「フェムート、トゥーレ、レーミア、アーリルフ……しりとり四将軍やな」
「【巨神ガメの甲羅】?」
俺が問い返すと、リリアンナが俺の手を引いて立たせた。
「たぶん、見てもらった方が早いですぅ!」
彼女はそう言って、ソファ右手にある窓辺へと俺を導く。
両開きの窓を大きく開き、俺に見るよう促した。
「ささ、どうぞ! どうぞ!」
俺は窓から外を眺めた。するとそこには、
「街? ……てか、ドーム?」
眼前に広がる石造りの建物たち。そこからは暖かな光が漏れており、賑やかな雰囲気が漂っていた。時折、甲高い笑声も聞こえる。
そして、上には暗い夜空はない、この街の上空はドーム状のモノで覆われていた。
ベージュ色をしており、天井や壁には、良く見るといくつもの通路や梯子が設置されている。武装した魔族がその通路を行ったり来たりしていた。
「驚きましたぁ? この要塞はですねぇ、文字通り、巨神ガメの甲羅を利用して作られているんですよ! つまり、ここは甲羅の中って事ですぅ!」
リリアンナが誇らしげに言う。腕を組んだりしてかわいいなぁ。
てか、要塞と言うよりは街だよな? この甲羅どんだけデケぇんだ? 高さといい、広さといい、山くらいの大きさがあるぞ……。
その感想をリリアンナに伝えると、
「はい! 今は絶滅してしまったらしい巨神ガメは、山程の大きさをしていたらしいですよ。一説によると、このサイズでも小さい方だとか……。ちなみにですねぇ。この要塞を外から見ると、平凡な山にしか見えないんですよ? すごい偽装ですよねぇ!」
彼女は蒼い瞳を輝かせた。
俺は天井や壁の通路について質問した。
「はい! あれはですねぇ、見張り台に続く通路ですよ。甲羅にはいくつもの穴が空いていて、空気の循環はもちろん、そこから外も見張っているのですぅ。そこから甲羅の外に出る事もできるんですよ」
へー。甲羅の山の要塞かぁ……乙ですなぁ。
それにしても、このリリアンナという娘は、こうも俺に要塞情報を教えたりして平気なのだろうか? 服装的には魔王軍の兵士ってわけじゃなさそうだが……。
俺の興味は要塞から目の前の少女へと移った。
「ねぇ、リリアンナちゃん、君はレーミア様に仕えているの?」
彼女はブンブンと首を縦に振る。
「はいっ! リリアンナはレーミア様の使用魔で、日々の生活のお世話をさせてもらってますぅ! えっと、15歳に成りたてのサキュバスですっ!」
サ、サキュバス! あの"クイーン・オブ・エロ魔族"か!
こんな、あどけなさの残る顔をしているのに、その実、数多くの男たちを鳴かせてきたのだろうか?
そんな俺の下衆な考えを察したのか、彼女の方から答えてくれた。
「と、言っても、殿方とのお楽しみはまだ体験した事がないんですぅ。レーミア様に、まだ早いって言われてて……」
まだ早いと言ったって、出るモノは出ているわけで……。
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「でも、リリアンナも、そろそろ……」
彼女はそう言って、俺を上目使いで見てくる。
これはハニートラップか!? きっと、そうだ! ……だけど、だけどぉ!
「いつでも俺のベッドは空いてるぜ」
「きゃー!」
俺のズレた台詞に、リリアンナははしゃいだ。
「……何をしているの、お前たち?」
2人して振り向くと、部屋の扉を開けて、レーミア様が入ってきていた。
「きゃああああああ!!」
ちなみに今の悲鳴は俺のものだ。
レーミア様はそんな俺を無視して、リリアンナに近づいた。
「リリー、まだお前には早いって言ったでしょ?」
レーミア様が驚く程優しげな声で囁いた。
「リリアンナはもう立派なレディですよ。自分が未経験だからって、それをこっちにも押し付けないで欲しいですぅ!」
リリアンナが不平を漏らす。
へぇ、レーミア様って……へぇ!
