「こうしてみるとなんか鯱っぽい」
「何ぃ?ラーカム治療院だと!?」
水報板のスクリーンにダーツの驚愕の表情が映し出されている。
プリマスの報告を受けた俺は、村の教会にとって返してダーツに連絡していた。横には何が起きているのかわからないといった様子のポーが立ち尽くしている。
「はい、これから移送されるそうです」
「しかし、なぜ彼らが? 反ヲイドではないだろうに」
ラーカム治療院は表向きは狂数症などの難病治療施設だ。しかし、その実態は反ヲイド思想を持つ者の収監施設である。さらに俺の想像が正しければもっと忌々しいことも行われているはずだ。
「俺も詳しくはわかりませんが、どうやら魔族と直接接触した事が原因のようです。狂数症を発症する可能性があるらしくて」
「それらしい事を言っているが、無茶苦茶だな」
ダーツは苦い顔つきで首を振る。
「序数持ちの連中が黙っているとは思えんが……まぁ、ヲイドニアからの命令であれば彼らも何もできないか」
「でしょうね」
「セブンス家には恩がある。できれば助けてやりたいところだが」
「道中は王剣器隊が警護するらしいんですね。だから、襲撃して助け出すってのは無謀でしょう」
「そうだな、我々の戦力では返り討ちに遭うだけだろう」
エヴァ嬢やその他の人達のラーカム行きは阻止できない。だが、その後なら別だ。
「ダーツさん、この機会に計画を前倒しするというのはどうでしょう?」
「ラーカムに潜入すると?」
「はい。前々から準備自体はしていたわけですし。多少の無茶はどうにかなると思うんですよね」
「ちょっと待ってくれ」
ダーツはそう言うと、スクリーンから顔を逸らして誰かに話しかけている。
程なくしてファントムが水のスクリーン上に現れた。
「アーティ、ギュロッセから話は聴いたよ。正直なところ、作戦の前倒しには賛同できないな」
ファントムの言葉に俺は頷く。
「まぁ、そうでしょうね。ラーカムはまだ謎の部分も多い。念入りに準備すべきだと思います。ただ、今回の事は最大のチャンスではないかと思うのですよ」
「どういうことだ?」
問うたのはダーツだ。
「おそらく今回の件はラーカム側にしたら大規模な収容作業だと思います」
王剣器隊を護衛にあたらせていることからも、それは間違いないはずだ。
「それだけに隙が生まれやすくなると思うんです。俺たちが潜入するのにこれ程の好機はないかと」
俺の意見に2人は相槌をうつ。
「なるほど。君の言うことも一理あるね」
「私は賛成だぞ。ただ、他の者たちにも説明して納得してもらわねばな……」
「それにあの戦艦の準備が間に合うか、だね」
ファントムが言う戦艦とは、ベネルフィアのユグベリタスのことだ。出来損ないの世界に流れ着いた残骸を俺たちは改修しているからね。
「ダーツさん、王都からラーカムまではどれくらいかかりそうですか?」
ダーツは頭に手を当てて考えている。
「……そうだな。王剣器隊と言えども、体力的に弱っている収容者たちを連れて行くことになる。ラーカムは西端の蹄半島にあるので、おそらく7日以上はかかるだろう」
うむ、まぁそれくらいあれば何とかなりそうだ。
「なるほど、ありがとうごさいます。その間にできる限りの準備をしましょう」
◆
俺は急いで出来損ないの世界に向かった。
巨神ガメの元にやってくると、ダーツとファントムが出迎えてくれた。
「どうもお二人とも。早速ですが船のところに行きましょう」
「あぁ、こっちだ」
二人に案内されて俺はカメの後方に向かうと、大きな球体上の水の塊が浮いていた。まるで水の惑星のようにも思える。出来損ないの世界ならではの光景だ。
水球の下に位置するカメの尻尾のところに人間やドワーフたちの一団がいる。船の改造を行なっていた技術者たちだ。
