「何で人の注文を勝手に決めちゃってるの!?」
俺たちは回廊を進み、再び広間へと行き着いた。大きな木製の扉が備え付けれており、その両脇に魔族の兵士2名が立っている。
レーミア様が扉に近寄ると、兵士たちは扉を開けた。朝日が広間に差し込む。
俺たちは扉の外へと出た。
快晴な空の下に魔都が広がっていた。
円形であったり、螺旋状であったりと、奇妙な形をした建物で埋め尽くされている。その上空には見張り岩が相も変わらず都を囲むように浮いている。
視線を足下に向けてみよう。
所々に奇妙な花が生えている石畳が数メートル四方に広がっており、前方には石造りの階段が下に向かって伸びている。
レーミア様はその階段を下り始めた。他の者たちもそれに従う。
背後の扉を振り返ると、両脇には石でできた兵士の彫像が2つ置いてあった。
よくできてんなーと思いながら、俺は階段を下りて行った。
階段の下には大きな館が佇んでいた。周りを大きな石壁で取り囲まれている。
魔王城程ではない、それでも十分に豪華でしっかりとした造りの館だ。ここから見るに3階建てのようだ。
「あれがレーミア様の館ですぅ」
リリアンナが教えてくれた。
彼女が言うには、魔王城周辺の斜面には将軍たちの館が配置されているらしい。そしてさらに下に魔都【デモナ=カルディア】が広がっているのだ。
階段を下りると、館へと続く格子状の鉄扉があった。出入口はそこだけで、他は壁で囲まれている。
ダークエルフのお姉さんが扉を開き、まずはレーミア様が、その次に俺たちが入った。
俺は後ろのセトグールを見やった。他の将軍や魔族が忌み嫌うゴブリンをレーミア様は平気で館の中に入れるんだな。
俺は前のリリアンナに囁いた。
「ねぇ、そう言えばさ、レーミア様は低魔族の事とか気にしてないの?」
リリアンナは軽く頷いた。
「まぁ、そうですねぇ。シャーナちゃんたちダークエルフやリリアンナのサキュバスだって低魔族ですぅ。
レーミア様は魔王様の意志の通り、種族関係なく力ある魔族を直属の部下に加えているのですよ」
ふーん。じゃあ、リリアンナたちもあんな理不尽な目にあったりしたのだろうか? まぁ、聞かないけどさ。
俺たちは前庭を抜け、正面の扉から中に入った。
3階まで吹き抜けになっている広いエントラスホール。真正面には大きな扉、両サイドの壁際には小さな扉と直角に折れ曲がった階段が2階へと続いている。
レーミア様は真っ直ぐ歩き、真正面の扉を押し開いた。俺たちも後に続く。
中はさらに広い空間だった。部屋には4列に並べられた長机が置かれ、魔族たちが座っている。彼らの前には美味しそうな料理が置かれ、がっつくように食していた。
奥には厨房があるようで、給仕の娘が出来たての料理を運んでくる。なるほど、ここは食堂やな。
レーミア様が入ってくるのを見やると、魔族たちは一斉に立ち上がり掛けたが、彼女が手を上げて制したので、再び腰かけた。
「みんな、もう聞いていると思うが、我々はこれからゴブリン領へと向かう。このセトグール王子の戴冠式を取り仕切る為よ」
紹介されたセトグールは深くお辞儀した。
魔族たちは興味深げに彼を眺めているが、その視線には、城の魔族たちのような嫌悪感は籠っていない。
「私を含めたこの5名でゴブリン領に向かうつもりだけれど、万が一の可能性も考えて、別部隊を近くに待機させておく。その指揮は、ロイ」
1人の男が立ち上がった。褐色の肌に銀髪、おそらく彼はダークエルフだろう。筋骨隆々な体の割に、顔は爽やかだ。けっ、俺だって負けてないんだぜ。
「お前が執りなさい。編成は任せるから」
「はい」
ダークエルフのロイは頭を下げた。
「私たちはワイバーンで向かうわ。お前たちは陸路でダークエルフの丘に待機しておいて」
「はい……あの、レーミア様、セリスたちは……?」
ロイのためらいがちな問いに、レーミア様は苦笑した。
「ホントお前は、妹たちの事となると心配性になるわね。大丈夫よ、あの娘たちは強いわ」
なんと! セリスやシャーナの兄上でござったか!
どうしよう、妹にセクハラまがいの事をしたのがバレたら……殺される、うん。
「では、任せたわよ? じゃあ、私たちも朝食を取りましょうか。色々とダーティに説明しておきたいしね」
ロイは早速他の魔族たちにテキパキと指示を与え食堂から出て行った。
俺たちは一番奥の長机に座る。レーミア様とダークエルフの姉ちゃんが並んで座り、対面にリリアンナ、俺、セトグールの順で座った。
将軍も一緒に食堂で食うんやな、などと考えていると、給仕の娘が注文を取りにやってきた。
「私はいつもので」
と、レーミア様。
「私は&%$#で」
と、ダークエルフの姉ちゃんが。何て言ったのか聞き取れなかった。
「リリアンナは七色魚バーガーで、隣のダーティさんも同じ物でお願いしますぅ」
何で人の注文を勝手に決めちゃってるの!?
