「考えてみれば、この状況はデートと言ってもおかしくないのではないか?」
祭りの最終日。
早朝から俺は館の応接室に呼び出された。
中に入ると左手にレーミア様が、そして対面には魔王補佐役のトビアスが座っていた。
きっちりとした服で身を包み、灰色の髪を綺麗に撫で付けてある。とても温厚そうな男だ。ちなみに彼は意外にも人狼なのである。
「お久しぶりです、トビアス様」
「これはこれは、アルティメット殿。ご活躍の程、私も耳にしていますよ」
「いやぁ、それ程でも――」
レーミア様の目が黙れと訴えかけていたので俺は口を噤んだ。
それから程なくしてロイとリリアンナもやって来た。
「取りあえず揃ったわね。今日の予定を説明するわ」
レーミア様はまずリリアンナに向き直った。
「リリーにはまた魔都の外に出てもらう。私も一緒に――と、言いたいところだけど。私は演劇会に出席しなければならないの」
レーミア様は少し恨めし気な視線をトビアスに向けた。
「魔王様からの御命令なのです。その代わり、リリアンナさんへの護衛は私どもが用意致します」
トビアスの方は怯むことなく話を続ける。
「仮に古音虎が危険な状態にあった場合はさらに応援を呼べる体勢も整えますので」
リリアンナは戸惑いがちに頷いた。
「次にロイだけど、お前には離れ小山周辺の調査隊の指揮をお願いするわ」
ロイは頷いた。
「そしてダーティ、お前は……」
リリアンナの護衛か、ロイと一緒に小山周辺の調査か、そのどちらかだろうと思っていたのだが、
「私と一緒にスーラン座に来てもらう」
という意外な指示だった。
◆
スーラン座の最終演目は日が沈み切った後に行われる。
今俺はレーミア様と共にスーラン座の塔を見あげていた。こうして見ると結構デカイ。
幅広な階段を登った先に開け放たれた大きな両開きの扉がある。俺は建築様式ってヤツには詳しくないが、ロマネスク様式ってヤツ? そうそうピサの斜塔をより大きくした感じ。傾いてないけど。
塔は七階建て。
済んだ夜空に浮かぶ月を背景に尖塔がそびえている。
よく見たら先端が十字に別れており、東西南北にそれぞれ巨神獣の像が設置してあった。
俺は塔の周りに目を向けた。
いくつもの巨神獣の像が塔の周辺を漂っている。今夜の会に出席する魔族たちが乗っているのだ。俺とレーミア様もこの像に乗って来ていた。
考えてみれば、この状況はデートと言ってもおかしくないのではないか?
違うか? 違うか?
まぁ、淡々と階段を登って行くところを見るに、レーミア様にはそんな考えが微塵もないことは嫌でもわかるわけだが。
レーミア様の後に従って扉を潜る。
扉の先はエントランスなっている。正面にまた扉、左右はグルリとカーブしている通路になっていた。
次々に魔族たちが左右の通路に流れて行く。そのほとんどが着飾った高魔族たちだった。
なるほど、俺がお供に選ばれた理由がわかった。レーミア様の部隊はほとんどが低魔族だからな、居心地が悪くなるだろう。もっとも、俺の場合は別の意味でソワソワしている。主にこの目の前の女性のせいで。
「私たちの席はこっちよ」
レーミア様は正面の扉に俺を促した。
「すっげぇ」
扉の先の光景に思わず息を飲む。
塔全体が吹き抜けになっているらしく、円形に配置された太い柱と壁の間にテラスが前後左右、下から上まで並んでいる。それぞれのテラスに観客席が並んでいた。
そして1階の中心に演劇の舞台がある。観客たちは演劇を上から見下ろすことになるようね。
塔の入り口は階段を登った先にあったわけだから、観客席は2階からってことになる。で、1階は舞台と、おそらく役者たちの控室なり道具置き場なりになっているのだろう。
吹き抜けの上を見あげれば煌びやかな光を放つシャンデリアがいくつも宙に浮いていた。
レーミア様は右回りに観客席うしろの通路を歩き始めた。
辺りに座っている面子を見るに、この2階には魔王城関係者や将軍クラスの者たちの席になっているらしい。
そしてさっき俺たちが入って来た扉のちょうど舞台を挟んだ対面の位置にひと際豪華な造りの席がいくつかあった。
「あれが魔王様たちの席」
俺の視線に気づいたレーミア様が教えてくれた。
空席だからまだ魔王たちは来ていないようだ。
「おーう、レーミアじゃねーか!」
前方から下品な声。
見なくてもわかる、ベルトールだ。
「なんだぁ、もっと着飾ってくると思ってたのによ」
ぐへへと笑い声をあげるベルトール。
「随分と上機嫌ね」
レーミア様は冷めた声で言った。
「ふふん、祭りだからな。お前も楽しめよ」
そんなヤツの言葉には答えずレーミア様はさっさと通り過ぎていく。
「レーミア様――」
「今私たちにできることはないわ」
振り返ることなく彼女はそう言った。
俺たちの席は入って来た扉から約90度くらいの位置だった。
レーミア様はさっさと最後尾の席に座りこんだ。
所在なく近くに立っていると、次々と他の将軍やその部下の者が通って行く。何だコイツ? って感じで見られるのが地味にツライ。
「ずっとそこに立っているつもりなの?」
レーミア様が呆れた様子で言った。
え、俺も座っていいの?
「と、隣に座って?」
「他にどこに座るのよ?」
あなたの膝の上……なんて言えるわけない。
俺は畏まりながら彼女の隣に座り込んだ。
これじゃホントにデートみたい。
恐る恐るレーミア様の方に顔を向けると彼女は浮かない顔をしていた。
そっか、そりゃリリアンナの事が心配で演劇なんか観る気分じゃないよな。
ちと浮かれていた自分が恥ずかしい。俺だって演劇を楽しんでいる場合じゃなかったわ。
◆
席がほとんど埋まり、周りは雑談の声で満ち溢れていた。
だが、俺とレーミア様の間には沈黙があるだけ。
「あの、レーミア様、演劇の内容ってどんな話なんですか?」
たまらず俺は質問した。
「んんっ?」
レーミア様は心ここにあらずといった様子で問い返してきた。
「あぁ、演劇ね。大昔の話よ」
彼女は指を二本挙げた。
「二部構成になっているの。第一部は大昔にあったとされている王国のお姫様の物語よ」
姫の名前はアリサ姫。
親友の帝竜との冒険話が演じられる。
"ある少女の物語"だ。
「そして第二部は打って変わって、巨神戦争での初代魔王様と巨神獣たちの勇敢な戦いの様子が演じられる」
初代魔王と初代尤者の死闘がメインらしい。
聞いているだけでも迫力がありそうってのがわかる。
「ま、それなりに楽しめると思うわ……あ、来られたわ」
レーミア様の言葉に視線を右斜めに向けると、魔王とその家族たちが例の豪華な席にやって来ていた。
スキンヘッドの頭にダリのような髭。奇妙だが威厳も感じる見た目。魔王ビゾルテだ。
その場にいる者たちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。
「祭りも今宵が最終日だ」
魔王がよく響く声で話し始めた。
「まぁなんだ。堅っ苦しい挨拶は苦手でな。言う事は1つ、祭りのフィナーレを楽しもう!」
聞いているこっちが驚く程短い挨拶を合図に下の舞台に役者たちが現れた。
スーラン座の演劇会が幕を開けたのだ。