俺たちに気づいた者が手を振って迎えてくれた。
「船の試験中ですか?」
そう問いかけると技術者が頷いた。
「あぁ、そろそろ上がってくると思うぜ」
その言葉と共に、水球に波紋が生じる。
それは次第に水飛沫となり、そして大きな水柱となった。
「おぉ、中々の迫力ですね」
俺は思わず声を漏らした。
水面に黒い艦船が浮上したのだ。
そう、人魔連合技術者集団が改修していた戦艦ユグベリタスだ。
「要望通り、潜航機能と小型化に成功したぞ!」
船の中からドワーフのオヤジが叫んだ。
見れば満面の笑みを浮かべている。
「ここまで完成させるのには苦労しましたよ」
俺たちの側にいた職人が苦笑しながら言った。
「シーゴーレムの体と合体させること自体は難しくなかったんですがね。速さを求めるとなるとね」
「あぁ、苦労をかけたな。感謝する」
職人の肩に手を置き、労いの言葉をかけるダーツ。
いや、ホント彼らの頑張りには感謝しかない。
「あくまで戦うことを主体とした船ではないんだね?」
ファントムの問いに俺は頷く。
「潜水機能をお願いしたのは海の中のゲートを通ってこの出来損ないの世界に逃げ込む為ですからね」
伐士隊の最新鋭艦ゼムリアスはコシュケンバウアーの新技術が使われている。あれと海上で戦うのは無茶ってもんだ。
「ベネルフィア港の底に沈んでいたシーゴーレムはまさにうってつけの素材だったわけだな」
船を見遣りながらダーツが言う。
「おうい、てめぇら!まだ大事なことを決めてねぇんじゃねぇかぁ?」
船に乗っているドワーフの親父が俺たちに向かって怒鳴った。
「大事なこと?」
はて、何かあったかなとみんなで思案していると、ドワーフの親父は呆れた顔をして、
「こいつの名前だよ!名前!!」
と喚いた。
あぁ、名前ね。
考えたこともなかったわ。てか、悠長に名前決めている場合ではないが。
「確かに、このままユグベリタスと呼ぶのもな……」
ダーツの言葉に俺も頷く。
まぁ、いつまでも尤者の名前で呼び続けるのはなんか嫌だわな。
改めて船を眺める。
ほとんど黒い船体だが、前方の方に一部白いラインが入っている。
こうしてみるとなんか鯱っぽい。
「オルカ……」
「ん?何だって?」
俺の呟きを聞いたダーツが聞き返した。
「あ、いやオルカって名前はどうでしょうかね。あい、ダメですね」
「いや、いいんじゃないかな」
そう言ったのはファントムだった。
「その意味はわからないが、僕は良い響きだと思う」
ダーツもその言葉に頷く。
「まぁ、私はそういう名前を決めるのは向いていないので、それでいいのではないか?」
それを受けてドワーフのオヤジは満足そうに頷いた。
「ようし、今日からこいつはオルカ号だ!!」
◆
「それでラーカムに潜入する者はどうする?」
船の最終調整の様子を眺めながらダーツが尋ねてきた。
「あのラーカムだからな。志願する者も多いぞ」
元々それが目的で群牢同盟に参加している者たちは当然そうだろう。だけどねー。
「その人たちには申し訳ないですが、潜入は少人数で行った方が良いと思います」
「その言い分だと、既に編成は考えているようだが?」
「ダーツさんと俺は確定で、他あと2人くらいがいいのかなと」
ファントムが軽く手を挙げる。
「そのラーカムには魔族は潜入することはできないんだね?」
「ですね。奴力を測定されるでしょうから、魔族はすぐバレてしまう。だからファントムさんたちはオルカからの援護ということで」
「あぁ、任せてくれ」
ダーツが咳払いする。
「それはいいとして、どうやって潜入するのだ?」
そこはまぁ、考えてある。あまり気に乗りしないけど。
「ルクスアウラたちの力を借りようと思います」




