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「推理小説ならブーイングの嵐だろうね」

 目の前にいる人物はどこからどう見ても、ルクスアウラ王女だ。しかし、俺は彼女がジーンキララでもあると考えている。


「私がジーンキララ?どうしてそのような考えに思い至ったの?」


 ルクスアウラは変わらぬ微笑を浮かべながら言った。何だか俺の追求を楽しんでいるようだ。まぁ、実際そうなんだろうけど。


「俺があなたと初めて会った日のことは覚えていますね?」

「えぇ、もちろん。カルスコラのお茶会の時ね」

「はい、そうです。ただ、重要なのはその前日なんですよね。俺たちベネルフィア一行がカルスコラに到着した日です」


 王剣器隊選抜メンバーである俺たちはセブンス家の人々共に学術都市に向かった。

 序数持ちたちのお茶会は翌日だったので、到着したその日は各自自由行動になっていたね。


「その時、俺は密かにジーンキララちゃんを尾行していました。だけど、曲がり角でなぜか彼女は俺の真後ろにいたんです。まるで瞬間移動したみたいにね」


 あの時は誤魔化すことばかり考えていたが、今振り返ると、それが行われた方法は実に単純なモノだ。

 それはまた後で述べるとして。


「で、ジーンキララちゃんの尾行は諦めたので、その後彼女がどこにいたのかはわかりませんでした」


 ただ、その後にヒントが隠されていたんだ。


「ジーンキララちゃんが宿に帰ってきた時、彼女から微かに柑橘系の匂いがしました。その時点では特に何も思わなかったのですが」


 お茶会当日、初めてルクスアウラに会った時、彼女はペットのクルメを連れていた。

 クルメは子猿のような見た目で、柑橘系の果物が大好物なのだ。


 そう、柑橘系だ。


「あなたのペットのクルメ――今は見当たりませんが――あの小動物に懐かれると身体に柑橘系の匂いが染みつくんですよ。俺も経験しているからよくわかります」


 確実な証拠とは言えない。でも、怪しいと今では思う。


「あの日、俺の尾行から逃れたジーンちゃんはクルメと一緒にいた。つまり、あなたと共にいた可能性が高い」


 魔人であるジーンキララと密かに一緒にいた。その時点でルクスアウラには何かあると思って間違いあるまい。さらに言えば、王女の側には常に魔人ヴァルコが付いているのだ。もう、怪しすぎ。なぜ今まで気づかなかったのか。


「取りあえず、あなたが魔人と関わりがあるかもしれないことはわかった。で、そこからさらに考えを進めます」


 ルクスアウラはティーカップに口を付ける。その眼はとても楽しそうな光を湛えている。


「俺の尾行に気づいたジーンちゃんが一瞬で俺の背後に回り込んだ話です。そして今日、俺と一緒にいたはずのあなたが教会に現れた。俺が知らないだけで瞬間移動の技があるのかもしれないが、それは考えないようにします……」


 いくら異世界とはいえ、そんなことまでできるとしたらどうしようもない。


「で、その瞬間移動とやらじゃないのなら、どうやったと思うの?」

「2人いたんだと思います」


 俺は二本指を立てた。


「カルスコラではジーンキララが、そして今日はあなたが2人いたのではないですか?」


 前に見たマジシャン映画のトリックだ。

 瞬間移動を得意とするマジシャンがいるんだけど、彼にはまったくそっくりな双子がいるんだよね。それがトリックのタネだった。

 片方が観客の前から姿を消して、もう片方が別の所から現れれば瞬間移動したように見えるってわけよ。


 めっちゃ単純なトリックだ。

 推理小説ならブーイングの嵐だろうね。


 ただ、そのマジシャンたちはドン引くぐらい徹底してるんだ。

 片方が事故で指を欠損したら、もう片方も同じところを自らの意思で切断したりね。

 日常生活の時も、片方がマジシャンでいる時は、もう片方は付き人の格好をする。その役割が状況によって逆転したりする。

 彼ら双子は2人の人物を交代しながら演じ続けていたんだ。


 そして、ジーンキララとルクスアウラ王女も同じことをしていたと俺は考えている。


「カルスコラでは、俺が尾行していたジーンキララは背後に回り込んだんじゃない。俺の後ろにいたもう1人のジーンキララが声を掛けてきただけだったのではないですか?」


 そして尤王祭の場合はルクスアウラが2人いた。


「今日に関しては、俺と祭りを回っていたあなたがいる一方で、もう1人のあなたは予定通り教会に向かっていた。ヴァルコたち他の近衛伐士にも協力させていたはずです」


 こんな単純なことが行われていただけだったんだ。


 ただ、それは特別なことで、普段は片方がルクスアウラの時は、もう片方はジーンキララになっているのだろう。


「でも、それだけで私たちが2人いると考えられるものかしら?」

「仰る通りです。俺も今日までそんな考えも浮かびませんでした。エヴァ嬢があなたのことをジーンちゃんと間違えたことがヒントになりました」


 その時にジーンキララとルクスアウラの背丈が同じくらいであることに気づいたんだよね。

 さらに、ジーンキララの髪色は白金でルクスアウラは白に近い銀髪だ。光奴ウを使えばなんとでもなるはず。

 ルクスアウラの方が年上に見えるけど、化粧で大人びて見えることはよくあるよね。


「それに俺の前で再び瞬間移動してくれたわけですからね。そりゃそういう考えも浮かびますよ。あなたは本当は俺に気づかせたかったのでは?」


 さらにさらに言えば、現数力を使えば少なくともルクスアウラが魔人であることはわかったはずだ。

 なぜか今日まで使うタイミングがなかった。そう、不思議なことだ。まるで俺自身がルクスアウラの都合が良いように無意識に働きかけていたような……あれ、何だろう?前にもこんなことが起きたような。


「うーん、なるほどね。でもどうして私が魔人を統率していると考えたの?」


 ……ギクリ


「それはですね……」


 実は、そこに関しては特に根拠らしいものがないのだ。ただ、魔人ヴァルコがこのような一種の遊びを容認していることから、彼女たちは相当強い位置にいることは間違いないはず。


 ベネルフィアの夜海の時、ジーンキララは魔人のボスは恐ろしいだのなんだの言っていた。アレはあくまでボスはルクスアウラであり、ジーンキララの役割は違うってことなんだと思う。


 まぁ、ほぼ俺の想像になるんだけど。


「うーん、直感です」

「直感?」


 ルクスアウラは小首を傾げ、不意にクスクスと笑いだした。


「なるほど直感ね?ふぅん、そうなのね」


 ルクスアウラはよくわからんが、満足げに頷いている。


「あなたの考えは、まぁ9割くらいは正しいわ」


 彼女は背後の白い扉に目を向ける。


「ねぇ、もう出てきなさいな」


 その声に反応するかのように扉が開いた。そしてその中からジーンキララが現れた。その肩にはペットのクルメが乗っている。

 俺が来る前からそこに隠れていたみたいだ。


「あー息苦しかった! あの中に入れだなんて酷いよアウラ」

「ふふ、ごめんなさいね。でも、中々面白い話が聞けたでしょう?」


 ジーンキララは片手をあげて俺に笑いかける。


「はいアーティ、あたしとはあの村以来かな?」




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