「よぉ、タマ。名付けお兄さんが遊んであげるぞ」
古音虎のタマは身軽な動きで屋根を飛び渡って行く。その姿は半透明なので祭りで浮かれている魔族たちは存在にすら気づいていない。
一方、我が忠実なる魔奴ウゴーレムは乱暴な足取りで屋根を渡っていた。時に屋根の一部が壊れて落下し、下にいた魔族が怒鳴り散らすなんてこともあった。
『そちらにリリアンナさんがいらっしゃるのですか?』
そんな気の毒な魔族など気にも留めずプリマスは言った。
「あぁ、どうやら何らかの悪意が働いているようだ。おそらくタマはリリアンナに会いにこのスーラン座を目指している」
と、俺は思う。
それが寂しさから来るもんなのかなんなのか知らないが、今の状態のタマをリリアンナに会わせるわけにはいかん。
悪意ある何者かの計画通りにさせてたまるか。
「プリマス、もう他のヤツらに報せる時間はねぇ。俺たちで都の外に誘導するぞ」
『了解』
よっしゃ、このアーティ様の力を見せてつけてやるぜ!
俺は目の前のガラス窓に向かって突進した。
「うりゃあああああ――ぶっ!」
ガラスは全然割れなかった。
あ、これめっちゃ頑丈。
「プリマスすまん、ちと手間取ってる!」
『……』
プリマスは前を進むタマに向かって火球を放った。
火球はタマの体に当たる前に掻き消えた。ギロリとプリマスの方を睨み付けるタマ。気を引くことに成功したようだ。
タマは空中へと飛び上がる。
プリマスも翼竜の羽を展開して空に飛んだ。
タマは高らかに咆哮をあげた。
その咆哮自体が強烈な風の刃となってプリマスに襲い掛かった。
『タマのあらゆる動作が攻撃となっているようです』
プリマスは急上昇して風の刃を避け、再び火球を放つ。
『私の魔力はあまり多くありません。どこまで引きつけられるか――』
プリマスに向かってタマが突進してきた。
今度は急降下しながら避けるプリマス。そんな彼の動きにタマをイラついているようだ。
再び鋭い咆哮をあげる。すると、彼らの上空の厚い雲が急激に膨らみ始めた。
雲の中で何かが泳いでいる。
あの雲、普通のモノじゃねぇ。
前に見たことある。
「ありゃ、虹雲だ!」
俺の言葉を証明するように、雲の中から雨のように大量の虹魚が降り注いできた。
タマの近くに落ちてきた魚は瞬く間に刺身にされる。一方、プリマスは次々に落ちて来る虹魚を避けている。
虹魚は祭りを楽しんでいる魔族たちにも降り注いでいた。ただ、彼らは悲鳴をあげるどころか歓声をあげている。
『酒のツマミが空から降ってきたぞ!』
『塩焼きにしようぜ! 塩焼き、塩焼きだよ!』
ってな感じだ。
そんな呑気な魔族連中と違ってプリマスは危機的状況であった。
虹魚に気を取られている間にタマの接近を許してしまった。前足の薙ぎ払いをモロに食らってプリマスの体はバラバラに吹き飛んだ。
「プリマスっ!!」
『私の本体は無事です。それより、タマはそっちに向かってます』
彼の言う通り、タマは既にスーラン座の塔の頂上付近、つまりこの俺がいる窓ガラスの側まで迫っていた。
タマの体は窓ガラスにぶつかる寸前、煙のように霧散した。
次の瞬間。
俺のほんの数メートル先の回廊にタマは立っていた。
こっちを睨みつけ、唸り声をあげている。
俺は魔手羅を展開した。
「よぉ、タマ。名付けお兄さんが遊んであげるぞ」
◆
≪風の鎧≫!!
ダークエルフの魔鬼理で俺の体の周囲に風の鎧を形成させる。
まぁ、無いよりはマシってところさね。
さてどうするか……
タマの前足が微かに動いたのを見て取った俺は魔手羅を使って天井へとへばりついた。
さっきまで俺が立っていた床が大きく抉れ飛ぶ。
危ねぇ。
っと、安堵している場合じゃない。
タマは既に俺に向かって飛びかかって来ていた。
天井から壁へ、左右の壁をジグザグに飛んで避けていく。
ただ、避け続けていたっていずれはやられちまう。
まだあの砂漠の古音虎程の暴走状態じゃないみたいだから、何とか捕まえられるかもしれん。
壁へ壁へと飛び移りながら片方の魔手羅をスライム状にし、一部を切り取る。そして丸くこねくり回せばスライム玉の完成だい。
後はタイミングだ。スライム玉を壁に貼り付け、ギリギリまでその場に留まる。そしてタマが飛び掛かって来たところで下の床にダイブした。
「グルゥ!?」
俺を切り裂こうと伸ばしていたタマの前足がスライム玉に突っ込む。粘着したスライムにタマは驚いているようだ。
ふっふーん!
スライムトラップってヤツよ。
ほんの少し動きを封じさえすれば、
≪粘水捕縛≫!!
スライム化した魔手羅をタマに放つ。
これで動きを封じて助けを求める――
つもりだったんだけどねぇ。
魔手羅が覆いつくす前にタマは靄のように霧散した。
それって、ズルくね?
「ぐはぁびぃ!!」
再び現れたタマの重い一撃を喰らって俺は吹っ飛ばされた。
風の鎧のお陰でバラバラにはならなかったけど、そう何度も喰らってたら死んじまう。
俺の横には演劇場に通じる扉があった。この先ではまだ演劇がまだ続いているのだろう。そしてリリアンナもいる。もし彼女に何かあればレーミア様は悲しむに違いない。
そんな姿、見たくねぇ。
「お前は使命を忘れて何をしている?」
突然、冷めた響きの声が聞こえた。
この声は――
「ンパ様!」
倒れている俺の眼の前に邪神ンパ様が浮かんでいた。
「いや、決して使命を忘れていたわけでは――っと! 古音虎は!?」
身構えようとするが、体が動かない。
さらに奇妙なことに、ンパ様の背後に今にも襲い掛かって来そうな恰好のタマが浮かんでいた。ただし、まったく動いていない。
「前にも言っただろう? これはお前の精神の中だ。攻撃される心配はない」
そうか、なら安心……できるわけない!
どうしよ、ンパ様怒っているのかな?
お、お仕置きされるのかなぁ。
「アーティよ……」
嫌ぁ、触手は嫌やぁ!
「そいつが攻撃している時にはお前の攻撃も通じるのではないのか?」
あの、ヌメヌメして気持ちい……悪い触手は勘弁だよぉ。
……ん?
もしかして、アドバイスされた?
確かに、さっきスライムトラップにタマが引っかかった時も俺に攻撃しようとした時だった。
考えてみれば、攻撃通らない系ではお約束な弱味じゃないか。
「あの、ありがとうございますンパ様」
「さっさと終わらせて為すべきことを為せ」
ンパ様の姿が揺らめきながら消えていく。
完全に姿が消えた時、タマが襲い掛かって来るだろう。
そん時が勝負だ。




