。

 そこに中年の女が慌てて入って来る。


「おかえりなさい、叔母さま。今日はーー」

「ミラ! 大変だよ! 血鬼王が死んだって!」

「え……?」


 ミラは家事の手を止めて叔母の方を見る。


「昨日の晩餐会で死んだって。それも血鬼王だけじゃない。領主一家と側近のほとんどさ。ただ一人を除いてね」


 それが誰なのかミラには予想できた。


「レーミア様……」

「えぇ、そうみたい」


 レーミア。

 ミラにとっては忘れられない名前の一つだった。


「これで吸血鬼領の地位は失墜する……」


 叔母は口元に手を当てがう。


「はん、いい気味だわ!」

「叔母様……」

「だってそうでしょ! アイツらは私たちを見下し追い出した! そしてこんなはぐれ魔族の集落にまで追いやられて」


 叔母は周囲を見回しながら言う。

 ミラにとってこの叔母だけが唯一の家族だった。


 私にはまだ家族がいる。


 そう思えばこそ、ミラはこのはぐれ魔族の集落でも絶望せず生きてこれた。


 しかし、レーミアはどうだろう?

 彼女は完全に一人きりなのだろうか?


 似たような境遇ではあるが、彼女とミラとでは決定的な違いがあった。


 レーミアは特別な存在。

 それも世界を一変させてしまう程の。


 子供の頃、両親が話していたことを思い出した。レーミアの存在に危機感を覚えたハイエルフたちが吸血鬼族の弱体化を狙っているーー


 まさか今回のことも……



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