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「つまり、ジーンキララは信用するなってことですね?」

 金色の輝きがダーツを包み込む。

 負った傷がじんわり温まっているのが感じられる。


「――ダーツ――ダーツ」


 誰かが彼を起こそうとしている。

 心地良い夢から無理矢理に覚まされるような感覚。


 そうだ、と彼は思う。

 自分は今まで夢を見ていたのだ。

 あの異形なロディマスとの戦いもすべて悪夢だったのだ。


「ダーツ! おい、しっかりしろ!」


 目を覚ませば、変わらぬ上官の姿がそこにある。彼はそう考えていた。


「あぁ、良かったダーツ!」


 目を開けると、そこにはロディマスではなく街道伐士の一人の顔が心配そうに覗き込んでいた。


「俺は……一体? ロディマスは?」


 そう尋ねると、伐士は顔を曇らせて視線を逸らせた。

 ダーツもそちらに視線を向ける。


 周辺には多くの伐士たちがせわしなく動き回っていた。

 その内の2人の伐士が風奴ウで浮かせている人物。それは布が掛けられていることから既に生を失っていることがわかる。


「ロディマス!!」

「あまり動くなダーツ!」

「ロディマスの背中を見たか? あの黒い腕を!?」


 そう尋ねるが、伐士は怪訝な顔つきで首を振った。


「そんな……確かにロディマスの背中から――」

「落ち着けダーツ」


 やるせない顔つきで伐士はダーツの言葉を遮った。


「何があったのかはまた後で話すことになる。今は、とにかく安静にすることだけを考えろ」


 そう言われたが、ダーツは落ち着ける気分ではなかった。


 あの黒い腕が無かったとはどういうことだろう?

 

 ダーツの頭は混乱していた。

 その時、別の場所から興奮した声が聞こえた。


「生存者がいるぞ! 子供2人だっ!!」


 その声を合図に辺りはより騒然となった。

 それ程時間を置かずに馬車の残骸から小さな男の子と女の子が伐士たちによって救い出されてきた。

 男の子は栗色の髪、そして女の子は燃えるような赤毛であった。


 女の子についてはわからないが、おそらく赤毛の男女の娘であろう。そして男の子についてはグウィン夫妻の息子ルシアンであることは推測できた。


 彼らは生き残るができた。

 しかし、大切な親たちを失ってしまった。ダーツはその境遇に不憫さを感じると共に、自分の場合と比較してしまっていた。


 ダーツと彼らは確かに大切な者を失ったという点で共通しているが、決定的に違う点がある。

 それは、彼はその大切な者を自らの手で殺めてしまったことだ。


 圧倒的な違いだ。

 その事実がダーツを絶望させた。


 ロディマスのあの黒い腕は何だったのか?

 あの救難の風奴ウはどんな状況で送られたのか?

 なぜこんなことになってしまったのか?


