「人と魔族が手を組むことは、ヲイド教が最も恐れていることかもしれません」
「彼にはこの協力関係について事前に話してあります。まぁ、完全に納得頂いているというわけではありません」
俺は水鏡越しに映るファントムを示しながら言った。
彼が今いる場所は出来損ないの世界だ。あの巨神ガメに乗って、カルスコラ付近まで来てもらっている。水鏡の受信範囲に入ってもらう為だ。
この水鏡って奴ウ力を使用する為には送信水と受信水が必要になる。
送信水は今俺がいる方の水で、受信水はファントムの側。あっちにも同じように盆に水を入れて、俺の奴力を流し込んでいる。
ヲイド教の連中は、国のあらゆる街の噴水などを受信水にしているわけだ。
しかも、その範囲の広さと、多さよ。俺なんか、1つの場所かつできるだけ近くの場所でやっとなのに。
まぁ、水奴ウの熟練度の違いってヤツだね。
おっと、話に戻ろう。
「一度、お二人とファントムさんで話し合ってもらうことにしました。急な話で申し訳ありません。話し合えるタイミングが今しか無かったので」
愚者の隠れ家でダーツと話した後、俺は急いでファントムにノーベンブルムに来てくれるように頼んだ。
ファントムも西方将軍という立場だから、そう頻繁にこの国には来ることはできない。相当無理をしてもらったわけだ。
「わしは一向に構わんよ」
バロー博士は快諾してくれた。
それは予想通りだね。ただ……
「ファントム……確かにウェスタリアの地にそのような魔族がいるという話を聞いた事がある」
ダーツは鋭い目つきでファントムを見据えている。
彼はファントムのことが気に入らないらしい。悪い意味で予想通り。
「よりによって吸血鬼とはな……」
それを聞き咎めたファントムは顔をしかめる。
「僕が吸血鬼だから、どうだと言うんです?」
おやおや、いきなり険悪な感じになりかけてしまった。
「吸血鬼は食糧として人間の血を飲む。つまり生きる上で必ず人間を犠牲にする種族ではないのか?」
そう言うダーツにファントムは首を振って否定した。
「それは誤解です。確かに人間の血を好む者もいるが、すべてがそうと言うわけじゃない」
彼は続けて2人の人間に対して訴えかける。
「多くの者は率先して人間の血を飲もうとはしない。極力人の血は飲まないようにしています」
それは俺も初めて知ったな。でも考えてみればレーミア様が人の血を飲んでいるところは見たことがない。
「血の代替品を飲んでいたりしますね」
俺もフォローを入れる。
そういや、レーミア様も魔素濃縮ドリンクってのを飲んでいたのを思い出した。
「私が言いたいのは、信用の問題だ。魔族は好戦的だ。特に吸血鬼はその傾向が……」
「それも誤解です! そもそも、無駄に人間と争おうとする魔族はそういませんよ」
ダーツの言葉を遮ってファントムが反論する。
「何を言っている? 貴様たちが我々人類に対して戦いを仕掛けているのではないか!」
その反論にダーツは声を荒げた。
「そっちこそ何を言っているんだ?あなた方が我々を滅ぼそうとするから、こちらは防衛しているんですよ!?」
で、触発されたファントムも声を荒げ始めた。
「何を……」
「まぁ、落ち着けギュロッセ」
両者の言い争いにバロー博士が割って入った。
「人と魔族の間で認識の違いがあるのは仕方あるまい。お互い自分たちこそが正義であると考えているはずじゃよ」
博士は両者を見やりながら言う。
「それを今この場で言い争っても不毛じゃ。のうアルゴンくん?」
おっと、俺に話を振ってきたか。
「そうですね。今、俺たちが考えなければならないのは、ヲイド教や魔王軍を相手にいかに上手く立ち回って生き残るかだと思います」
とりあえず俺としては協力関係を結ぶメリットを強調しないと。
「人と魔族が手を組むことは、ヲイド教が最も恐れていることかもしれません」
俺は自身の考えを、今度はより具体的な事柄を例に出して説明することにした。
「シックス家が魔族と繋がっていた事件はみなさん覚えているでしょう?」
ダーツとバロー博士、そしてファントムも頷いた。出来損ないの世界で俺が教えたからね。
「彼らの転落劇は悲惨でした。それだけヲイド教の怒りを買ったのでしょう」
伐士帯コンペの際にシックス家は魔族を使って他の序数持ちの妨害工作を行っていたんだよね。
その悪事をフォースや賢楼によって暴かれたシックス家は、ヲイド教上層部によって財産や権力を取り上げられ、コルヴィアの支配者の座から引きずり降ろされた。
それ以降、彼らがどうなったのかはわからない。どこかの街で惨めな思いをしているのかもな。
「裏を返せば、それこそがヲイド教の弱点を掴むきっかけになるかもしれない」
「うむ、魔族とは言わば統制の効かぬ外側の者たちじゃ。そんな彼らと接触すれば、余計なことを知るかもしれん」
俺の意見にバロー博士が賛成してくれた。
おまけに俺が言いたいことまで言ってくれている。さすが博士だ。
