「彼は魔王軍西方将軍にしてはぐれ魔族のリーダー、ファントムさんです」
「――という状況なんですよね」
「なるほどのぉ」
バロー博士はうんうんと相槌を打つ。
「魔族の中にもそのような境遇の者たちがおるんじゃのう」
しみじみとした調子のバロー博士。
これは理解してもらえているとみて良いのだろうか?
さて、こちらのことは話したのだから、今度は博士のことについて尋ねてみることにしよう。
協力関係を結ぶ以上、相手のことは知っておきたい。それに、この変わった博士がどうして愚者という組織を設立したのか個人的に気になっていた。
「あの、博士はなぜ愚者という組織を?」
「理由かね? ふむ、そうだのう」
博士は顎鬚を撫でながら少し考え込んだ。
「簡単に言うなら、なぜ世界の仕組みがこうなったのかを知りたいからじゃな」
「世界の、仕組みですか?」
その言い回しはンパ様の『世界の秩序』ってヤツを思い起こさせるね。
「君は知っておるかの? この国、いやこの世界には存在さえ認めてもらえぬ人々が存在しておることを」
「……いえ、知りません」
バロー博士は窓の外に眼を向け、どこか遠くを見つめながら話を続けた。
「彼らは奴力量が極端に少ない。そんな彼らに今のヲイド教を中心とした社会では居場所などないのじゃ」
「それは、まるで低魔族のようですね」
そんな人々がいるなんて知らなかった。
魔王軍でもそんな情報は聞いたことがないし、アルゴン・クリプトンとしての活動においてもない。
いや、魔王軍は把握していたのかもしれない。
ただ、関心が無かった。どちらにしろ憎むべき人間なのだからって感じで。
「だが、それでも彼らは存在しておる。彼らが暮らす村は君が想像するよりも遥かに多くある。それも、およそ人間がまともに暮らせる環境ではない」
俺の脳裡に過ったのは、出来損ないの世界で源数の砂の侵食に怯えるはぐれ魔族たちの姿だった。
あんな訳のわからない世界での生活もまともなはずがない。
境遇が似ている気がする。
「このヲイド社会に属する者たち……そう、このカルスコラやべネルフィア、そして王都などに暮らす者は誰もそんな村や人々がいることなど知らぬ。知ることがないように仕組まれているのじゃ」
「あぁ、それについては俺も考えていました」
俺は人間社会に入り始めた頃のことを思い返した。
「俺が初めてこの人間社会に潜入した時、その技術力の高さに驚きました」
そう、それは俺が元いた世界と同等あるいはそれ以上の技術もあったりする。
奴ウ力による恩恵だ。
「しかし、交通や通信技術に関してはあまりに貧弱すぎると思うんです。たとえそれがヲイドの教えだとしても」
一応、通信に関しちゃ水報板や水鏡がある。
しかし、水報板は販売されている街や周辺地域内でしか使えないし、水鏡は一部の者たちしか使えない特殊な奴ウ力だ。
そして交通に至っては巨大な馬車を使っている始末。
不便極まりないぜ。
「そうじゃな、この社会を外側から見れる者にとっては当然の感想じゃ」
バロー博士は俺の意見に賛成してくれた。
「俺はそれが情報統制する為だと考えています。あなたの先ほどの話を聞いて、より確信しました」
「うむ、残念ながらその考えは正しいじゃろう」
ヲイド教の上層はその不幸な人々を一般人から隠している。
たぶんそれだけじゃない。他にも隠しておきたい事実があるのだろう。
その為にあれだけ徹底した情報統制を行っているんだ。
「なぜ奴力量が少ない者たちは見捨てられてしまうのか。君に考えはあるかな?」
バロー博士はその灰色の瞳でジッと見つめながら質問してきた。
何だか講義を受けているような気分だ。
「ありますよ」
俺は懐から金貨ヲルを取り出して見せた。
「これが理由じゃないでしょうか?」
「上出来じゃ」
バロー博士は満足げに頷いた。
どうやら彼の期待する答えをできたらしい。
そもそもこの硬貨の秘密を教えてくれたのはこのバロー博士だったわけだけど。
一応おさらいしておくと、この金貨ヲルをはじめとした硬貨類には密かに人間から毎日少量の奴力を吸い取る機能が備えられているのだ。
つまり、お金持ち程より多くの奴力を毎日吸い取られていることになる。そしてその金持ちってのは総じて奴力値が高いのだ。
奴力値が高い者がより富めるし、上に行ける。
そういう仕組みになっているんだな。
ちなみに吸い取られた奴力はどこに行っているのかは謎だ。
