「……サスピリスの悪夢の結晶です」
軍隊竜の合成魔人たちが襲いかかってくる。
それはもう、通路を埋め尽くすほどの数だ。
後ろの女研究員が悲鳴を上げる。
俺は第三の魔手羅でエヴァ嬢を抱え、両手を空ける。
ーー魔奴ウ《獄炎犬の息吹》!!
灼熱の風が通路一帯に吹き荒れる。
合成魔人たちが次々と倒れていく。
その間を縫うように進む。
曲がり角に差し掛かったところで気配を感じた。待ち伏せされているな。
「ジーンちゃん!」
彼女は頷くとスライディングして通路の先に進み出る。その頭上を火球が通り過ぎ、壁に激突する。
俺が通路を曲がると、3人のゴブリン合成魔人が右側の壁に叩きつけられていた。
ジーンキララの土奴ウにやられたのだろう。口からプスプスと黒煙が昇っている。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「もう2、3個通路を進んだ先です」
一応もう少しで着くわけだが、油断はできない。
ジーンキララが角に立ち様子を伺う。
研ぎ澄まされた俺の感覚が、曲がり角の向こうに再び気配を感じた。
魔手羅を構えたジーンキララは角から勢い良く飛び出す。同時に向こう側からも黒い影が飛び出して来た。
ん?
あれは!
「待ってジーンちゃん!」
俺が声を掛けるのと同時に影の人物も動きをとめた。
「むっ、貴様たちか!」
雷銃2丁を構えていたダーツが安堵の声を上げる。
「大丈夫だ。クリプトンたちだ」
彼は曲がり角の向こうに声をかける。
すると、ダーツの後からフロー奴ウ父が現れた。さらにそのすぐ後ろから奴ウ父に雷銃を突きつけてヘクターが姿を見せる。
「奴ウ父を確保できたんですね」
「あぁ、そっちは?」
「セブンス嬢は救出できました。しかし、サスピリスは取り逃しました。で、こんな現状になっているわけです」
「なるほどな。詳しい話は後で聞くとして。我々の方も予定通りとはいかなかった」
ヘクターの後ろにもざっと30人くらいが不安そうに立ち尽くすしている。
ラーカムに囚われていて、まだ合成魔人にされていない人たちだろう。
その中には序数持ちもいるが、人数は少ない。
「序数持ちの大半は私の話を信じず動こうとはしなかった」
ダーツはため息を吐く。
「そうこうしているうちに、あのサスピリスの放送だ。その後は地上に配置されていたらしい警備ゴーレムが一斉に稼働してな。この地下に追い詰められてしまった」
そのゴーレムたちもサスピリスの支配下にあるわけね。
上はゴーレム軍団、下は合成魔人か。
「エヴァ!」
囚われの人々の中で上品な服装の女性が抜け出てきた。その女性には見覚えがある。エヴァ嬢の母親、セブンス夫人だ。そしてその隣に付き従っているのは世話係のマリアだ。
「娘は無事なのですか!?」
俺はエヴァ嬢はそっと母親に渡した。
「薬を飲ませて今は安定しています。けど、まだ何とも言えません」
合成魔人になりかかっているとは言えない。ただ取り乱させるだけだからな。
「早く安静にできる場所に連れていかなければなりません」
セブンス夫人はコクリと頷く。
良かった。彼女は思ったよりも冷静に状況を判断してくれている。
「お、お前たち、とんでもないことをしてくれたな!?」
いきなりフロー奴ウ父が喚き立てた。
「お前らさえ来なければ、こんな訳のわからないことにはならなかったんだ……ん?」
フローはジーンキララを凝視する。
「お前は王剣器隊にいた……何でここにいる!?」
ジーンキララは素知らぬ顔で肩をすくめる。
「ええい! とにかく、お前たちもサスピリスも覚悟しろ! ヲイドニアのーー」
「いい加減にしなさい!」
セブンス夫人がフローを平手打ちする。
「この状況がわからないのですか!?」
「このぉ……ぐはぁ!」
俺はフローの顔面を拳で殴り付けた。
「これくらいしても大丈夫だと思いますよ」
「……次からはそうします」
何事も無かったように俺はダーツとの話を再開した。
「つまり、地上も危険ということですね」
「そういうことだ。で、オルカは?」
「コチラに向かっています。なので崖側に向かいましょう。外壁を破壊してそこからオルカと合流します」
女研究員の案内のもと、俺たちは崖側の区画に向かった。
先頭は俺とダーツ。その後に女研究員や囚われていた人々、フローとヘクター。そしてしんがりがジーンキララだ。
途中、通路で出会す合成魔人をダーツは2丁の雷銃で撃退し、俺は魔鬼理で吹っ飛ばした。
「ここです!」
女研究員が立ち止まる。
天井には大きなダクトが壁の外まで続いている。崖にある通風孔に繋がっているのだろう。
ここなら脆そうだ。
俺はプリマスと再び感覚を同調させた。
「プリマス、そっちはどうだ?」
「歩行モードで崖の下まで来ています」
「わかった。俺が合図を出すから、そこの崖を破壊してくれ」
ダクトの一部を壊し、通風孔に向けて火球を放つ。
それを確認したプリマスが、操作しているドワーフに合図する。
「みんな、もっと離れて!」
他の者たちを壁際から遠ざける。
次の瞬間、壁を巨大な拳が突き破った。
「オッケーだプリマス」
拳が引っ込むと、陽の光が差し込んで来た。
あぁ、何か久しぶりに太陽を見た気がする。実際は2、3時間くらいしか経ってないんだけど。
再び巨大な腕が差し込まれる。しかし、今度は手の平を上に開いた状態だ。
俺は穴から外を見た。
崖の下にオルカ号が留まっている。
巨大な腕はオルカ号の側面から伸びていた。
ふっふーん、これがオルカ号の機能だ。
海坊主のパーツは何も潜航機能の為だけに使ったわけじゃない。
その腕や足も存分に利用させてもらった。
足が生える船。
これならどんな浅瀬でも侵入できるってわけよ。
俺はオルカ号に向かって手を振った。
ふと、背後に気配を感じた。
「あ、おい!」
ヘクターが呼び止める声。
見れば、顔を引き攣らせたフローが逃げ出そうとしている。
それを追いかけるヘクター。
嫌な気配を感じる。
ヘクターは、突然ビクリと痙攣して立ち止まった。
脇腹に巨大なサソリの尻尾が突き刺さっている。
その尻尾は床から突き出されていた。
そして、床を突き破って赤黒い巨体が立ち現れる。
「グリプドオオオオンン!!」
フィアムートが俺たちの前に立ちはだかる。
「ひあぁっ!!」
突然現れた怪物に、フローは腰を抜かしていた。
フィアムートは鋏でフローの体を薙ぎ払った。
上半身と下半身が引き裂かれて床にグチャリと落ちた。
怪物は煩わしそうに尻尾を振る。
ヘクターの体が壁に激突し、ビクビクと痙攣している。
「ヘクター!!」
ダーツが彼の元に駆け寄る。
「あの尻尾からは毒が分泌されています!」
「一体何なんだこの怪物は!」
俺は真っ直ぐ怪物を睨み据え、魔手羅を構える。
「フィアムート……サスピリスの悪夢の結晶です」




