「君の事はセティって呼ばせてもらうわ」
食事を終えた俺たちは、館の外へと出た。
ちなみに言うと、七色魚バーガーは確かに美味かったよ、うん。
「ここで少し待つわよ」
館の前庭で立ち止まると、レーミア様がそう言った。
「ここにワイバーンが来るんですか?」
レーミア様は腕組みしながら頷く。
リリアンナがポンと手を叩き、俺の下に近寄ってきた。
「ダーティさん、その服について説明してない事がありましたぁ」
説明? 洗濯機は厳禁とか? 色落ちしちゃうとか?
「ダーティさん、フードを被ってみてください」
俺は言われた通りにした。滑らかな生地が俺の頬や耳をクスぐる。だが、これと何もない。
「ねぇ、これが一体?」
「ほい!」
リリアンナが懐から手鏡を取り出し、俺の顔の前に突き出した。
「え!?」
鏡の中の俺は、表情が確認できない。なぜなら、白塗りに赤い竜が描かれた仮面を装着しているからだ。
「どうです? 仮面を被っているうように見えるでしょう?」
「でも、俺の視界は全然……」
そう。視界は広い。仮面を付ければ狭くなるはずなのに。
「このフードには魔力が仕込まれているのですぅ。被れば、他の者に顔を見られない。仮面を付けているように見えるのですよ」
すっげぇ……。俺は素直に感動した。変態ヒーローになった気分だ……違う、変身ヒーローになった気分だぜ。
それから俺たちは5分くらい待ったかな。(その間、暇だったのでリリアンナと突っつき合いをしていた。)
館の上空、魔王城の塔の向こうから、2匹のワイバーンがコチラに飛んできた。
1匹の背には、魔族が1体乗っている。
彼らはゆっくりと羽ばたきながら、屋敷の前庭に降り立つ。
あぁ、俺もこんな風に飛べる日が来るのだろうかね。
「レーミア様! 少し遅くなりましたが、出来映えは最高ですよ」
ワイバーンの背に跨がっていた魔族が何やら袋を掲げている。
彼は地面に下りると、スタスタとレーミア様の下に近寄り、袋から何かを取り出した。
よく見てみると、それは銀色の王冠であった。朝日を受けて光り輝いている。
レーミア様は王冠を受け取ると、しげしげと眺め回した。
「たった数時間で作ったにしては上出来ね」
「えぇ、依頼を受けてから、彼は徹夜で作業していましたからね、型があったから良かったですけど。今は魔力を使い果たして眠りこけてますよ」
「後で褒美を与えないとね」
レーミア様は王冠をセトグールの前に差し出した。
「これがお前の王冠よ。と言っても前の型と同じモノを魔力で作った急ごしらえの品だけどね。今はこれでいきましょう」
セトグールはこれから自分のモノになる王冠を放心したように見つめていた。
レーミア様は王冠を袋に仕舞うと、リリアンナに手渡した。
「昨日の夜に頼んでおいたの。前の王冠は失われてしまったから」
俺に向かって彼女は説明してくれた。
どうやら、俺が部屋でくつろいでいる間に色々と動いていたようだな。
「よし、これで準備は整ったわ。出発しましょう」
ワイバーンは2匹しかいないので別々に乗る事になる。
レーミア様とリリアンナ、後の残りという別れ方になった。
まずはミカラ、その次に俺。そして最後にセトグールが乗ろうとした時、低く轟く音が辺りに響いてきた。
見ると、ワイバーンが首を回してセトグールを睨みつけている。
今にも噛みつきそうな形相だ。
「そう不機嫌にならないで。彼を乗せてあげなさい」
レーミア様がなだめるような声で言う。
ワイバーンは渋々といった顔で前に向き直った。
「乗りなさい、セトグール」
「はい……」
セトグールは恐る恐るワイバーンの鞍に跨がった。
その目は恐怖に見開かれている。
さすがの俺も気の毒に思えてきたぞ。
全員が乗り込むのを確認すると、ワイバーンたちは力強く羽ばたき、一気に飛翔した。
目指すはゴブリン領。さぁ、魔王軍としての俺の活躍が始まるぜ!!
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「――ショパァ~ン、ハッ!」
いつの間にか眠ってしまっていた。
だってさ、退屈なんだもん。景色はあんまり変わり映えしないし、それにミカラもセトグールも無口なんだよな。
前方にいるレーミア様たちのワイバーンを見やる。
あぁ、リリアンナの存在がどれだけ大切かわかったわ。俺、あの娘がいないと生きていけない……冗談だよ? 冗談だからね?
