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「まったく、この巨神獣の子供には振り舞わされっぱなしだぜ」

「古音虎……?」


 ロイの言葉をおうむ返しする俺とリリアンナ。

 イマイチ彼が何を言っているのかわからない。

 この可愛らしい猫が、エフュサンドス砂漠で暴れていた獣と同じだってのか?


「正確に言うと、古音虎の幼体だね」


 なんだ赤ちゃんなのか。

 それなら安心……とは言い切れないよな。あの恐ろしさを身をもって体験したんだから。

 いや、そもそも本当に古音虎なのか? ロイの勘違いかも。


「そもそも何で古音虎ってわかんだ? 子供なんて見たことないんだろ?」

「風だよ。さっき風が吹いただろ? あの異様さは荒ぶる砂で感じたモノと一緒だったよ」


 あー、ダークエルフ特有の風を読む力ってやつね。


「とにかくリリアンナ、その古音虎から離れるんだ」

「そうしたくても、全然離れてくれないんですぅ」


 リリアンナは困った顔をしている。 

 古音虎は鳴き声を上げながらリリアンナの手をペロペロ舐め続けている。


「わかった。連絡を取るから、2人とも古音虎を刺激しないようにね」


 そう言ってロイは耳許に手を当てた。しかし、困惑の表情を浮かべて首を振る。


「ダメだ、連絡ができない。たぶんこの古音虎の影響だろう」

「じゃあ、誰か呼んでくるか? このまま放置ってわけにもいかんだろう?」

「そうだね」


 突然、リリアンナの手を舐めていた古音虎が唸り声を上げ始めた。


「ど、どうしたんでしょう?」


 リリアンナが心配そうな声をあげる。


「さぁ――」


 何でだろうな? と言おうと古音虎の方を見ると、驚いたことに消え去っていた。


「あれ、どこ行った。お便所かしら?」


 不意にロイが顔を上げて木々の合間をジッと見つめた。


「どうしたんだよロイ?」


 尋ねようとする俺の言葉をロイが遮った。


「何者かたちがこっちに来ている」

「マジ?」


 滅多に誰も来ない場所に、しかも古音虎の子供と出会った直後に何者かがやって来たとか。こりゃ、何かありますわ。


 ロイの警告のすぐ後、その何者かたちは姿を現した。


「お前ら……ここで何をしている?」


 現れた一団の中心にいたのは、でっぷり太った腹が特徴の南方将軍ベルトールだった。

 部下たちが持つ青白い松明に照らされたヤツの顔は怪訝な表情を浮かべていた。


「おい、何をしているのかって聞いているんだぞ!」


 イラついた声を上げるベルトール。

 俺とロイを素早く目配せした。


「いえ、祭りの騒がしさから少し離れたところでゆっくりしようと思いまして」

「ここなら誰もおらず休めるかと……」


 2人して同じような事を言ったところをみるに、ロイもベルトールに古音虎の事は伏せておいた方がいいと考えているらしい。


「お前らだけでかぁ」


 ベルトールは俺たち3人をジロジロ眺めた。疑っているらしい。

 まぁ、確かにこの面子でこんな所に来るのは変だよな。それを言ったらベルトールたちがここにいるのも変なんだが。


 とにかく、古音虎が姿を消してくれて良かった。


「……ここで何か見たか?」


 ベルトールは小さい目を思いっきり見開いて言った。


「いいえ、何も」


 ベルトールは納得がいかないような顔つきで俺たちに一歩迫った。


「ベルトール様……」


 部下の魔族が控え目にヤツに呼びかけた。

 ベルトールは軽く舌打ちすると、俺たちから離れて行った。


「あんまりこの辺をウロチョロするんじゃねぇぞ」


 てめぇらだって同じじゃないか! とは言わないけどね。

 とりあえずは従っておくことにしよう。ただし、その前にやることがある。


「おいら、ちょっとお便所行って来るね」


 そう言って2人から離れたところで、懐のプリマスを取り出す。


「プリマス、今夜はこの山の探索を頼む」

「目的物は?」


 それはハッキリしないんだけどな。


「とにかく山に不釣り合いのモノがあったら教えてくれ。小物でも、な」

「了解です」


 即席のゴーレムの体を創り出す。


「また後で俺も来るからよ」


 プリマスを残して俺は2人と小山を後にした。


 ◆


 魔都から天の蜘蛛糸に乗り、再び将軍の館がある崖に戻って来た。


「レーミア様はもう戻ってきているだろうか?」


 ロイは急ぎ足でレーミア様の館へと向かっている。


「なぁ、消えちまった古音虎をどうやって見つけんだ?」


 前を行くロイにそう問い掛けると、彼は肩を竦めた。


「恥ずかしながら、そこには途方に暮れているんだ。古音虎の気配が感じられなくてね。しかも、相変わらず連絡は取れないし」


 じゃあ、どうしようもないな。風に精通しているロイがこれじゃ他のヤツでは何もできない。


「あっ!」


 突然リリアンナが驚きの声を上げた。


「どうしたねリリアンナちゃん?」

「こ、古音虎が……」


 狼狽えるリリアンナの肩にあの古音虎の子供が乗っかっていた。


「ちょ、リリアンナ、そのままじっとしているんだよ」


 ロイはゆっくりと後退り始めた。


「ダーティ、僕は館に戻って報せて来る。君はここでリリアンナの側にいてくれ」

「わかった」


 ロイは身軽な動きで館に向けて駆けだした。


 よし、とにかく古音虎を刺激しないように見守って……って。


「よしよしですぅ」


 リリアンナは古音虎の頭を撫でていた。


「撫でとる場合かー!」

「静かにするですぅ」

「あ、ごめんなさい」


 まぁ、リリアンナに懐いているから、この方がいいのかもな。


 ……うーん、でも、いっそのこと俺の魔手羅で捕まえちまうのはどうだろう?

