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「魔境に向けて出発だ」

 ノーベンブルム王国の西地方は古くから漁業が盛んな地域であり、海岸沿いに街や村が点在している。

 その中で、最も蹄半島に近い街に俺たちはやって来ていた。

 その街の高台にある食堂には屋外のテラス席があり、俺を含めた4人が円形テーブル席に腰掛けている。

 その他の3人ってのはダーツにヘクター、そしてジーンキララなんだな。プリマスは今回別の大切な役目があるのでここにはいない。分身体もね。

 ちなみに俺とジーンキララは顔を変えている。身バレは困るからね。


「西岸方面は初めて来ましたけど、結構のどかなところなんですね」


 俺の言葉にダーツが頷く。


「そうだな。この地域は魔族の脅威が小さいからな」

「だからこそヲイドの連中はこの地にラーカムを建造した、と」


 俺は遠く海岸沿いの先に見える白い建物を見やった。

 それは崖の上に建っている。


「それで、貴様は昨日あの周辺を偵察してきたのだろう?」


 ダーツの言葉に俺は頷いた。

 俺たちは出来損ないの世界を通って昨日この地域に到着した。

 で、俺だけ別行動で偵察して来たのだ。


「まぁ、建物内はさすがに無理として外観や周囲の様子は大体わかりましたよ」


 ◆


 出来損ないの世界を出た時には既に日は沈みかけていた。

 俺はまず鳥に変態して上空からラーカムを偵察してみることにした。


 上から見る半島の形は確かに馬の蹄のようである。

 その蹄の先っぽに夕日に染められたコの字型の建物がポツンと建っている。周囲には木々が広がっているだけで他に何もない。間違いなくあれがラーカムだ。

 外壁は白、窓の数からして3階建のように思える。コの字の空いている部分が海に面しており、中庭になっているようだ。テーブル席なんかが設置してあり、寛げるスペースになっているみたいね。あそこでまったりしながら夕日を眺めていると癒やされるだろう。療養するには最高かもな。だが、俺が聞いていた印象とはまるで違う。もっと大きくて要塞のようなモノを想像していたからだ。


 まぁ、表面上はただの治療院を装っているわけだしな。あの建物はただのカモフラージュだろう。とすると本当のラーカムは地下にある?


 俺は建物の先にある切り立った崖に降り立った。鳥の姿なのだから不自然ではあるまいよ。


 ちょっととした岩の出っ張りから下を見ると、いたるところに通風孔らしきモノがあるじゃないの。それもご丁寧に目立たないよう隠されている。


 通風孔は結構下まで続いていた。崖の下は波が岩礁を洗い流している。その波の流れで一箇所、どうにも不自然なところがあった。そこだけ波しぶきが小さいのだよ。


「調べてみるか」


 俺はその場から飛び立ち、海に飛び込んだ。

 鳥から魚に姿を変態させる。

 例の流れが違う所に泳いでみると、何と崖の下に洞窟があるではないか!

 海中洞窟ってやつ?

 おうおう、怪しいねぇ。


 俺は洞窟の中に入った。

 暗くて視界が悪いので慎重に泳ぐ。

 最初のうちはデコボコした自然の洞窟だったけど、次第にそれは人工のトンネルへと変化していった。


 間違いなくラーカムの一部なのだろう。ただ、何のためのトンネルなのかようわからん。


 それを確かめる為に、俺はさらに先に進んだ。すると、トンネルから開けた場所に抜け出た。

 そこは広い地下プールのようになっていた。金属製の天井と海面までは2mくらい間隔があるか?

 よく見ると、天井には切れ目が入っている。開閉するっぽい。


 ここが何なのか考えていると、天井が振動し始めた。そして、切れ目から鈍い光が差し込む。

 扉が開き始めたのだ。


 完全に開いてしまうのと同時に何かが下にボトボトと落ちてきた。

 自然地下プールが落ちてきたそれらによって赤く濁る。

 その赤いモノの正体は臭いでわかる。


 血だ。

 そしてその源は腕であったり足であったり、後はまぁ、口にするには生々しすぎるもの……人体のパーツとでも言っておこうか。

 血煙がまるで生きているかのように蠢いている。

 俺は海面に浮上した。血を飲み込んだりしたくないからね。


 後方から気配を感じた。

 先程俺が通ってきた海中トンネルから何者かたちが入って来ようとしている。


 俺はなるべく端に移動し、気配を消す。


 新たな侵入者たちが姿を現した。


 皮膚は青緑色の鱗で覆われており、大きなギョロリとした目で海中に浮かぶ遺体を見ている。


 俺にとっては何かと縁がある存在。

 魚人だ。


 彼らは遺体に嬉々として喰らい付く。


 おえっ!

 ヤツらの餌ってことかよ。

 ここは魚人の食堂か?


 あの遺体は、まぁ治療院に収監された者なんだろう。

 うーむ。想像以上に酷いことが行われていそうね。


 魚人の食事の様子を眺め続けるのは精神的にヤバそうなので、俺はこっそりと地下プールから抜け出ようとした。


 と、その時、頭上からとてつもない重圧を感じた。

 殺意の触手が上からこの地下プールに押し寄せているような感覚。

 危険な野郎がいる。けど、すぐ近くにいるわけじゃない。この上の地下施設のどこかにいやがる。


 魚人たちもそれを察したらしく、慌てて餌を抱え込むと、トンネルへと戻って行った。

 奴らが完全にいなくなったのを確認してから、俺も地下プールから出て行った。


 ◆


「と、まぁこんな感じだったわけです」


 偵察の内容をみんなに報告した。


「なるほど、やはりラーカムには地下施設が存在していたか」


 ダーツが納得したように頷く。


「今までの我々だけでは決して知ることのできなかった情報だな」

「いやぁ、そんなに褒められると照れますねぇ」


 まぁ、俺の力を持ってすればこれくらい楽勝よ!


「別に褒められてるわけじゃないよねー」


 気分が良くなっている俺に水を差すジーンキララ。


「それより、私はアーティが感じたっていうヤバい気配が気になるな。確実に邪魔になるでしょ、ソイツ」


 それだよなぁ。ただでさえ得体のしれない場所なのに、変なヤツまでいるなんてよ。


「けどまぁ、俺たちの目的は収容されている人達の救出とラーカムの実態を暴くことだから。戦わなくて済むならそれに越したことはないね。で、そろそろ時間じゃないですか?」

「あぁ、そうだな」


 ダーツがため息を吐きながら立ち上がる。

 俺たちもそれに倣って店を出た。


「ダーツとその一派だな?」


 店の外には伐士隊が待ち構えていた。

 隊長格らしき男が冷めた目で俺たちを見回す。


「反ヲイド思想者は規則通りラーカムで治療を受けてもらう」


 好奇心でこちらの様子を伺っていた街人たちが慌てて去っていく。一切関わり合いになりたくないらしい。


「大人しくついてきてくれよ」


 ダーツは重々しく頷く。


 俺たちは拘束され、ラーカムに向けて街から連れ出された。


 もちろん、これは計画通り。

 この伐士たちはルクスアウラの手の者たちだ。

 これで無理なくラーカムに潜入できるってわけよ。


 魔境に向けて出発だ。




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