「合成魔人って都合の良い暗殺者だと思うんだ」
「ガ、ガイドだと?」
職員の男は顔を顰めて首を振る。
「そんなことできるわけ――」
と、室内にグシャリと嫌な音が響く。
音がした方を見ると、ジーンキララが拘束していた1人を頭から壁に叩きつけていた。壁や彼女の魔手羅に血が飛び散っている。
ダーツとヘクターも目を見開いて彼女を見ている。
「ちょ、君!」
「死んではいないよ」
ジーンキララは痙攣している男を放りながら首をすくめる。
「けど、役に立たないって思ったら、今度は確実に殺すから」
彼女の言葉に他の職員たちは必死に頷いている。
まったく、無茶しやがる。
本当なら、彼女をここに連れてくるつもりはなかったんだけど、ルクスアウラが手を貸す条件として挙げたからな。信用できないが仕方ない。
俺は再び職員に向き直った。
「昨日連れて来られた序数持ちたちは上の階にいるんだな?」
問いかけに職員の男は頷いた。
「その中にセブンス嬢、金髪の女の子もいたはずだが?」
「あ、あぁ確かにいた。だけど……」
男は気まずそうに言い淀んだ。
「だけど何だ?」
「そ、そのセブンス嬢だけは上の階にはいない。この下に連れて行かれた」
「どういうことだ?」
詰め寄って問い詰めるが、男は首を振る。
「理由は知らないんだ。サスピリス博士が急に彼女を連れて行くと言い出して。博士に意見する者はいないから、フロー奴ウ父でさえ……」
「そのサスピリスって奴はどこにいる?」
「地下6階……最下層だ」
なんてことだ。
移送されて来たのはつい昨日だから、彼女の身もまだ大丈夫だろうと考えていたが……
この職員の口ぶりからするに、ラーカムを支配しているのは奴ウ父じゃなくサスピリス博士ってヤツらしいな。
「ダーツさん、ヘクターさん、ここからは予定通り二手に別れましょう」
「我々は上だな?」
俺はダーツに近寄って小声で話しかける。あまり職員たちに聞かれたくないからね。
「はい、まずはフロー奴ウ父を抑えてください。そして序数持ちたちと合流を」
「貴様らは?」
「俺達はまずそのサスピリス博士を抑えます。そのあとで救出できる者を探します」
「わかった。上を抑えた後、我々も合流する。オルカへの連絡は任せたぞ」
ラーカムの周辺海域には我らがオルカ号が潜航している。プリマスに合図を送ればオルカが強襲してくれる手筈になっていた。
「では、行こうか」
ダーツとヘクターは職員1人を引き連れて部屋から出て行った。
「ふふ、楽しくなってきたね。私達も行こう」
ジーンキララが笑顔で言った。
「と、その前に。止血してやらんと」
俺は部屋の隅に倒れている男に歩み寄る。
「えー、放っておけばいいのに」
と、彼女は中々ヒドいこと言うけどね。このままってのも心情的に嫌だし。それにこの男の顔に変態し直すことを思いついたからね。
手当てしたあと、彼の白衣を頂戴した。血の汚れは魔鬼理《血界》で吸い取った。あと、倒れている男の手足をスライムボールで拘束する。
「お待たせ」
俺の容姿の変貌に職員は呆気に取られている。
「お、お前は何なんだ?」
「それ、聞く必要ある?」
ジーンキララの冷たい声音に男を慌てて口を閉じた。
◆
「それで、サスピリスの研究室にはあのエレベーターから降りるのか?」
薄暗い通路を進みながら職員の男に問いかける。
「いや、あのエレベーターはサスピリス博士の所にまで通じていない。博士が嫌がったからな」
そこまで手厚く扱われるということは余程重要な人物らしいな。
「じゃあ、どうやって降りる?」
「そりゃ階段を使ってに決まっている」
職員が小馬鹿にしたように言う。
いや、まぁそうだけどさぁ。こんな秘密研究所で階段だなんて。なんか普通すぎぃ!
「嘘吐いてないよね?」
「ひっ!」
ジーンキララの冷めた言い方に男が軽く悲鳴を上げる。
通路を歩いている他の職員が怪訝な表情を浮かべる。
「や、やだなぁ! 君、そんな可愛いクシャミするんだね! アハハ」
とりあえずそう言って誤魔化した。
「……次、悲鳴を上げたら殺すから」
ジーンキララが小声でそう言うのが聞こえた。マジでこの先大丈夫か不安になるぜ。
下に降りる階段にたどり着くまでにいくつかの研究室を通った。
壁際にはガラスの容器がいくつも保管されている。液体で満たされた中には魔族の体の一部が浮かんでいる。
存在を消された村から送られてきたモノだろう。
途中、檻がずらりと並んでいる部屋を通った。中では異形の人間たちが虚ろな呻き声を上げている。
合成魔人たちだ。
「ヲイド教の連中はどうしてあんなモノを造らせているのかな?」
階段を降りながらジーンキララが疑問を口にする。
「……」
「あんたに訊いているんだけどな?」
ジーンキララは苛立たしげに職員の男を小突いた。
「え!? あ、その、私達もその理由は知りません。ただ上からの命令に従っているだけで……」
「何それ? バカみたい」
彼女の辛辣な言い方に職員はすっかり怯えてしまっている。
どれ、助け舟を出してやろう。
「これはあくまで推測なんだけどさ。合成魔人って都合の良い暗殺者だと思うんだ」
「暗殺者?」
「うん。人間も一枚岩じゃないってことは君もよく知っているよね。ヲイドニアの連中にとって邪魔な者は多く存在するんだろうさ」
ジーンキララは納得したように頷く。
人間社会の権力構造は俺より彼女のほうが良く知っているからね。
「で、そんな存在たちを秘密裏に処理するのに奴ウ力を使ったら痕跡が必ず残る。そしたら当然疑惑が生まれてしまう。だけど、それが魔族だったら? たぶん、疑問を持つ者なんていないんじゃないかな」
魔族が人間を襲うことは、この世界ではごく当たり前というのが共通認識だろう。
「合成魔人を使えばそれが可能ってことだね。痕跡も魔族の襲撃としか思われないから。つまり、彼らは自分たちの思い通りに動かせる魔族を創り出したいってわけか」
「おそらくね」
そもそも、シックス家が同じようなことをしていたではないか。彼らの場合、本物の魔族を使っていたわけだが。
仮に俺の考えが正しいとすれば、シックス家がヲイドニアの逆鱗に触れたのも理解できる。自分たちも同じようなことをしているわけだからね。人間の思い通りに動く魔族なんて存在を絶対に周知させたくなかったろう。
「……この先がサスピリス博士の研究室です」
階段を3階程降りた先にあるとりわけ薄暗い通路を示した。
そこには両開きの扉が見えた。
あの先にエヴァ嬢、それとサスピリスがいる。
「よし、サスピリスにはフローからの用事で来たことにしよう」
扉の手前まで来た所で、職員の男が声をかけた。
「博士、フロー奴ウ父からの用で参りました」
職員は扉の上部に備え付けられたマイクのようなモノに話しかけた。これで中にいる博士と話ができるらしい。
少しの間の後。
「何の用かな? 私は今、実験の最中で忙しいのだがね」
抑揚のない声が応え返してきた。
職員がどうするのか問いかけるように見てくる。
うーん、興味を惹かないとな。
「すいません、博士。ただ、良い素体が見つかったので連れて行くようにと言われまして」
これでどうかな?
実験好きなヤツなら無視できないと思うが。
しばらくの沈黙の後。
「……入れ」
その言葉と共に扉が内側へと開いていった。