 意外とやれそうなんじゃ……


 そんな俺の考えを見透かしたかのように古音虎は不意に俺の方を見やったかと思うと、靄のように霧散してしまった。


「また消えちまった!」


 やっべ、どうしよ。


「ダーティさん、あっちですぅ!」


 リリアンナが別の方向に通じている道を指さした。そこには古音虎がからかうように空中を跳ね回っている。

 俺たちが近づこうとすると、古音虎はさらに奥へと飛んで行ってしまった。


「あっちには何があるの?」

「フェムート将軍の館ですぅ」


 うへぇ、よりによってフェムートかよ。

 でも、このまま逃すわけにはいかない。


「リリアンナちゃん、ちゃんと掴まっていてくれよ」

「えぇ!?」


 リリアンナの腰に手を回して抱え上げ、魔手羅を地面に叩きつけて飛び上がり加速する。

 古音虎との距離を一気に縮める事はできたが、ヤツが前方の高い門をすり抜けて行ったところでコチラは立ち止まらなければならなかった。


 古音虎のヤツ、すり抜ける事なんて到底できない隙間から入って行きやがった。

 門の周りは高い壁で取り囲まれていて、他に入れる場所はない。ここがフェムートの館らしい。


「入っちゃいましょう!」

「いやぁ、それはさすがにマズいわ」


 とりあえず様子を探る為に俺はリリアンナを背負って壁に飛びつき、壁向こうの様子を眺めた。

 豪華な造りの館がすぐ目の前に広がっている。いくつもの窓が並んでおり、灯りが漏れ出ている。1階の端にある窓の側に古音虎は浮かんでいた。


「あそこにいるですぅ」

「うーむ、どうしたもんか」


 古音虎は一度コチラを振り向いたかと思うと、急に靄のようにその姿が薄れていく。そして、なんと窓の隙間から部屋の中へと入って行きやがった!

 まるで隙間風だ。ロイの言う通り、古音虎は風そのモノなのだ。少しの隙間があればどこにだって入り込める。


「入っちゃいましたねぇ」

「ねぇ……いっその事、帰ろっか?」

「ですねぇ」


 そうやって途方に暮れていると、窓の隙間から再び古音虎が飛び出して来た。そして再び霧散し、その姿を消してしまった。その直後、窓が勢い良く開いたかと思えば、流れるような金髪を振り乱してハイエルフのイーティスが身を乗り出した。

 彼女は必死の形相で辺りを見回し、そして俺たちと目が合った。


「「あ」」


 俺とリリアンナは同時に声を上げた。

 俺たちを睨み付けていたイーティスはなんと窓を飛び越えてコチラに走り寄って来るではないか。 


 怖えぇ! けど、だんだん近づいて来るごとに……あぁ、その姿も魅力的だよイーティスちゃん!


「あ、あなたたち、ここで何をしているのですか!」

 

 睨み上げながら問いただしてきた。かなり怒っているらしい。


「いやぁ、そのちょっと散歩を……」


 イーティスはじれったそうに首を振った。


「あなたたちが私の部屋に侵入したんでしょう!」

「えぇ……」


 突然の追及に狼狽えてしまう。

 だってそれ俺たちじゃないし。古音虎だし。かと言って正直に話すわけにはいかないし。


「違いますぅ。大体、リリアンナたちに窓を開けることはできないですぅ」


 リリアンナが援護してくれた。

 確か窓にも魔力が込められていて、その部屋の主じゃないと開かない仕組みだったはずだ。


「けど、あなたは穴を開けるのが得意でしょう? それで私の部屋に侵入したんじゃないのですか!?」


 あ、≪穴堀り≫の魔鬼理の事を言っているのか?


「いやぁ、あれだとさすがに跡が残るし、騒音も凄いからさ」


 そう答えても、イーティスは納得していない。

 いやぁ、困ったな。美女に迫られるのは悪くないけど、ウフフ。


 突然後ろのリリアンナに腕を抓まれた。


「とにかく、リリアンナたちはレーミア様のところに戻らなきゃならないのですぅ! これで失礼しますぅ!」

「ま、待って……」


 イーティスの制止も聞かず、リリアンナはぐいっと俺を下に引っ張り降ろした。

 来た道を足早に戻る俺たち。


「もう、ダーティさんったら、表情緩ませちゃってぇ。そんなにあの女が好きなんですかぁ。レーミア様に言いつけてやるですぅ」


 それは勘弁。


「でもいいのかなぁ、強引に帰っちゃって。後で問題にならない?」

「まぁ、そこは――って、あ!」


 リリアンナは立ち止まって前を指さした。

 そこには例の古音虎の子供が嬉しそうに宙を漂っていた。


 まったく、この巨神獣の子供には振り舞わされっぱなしだぜ。


 

















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