「大丈夫ですか、ダーティさん?」
突然奇声を発した俺に背後のセトグールが驚き、声を掛けて来た。
「あぁ、はい、大丈夫です」
なんか、恥ずかしい。
俺は曖昧に笑って誤魔化した。
「ダーティさんはすごいですね。私はこれからの事が不安で落ち着かないのに……」
それはつまり、俺が緊張感の無いアホと言いたいのか?
まぁ、いいや。その失礼さに気付かないくらい緊張しているのだろう。彼はこれからゴブリン王になるんだからな。
「いえいえ、俺なんてただの下っ端ですからね。これから王となるあなた様とは立場が違いすぎますよ。セトグール王子、その緊張感は当然のモノだと思いまする……少し上から目線でした、お許しを」
俺の言葉にセトグールは首を振った。
「そんな畏まった言い方をなされなくて結構ですよ? 王子とは言え、ゴブリン内での事です。魔族としての位で言えば、将軍直属の部下であるあなたの方が立場は上ですよ」
「そう、なんだ」
まぁ、そんな気はしていたけどね。
「だったらさ、君もそんな敬語を使わなくていいです……じゃなくて、そんな敬語は使わなくていいぜ」
「え?」
「何か丁寧語で話されるのってモニュモニュすんだよね」
「はぁ」
「俺も普通に話すからさ、セトグール……ちょっと長いな。そうだな……セティ。うん、君の事はセティと呼ばせてもらうわ」
そういや、エジプトの王にそんな名前のヤツがいたな。うん、新王に相応しい愛称じゃないか。
「セティ、ですか……」
「そ、俺の事はダーティでも、アルティメットでも好きに呼んでくれや」
セトグールもといセティは戸惑っているようだ。
「あれ? 気に入らなかった?」
彼は慌てて首を横に振った。
「いえ、そんな事はありません……ただ、こんな事初めてだったので……」
セティは軽く目を伏せる。
「……ダーティさん、いえ、ダーティは私と平気で話してくれるんですね?」
「え? まぁね。てか、丁寧語」
「あっ」
「ま、そっちのが話しやすければそれでいいよ。そんで、今の質問の意味って?」
セティは顔を上げた。ただし、その視線は遠くの景色に向けられている。
「大半の魔族は私と、いえ、ゴブリンと話そうとはしません。低魔族の中でも私たちゴブリンは疎まれているんです」
俺はチラッと前方のミカラを見た。彼女はずっと前を見続けている。こっちの話は聞こえていない、いや、聞こえてない振りをしているようだ。
「低魔と高魔の話は聞いているよ。だけど正直なところ俺にはピンとこないんだよ。種族意識なんてないからな。だから俺は気にしない、ってので納得してもらえる?」
意外な事にセティは表情を緩めた。
あれ? 俺そんな良いこと言ったか?
「ダーティのその言葉、ほとんど同じ事をレーミア様も仰られていました」
奇遇だな。
俺の場合は無知ゆえによるところが大きいのだけど、レーミア様は本当に種族差ってのを気にしてないんだろう。
「それは光栄な事だ」
セティは軽く笑った。
「……あなたやレーミア様が羨ましい。私も種族に縛られず生きてみたいです」
俺の場合、邪神ンパ様に縛られているんだがな。
「ゴブリン王になる事が嫌なのか? それとも、ゴブリンでいる事が……?」
セティは強く首を横に振り、否定した。
「そんな事はありません。父同様、王としてみなを守りたい、その意思は揺るぎません。ただ、私たちゴブリンは心の何処かで劣等意識を常に感じているのだと思います、私も含めて……」
「そう、なんだ」
低魔族であるがゆえ、格上の高魔族から虐げられる。それが彼らの劣等意識を増加させる。それがさらに高魔族を増長させてしまう。この繰り替えしってわけかな、まさに悪循環だ。
「父はそんなゴブリンたちの意識を変えようと努力してきました。積極的に他の魔族と交流しようとしたり、教養を身につける為に学校を設立したりですね。父に言われ、私も見識を深める為に西大陸の砦に派遣されました。つらい目にも遭いましたが、ゴブリンの将来の為に父も頑張っているんだ、そう思うと耐えられました。父が亡くなるその日まで……」
セティは随分と父親思いなんだな。俺にとっては、ムカデを食わせたアホなんだけど。
