「どっかで聞いた名前だけど、誰だったかな?」
「最高傑作というには、ちょっとデザインが独特だな。別に人のセンスをどうこう言うつもりはないけど」
俺はジーンキララの方に目を向けた。
彼女は庇うようにエヴァ嬢を抱きとめている。
急いで丸薬を飲ませないと。
「ふっ、容姿については勘弁してほしいね。彼は重度の狂数症患者だったんだ。それはもう素晴らしい素体だ。つい浮かれて色々と混ぜてしまったんだよ。反省はしている」
つい浮かれてね。
危うくエヴァ嬢もそうなる運命だったわけか。
フィアムートを注視する。
あの筋骨隆々の赤黒い体はおそらくオーガのモノだろう。
あの速さもそれなら説明がつくし、かなり頑丈にちがいない。生半可な攻撃じゃダメージを与えられなさそう。
――《鬼流》!!
オーガの魔鬼理で感覚を研ぎ澄ませ、身体能力を向上させる。これで後れはとるまい。
「ところで、それが君の本当の顔なのかな?」
サスピリスが俺の顔を指して言う。
何のことかと足下の水たまりを見れば、変態が解けて自分の顔に戻っていた。
「さぁ、どうでしょうね」
「ふむ、まるでシェイプシフターのようだ。それに、そこの女の奴力量は並の伐士を凌駕している……」
サスピリスは顎に手を当てて考え込んでいる。
形成逆転して余裕がでてきた感じだな。
俺はジーンキララに目線で合図を送る。
隙をみてエヴァ嬢を連れて上に行けってね。
ただ、今は扉の進行方向にフィアムートがいるので下手に動けないでいる。俺の方に注意を向けさせないと。
「君たち、もしや賢楼じゃないのか?」
「は?」
思わぬ言葉に驚きを隠せなかった。
賢楼は奴ウ力学者を中心としたノーベンブルム王国の諜報機関みたいなもんだ。むしろ、俺は敵対している方なんだけど。
「コシュケンバウアーめが、ここに目をつけていることはわかっている。だが、あの男が――」
サスピリスの声はフィアムートの突然の咆哮にかき消されてしまった。
怪物は俺を睨みつけて唸っている。
「何だフィアムート? まだ私が話している途中なんだがね」
怪物は創造主の言葉には反応せず、俺の方へとゆっくり近づいてくる。
「グッ、グッ、グッリプドオオオオオン!!」
フィアムートは不明瞭ながら言葉を発した。
たぶんだけど、俺の仮の名クリプトンと言ったっぽい?
もしかして俺の知り合いか?
てか、アルゴン・クリプトンの姿はしていないんだけどな。
とりあえず現数力を使って怪物の情報を調べてみよう。
ヤツの中から青白い文字や数字が浮かび上がり始める。
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ペリフォ・ラズラム 18歳 男 レベル:666
種族:合成魔人……
情報が表示し切る前にフィアムートが突進してきた。右手の鋏で斬りかかってくる。
横に飛び退くと、ヤツの鋏は棚に激突し、さらに多くのガラス容器が割れ飛んだ。
いきなりなんだよコイツ。
にしても、ペリフォってどっかで聞いた名前だけど、誰だったかな?
「グリプドオオオオンンッ!!」
フィアムートは突き刺した鋏そのままに俺の方に突進してくる。
バキバキという音ともに棚や容器が次々と破壊されていく。
出し惜しみしている場合じゃない。
俺は魔手羅を展開した。
――《粘水捕縛》!!
スライム状の魔手羅をフィアムートの頭に巻きつけてやる。
視界を奪ったところで、
――魔奴ウ《螺旋槍閃突》!!