「わしはグウィン夫妻からこの硬貨の秘密を聞かされた。これは前に話したな?」
グウィン夫妻とはルシアンの両親のことだ。
彼らとバロー博士は親交があったらしい。
「そして彼らは謀殺された。彼らが知った事実は何だったのか? 誰が彼らを殺したのか? わしの動機はここから始まっておると思う」
「それはつまり、博士はグウィン夫妻の研究を引き継ごうと思ったわけですね?」
そうじゃ、と博士は肯定した。
「ただし、表立っては研究できぬ。密かに活動しなければならなかった。裏で動いてくれる協力者たちもな。だから愚者を設立した」
ここで博士は苦笑した。
「結局のところ、弱者を救いたいという目的に便乗しているだけかもしれぬな。幻滅したかね?」
「いえ、そう思いません。俺も同じようなもんですから」
そう、俺だって自分の目的の為に動いているだけだし。
他の者もそんなもんだろう。英雄思考を持てる程の余裕は、俺たちはみ出し者には無いわな。
「そうかね?……それにしても不思議じゃ。こうも胸の内を話してしまうなんての。また知りたい謎が増えたわい」
博士は嬉しそうに笑みを浮かべたかと思えば、すぐに真面目な顔つきに戻る。
「アルゴンくん、わし自身は君らと手を組むことを歓迎しておる。と言っても、他の者たちはそう簡単に納得はしないだろうがな……ん? どうしたかね?」
ぽかんとしている俺に向かって博士は尋ねてきた。
「いや、あっさり認めてくれたので驚いています」
「なんじゃ、意外かの? じゃから言っておるじゃろう。わしは君を信用できる者だと確信していると」
「それはやっぱり……?」
「直感、じゃよ」
博士は再び笑みを浮かべた。
◆
「ところで魔族の側はこの協力関係を認めているのじゃろうか?」
博士から認められたことにホッとしていると彼が質問してきた。
「はい、そこに関しては――」
言いかけたところで扉がノックされた。
博士が扉を開けると、そこにはちょっと小太りな感じの男が立っていた。
「おぉ、やっと来られましたね。バロー博士、彼はダーツさんです」
そう、俺が完全変態を使って彼の見た目を変えたのだ。
博士と二人で話したかったので。時間をずらして訪問してもらった。
「失礼します、博士」
「さぁ、遠慮なく入るがよい」
バロー博士は愉快げにダーツを室内に招き入れた。
「顔を変えてもらった感想はどうかね、ギュロッセ?」
「あまり気持ちの良いモノではありませんね」
ジロッと俺を見やるダーツ。
あらら、あんまり気に入ってらっしゃらないようだ。
「すいませんね、ダーツさん。もっと男前な顔にすればよかった」
「戯言はそこまでにして本題に入れ、クリプトン」
おう、それもそうだな。
「了解です」
「さて、こうしてダーツさんにも来てもらったのは、お二人に是非話してもらいたい方がいるからです」
そう言うとダーツは怪訝な顔をする。
「我々以外に誰か来るのか?」
「いえ、来ませんよ」
怪訝な顔から戸惑いの表情へと変化する。
「ならどうやってその者と話す?」
とりあえずその質問には答えず、俺はバロー博士に向き直った。
「バロー博士、大きな盆はありますか? それと水」
「あぁ、あるとも。ちょっと待ってくれ」
博士は戸棚から盆を取り出してテーブルの上に置いてくれた。
俺はさらに持ってきてもらった水を盆の中に流し込んだ。
「よし、すぐに準備しますね」
盆の水に指先をつけ、奴力を流し込む。
――≪水鏡≫!!
すると、水が渦巻き始め、さらに色づきだした。背景が形造られ、その中心にある者の姿が浮かび上がってくる。
「これは水鏡か!? ヲイドニアの一部の者たちしか使えぬ奴ウ力だぞ!」
ダーツが驚きの声をあげる。
あぁ、その反応が心地良い!!
「まぁ、これが俺の特別な能力の片鱗ですよ。すごいでしょ?」
バロー博士も驚いていた。
「お主には驚かされてばかりじゃのう……じゃが、わしが予想するに、この水鏡の先にいる者の方がより驚かされるのであろうな?」
さすが天才博士、こっちのやろうとしていることがわかっているらしい。
「まぁ、そうですね。こうも急な事で申し訳ないのですが、相手は中々都合が付けにくい方でしてね。今がちょうど良いタイミングだったんです」
輪郭がはっきりしてくる。
紺色の髪に色白の肌、そして黒いマントを羽織った男の姿が現れる。
「紹介しましょう。彼は魔王軍西方将軍にしてはぐれ魔族のリーダー、ファントムさんです」