「え、いや、あの、メニュー表を――」
「わがままねぇ、ダーティは」
「そうですよ、リリアンナのオススメなのにぃ!」
レーミア様とリリアンナの同時攻撃とあらば、引き下がるしかあるまい。まぁ、ムカデじゃないからね。
「それで、お前はどうする?」
レーミア様がセトグールに問い掛けた。
「……私も同じ物を」
セトグールが答える。主体性をもっと持ちたまえよ、王子。
給仕の娘が厨房に引き返すと、レーミア様がリリアンナに合図した。
リリアンナは懐から丸めた紙を取り出すと、机の上に広げた。
見た所、地図のようだな。
「さて、無知なダーティ殿に色々と教えて差し上げましょう」
レーミア様がやけに丁寧な口調で言う。何かモニョモニョするな。
「これは、我が魔族たちが支配する中央大陸の地図よ」
レーミア様が机上の地図を指して言った。
見ると、色んな町の名や、川や山の名前が書き込まれている普通の地図だ。しかし、ちょっと変わっているところがある。地図が細かく線引きされており、その中に種族の名前が書き込まれている事だ。
「この線引きは種族の領土を表しているの」
へー。
「私はね、こうやって種族別に領土を与える事は反対なのよ」
レーミア様が苦い顔をする。
うん、何となく言いたい事はわかる。
「……種族内で団結し、魔王様に反乱を起こす可能性があるからですか?」
今回のゴブリンの件に関しても、状況は少し特殊だが、大体同じようなモノだろう。
ゴブリン王という指導者を失ったのだ。つまり、今、ゴブリンたちを直接コントロールする者がいない。何かの拍子で暴走する危険があるって事だろう。
「まぁ、そうね。1箇所に1つの種族が固まりすぎると、よからぬ事を考える者もいる。だから、本当のところ、全ての土地を下の魔都のように多種族混合型にするべきだと私は考えているわ。それだったら、今みたいに余計な気遣いをしなくて済むもの」
セトグールの前でそれを言っちゃうのかよ。何ていうか、遠慮のない方だな。
まぁ、レーミア様の言いたい事もわかるが、それはそれで問題が起きるのではないか。
その事についてレーミア様に問い掛けると、彼女は頷いた。
「そうよ。この提案に関しては、高魔族も低魔族も反対しているわ。片方は、下等な者と生活を共にしたくない。もう片方は肩身の狭い思いはしたくないってね」
なるほどね。
「ダーティ、何でこんな話から始めたかと言うとね、お前に知っておいて欲しかったの。この魔族社会は微妙なバランスで成り立っている事を。私たちはこの社会秩序を保つ為に常に動いているわ、休息できない時もある、それだけは覚悟しておいて」
「……はい」
秩序を保つ為、か。
皮肉だな。俺はその秩序を破壊しに来たのだから。
「よろしい。では本題に入るわね。これから私たちはゴブリン領へと向かう。それはここよ」
レーミア様は地図の一点を指し示した。
そこは魔王城と魔都から北西のところにあった。
「さっき話してた通り、ロイたち別働隊はこのダークエルフの丘に待機させる」
彼女はそう言って、ゴブリン領から森を挟んで南の方を指し示す。
「彼らはもしもの為の保険よ。あくまでもしもの場合だけ。できるだけゴブリンたちを刺激したくないから」
レーミア様が顔を上げる。
「私たちはワイバーンに乗ってゴブリン領に向かい、まずはセリスたちと合流するわ。それまでの間、セリスたちや別働隊との連絡はこのミカラが担当する」
レーミア様が隣のダークエルフ、ミカラに視線を投げかける。
連絡ってどうやって行うのだろう? そういえば、俺が最初にレーミア様たちと出会った時もなぜか情報が行き渡っていた。魔鬼理なのかな?
「連絡ってどうやって取るんですか?」
「風を使うのよ。風に言葉を乗せて飛ばすの」
俺の質問にミカラが答えてくれた。
あぁ、そうか。俺はセリスたちと出会い、バイコーンに乗っていた時の事を思い出した。セリスはあの時、耳を押さえて何か囁いていたな。あれがそうだったんだ、あの時に連絡を取り合ってたんだ!