「そうです。みなさんは静寂の森付近にあった街のことをご存知ですか?」
俺の問い掛けに他の者たちは頷いている。
「知っている。あの街は魔族によって滅ぼされたとか」
ダーツはそう言うが、それが間違いであることは俺がよく知っている。
「それは偽りの情報です」
「確かにあの街はゴブリンの軍勢に占拠されていました。しかし、あの街の住民たちを虐殺したのは、あの尤者ファーストです」
そう言うと、ダーツとバロー博士は揃って驚きの声をあげた。
「ファースト様が? 本当なのか?」
ヲイドに反旗を翻しているはず二人だが、ファーストの冷酷な行いが信じられないらしい。
意外だ。
「えぇ、本当です。俺は実際にそこにいましたからね。彼は同胞である人間たちを天奴ウ《灼滅槍葬》で焼き払ったんです、ゴブリン軍もろともに」
あの時の事は今でも鮮明に覚えている。
いきなり死にかけたからなぁ。
「まぁ、証拠はないので、俺の言葉を信じてもらうしかないですけど」
二人の狼狽えっぷりがあまりにも大きかったので、俺も少し気が引けてきた。
おかしな話だが、他のヲイド教上層と違ってファーストだけは彼らにとって敵ではなく、敬う存在みたいだな。
それだけファーストが特別な、それこそ聖人と崇められているということか。
「英雄たるファースト様がの……信じ難い話じゃ」
バロー博士は首を振りながら言う。
「ギュロッセ、わしらはヲイド教によるそのような残虐な行いを目にしてきた。ファースト様とて例外ではないということかものぉ」
ダーツは困惑した顔つきで頷いた。
「確かに……そうなのかもしれませんね」
バロー博士は改めて俺に向き直った。
「ところで疑問なんじゃがの。あの街を占領したのは本当にゴブリン軍だけなのかの?」
博士は続けて、
「ゴブリンの力では、いくら小規模の街のモノとはいえ、土奴ウで造られた壁は壊せぬはずじゃが?」
疑問を口にした。
俺とファントムは互いに顔を見やった。
その件については前に魔王城でレーミア様が指摘したことである。
そしてファントムこそがゴブリン王とその配下の者たちを例の街に行かせた張本人だった。
その目的は偵察だったらしい。
なんでも、北方将軍フェムートが秘密裏にその街に部隊を送り込んでいるという情報をファントムが掴んだらしいんだな。
そう、ただの偵察。
それがなぜ街の占拠を行ってしまったのか、謎だった。それに壁を破壊した者もね。
「それははっきりとはわかっていません。ただ、ゴブリンとは別の何者かが関与していたと俺たちは考えています」
俺はファントムと以前話したその内容をバロー博士たちに教えた。
「ふむ、ファースト様がやって来たことと、そのフェムートの部隊や壁の破壊者とで関係はあるのかのう?」
「わかりません」
考えてみれば、なぜファーストがあの街の状況を知れたのか謎だな。
他の者たちもそれぞれ考え込んでいるようだった。
それから少しの間、沈黙の時が流れた。
静寂を破ったのはファントムだった。
「話を戻させてもらいますが、人と繋がることを恐れているのは魔王軍も同じでしょう」
彼は今度は魔王軍側からの考えを述べた。
「彼らの拠点の場所や戦力など、知られたら致命的な情報が渡ってしまうかもしれない」
「あ、俺も同じようなことを言われたことがあります」
すかさず俺も頷く。
魔人には巨神カメの甲羅の場所は秘密だし、必要最小限の情報しか提供されない。
それは魔人が人間と多く接触する為だ。
「ふむ、両勢力にとって我々は厄介な相手になるわけじゃのう」
「そうです! バラバラではとても立ち向かえない相手でも、協力し合えば渡り合えると俺は思います」
よし、良い感じにまとまってきたんじゃないか?
「だがそれは、それぞれの陣営により敵視されることを意味するのではないか?」
ダーツが指摘する。
まぁ、その危惧は正しいと思う。
愚者としては必要以上に魔王軍と争いたくないだろうし、その逆も然り、
「しかし、それを加味しても余りある恩恵があるはずです」
それに関しては俺も自信を持って意見を述べれる。
「具体的に言えば、そうこの水鏡だ。他の伐士隊は長距離での連絡手段は限られているが、俺らは違う。彼らより速く情報を伝達できる」
まぁ、俺の水奴ウの熟練度を高レベルに上げる必要があるが、レベル奪取で効率的にいけるだろう。
「それに、魔鬼理だ。ダーツさん、あなたがこのカルスコラの街に入れたのだって、シフターの力のお陰ですよ」
俺は変身しているダーツ自身を指し示す。
「そしてファントムさん、魔王軍なら知る手段が限られている人間の街の様子や情報を容易く得ることができるんです」
「そうだね。そうなれば地上でも安心して活動できる」
と、まぁこんな感じで俺たちは時間の許す限り話を続けたわけよ。
さして最後にバロー博士の、
「うむ、改めてわしらの道は決まったの」
という言葉と共に人魔の話し合いは終わりを迎えた。




