「この俺様の監視の目からは逃れられんのだよ!」
「プリマス、ヤツはどうだ?」
『今そちらに向かっています。ご準備は?』
「あぁ、オーケーだ」
俺は建物の陰に身を潜めてターゲットが来るのを待った。
レーミア様と食事した翌日。場所は将軍たちの館からそう離れていない通りの建物の付近。
『もうすぐです。5、4、3、2、1』
≪血界≫!!
目の前を通りかかった男がガクッと膝をついた。
俺は彼を建物の陰へと引っ張り込んだ。
男は完全に気を失っていた。俺が血を吸い取ってやったからね。これでしばらく目覚めまい。
この男は妖狐族で物資輸送隊の一員だ。
今から俺はこの男に成り替わる。以前、ベネルフィアで伐士のトマス・トルクベインに成り替わったようにね。
≪形態模写≫!!
妖狐族の身体的特徴を頭の中に模写する。チャームポイントは側頭部にある可愛らしいお耳。でも、男だから魅力半減さね。
よし。あとは、
≪完全変態≫!!
これで俺の姿は妖狐族のモノとなった。
「そっちはどうだ?」
俺の後ろから俺が現れた。
「見ての通り、最高にイケメンオーラに溢れているぜ?」
無駄にカッコつけたポーズを取りながら俺(俺じゃない)は言った。
いや、なにその台詞? 俺そんなこと言わないし……言わないよね?
「んー? あ、もしかして俺のオーラにやられちゃった?」
「やめろ、プリマス。お願いやめてプリマスさん?」
俺になったプリマスは胸を張った。
「再現度には自信があります。偽物だとバレる心配はありません」
あんまり嬉しくねぇ。
「たまには自分を顧みることの大切さを学んだよ。ありがとなプリマス」
「お役に立てたようで光栄です」
とまあ、俺が妖狐族として物資輸送隊に潜入している間、このプリマスが俺の役をしてくれるのだ。
さぁ、準備は整った。ファントムのヤツが何を隠しているのか、何をしようとしているのか突き止めてやる。
◆
夕刻。
俺は館の表玄関に向かった。
そこに集合することは昨日輸送隊のヤツらに近づいて聞き耳を立てていたので知っていた。
「遅いぞ!」
隊長らしき魔族が怒鳴って来た。
「サーセン」
取り敢えず平謝りして隊員たちの間に混じる。
物資の積み込みは既に終わっているらしい。馬車が5台。それぞれに荷物が載せられていた。
ちなみに馬車を引くのはバイコーンだ。久しぶりに見たなぁ。
それから数分と経たない内にファントムとその部下2人がやって来た。
「準備は?」
「いつでも出発できます」
隊長魔族がキビキビと答える。
ファントムは頷きながらその紺色の瞳を俺たち一人一人に向けた。
「みんな、これは非常に大切な任務だ。特に今は騒がしくなっているからね。心して遂行してもらいたい」
ファントムとその部下たちは馬車を引いていないバイコーンにそれぞれ跨った。
「出発だ」
その言葉を合図に俺たちはそれぞれ所定の馬車に乗り込み出発した。俺が乗り込んだのは最後尾の馬車だ。
館を出て通りを走る。ある所で角を曲がり、また別の所で角を曲がると、前方は下り坂になっており、その先はトンネルになっていた。
ファントムを先頭に部隊はトンネルを潜っていく。
トンネルの中には青白く光る玉がそこらに浮かんでいるので真っ暗ではなかった。
最初の内は整備されていたが、進むに従ってそこは洞窟のような様相へと変わっていった。
前方に光が見えてきた。沈みゆく夕陽の残照だ。
洞窟を抜けた先は森になっていた。俺たちが抜け出た洞窟は巨大樹の洞の中にあったらしい。とても巨大な樹だ。高層ビルくらいはありそうだ。そんな木がこの周辺にはいくつもある。
その背後には荘厳な山脈が連なっていた。きっとあの中に【巨神ガメの甲羅】があるに違いない。
ふと洞窟があった大樹に目を戻すと、驚いたことに洞が消え去っていた。
「どうしたんだよ?」
隣の魔族が訝し気に尋ねてきた。
「いや、何でもない」
前にプリマスが言ってたな。静寂の森の木は生きているように動いているって。そういや、なぜか曲がりくねっているとはいえ、馬車が通れる道は最低限確保されているんだよな。ここの木もそうなのかもしれない。
えーと。
森の中の旅ってのは想像以上につまらんモノだ。
なので森の道中のことは大幅にすっ飛ばすことにする。
事が起こったのは巨神ガメの甲羅を出て数時間後のことであった。
◆
木々の背丈は低いモノとなっており、俺が見知っている静寂の森の景色が広がっていた。
ここからは特に伐士隊を警戒しなければならない。
俺は念のため、魔鬼理【鬼流】を使って感覚を研ぎ澄ました。
すると、シンと静まり返っている森の中で微かに動く者たちの気配を感じた。ファントムが特に焦る様子も見せないということは伐士隊ではないのだろう。森を見張っている魔王軍のヤツらだろうか。
何にしてもちょっと不気味だ。
ある程度進んだところで前にいたファントムが下がって来た。
「君たちはこっちの基地だ」
最後尾にいた俺たちだけがファントムに誘導されて隊とは別の方向に進み始めた。
「へへっ、ラッキー。早く寝床につけるぜ」
隣の魔族が小さな声でそう囁いた。
察するに、このすぐ近くに魔族の基地があるようだ。俺たちはそこに物資を運び込むみたい。
ファントムは振り返ることなく進み続けている。
基地付近についたらファントムはまた本隊の方に戻るんだろうな。
その時は基地を抜け出してヤツを追おう。
森の中の動く者たちの気配はまだある。
レーミア様の部下たちだろうか?
何だか息苦しい。
意識がぼーっとしてきた…………
ん?
これってもしかして血界か?
普通なら気づかない程の極微細な魔力が俺たちの周囲を漂っている。
けっ、こんなチマチマした使い方もできるんだな。
使い手はもちろんファントムだ。
ヤツめ、やっと動き始めたか。
隣の魔族を見ると、既に意識を失いかけていた。
よし、俺も気を失った振りをしよう。
ドサッと馬車の上に倒れこむ。
それからしばらくの間、馬車は走り続けていた。
やがてゆっくりと馬車は止まり始めた。
周りで慌ただしく動く音がする。
誰かが覆いかぶさるように覗き込んできたのが感覚でわかる。
「こいつらはどうします?」
聞き覚えのない声が言った。
「彼らはここに置いていく。監視していた連中は?」
「上手く誘導にのってくれましたよ。心配はいりません」
「よし、急ごう」
誰かに体を持ち上げられ、そっと地面に降ろされた。
そして、馬車が再び動き出す音。
ソッと目を開けると、去り行く馬車の後ろ姿が見えた。
フッフッフッ、ファントムさんよ。
この俺様の監視の目からは逃れられんのだよ!




