「え、何コレ!? 幽体離脱か!?」
魔王との謁見を無事に終えた俺は、魔王城の一室に案内された。
塔に通じる階より1つ下の階、ここに客室がいくつかある。今は誰も使っていないそうなので、トビアスが今夜はここの一室を使うよう取り計らってくれたのだ。
ちなみに、レーミア様とリリアンナも今夜は客室に泊まるらしい。
別れ際にレーミア様は、
「今夜、おかしな事をしようと思わない事ね」
と言った。まだ信用されていないようだ、仕方ないけどね。そもそも、俺がレーミア様の部下にされたのだって、俺を抑え込む為とも考えられる。将軍自らが俺を監視するとは、魔人は相当に特別な存在なのかもしれない。色々とやりにくいな。まぁ、特別扱いされるのは嫌いじゃないけど。
部屋は客室という事で、なかなか華やかだ。上等そうな家具材は艶やかに光っているし、ベッドはフカフカだ。照明は例の光の塊が宙に漂っていた。
そして、これが一番嬉しい驚きなのだが、なんとこの部屋には風呂場とトイレがあったのだ!!
前世の物とは一風変わっているけどね、便座の形とか、浴槽の形とか。だけど、上下水道がちゃんと完備されている。中世風に見えて、意外と技術は発展している。ひょっとすると、俺はこの世界について根本的に認識を改める必要があるかもしれん。まぁ、今は情報収集に専念しよう。でないと、行動のしようがない。
「さてと……」
俺はローブを脱ぎ捨て、下着1枚となった。トゥーレや魔王程ではないが、なかなか筋肉質だ。美しい……まるでダビデ像のようだなぁ……と、そうじゃない。
≪出ろ≫!!
肩甲骨の辺りから2本の魔手羅が飛び出す。
なぜ俺は魔手羅を出したのか? それは試してみたい魔鬼理があるからだ。
一応、見張られてないか確認はしておいたので、大丈夫なはず。
≪翼竜の羽ばたき≫!!
俺は頭の中で念じた。
そう、この魔鬼理を試してみたかったのだ。だって空を飛べるかもしれないんだぜ? ワクワクするわ!
変化は魔鬼理の発動と同時に起きた。
左右の魔手羅が激しい音を立てて形状を変えていく。
腕の形は失われ、薄く広がって行く。5本の指は1つにまとまり、棘のように変化した。
バサッ、バサッ。
俺の背中にコウモリのような黒い翼が生えていた。
「……すっげぇ」
俺は呆然と呟いた。
翼にもちゃんと感覚がある。慣れないからちょっと動かしづらいけど、ちゃんと羽ばたかせる事ができる。
カッコいい……だけど、こんな小さくて飛べるのだろうか?
だってさ、俺の背中に広がる翼は自分の腕くらいの大きさしかないんだよ。ワイバーンの翼は体に比べて大きかったし、他の鳥とかだってそうじゃなかったっけ?
まぁ、試してみよう。案外すんなり飛べるかも……。
俺は床を蹴り上げてジャンプした。そしてすかさず翼を羽ばたかせる。
バサッ、バサッ、バサッ。
足が床に着かない。下を見ると、俺の足は宙に浮いていた。
やった! 飛べてるぞ!
だけど、俺の足先は床から3センチくらいしか浮いていなかった。
これ以上高く飛ぼうにも、現状維持で精一杯だ。
ヤバい。めっちゃキツい!
俺は力尽き、床に着地した。
一応飛べた。だけと、ワイバーンのように高くも長くも飛べない。なぜか? レベルが低いからかな?
