「もっとレーミア様の事を知りたい」
祭り最終日から一夜明けた。
古音虎の襲撃で大変だったのはスーラン座だけで、その他の魔族たちは虹魚という思わぬ天からの恵みを大いに堪能していたようだ。
街の至る所に魚の骨が散乱していた。
日が沈んだ頃、俺は魔都上空を飛んでいた。ちと探し物があるんだよね。
懐から2つの半透明な牙を取り出した。
この牙はタマのモノだ。俺の右肩に突き刺さったままになってたんだよね。
あの後、レーミア様やトビアスと共にリリアンナに何があったのか尋ねた。
「リリアンナたちはちゃんと魔都を出発しました。だけど、途中のお花畑が見えてきたところで……何も思い出せないんですぅ」
トビアスが言うには、彼女の護衛についていた魔族たちが姿を消してしまったらしい。
「彼らは信頼できる兵たちでした。なぜこのような事になったのか。申し訳ありません、リリアンナさん。それにレーミア殿も」
消えてしまったのはトビアスの兵だけではない。
後からやって来たロイたち離れ山見張り組が言うには、山中の秘密ラボは跡形も無くなっていたらしい。ベルトールの部下たちの死体も無くなっていたとのことだ。
「確かに洞穴はありましたが、それも自然にできたもののようで、何か隠してあったとか、そんな痕跡はありませんでした」
ロイは沈んだ顔をしていた。
古音虎の暴走を止められなかったこと、手掛かりも見つけられなかったことに責任を感じているらしい。
「お前は良くやってくれたわ。もう休みなさい」
レーミア様はそう言ってロイの肩を叩いた。
一方ベルトールの方は部下たちのことなど知らぬ存ぜぬを貫き通していたし、フェムートは全く関わりがないと言った様子で関心を示さなかった。
それはファントムについても同様だ。一応リリアンナの事を心配して声をかけて来たが、別の事に気を取られているのが注意して見ればわかった。
「てなわけで、とりあえずベルトールとファントムを見張ってもらっているわけだがプリマスくん。どうよ?」
俺は小高い建物の屋根に降り立って尋ねた。ちょっと休憩しよう。
『ベルトールの方は特に何もありません。ファントムに関しては……おや? ちょうどマスターの事を話していますよ』
少し間が空いた後、俺の耳にファントムとその部下の会話が聞こえてきた。
『あの魔人についてファントム様はどうお考えですか?』
『彼は一目会った時から只者ではないと直感していたよ』
おう、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
俺は特別扱いされるのが好きなのだ。
『今回の件でそれがはっきりしましたね』
『そうだね。正直ここまでとは思っていなかったよ』
ここで少し沈黙が生じる。
『彼は……敵となりましょうか?』
『……どう、かな?』
ファントムは確信が持てないようだ。歯切れが悪い。
『ただ、もし我々の脅威になるのだとしたら――』
ファントムの口調はとても冷徹なモノへと変わっていた。
『この手で排除しよう』
◆
レーミア様の館に戻ると、俺はリリアンナは探した。
例の探し物が見つかったから、彼女に聴いてもらおうと思ったのだ。
リリアンナは館のテラスでひっそりと夜空を見上げていた。
「やぁリリアンナちゃん、ちょっと夜空のお散歩に付き合ってはくれまいか?」
「遠慮しますぅ」
あ、即答。
「まぁまぁ、そんな事言わずにさ。ほんのちょつとだから、ちょっとだけ」
「むぅ、しつこいですねぇ。それならレーミア様をお誘いすればいいじゃないですかぁ?」
レ、レーミア様?
バカ野郎! そんなこと……そんなこと……そんなこと……ハッ!
今はそんなこと考えている場合じゃない。
こうなりゃ実力行使だ。
俺は翼竜の翼を展開するとリリアンナを掻っ攫って空へと飛び上がった。
「きゃああああですぅ!!」
リリアンナは悲鳴を上げて俺に抱き着いた。
「何てことするんですかぁ! リリアンナに酷いことをするつもりでしょう!」
「えっ? 違うって! もうちょいだから!」
雲を飛び抜けた先で強い風が吹き荒れていた。
吹き飛ばされないようにバランスをとる。
「え?」
リリアンナは不思議そうに首を傾げた。
「この声って……」
風の音に混じって聞こえる獣の咆哮。そう、これは――
「タマだよ。前にロイに聞いたんだ。死んだ古音虎は風となって世界を巡るって」
風が頬を撫でる。
それはとても力強いモノだった。
「もしかしたら既に魔都から離れちまってるかなと思ったんだけど。探して良かった」
リリアンナは眼を閉じて耳を澄ましている。
「タマは……自由になれたんでしょうかぁ?」
「どうだろ? でも、悪いヤツらに利用されることはもうないんじゃないかな」
リリアンナはコクリと頷いた。
「それに、仲間の風とも会えるかもね」
「じゃあ、寂しくないのかなぁ。ねぇ、タマー!! 気が向いたらダークエルフの谷に行ってみるですぅ! そこにはたくさんの風が吹いているですよぉー!」
彼女の言葉に反応したのか、咆哮はひと際高くなった。
それを聞いたリリアンナはクスクスと笑っている。
「あ、そうだリリアンナちゃん。これ、タマの牙なんだ」
俺は懐から半透明の牙を取り出して見せた。
「リリアンナちゃん、いる?」
そう尋ねると、リリアンナはしばらく考えたあと首を振った。
「いいですぅ、ダーティさんが持っててください」
「わかったよ」
俺はタマの牙を懐にしまった。
「もうちょっと、ここにいてもいいですかぁ?」
「もちろん」
俺たちはしばらくの間、風となったタマを見守り続けた。
◆
リリアンナを部屋に送り届けた後、何となく先程彼女が立っていたテラスに寄ってみた。するとそこにはレーミア様が同じように夜空を見上げていた。
どうしよう?
声を掛けるべきか迷っていると、
「……ありがとうね」
振り返る事なくただ一言、レーミア様はそう言った。
それは気落ちしたリリアンナを元気づけた事に対してだろうか?
それともスーラン座での事だろうか?
スーラン座では、あの時あのままレーミア様だけでどうにかできたんじゃないかと思うんだ、魔王が止めに入らなければ。
なんか意外だった。
あの魔王はレーミア様を特別大事にしているのかと思ったのだけど、そうじゃないみたいだ。
いや、待てよ。
もしかしたら魔王はセイレーンの街の時のようにレーミア様が暴走するのを防ごうとしたのだろうか?
たとえ彼女にとって大切な存在を失わせたとしても。
わかんねぇ。
レーミア様はどうしてあんなにリリアンナに依存しているのだろう?
彼女の家族はどんな魔族なんだろう?
実際のところ、彼女は魔王軍の事をどう思っているのだろう?
俺の事をまだ敵のスパイだと疑っているのだろうか?
色々と尋ねてみたい。
もっとレーミア様の事を知りたい。
でも今は、ただ彼女の後ろ姿を見守る事しかできなかった。
第7章はこれで終わりです。閑話を挟んで第8章「はぐれ魔族と出来損ないの世界」を投稿していきます。




