「俺たち組織の名は――」
人魔の話し合いが終わった後、俺は出来損ないの世界に向かった。
移動拠点にしている巨神ガメはカルスコラ付近のゲートポイント前に待機してくれている。
ゲートポイントを抜けると、ちょうど真下に巨神ガメはいた。その遥か彼方には夕陽色の雲がどこまでも広がっている。
俺は翼竜の翼を展開してカメの甲羅に向けて降下した。
鬱蒼とした緑に覆われている甲羅の表面にはいくつかの不格好な建物が立っている。
これらの建物は、出来損ないの世界に浮かんでいる材料から造られていた。有り合わせのモノだからヘンテコな造りなわけだ。まぁ、贅沢は言っていられないからね。
甲羅の上に降り立つと、俺は建物の1つの中に入る。
そこには簡素なテーブル越しにファントムが座っていた。
「先程はありがとうございました。無理を言って申し訳ないです」
俺が軽く頭を下げるとファントムは軽く笑みを返してきた。
「いや、いいんだ。むしろ感謝しているよ。君がいなければ人間と話し合うことすらできなかっただろうからね」
「そう言ってもらえると助かります」
ファントムの真正面に俺は腰かけた。
「……あの、それでどうだったでしょう? 彼ら人間は?」
恐る恐るそう尋ねると、ファントムは少し難しい顔つきになる。
「そうだね、あのバローという老人には好感が持てたよ。ただ、もう1人のダーツという男はね……」
あぁ、やっぱりダーツ教官だよなぁ。
あの人も頑固なところがあるからねえ。
「気持ちはわかります。ただ、あの人にはどうやら魔族関連で辛い経験があったらしくてですね。だから、どうにもあのような態度を――」
「いや、もちろん察してはいるよ。それに、人間ならばあの方が普通の反応だと思う。むしろ、あの老人の方が珍しいだろうね」
よかった!
ファントムはその辺の状況に理解を示してくれているようだ。
良いヤツだよ、彼は!!
「ただ、他の魔族のメンバーが僕と同じように友好的とはいかないだろう」
「えぇ、そうですね」
「僕もできる限り説明と説得をするつもりだよ」
そうだ。
両者のトップには話を着けたが、その他の者たちにも納得してもらわなければならない。
俺たちははぐれ魔族の仲間たちにどう説明していくか話し合った。
で、話がひと段落したところで俺はこの後の彼の予定を尋ねた。
「ファントムさんはこの後すぐに砦に戻られるのですか?」
「あぁ、その予定だよ。他の将軍たちになるべく怪しまれないようにしなければならないからね」
俺たちが話を続けていると、戸口がノックされた。
ファントムが応えると、吸血鬼の女性ミラが遠慮がちに顔を覗かせた。
「あの……」
「あぁ、ミラ!」
彼女に笑顔を向けるファントム。なんか嬉しそうだな。
うむ、俺は邪魔そうなのでそろそろ出て行こうかね。
「それじゃファントムさん、俺はそろそろ戻ります」
「わかった。バローさんたちに、よろしく伝えてくれ」
ミラとすれ違う時、彼女の手に魔力で封をされた手紙が握られていることに気づいた。
◆
「アーティ……」
巨神ガメから飛び立ち、ゲートポイントを潜ろうとすると、耳元で名前を呼ばれた。
声の主は間違えようもない、我らがンパ様だ。
俺は近くに浮かぶ巨石に降り立った。
すぐ近くにミニマムンパ様が黒い触手をウネウネさせながら浮いている。
「ンパ様、相変わらず素敵なお触手ですね!」
「黙れ」
はい、黙ります。
「それでアーティよ、これが前に言っていた第三勢力というヤツか?」
「はい、そうです」
ンパ様はその黄金の眼を下の巨神ガメに向けた。
「戦力不足ではないのか?」
「まぁ、そう思われるでしょうね。しかし、彼らには彼らにしかできないことがあります。そこを活かせば強大な敵にも対抗できるとアッシは考えていますです、はい」
その辺の考えは前にも言った通りだ。
「少し相手を甘く見過ぎているのではないか?」
ンパ様は視線を俺の方に戻して言った。
うーん、我が主の言うことも最もだ。そもそも、俺は正確にヲイド教や魔王軍の実力を理解しているとは言えないからな。
もしかしたら、俺は彼らにとても無謀なことをさせているのかもしれない。
それでも――
「彼らにはもうそれしか道はないんです。だったら、俺は彼らの望む道への手助けをしたいです…………嘘です」
しまった!