疑問の1つが解消されたぜ。
「ゴブリン領に着いてからの話だけれど、ダーティ、実際のところお前は今回何もすることはないわ。ただ、この職務がどういうモノか理解してもらうのが目的よ。戴冠式は私とリリーで進めるから」
ふむ、まぁ、最初はそうだよな。
「ま、説明はこんなモノね。大体理解してくれたかしら、ダーティ、それにセトグールも」
俺とセトグールは同時に頷いた。
「さて、まだ朝食も来ないし、聞きたい事はある?」
レーミア様が軽く伸びをしながら言った。はあぁ! 美しい! ってそうじゃねぇ、聞ける時に色々と聞いておかないと……。
俺はふと視線を地図に落とした。
魔王城から東西南北に少し離れたところにそれぞれ"指輪"と書かれた点がある。
指輪か……。そういや、前にリリアンナが【巨人の指輪】がどうとか言ってたな。【巨神ガメの甲羅】からあのワイバーンに乗った城壁に囲まれた小屋に移動した時だ。
「レーミア様、この"指輪"ってのは何なんですか?」
俺は点の1つを指した。
「あぁ、【巨人の指輪】ね。そうだな、今から全部説明するのは骨が折れるわねぇ……」
レーミア様が少し困ったように思案している。そんな彼女をリリアンナが責め立てた。
「だからリリアンナは言ったじゃないですかぁ! あの時説明しちゃえば良かったんですよ。プンプン!」
「それは、順序があるからって言ったでしょ。まぁ、今は簡単に説明させてもらうわね、ダーティ」
俺は頷いた。
「巨人の指輪はね、大陸間を転移できる装置なのよ」
おっと、大陸間だと?
転移しているってのは何となくわかってはいたが、まさかそれが大陸規模のモノとは思わなかった。
「リリー、世界地図を」
リリアンナは再び懐に手を突っ込み、もう1枚地図を取出して広げた。
今度の地図にはいくつかの大陸が描かれている。俺はこれを見たことがあるぞ。そう、転生する前に見た。五芒星を形作る大陸群、その右上にある三日月型の大陸。今、目の前にある地図にはそれと全く同じモノが描かれていた。
レーミア様が五芒大陸群の中央を指した。
「ここが私たちが今いる中央大陸……」
次に彼女は上の大陸を指す。
「ここに私たちが防衛する【巨神ガメの甲羅】があるわ」
と言うことは、俺が生まれたのはこの北の大陸ってわけか。てか、防衛? 侵略拠点ではなくて?
「私たちはこの北大陸からこの中央大陸に転移したのよ」
すげー技術やな。
「その技術さえあれば人間なんて敵じゃないですね!」
ところが、レーミア様は首を振った。
「あれは厄介な代物よ。第一、私たち魔族が造ったモノではないの、人間でもないわよ。あれは古代からずっとあの場所に存在していたの。動かす事も、破壊する事もできない」
古代の産物なのか……。
「そもそも、ダーティ、お前は勘違いしているわ」
「と、言うと?」
レーミア様は腕を組んだ。
「私たち魔族は人間たちの国を侵略するつもりなんてないのよ。どちらかと言えば、人間たちが私たち魔族を滅ぼそうとしているのよ」
え? そうなの?
「そんな人間たちが【巨人の指輪】を手に入れたとしたら、私たちは間違いなく滅ぼされているわ。私たちと人間たちとでは、その物量が違いすぎる」
じゃあ、つまり、魔族側は防衛戦を行っているって事だな。
人間と魔族の戦争、不利なのは魔族側なんだな。なるほど、レーミア様の話を信じるならば、俺の今後の行動も再検討せねば……。
「極端な話、指輪を尤者が使ってこの大陸に入り込めば、私たちは甚大な被害を被る。最悪、ヤツ1人に滅ぼされるかもしれない……だから絶対に指輪は死守するのよ」
あぁ、あのワイバーンがいた城壁はやはり中からの脅威に対してのモノだったか。正確に言えば、指輪からやってくる侵略者だな。
「でも、それならここにいるのはマズいのでは……?」
レーミア様は頷いた。
「まぁね、だけど身内の脅威にもちゃんと対処しないと。中から崩壊する事になるわ」
魔族側は予想以上に危機的状況なんだな。
「お待たせしましたぁー」
俺が考え込んでいると、給仕の娘が料理をカートに載せて運んで来た。
まず、レーミア様の下に赤い液体で満たされた杯が置かれる。
レーミア様はそれだけ? ダイエット中かな?
次にダークエルフのミカラの下に見たこともない野菜で彩られたサラダが置かれる。
ベジタリアンかな?
その次に俺たちの前に魚を挟んだパンが置かれた。
俺は恐る恐るパンをめくってみた。そこには七色に輝く魚。極彩色で目がチクチクする。
どうしよう、食欲がそそられない。
隣を見るとリリアンナがパクパクとその鮮やかなフィッシュバーガーを食べていた。
俺の視線に気づくと、ニコッと微笑む。
まぁ、ムカデではないのだし、食べてみるか。