「リリー、私は将軍よ。そんな事で浮かれるわけにはいかないのよ」
レーミア様が困ったように言う。
浮かれるわけにはいかないって、じゃあ、俺に対するあの行為は何なんですかね? アレも特殊性癖の1つだと俺は思うのですよ。もちろん、本人には言えないけどね。
「えへへ、わかってますぅ。冗談ですよ、冗談!」
あ、冗談だったんだ。地味に傷つくな。
レーミア様がため息を吐きながら、俺の方を見た。
「目を覚ましたようね? じゃあ、行くわよ」
え、もう魔王の所に行くの? ちょっと、心の準備が……。
「リリー、他の将軍たちに"ジャインの間"に来るよう伝えてくれる? それと、魔王城に向かうから、支度しておいて……」
レーミア様の言葉にリリアンナは喜んだ。
「やったっ! 久しぶりの魔都ですねぇ!」
「わかったから、早く伝えて来てちょうだい」
「は~い」
リリアンナは扉へ走り寄る。と、そこで立ち止り、俺の方を見た。
「また後で会いましょうねぇ、ダーティさん!」
彼女は手を振り、外へと飛び出していった。
「ダーティ、魔王様に会ってもらう前に、他の将軍たちにお前の事を報告する」
レーミア様も扉へ向かう。
俺は開けられた窓を閉めて、レーミア様の後に続いた。
部屋の外は、左右に長く広がる回廊となっていた。
柱の1本1本に謎の光の球が漂っている。
俺たちは部屋の右手側に進んだ。
しばらく進んだ所の扉の前でレーミア様は止まった。
俺は促され、部屋の中に入った。
部屋の天井には白い光の球が浮かんでおり、室内を明るくしている。
そこまで広くない。
部屋の真ん中には円形のテーブルが置かれ、その周りにはゼリー状の物体が4つ囲んでいる。何だか、スライムを思い出すなぁ。
レーミア様は躊躇いなく、そのゼリー状の物質に座り込んだ。
ムニョン、という音と共に、レーミア様に合わせた形に変化するゼリー。
ちゃんと背もたれの部分もあり、なかなか快適そうだ。
レーミア様はくつろぐように足を組んだ。戦華服からその白い足が覗く。
俺の視線に気づいたのか、レーミア様は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「また見惚れているのかしら?」
その問いに俺は曖昧に笑った。
「そう言えば、セリスさんとシャーナさんはどこに?」
俺は気になっていた事を尋ねた。
「彼女たちは次の任務に向かった……言っとくけど、ダーティ、まだお前の処遇は決まっていないのだから、これ以上の質問に答えるつもりもない。お前も控える事ね」
次に俺は眠らされてからの事を尋ねようとしていたので、落胆した。
しばらくの沈黙ののち、背後の扉が開いた。
俺は振り返り、ギョッとした。
そこには2メートル半を越える赤髪の巨人が立っていた。
彼は筋骨隆々な体を窮屈そうに屈めて部屋に入ってきた。
その体は金属の鎧で覆われており、まさしく戦いの神とは彼の事に違いないと思った。
彼は俺を一瞥し、それから座り込んでいるレーミア様に視線を向けた。
「よう、レーミア!!」
「……トゥーレ」
レーミア様が立ち上がる。
「聞いたぜ。ゴブリン王が死んで、魔人が現れたらしいな。そいつか?」
レーミア様が肯定する。
トゥーレと呼ばれた大男は俺の事をしげしげと観察する。
俺も負けじと現数力を使った。
「ポ、ポウッ」
「何だそれ?」
トゥーレが愉快そうに問う。
「こいつの故郷の挨拶らしいわ」
「へぇ。変わってんな」
レーミア様の答えに彼はますます愉快そうだ。
そんな彼から、いつものごとく青い文字が浮かぶ。
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北方四将軍 トゥーレ 120歳 男 レベル:880
種族:オーガ
【基礎体力】
生命力:900 魔力:850
攻撃力:900 防御力:880(+120) 速力:680
【魔鬼理】
・鬼流 消費魔力:20
・閃鬼連弾 消費魔力:40
・破鬼怪道 消費魔力:150
・獄王の滅叫 消費魔力:300
他……
【装備】
・炎鋼の鎧 攻撃力(+70)防御力(+120)
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うん……もはや何も言うまい。
リアクション取るのも疲れちゃった。
「今から魔王様の所に連れて行くのだけど、フェムートとアーリルフはどうしたの? 魔人案件は四将全員が把握しておくべきだわ」
レーミア様の問いに、トゥーレが頭を振った。
「フェムートはウェスタリア、アーリルフはロトイースだ。しばらく戻らないってさ」
ウェスタリア? ロトイース? 何だそりゃ?
トゥーレの答えにレーミア様は指を唇に当て、思案した。
「ふむ。それなら仕方ないわね。彼らを待ってはいられない。早急に魔王様のお目に掛けなければいけないわ」
「あぁ、そうだな」
トゥーレが相槌を打つ。
このトゥーレというオーガと、フェムート、アーリルフ、そしてレーミア様で四将か……。
待てよ。
フェムート、トゥーレ、レーミア、アーリルフ……しりとり四将軍やな。
「と言うことでだ、トゥーレ。この要塞はお前に任せたわ」
「お安い御用だぜ。魔王様によろしくな?」
トゥーレはそう言うと、部屋の外に出た。
「今から、部下どもの稽古をつけにゃならん。約束してたからな……と、そうだ! その魔人の名は?」
トゥーレが俺を顎で示す。
失礼な奴だな。
「ダサオ・アルティメット。私たちはダーティと呼んでいるわ」
「ふぅん、ダーティね」
トゥーレは俺の名を復唱した。
あぁ、間違った名が広がっていく。
「正確に言えばですね、オ・サ――」
レーミア様の鋭い視線を感じて口を閉じる。
「ハハ、何かおもしれぇヤツだな。また後で会おうぜ、ダーティ!」
トゥーレはそう言うと、右回廊に消えて行った。
「レーミア様、ウェスタリアとロトイースってのは地名ですか?」
俺は質問して、ハッと口を塞ぐ。質問しちゃダメだったな。
「……誰が質問していいと言ったかしら?」
レーミア様は冷ややかな目で俺に視線を向ける。
「す、すみません」
ふん、と鼻を鳴らすと、レーミアさんはさっさ部屋から出て行った。
そんな彼女の冷徹な言動に俺は……俺は……興奮した。