俺としたことが、何で手助けなんて言ってしまったんだ。あくまでンパ様にとっては侵略の為の足掛かりでしかないじゃないか。
やべ、怒られる。久しぶりに触手地獄にされる!!
「ンパ様、今の言葉は――ぶへっ!」
ベチン!と触手で引っ叩かれてしまった。
「今のは聞かなかったことにしてやる」
ンパ様はそう言ってそっぽを向いてしまった。
取りあえず、今のビンタで許してもらえたのか?
「ふん、これからその組織をどう動かしていくのかしっかり監視してやる。せいぜい希望とやらをヤツらに見せてやるが良い」
そう言って、ンパ様は姿を消した。
俺は打たれた頬を摩った。正直、あんまり痛くなかった。
◆
それからは人間と魔族、お互いの仲間たちに説明と説得を行うことに時間を費やした。
まぁ、最初はやはり反対する者もいて、上手く話が進まなかった。
その辺の詳細を語ってもつまらんので、省略するね。
で、あれやこれやあって何とか他の者たちにも納得してもらったわけよ。
そして今、俺は再び巨神ガメのファントムと話した建物の中にいる。
建物内にはファントムやミラ、スライムのレオナルドなどがいる。
中央のテーブルの上には水盆があり、そこにはダーツやヘクター、その他の愚者のメンバーの姿も見えた。彼らがいるのは愚者の隠れ家だ。同じく水盆を用意してあって、水鏡で繋げているのだ。バロー博士はカルスコラから出るのはちょっと難しいので、今日はいない。
今日から正式にはぐれ魔族と愚者とで同盟を組むことになっていた。
「えーと、みなさん。今日はこの日を迎えられて嬉しく思います――」
俺は目の前のはぐれ魔族たち、そして水鏡越しの愚者たちに、まぁ、挨拶なようなモノをしているわけです。
「幸い天気にも恵まれており……」
あぁ、ダメだ。こんなんじゃセカンド教皇の退屈な話と一緒になっちまう。
やっぱ、慣れないことはしないに限るぜ。
「天気なんかはどうでもいいですね。えぇ……あー、そうだ。俺たちはこうして同じ組織になるのに、はぐれ魔族だ、愚者だ、と呼び合うのは面倒じゃないっすか? だから俺、この組織の名前を考えたんですよ」
俺がそう言うとダーツはやれやれと首を振った。まるで出来の悪い生徒に対する態度だぜ。まったく、真剣に考えたのに。
「まぁ、名前は大事だね」
ファントムが軽くフォローを入れてくれた。
ありがたしバンパイア将軍。
「先に名前の由来から話します。俺らがこれから主に相手するのは精鋭揃いの王剣器隊、そして、国を見晴らす賢き者たちが集まった賢楼です」
脳裡にフォースやコシュケンバウアー、そしてルシアンの顔が浮かぶ。
「彼ら【剣器賢楼】は強大な力と知恵を持っていることでしょう。一方、俺たちはどうか? 寄せ集めの群れで、愚かで、この世界という牢獄に囚われている。比較して言うならば、俺たちは【群器愚牢】だ」
ちょっと俺はキツイことを言っているだろう。だけど事実なんだ。
それは受け入れてもらわないと。
「群器愚牢、卑屈だと思いますか? だけど、剣器賢楼にはない強みを俺たちは持っています。群器愚牢は決して劣っているわけではない。俺たちは常にこの事を頭に入れておくべきだ。故に俺たち組織の名は――」
俺は少し間を空けて一同を見渡した。
「【群牢同盟】です」
これで第10章は終わりです。次から第11章「群牢同盟」を投稿していきます。