「そういえば、ダーティは父の最期を見たんですよね? ……どんな風だったか教えてもらえませんか?」
ゴブリン王の最期か……。
「彼は、最後まで自分の仲間たち、そして君の事を心配していたよ。そういや、尤者ってヤツにも勇敢に立ち向かってたな」
と言っても、彼の攻撃は尤者に届きすらしていなかったけど。
「父らしいですね。いつだって仲間の事を気にかけていた。そして私の事も大事に思ってくれていた」
と言っても、魔王を侮辱したって事で1体仲間を殺してるけど。それもまぁ、よくよく考えるとゴブリン全体の為ではある。
「父親の事を随分と尊敬していたんだな」
彼はゆっくりと頷いた。
「はい。本当に尊敬しているし、感謝もしています。私がまだ小さい頃に母は亡くなり、それからずっと父が面倒を見てくれました。王の職務をこなしながらですよ?」
ゴブリンの事、父の事になると、セティは饒舌になるようだ。それに加え、俺に対しても親しみを感じてくれているのかな? グヘヘ、ゴブリンの新リーダーと親しくしておくのは、今後の計画において都合がいい。
あくまでセティには、親身になって話を聞いてくれる優しいダーティであらねば……。
「私は父の夢を叶えたい。ゴブリンたちを守りたい。彼らの劣等意識を、他の魔族の意識を変革したい。その為ならどんな事でもやり遂げてみせます」
セティは静かではあるが、力強さの籠もった声でそう言った。
「うん! 君ならでき――」
「半端な覚悟じゃ何も出来ないわよ」
俺が相槌を打つのをミカラが遮りやがった。
この女、水を差しやがって……。
「それは、どういう意味ですか?」
セティは前の前のミカラに視線を向けている。
彼女はチラッと後ろを振り返った。
「変革には犠牲が付き物よ? あんたが大切に思っているモノが傷つけられるかもしれない」
セティはその言葉を噛みしめているようだ。口を結び、黙り込んだ。
全く、余計な事を言いやがって……。
ミカラはそんなセティの様子を眺めていたが、ふと手を耳に当てた。
それから相槌を何度が打ち、囁き始めた。
例の風による会話だろう。相手はセリスだろうか? やけに深刻な顔つきだ。
「……えぇ、わかったわ、伝える」
そう言うと、ミカラは耳から手を離した。
そして彼女はコチラが問いかける間も与えずワイバーンに加速するよう指示した。
「うおっ!」
俺とセティは突然の事に狼狽えた。
俺たちが乗るワイバーンは、レーミア様たちのワイバーンの横に並んだ。
レーミア様は何事かと目で問いかけている。リリアンナも同様だ。
ミカラは彼女たちに向かって今連絡があった事を伝えた。
「セリスたちから連絡がありました! ゴブリンの一部が暴徒とかし、スケルトン領とピクシー領を襲撃しています!!」
ゴブリンが暴徒!? スケルトンとピクシー領を襲撃!? おいおい、急展開すぎるだろ……。
「最悪な展開ね」
レーミア様はそう呟き、唇に指を当てた。何か考え事をしている時の仕草だ。
数秒の沈黙ののち、彼女は口を開いた。
「……ロイにその事を伝えて、ピクシー領に向かうよう指示して。それとセリスたちにはスケルトン領に向かうよう連絡を。お前たちもスケルトン領に向かいなさい。私たちはピクシー領に向かう」
「わかりました!」
レーミア様が俺とセトグールを見やる。
「ダーティ、セトグール、お前たちには戦えとまでは言わない。ただ、スケルトン領への被害を抑えられるよう行動して」
俺たちは頷いた。
だが、セティの顔には躊躇いが浮かんでいる。
ついさっき、彼が守りたいと言った存在と対峙しなければならないのだ。
「それでは、頼んだわよ? ピクシー領の方が片づき次第すぐにそっちに向かうから」
そう言うと、レーミア様たちが乗るワイバーンは一気に加速し、遥か前方に飛び去った。
「心の準備をしておいて。これから私たちは戦場に降り立つ事になるわ」
ミカラが言う。
何ていうか、レーミア様もミカラもこうなる事をある程度予想していたみたいだな。
俺たちが乗るワイバーンは少し右の方に向きを変え始めた。そちらにスケルトン領があるのだろう。
セティの戴冠式を行うはずが、今ではもう、暴徒鎮圧という任務に変わってしまった。
さてさて、これからどうなる事やら……。




