「せめて……吸わしてけれろー!!」
目が覚めると、俺は揺りかごの中に横たわっていた。
揺りかごの中で眠っている者は、当然赤ん坊であるはずだ。
つまり、揺りかごで眠っている俺は、赤ん坊という事だな。
自分の手のひらを見ても、その大きさは赤ん坊のソレであった。
試しに声を発してみようとしたが、
「おんぎゃあ! おんぎゃあ!」
しか言えなかった。
そう、俺は間違いなく転生したのだ。二度目の誕生――これから、幼児期、少年期を得て青年へと成長していくのだ……だ、だるッ!! 何それ、めっちゃ面倒じゃん!!
しかも今の状態じゃ、泣くことしかできないぞ!? トイレも1人でできんわ!!
こんなの、俺のプライドがズタボロですやん。拷問ですやん。
心の中で悪態を吐いていた時、変化は急に起こった。
「……!? おんぎゃああああああ!!!!」
痛い!! めちゃんこ体が痛い!! まるで全身をハンマーで殴られているようだ。
「おんぎゃああああああ!!……痛ったあああああ!!」
ろくに喋る事もできなかったはずなのに、俺は言葉を発する事ができた。
変化はそれだけではない。俺の体はバキバキと歪な音を立てながら、どんどん成長していく。
髪が生え、骨が太くなり、頭も大きくなっていく。
口の中では乳歯が生えてきたと思ったら、抜け落ちて、変わりに永久歯が生えてきた。
背骨がゴキゴキと鳴り、体格が大きくなる。髪はどんどん伸びて、顎のあたりからは髭が生えてきた。
そんな俺の急激な成長に揺りかごが耐えられるはずもなく、裂けるような音と共に完全崩壊してしまった。
1分もかからず大人へと成長した俺は、揺りかごと一緒に床へと落ちた。
派手な音が周りに響く。
俺は痛みに呻きながら、体を起こした。
周りを見回すと、無残に破壊された揺りかごの他に、大きなベッドが備え付けられていた。壁際には木製の扉が1つ、その隣に衣装箪笥のような物が2つある。反対側には窓が1つあり、太陽の光が差し込んでいた。どうやらここは寝室のようだ。
俺はため息を吐いた。
いきなりの事で、混乱せずにはおれまいよ。赤ん坊から大人の男へと一気に成長するとは……。
まだ、体中がズキズキと痛む。これはおそらく成長痛なのだろう。その痛みが一気に押し寄せてきたのだ。
俺は自分の体をしげしげと眺めてみた。
なかなかいい体つきをしている。身長も結構高いぞ。嬉しいなぁ、なんせ前世ではチビでガリだったからな。
腰まで伸びた髪は真っ黒。うーん、どうせならブロンドが良かったな。
そして、俺の視線は自然と股間へと向けられて……。
「何これぇ!? 立派な息子じゃねぇか!!」
俺は歓喜した。
前世の俺の息子をトカゲとすると、今の俺の息子はドラゴンだ。火ぃ吹いちまいそうだぜ!
喜びに浸る俺の耳に、部屋の外から誰かが駆けてくる音が聞こえた。
「坊や! どうしたの?」
部屋の木製の扉が開かれ、中に女性が入ってきた。
俺と同じ黒髪で、顔立ちは整っていて美人だ。ただ、東洋人でも西洋人でもない、てか、今まで見た事もない人種だ。まぁ、異世界なのだから当然かもしれんがな。服装は薄茶色の……なんて言うのかな、チュニックってやつ? まぁ、それを身に着けていた。
この女性には見覚えがある。俺がこの世界に落ちていった時、最後に見た女性だ。
俺の事を坊やと呼んだのだから、おそらく、この女性が俺の母親なのだろう。
俺はとある芸人のように胸を張り、その肉体美を母親である女性に見せつけた。
見てくれ、母さん。俺はこんなに立派な体に成長したよ!