ドリルと化した魔手羅をヤツの心臓に向けて突き刺す。
この魔奴ウは以前、硬い鱗の魚人を貫けた技だ。
「今だ!!」
俺の声を合図にエヴァ嬢を抱えたままジーンキララが出口に向かって駆け出す。
とりあえず今は彼女を信じるしかない。
それはいいとして、問題はこっちだ。
心臓を貫くどころか、ヤツの皮膚にかすり傷程度しか与えられていない。
それに、目が見えないながらも、がむしゃらに右手の鋏を振り回しやがる。
攻め方を変えよう。
俺はフィアムートの後ろに回り込んだ。
これで鋏の攻撃は喰らわない、と思ったのが……
怪物の毛で覆われた尾てい骨辺りからいきなり尻尾が飛び出してきた。それの先端は鋭利になっている。
俺は体を捻って尻尾を避け、後方へと飛んだ。
尻尾は鞭のようにしなりながら、その先端から液体を撒き散らしている。
あの尻尾には見覚えがある。
あれはエフュサンドス砂漠のサソリ人間のモノだ。てことは、あの先端から分泌されている液体は毒だな。刺されると体が麻痺してしまう。
近接戦闘は避けた方が良さそうだ。
「お前……何だそれは?」
サスピリスが呆然とした様子で魔手羅を指している。
「ヤツは魔族なのか? いやしかし、奴ウ力と魔鬼理を組み合わせていた。なぜそんなことができる……?」
サスピリスは早口で独り言を呟いている。
魔人という存在に心底驚いているらしい。
「お前は一体何なのだ!??」
「頭が良いんなら、てめぇで考えろ!」
今はコイツに構っている場合じゃない。
フィアムートは乱暴に顔に巻き付いたスライムを剥ぎ取った。
標的の姿を認めると唸り声を上げる。
「フィアムート!! ソイツを生け捕りにしろ!! 手足は無くても構わん!!!」
怪物はその言葉を聞くやいなや再び突進してきた。てか、恐ろしいこと言いやがるなイカれ博士め。
俺は後方へと飛ぶ。
「……んあぁ?」
俺が避けた先に気絶していた職員がいたのだが、魔の悪いことにちょうど頭を起こしやがった。
そのせいで――
「う、うあああああっ……ぎゃっ!!」
怪物の鋏攻撃に巻き込まれて頭が体から弾け飛んでいた。
まぁ、同情するよ。運が悪かったねって感じ。
今はとにかくエヴァ嬢の身が心配だ。早くこの怪物をどうにかしないと。
まぁ、ちょっと思いついたことがある。
俺はフィアムートが飛び出してきた穴に向かい、降り立った。
そこは薄暗く血なまぐさい場所だった。
ここはフィアムートの住処ってことか?
だけど目的の場所はここじゃない。
まだ下に空間があるはずだ。
地下プールへと続く開閉式の扉。
「グリプドオオオオンン!!」
フィアムートも降り立って追いかけて来る。
数メートル先に大きなパイプようなモノが見えた。
火球を放って牽制しつつ、魔手羅で一部を破壊する。ドロリとした臓物が上から下に落ちて行く。
ここだ。
ここからあの地下プールに繋がっているはず。
気色悪いけど俺はそのパイプの中に入り込んだ。中は血だらけで、俺は下へと滑り落ちて行く。ウォータースライダーならぬ、ブラッディスライダーだ。
滑り落ちた先はすり鉢状の空間になっていた。他にもいくつかパイプが繋がっていて、そこからも色々と流れ落ちて来る。
底に目をやると切れ目が入っている。やっぱりここが地下プールの天井の上なんだ。
俺はその切れ目のところに立った。
――奴ウ力《覇威土》!!
奴力を流し込んで、扉を制御下におく。
上を見ると、天井に亀裂が入っていた。そして、雄叫びと共にフィアムートが突き破って落ちてきた。
降り立つ直前に扉を開かせる。
怪物は地下プールへとそのまま落ちて行った。
俺は再び扉を閉じた。直前にダメ押しで爆弾の魔奴ウ《爆瀑丸》も放り投げる。
翼竜の羽を展開して、怪物が開けた穴から飛び上がる。
瞬間、爆発音が轟いた。
今ので仕留めきれたとは思わない。けど、足止めはできたはずだ。
はやくジーンキララたちと合流しよう。