 解けることがない疑問が彼の中に渦巻き続けていた。



 ――それから5日後


 カルスコラの教会の煙突から煙が上がっていた。

 ダーツは別の建物の陰からその様子を眺めていた。


 今、教会内ではロディマスの弔いの儀が執り行われている。

 煙突から上がっている煙は、火奴ウ≪魂送り火≫によって‶転移の炎‶となったロディマス自身だ。


 ダーツはその煙を静かに見守っていた。


 あの事件後、ある程度体力が回復したところでダーツは何が起こったのか説明を求められた。

 ダーツはありのままを話したが、ロディマスの異形化に関しては信じてもらえなかった。

 ただ、当時の上官の様子がおかしかったのは他の隊員たちも証言してくれた。よって、ダーツが行った事は正当防衛だったと一応は判断された。一応は――



 煙突から煙が収まると、教会内から人々が出て来た。

 みな、沈鬱な表情をしている。


 ダーツは弔いの儀には参列しなかった。

 それは上からの判断でもあったし、彼自身参列することに抵抗があったにで、こうして陰から見守るのが精いっぱいだった。


 そろそろその場から立ち去ろうとしたとき、彼を呼ぶ声があった。

 振り返るとそこには一人の老人の姿があった。


「察するに、君はギュロッセ・ダーツ君であろう?」


 老人はにこやかに言った。


「あなたは?」

「わしはザッカリー・バロー天才博士じゃ」


 ダーツはその名をつい最近聞いたばかりであった。


「グウィン夫妻の恩師であった――?」


 バロー博士は「そうじゃ」と頷いた。


「そしてロディマスの知人でもある。君のことも彼に聞いていたよ」


 それはどんな風に?と聞こうと思ったが、彼がそれを尋ねることはなかった。


「君は弔いの儀には参列していなかったね?」

「はい、俺が参列することをよく思わない者たちがいるので」


 ダーツはちょうど教会から出てきた伐士たちを見やった。

 彼が正当防衛であったことは間違いない。しかし、伐士の間で話が広がるにつれ、それは歪められてしまった。


 故に、ダーツは「味方殺し」と侮蔑されていた。


「噂というモノは厄介だからのぅ。どうしても尾ひれがついてしまう。たとえ悪意が無くともじゃ」


 バロー博士はため息を吐く。


「それで、君はこれからどうするつもりじゃ?」

「もう伐士を続けるつもりはありません」


 ダーツ自身、続ける自信は無かったし、他の伐士たちのことも考えるとそうするのが一番に思えた。


「王都に行ってみようと思います」


 そこで次の職を探す。そして、ロディマスの恋人だったというエミリカに会って話をしてみたいと思っていた。

 ロディマス・ショウという男が一体何者だったのか、その真実を知りたかった。

 しかし、バロー博士は首を振る。


「いや、君はべネルフィアに向かうのじゃ」


 彼はまるで確定事項のことのように言った。

 いきなりそんなことを言われても、ダーツとしては納得できるはずがない。


「なぜべネルフィアに?」

「あそこを管理しているセブンス氏とは縁があってな。君の事を話したら、伐士養成所の教官職が空いておるらしい」


 ダーツはバロー博士の言葉に戸惑った。


「どうしてそんな――」

「王都に行って君は真実を明らかにしたいのか?」

「……はい」

「だとしても、すぐに王都に向かうのは得策とは言えんのう。今はまだ、様子をみるべきじゃ」


 バロー博士は教会の方を仰ぎ見た。

 まるでそこに何か恐ろしい者が潜んでいるかのような様子だった。


「……なぜ、俺の為にそんな?」


 ダーツがそう尋ねると、博士は苦笑いを浮かべた。


「別に親切心からというわけではない。わしも真実を解き明かしたいのじゃ。なので君にも協力してもらいたい」


 博士はジッとダーツの眼を見つめる。


「のう、ダーツ君。わしと共に‶愚者‶になってくれんか?」


 ダーツは博士の言葉の意味を大体察していた。


 真実を解き明かしたい……。

 ロディマス・ショウが何を考え、そして何をしようとしていたのか?


 ダーツの答えは既に決まっていた。


 ◆


「――これで私の過去の話は終わりだ」


 ダーツの話が終わったところで頭の中に写り続けていた映像も消えた。


 ふぅ、90分の映画を観たような感覚だぜ。

 さすがにエンドクレジットはなかったけど。

 あぁ、エンドクレジットと言えば、とあるアメコミシリーズではクレジット後の映像があるのがお約束になってたよね。

 死んでしまったからわからないけど、あのシリーズ今はどこまで進んだのかな? 俺、超大ファンなんだが、フェーズ2の終わりまでしか見てないんだよね、死んじゃったから。

 やべぇ、めちゃくちゃ元の世界に戻りたくなったわ。


「おいクリプトン、聞いているのか?」


 ダーツが訝し気に尋ねてきた。

 いかんいかん、彼がせっかく自分の過去を明かしてくれたのにアメコミ映画のことを考えていたなんて。


「あー、もちろんですダーツさん。あなたが魔人を信用しないという気持ちもよく理解できました」


 あれを見たらな。

 俺だって同じ経験したらそうなるだろうし。


「つまり、ジーンキララは信用するなってことですね?」

「そうは言わん」


 あ、違うんかい。


「正しく理解し、裏切られた時の覚悟を決める。それが私が魔人と関わっていく上での教訓だ」


 裏切られた時の覚悟ねぇ。

 魔人としては悲しい話だ。

 けど、うん。何となくだが、どうするか決まったぞ。


「ありがとうございますダーツさん。俺なりに彼女をテストしてみることにしました」

「テスト?」


 ここで俺は少し声を大きくしてハッキリとしゃべった。


「えぇ、彼女をあの見捨てられた村に連れて行ってみようと思います」


 ダーツは顎に手を当てて考え込む。


「それで?」

「それで彼女に、この俺と同じ清らかで慈愛に満ちた心の持ち主なのか確かめようと思うのですよ」

「よく……意味がわからんのだが?」

「意味がわからんで結構。俺はそうすると決めました!」


 で、俺はダークエルフの魔鬼理を使って周囲に風の防護壁を造り出した。


「ふぅ、これで俺たちの会話は完全に外には聞こえなくなりましたよ」

「なんだそれは? じゃあ、今までの会話は別に盗み聞きされて良かったと?」


 ダーツはちょっと怒ったように言った。

 まぁ、申し訳ないと思うけどもね。


「ちょっと釣り上げたい獲物がおりまして。今の話は餌です」

「何を釣り上げる気だ?」


 俺は部屋の外を振り仰いだ。


「この群牢同盟には確実に内通者がいます。ソイツを釣り上げようかと」




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