「どこの世界にもくだらん差別はあるんだな」
「……ゴブリン領ですか?」
「そうよ」
ゴブリン領か。そう言えば、昨日の会話でもそんな事言ってたな。
「ゴブリン領で何をするのですか、レーミア?」
「レーミア?」
「あっ……」
しまった! 昨日のンパ様との会話のせいで、呼び捨てしてしまった!
「ジェネラル・レーミア! ボンサーイ!」
俺は適当に誤魔化した。
「……まぁ、いいわ。でも、今度気安く呼び捨てにしたら覚悟しなさいな」
レーミア様の手が鞭に触れる。
「肝に銘じておきますデス」
レーミア様が頷く。
「よろしい。では、先程の質問に答えてあげましょう。ゴブリン領では、このセトグールの戴冠式を行うわ。私たちがその儀式を取り仕切るの」
俺はセトグールの方を見た。
物静かに佇むその姿は、確かに王の威厳を備えているのかもしれない。
「では一度館に戻って打ち合わせをしましょう。ダーティ、セトグール、あなたたちもついて来て」
レーミア様はそう言うと、広間にある階段から下りていく。俺たちも後に続いた。
階段を下りると、上と同じような広間になっていた。
いくつか魔族の姿が見える。
彼らの視線は俺とセトグールに向けられていた。レーミア様の後に付いて歩く俺たちを失礼なくらいジロジロ見てくる。
俺に対する視線は好奇によるモノだろう、まぁ仕方ない事だ。だけど、セトグールに向けられるあの視線は何だ? 嘲りや嫌悪の眼差しに思える。
「この魔王城を、醜いゴブリンが歩いている。何と汚らわしい」
「ゴブリンの王は勝手な行動を取って殺されたらしいぞ、愚か者さ」
などと言う会話が聞こえてくる。わざわざコチラに聞こえるように言ってやがるな。
後方のセトグールを見ると、平然とした面持ちであった。彼の心の中にどんな思いが渦巻いているのかはわからないが、ソレを全く表情に出していない。慣れているのかな?
俺たちは広間を抜け、再びを回廊を進んだ。
すると、前方から魔族の一団がやってくる。先頭の魔族はでっぷり太った体を赤い甲冑で覆っている。
「よう、レーミア!」
先頭の魔族がレーミア様に声を掛けた。
「……ベルトール」
レーミア様の声には感情が籠っていない。
「聞いたぜ、面倒な事になったらしいな、気の毒になぁ!」
「お気遣いどうも。だけど私はやるべき事を遂行する。ただそれだけよ」
「ケッハッハッ! 相変わらずだな」
ベルトールは話しながらも、レーミア様の体を舐め回すように見ている。このクソ野郎。
「そうだ、俺も手伝ってやろうか? 簡単なお礼をしてくれるだけで――」
「結構よ」
レーミア様はベルトールを通り越して行った。俺たちも慌てて後に続く。だが、
「ぐっ!」
「おらぁ! ちゃんと前向いて歩けや! そんな事も知らないのか、ゴブリンって奴はよ?」
横を通り過ぎようとしたセトグールにベルトールがわざと肩をぶつけたのだ。セトグールは床に倒れ伏している。
「てめぇのクッセエ体臭が移ったらどうしてくれんだよ? ちゃんと風呂入ってんのか、あ?」
ベルトールが鼻を抓む仕草をすると、取り巻きの魔族どもがゲラゲラと下品な笑いを上げた。
「……すいません、以後気を付けます」
セトグールは地面に倒れ伏したまま、頭を下げた。
それを見たベルトールは鼻を鳴らして踵を返そうとしたのだが、俺がジッと見ている事に気づき、睨んできた。
「おい! 何見てんだよ? 何か文句でもあんのか?」
「いえいえ、とんでもございません」
俺も軽く頭を下げた。
「そもそもお前は誰なんだよ?」
ベルトールが俺の方に近づいてきた。
どうする? 魔手羅でヤツの鼻っ柱を折ってやるか?
「ベルトール!」
振り向くと、レーミア様が腕を組んでコチラを見ていた。
「私の部下たちにちょっかいを出さないで」
ベルトールは再び鼻を鳴らすと今度こそ踵を返し、取り巻き共々歩き去って行った。
俺はセトグールの元に駆け寄った。
「大丈夫ですか? えと、セトグール王子?」
王の子供だから王子でいいんだよな?
「はい、大丈夫です。1人で立てます、ありがとう」
セトグールは愛想笑いを浮かべている。その姿が逆に痛々しい。
俺はベルトールたちの後ろ姿を目で追った。
「……ありゃ、チンピラだな」
思わず声に出してしまった。
それを聞き咎めたセトグールは口に指を当てる。
「そのような事を言ってはなりません」
彼は背後のベルトールたちを伺いながら言った。
「そうですぅ、ダーティさん」
背後からリリアンナの声がした。
「あの方は南方将軍ベルトール様ですぅ。つまり、レーミア様と同等の地位であるのですよ」
あのチンピラが将軍ねぇ。
てか、南方将軍もいるのね。じゃあ、やっぱり東西南北にそれぞれ将軍がいるようだな。
「彼は高魔族出身で、生粋の種族主義者ですぅ。高魔こそ正義! 他は虫ケラだぁ! って感じですぅ」
「へー」
どこの世界にもくだらん差別はあるんだな。
高魔族と低魔族の溝は深い。魔族社会が抱える厄介な問題であろう。
しかし、俺にとっては実に好都合だ。鬱屈した低魔族に反乱を起こさせる、もしくは、現魔王の実力主義に反感を持つ高魔族を煽るのもいい。
どちらかを実行するにしろ、まだ情報不足だがな。
「……それに、あの方は時々、リリアンナやレーミア様をいやらしい目つきで見てくるですぅ、リリアンナ、ちょっと怖いんですぅ」
おうおう、あの野郎、さっきもレーミア様の事を舐め回すように見てたもんな。
「心配すんな、リリアンナちゃん! いざって時は俺が守ってやるぜ!」
「きゃ! きゃ!」
「ちょっとあんたたち、早く来なさいよ!」
ダークエルフのお姉さんに急かされちった。




