「……行儀が悪いぞ」
フード野郎の正体は合成魔人というらしい。
ただ、魔人というものの、俺やジーンキララとはどうにも違うようだ。
「まさか……ロッシオ!」
村人の1人が倒れたフード野郎ロッシオのもとに駆け寄ってきた。30代くらいの男だ。ボロボロな服を身に纏っている。
「間違いないロッシオだ!」
「ちょい待った」
俺はその村人の手を掴んでロッシオから引き離した。
「気を失っているが、目が覚めたら襲ってくるかもしれません。それで、こいつはあなたの知り合いなのか?」
「あぁ、弟なんだ!」
弟ねぇ。
俺はジーンキララに目配せした。彼女も首を傾げている。この奇妙な男については何も知らないということか。
「あなたの弟は最初からこうだったのか?」
俺はロッシオの爬虫類の鱗に覆われた顔を指し示した。
「とんでもない! ロッシオは俺たちと変わらない普通の人間だったんだ」
「じゃあ、いつからこんな風になったの?」
ジーンキララが問い掛けると、村人は首を振る。
「わからない。ロシッオはラーカムに連れていかれていたんだ。なんとかという病気だからって」
ラーカム……。
ということは狂数症か。
「もう二度と会えないと思っていたが、まさかこのフードの男だったなんて」
「彼はいつ戻ってきたんです?」
俺はロッシオを示して尋ねると、村人は一月前だと答えた。
「ラーカムからの馬車に乗ってきたんだ。それからは奴ウ父の側にずっと付いて回っていた」
ラーカムに連れていかれた人間の男が、戻ってきたら合成魔人になっていたと。
ふん、荒治療にも程があるぜ。
「このまま放置しておくのもアレだから、手当てして拘束しておきましょう」
俺はロッシオに回復の魔鬼理を使ってみたが、あまり効果はなかった。
仕方なく簡単な手当てを施して、村人の家の中にある粗末なベッドに寝かせた。もちろん、手足は粘水捕縛で拘束した。
「奴ウ父の部屋に行ってみる?」
「そうだね」
取りあえず村人たちを作業に戻らせた後、奴ウ父の部屋を調べることにした。
「ちょっとその前に――」
俺は無残に転がっている奴ウ父の頭に近づいた。
魔鬼理≪形態模写≫を使って彼の顔を頭に叩き込む。
「何をしたの?」
怪訝な表情でジーンキララが尋ねる。
「んー、後でわかるかもね」
俺はそう曖昧に答えて教会の中へと入った。ジーンキララも後に続く。
中は今まで見てきた教会とは違っていた。中央にヲイドの一つの眼の像があるが、礼拝室はとても狭い。その代わり、頑丈そうな木の扉が左右にある。
右側の扉は開け放してあった。
先程奴ウ父が盗み食いした少女と出て来た扉だろう。覗いてみればそちらは食料などを保管している部屋だった。てことで俺たちは左側の扉に向かった。
「うむ、鍵が掛かっているね。さて、これを開ける方法だけ――」
ジーンキララがいきなり魔手羅を扉に突き立て、そのまま引き剥がしてしまった。
可愛らしくウィンクする彼女。
「……行儀が悪いぞ」
俺はヤレヤレと頭を振って部屋の中へと入った。
室内はそれ程広くはないが、中々豪華な調度品で満たされていた。衣装箪笥に1人で寝るにはデカすぎるベッド。その近くには凝った装飾が施された円形テーブルと椅子が配置されている。テーブルの上には飴玉のようなモノがたくさん載せられていた。
その奥には書き物机があり、その上の壁に薄型の水槽が設置してある。それは水報板の据え置き型のようなモノだった。
「よーし、あったあった!」
俺はその水報板のところに歩み寄った。
「これで情報を手に入れようってわけだね?」
「うん、その通り」
俺は水報板を操作した。
データの中に「素材リスト」なるモノを見つけたので、それを展開した。
板一面に魔族の部位がぎっしりと表示される。その中にダークエルフの耳なる項目を見つけて思わず顔を顰めてしまった。
「アーティ、大丈夫?」
ジーンキララが覗き込んでくる。その整った顔立ちを見ていると、やはり彼女は美人だなぁと思う。
「あぁ、大丈夫さ。それよりこのリストの右端を見てよ」
素材の名称の横には「キュロア」なり「ヲイドニア」なりと書いてある。
「これさ、たぶん素材の発送先を載せてあると思うんだよね。で、一番多く載っている場所ってのが――」
俺は指でリストを上から下へと辿っていく。
「ラーカム治療院なのさ」
ジーンキララは曲げた人差し指を甘噛みしながらリストを眺めている。
「なんでラーカムなのかな? 特別な治療に使うとか?」
彼女の質問に俺は首を傾げる。
「どうだろう? 俺は治癒についてはよく知らないからなぁ」
ただ、先程の村人の話を思い出す。
人間だったロッシオがラーカムから連れて戻された時、彼は合成魔人になっていた。そしてこの魔族の素材……
何となく、ラーカムという場所でどんな事が行われているのか見えてきた気がする。
「よし、もっと他の情報も見てみよう」
さらに水報板を操作しようとした時、いきなり板の表面が波打ち始めた。
「誰かから連絡が入ったみたいだね」
ジーンキララがそう言ったと同時に、板に連絡者の名前が浮かび上がって来た。
【ラーカム】フロー奴ウ父
何というタイミングだろう。
当のラーカムからの連絡だった。