母親はそんな俺を抱きしめてくれ……なかった。
「あんた……だれ?」
だれって、あなたの息子ですよ。ちょっと見た目が変わっちゃたけど、正真正銘 your sun ですよ。
「誰って、僕は母さんの息子に決まっているじゃないか?」
俺は両手を広げ、母親である女性へと一歩近づいた。もちろん裸で、である。
だが、母は一歩、後ろへと下がった。
「な、何言ってんの?」
母の顔が赤くなっていく。
どうしたんだろう?……ハッ! そうか! 俺は今、母に自分の息子を晒している状態である。
一般的に母親が成長した息子の息子を見せつけられるのは気まずいのではないか? クソッ! 自分のデリカシーの無さに憤りを感じるぜ。
俺は揺りかごの残骸から布を引っ張り出し、腰の当たりに巻いた。
これで大丈夫だろう。
「さぁ! これで気まずくないよ、母さん!」
そんな俺の気遣いに対して、母はヒステリックに怒鳴った。
「私はあんたの母さんじゃない!! うちの坊やをどこにやったの? この変態がっ!!」
急な怒鳴り声に、俺は仰天した。
「いや、だから、俺があんたの息――」
「あんたなんか知らないわよ! うちの息子を返して!!」
ありゃ、これは話が通じそうにないな。
俺が頭を抱えていると、母は叫びを上げ、助けを求めた。
「誰か助けてええぇぇぇ!! 誰かあああかぁぁぁ!!」
うわぁ、面倒な事になりそうだぞ……。
まぁ、わかってましたけどね? 赤ん坊が急に成人になったなんて誰も信じんわな。わかってたけどね……なんか勢いでいけないかなぁって思ったんだよね。
結果はまぁ、見ての通りだったわけよ。だけど、せめて――
「せめて、おっぱいを吸わしてけれろー!!」
「こぉのっ、変態があああぁぁぁぁ!!」
最後に自分の願望を頼んでみたのだが、やはり火に油を注ぐだけでしかなかった。残念だ。
部屋の外からドタドタと数人の足音が聞こえてきた。おそらく、彼女の悲鳴を聞きつけて、やって来たのだろう。
さて、これ以上ここに居てもシャレにならない事態にしかなるまい。
今の俺を客観的に見ると、露出狂の変態だ。他の者にはそんな風にしか映らないだろう。
これは……逃げ、一択だな。
俺は逃走経路を確認してみた。
母が立つ扉はダメだ。助けを聞きつけた者たちがやってくる。
ならばと、俺は後ろを振り向いた。
揺りかごの残骸の背後にある窓。大人1人分くらいは出られるだろう。
俺は窓の近くに駆け寄り、外へと押し開いた。
眼前には石造りの家々が何十件と広がっていた。
よくRPGなどに出てくる中世ヨーロッパモドキの村って感じだな。
「おい、どうしたんだ?」
背後から男たちの声が聞こえた。
「あぁ、カルロォ! 私の坊やがいないのよぉ! 変わりにあの変な男がいて……」
母が俺を指差す。
彼女の脇には3人の男たちが立っていた。
そいつらの視線が一斉に俺に注がれる。
「おい、てめぇ!! 何者――」
男の1人が俺を問い詰めようとしたのだが、俺は構わず窓から外へ飛び出した。
着地すると、足の裏に地面の固い感触。そう言えば、裸足だったな。まぁ、今はそんな事を気にしている場合ではない。俺は全速力で駆けだした。
「おい、待てやぁ!!」
背後の窓から、男たちの怒声が響く。
待てと言われて、誰が待つか。
俺は村の中を走り続けた。あたりの村人は怪訝な目で俺を見ている。
そりゃそうだろう。髪と髭がボサボサで、白い布を腰に巻きつけているだけの男だ。怪しいに決まっている。
この村には長居できない。村の外へと逃げ出さなければ……。
しかしだ。俺はこの世界の事を何も知らない。何の情報も無いまま、外に出て大丈夫なのだろうか?
俺が悩んでいると、頭の中に声が響いた。どうにもハッキリしない、くぐもった声だった。
『村の外に出るのだ』
あぁ、このゾワゾワする感じ。間違いない。この声はンパ様のモノだ。
主の指示に、僕は従わなければ……。ってか、今はンパ様を頼りにするしかあるまい。
俺は村の外れにまでやってきていた。
視線の先には周りの景観に不釣り合いなコンクリート壁が村を囲むように広がっていた。
簡単に乗り越えられそうにない。外敵からの防衛用の物なのだろうか?
唯一、外へと繋がっているのは、目線の先にある木製の門だけであろう。
今、運良く扉が開いている。外から馬車が村の中に入ってきていたのだ。
チャンスだな。
俺はさらに速度を上げ、門の周りにいた村人に声を掛ける暇も与えず走り抜けた。
門を越えると、目の前には緑の草原と、小高い丘が広がっていた。
俺を後ろの村を振り返ることなく丘を駆け上がった。
走れ! 走れ、オサダッ!!
丘を越えたその先へッ!!
息を切らせながらもなんとか丘を越える事ができた。
丘の下には森が広がっていた。ものすごく広い森だ。俺は森の中に駆けこむと、一息吐いた。
この森に紛れていれば、一先ず大丈夫だろう。
太陽の昇り具合から察するに、今はお昼前ってところか……って、元の世界の常識を当てはめても意味ないか。
まぁ、確実に言える事は、この世界でも太陽は1つなのだ。
仮に、日の出、日の入りが元の世界と同じとするなら、俺が逃げ出した村の方が北で、この森は南の方に広がっている。まぁ、方角という概念があるのかもわからないが、俺の中ではそうしておこう。
あと、わかった事と言えば、この世界には人間がいる。人種はわからんが、とにかく人間だった。
文明の発展具合は……不明だな。
中世ヨーロッパ風かと思ったら、コンクリート壁があったりするからな。
それと、言葉が通じた事も不可解だな。俺も母も、後から来た男たちも日本語話していた。少なくとも俺にはそう聞こえた。
疑問を挙げれば限がない。
ンパ様に聞いてみよう。転生した後、説明してくれる手筈だったよな。
そういや、ンパ様はどこにいるのだろう? さっき、頭に声が響いてきたのだけれど……。
すると、当のンパ様の声が頭に響いてきた。
『もっと、森の奥に進め』
どこにいるんだろうか?
「ンパ様! どこにおられるのですか?」
俺は辺りに呼びかけてみた。
実は俺の頭の中にいます、とかやめてくれよ……。
「#%$!」
ンパ様特有の金切り声が背後から聞こえた。
ちなみに、さっきのは、『ここだ!』と言っていた。
俺は恐る恐る振り返った。
そこには、実物の100万分の1くらいの大きさのンパ様がいた。