レベル奪取を使って早くレベルを上げてしまわないとな……。
その時、扉を誰かがノックした。
俺は慌てて魔手羅を引っ込め、扉を開いた。リリアンナだった。
「きゃ!」
彼女は嬉しそうに悲鳴を上げた。
あぁ、下着1枚だったな。
「もう! 誘ってるんですかぁ? 変態さんですねぇ」
嬉々としてそんな事を言うサキュバス娘。まったく、この娘はもう。
「それはまた今度ね。おいたん、疲れちゃったから……それで、どしたの?」
俺の問いに、リリアンナは手を差し出した。その手には黒い石が乗っていた。
「これを渡し忘れていました」
「これは何?」
リリアンナからその手の平大の黒い石を受け取り、しげしげと眺めてみた。滑らかでヒンヤリとしている。
「これはですねぇ、"洗浄石"というモノなのですぅ」
「洗浄石?」
リリアンナは頷いた。
「はい、これを濡らして頭や体を擦れば、汚れが落ちるんですぅ。オマケにお肌もツルツルになりますよ?」
「へぇ」
なんか胡散臭い通販の文句みたいだな。眉唾モノだ。
「まだお風呂には入ってませんよねぇ? これを使ってみてください! あ、何ならお背中お流ししましょうかぁ?」
なんとっ!
「本当に!?」
俺は勢い込んだ。
「冗談ですぅ! ちょっと気持ち悪いですねぇ」
ショボーン。
何だ、冗談か……。
「あ、それともう1つ。明日はダーティさんの身だしなみを整えますねぇ」
「俺の身だしなみ?」
「はい。レーミア様が、私の部下になるのだから、いつまでも見苦しい恰好でいさせるなっ! って仰られましたぁ」
リリアンナがレーミアの真似をする。お世辞にも似ているとは言えない。
「って事はこの髪とか、髭を……?」
彼女が頷く。
「そうです。髪を切ったり、髭を剃ったり……あと、ダーティさん専用の服も用意しますよ!」
へぇ、俺専用の服かぁ。どんな感じなんだろう?
「それはリリアンナちゃんがやってくれるの?」
「はい! だから泥舟に乗ったつもりでいて下さい!」
得意げに言う彼女。
だから、泥舟って……なんか不安になるな。
「それじゃあ、リリアンナは戻りますねぇ。お休みなさい!」
そう言って彼女は扉を閉めた。
さて、それじゃあ、お風呂に入りますか。
俺は風呂場に入ると、浴槽に水を張った。そして、壁際の窓近くにある引っ張り紐(加熱と書かれた札が付けられている)を引っ張った。
下からゴオーっという音と共に浴槽が加熱させられる、仕組みはわからんがすげぇな。
加熱されている間に、俺は洗浄石を試してみた。濡らして、頭を擦ってみる。ヒンヤリとした感触が気持ちいい。
何度か擦っている内に、なんと泡立ってきたのだ。すげぇ! これはマジでスゲェ!
体をきれいにした後、ちょうど温まった湯船に浸かる。
はぁ、やっと落ち着いたって感じだな。
思えば今日1日で色々ありすぎた。どこかのCTU捜査官かな?
何にしても、今はゆっくり休もう。
俺は心地いいお風呂タイムを満喫した。
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「ドヴォルザァークっ!!」
俺は奇声を上げて目を覚ました。
ん? やけに天井が近いな。
俺の目の前には薄く黄色い光を放つ塊。この照明代わりの塊は、1回刺激を与えれば光を放ち、2回でより強い光を、3回で今みたいな黄色い光、そして4回で光は消える。部屋には刺激を与えるようの長い棒が設置されていた。
と、補足説明が長くなったな。要するに、風呂から上がった俺はしばらく涼んだ後、薄暗くして就寝したわけだ。で、目が覚めた訳だけど……はてさて、何かおかしいぞ?
何と俺は宙に浮いていた。
そして、下を向いてさらに驚いた。俺がいる!
下のベッドに俺が寝ている!!
うわぁ! 自分の顔を客観的に見るのは初めてだな。マジで髭もじゃで顔が良くわからん。自分で言うのもなんだが、よくこんな得体のしれないヤツを配下にしたな、あの海坊主魔王は。
ってそれどころじゃねぇ!! え、何コレ!? 幽体離脱か!?
俺が混乱していると、天井隅から声がした。
『慌てるな。ここはお前の夢の中だ』
あぁ、懐かしくも恐ろしい声……。
俺は恐る恐るソチラの方を向いた。
うねる触手と目玉の塊。見間違えようがない、ンパ様が天井に張り付いていた!!




