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「やぁ、お互い災難だったな!」

「うひゃあああああびーん!!」


 砂のスライダーによってどんどん鯨の腹の奥深くへと流されて行く。踏ん張ろうと手足を肉壁に当ててみるが、つるっと滑ってしまう。

 そうこうしている内に広い空間に放り出された。たぶん胃だ。砂に混じってところどころに木片や金属片、何かの動物の死骸などが散乱している。


「こりゃ参ったね」


 なんと運が悪いのだろう。いや、逆か。運が良かったのだ。もしあのまま砂嵐の中心部に突撃していたらどうなっていたことか。


 砂鯨に救われた。と言っても、彼としてはたまたま口を開けたところに勝手に俺が突っ込んで来たようなもんだもんね。あれだ、叫びながら走っているとハエが口の中に突撃して来たみたいな。そんな感じ。


 問題はどうやってここから出ようかなってこと。

 口から? それともあえて濁すけど下から?


 とりあえず立ち上がろうと思って下の砂に手を付くと、何やら硬い感触があった。

 砂を被っているので気づかなかったのだ。少し掘り返して持ち上げてみると、それは金属製の大きめの腕輪のようなモノだった。


「なんだこれ?」

「腕輪にしては大きいですね。もしかしたら首輪かもしれません」


 俺の疑問に答えてくれたのはプリマスだ。懐から出て来た彼は石でできた小型の動物の姿を模している。手ごろな体の材料が石や砂しか無かったのだ。


「首輪?」

「はい。そこに数字が書かれていますよ」


 プリマスの小さな指が示すところには‶02″と深く掘りこまれている。


「なるほど、たとえ異世界でも確かにオシャレさんで番号の掘られた腕輪なんて着けないよな」


 もっとも、俺は59と書かれたパーカーをよく着ていたけどね。一人称をオラにしていたっけなぁ。懐かしい。


「02ということは01もあるのでしょうね」

「首輪だとして、じゃあこれを着けられていたのは何なんだろうな」


 それが何であれ、あまり良い気はしない。


「さぁ、私にはわかりかねます」

「だよね。ま、今はこの鯨の中から脱出することに専念しなきゃ――ぶおっ!?」


 突然下の砂が激しく揺れ動き出した。


「な、なんだぁ!?」

「マスター、砂の下に何かいるようです」


 プリマスの指摘通り何者かが砂の下で蠢いている。嫌な予感しかしない。

 砂の揺れはどんどん俺の方に近づいて来る。そして、勢い良く砂が飛び散る中からノコギリ刃のような歯を持った異形の芋虫モンスターが現れた。


「き、きめぇ!!」

「マスター同様、鯨に飲み込まれていたのでしょうね。来ますよ」


 芋虫モンスターが歯を剥いて飛びかかって来た。

 あまり速くないので軽く避けることができる。


 芋虫は勢い余って肉壁に突撃した。

 まったく、どんだけ食い意地があるんだよ。そもそも、俺もコイツも鯨に食われているわけでだな……


 衝撃を加えられた肉壁がヒクヒクと波打つ。そしていきなり下の砂が、というよりはその下の肉の床が飛び上がった。

 突風のような空気の塊が俺と芋虫を口へと通じる洞穴に吹き飛ばした。


「ぬおおおおおおおおおっ!!」

「胃壁を刺激されたことでリバースしようとしています。助かりましたね」


 プリマスは冷静にそう言ってのけるが、こっちとしてはたまったもんじゃない。肉壁にぶち当たるし、後ろからは芋虫モンスターがしつこく喰らいつこうとしてくる。目まぐるしく体勢が変わるので反撃できない。


 ふと前に目を向けると、肉の洞穴は二手に別れていた。一方は真っ直ぐ、もう一方は斜め上で小さめになっている。

 待てよ、あの小さい方なら芋虫は入って来れなそうだぞ。


 肉壁を蹴ってその反動で上の穴に飛び込む。空気の塊によって体は小さい穴の中を登っていく。一方、芋虫モンスターはそのまま大きい穴の方へと進んで行った。


「芋虫から逃れられたのはいいけど、この穴はどこに繋がっているんだろうな?」

「大きい穴は口でしょうから、この小さい穴はおそらく――」


 プリマスが言い終わる前に俺の体はより小さい穴にはまり込んでいた。


「鼻の穴です」


 つまり今の俺はタチの悪い鼻くそみたいなモノってわけだ。すまんな砂鯨。


 鯨の体が激しく動き出した。

 随分と苦しんでいるらしい。下の方から重機械のエンジン音のようなモノが響いてきた。


「肺から空気がせり上がっているのでしょう。今度こそ出られますよ」


 プリマスの言う通り空気の塊が下から突き上げてきた。


「ぬおおおおおおぅ!!」


 強い衝撃に押され、鯨の鼻の穴にメリメリとめり込んでいく。そして、一気に外へと吹き飛ばされた。


「うひゃぉおおおお!!」


 周りには吹き上げられた砂が舞っている。その砂煙を超えた先には爽やかな青空が広がっていた。砂嵐は周りに見当たらない。ただ、強い風が辺り一面に吹いていた。耳を澄ますと風に混じって獣の吠える声がハッキリと聞こえた。ギョっとして見回したが古音虎の姿はない。


 ホッとしたのもつかの間、俺の体は重力に従って下の砂漠に落下した。

 口の中に砂が入って気持ち悪い。ぺっと吐き出していると、地響きのような音を立てながら砂鯨が砂の中へと潜っていく。


「やぁ、お互い災難だったな!」


 そう言うとギロリと睨まれた。おぉ怖い怖い。とっととレーミア様たちと合流しないとな。


「マスター、ロイさんがコチラにやって来ています」


 プリマスの示す方から確かにロイが飛んで来ていた。


「おーい! 大丈夫かダーティ?」


 ロイの呼び掛けに大きく手を振って答える。

 助けに来てくれて良かった。砂漠で独りぼっち(正確には小さな魔奴ウゴーレムも一緒だけど)なんてごめんだったからな。


「遅いぞ木人形くん。そんなじゃ嘘を吐いていなくても鼻が伸びちまうぜ」

「何だいそりゃ?」


 ロイの手を借りて空へと飛び上がった。プリマスは懐へと潜りこんでいる。


「いや、気にするな。ホントに助かったよ。ところで俺は随分とピラミッドカメから離れてしまっていたんだな」

「あぁ、君が砂鯨に食べられた時は血の気が引いたよ。おまけに砂嵐はさらに強力になっていたし」


 あらら、やっぱり浅知恵じゃ上手くいかんか。


「じゃあ、今こうして砂嵐が消えているのはどういうわけだい?」


 そう問い掛けるとロイは釈然としないように首を傾げた。


「それが、砂嵐の中にいた古音虎らしき獣が急に苦しみだして霧散したんだ。そしたら砂嵐も収まった」

「霧散?」

「おそらく死んでしまったのだろう。あの苦しみ方は普通じゃない。何かしらの特別な魔鬼理が働いていたように思う」

「でも死んでしまったとは限らないよな? 古音虎が風そのものなら、そんな掻き消えることもできるんじゃないの?」


 しかしロイは首を振って俺の意見を否定した。


「死んだ古音虎は突風となって世界を巡るという言い伝えがある。その突風はまるで獣の吠え声のような音がするらしい」


 ロイは不意に黙り込んだ。すると先程から吹き続けている強い風の音が耳に入る。それは獣の吠え声のような音だ。


「じゃあ、この風が?」

「僕はそう考えている」


 今俺たちの周りで吹いている風が死んだ古音虎のなれの果てなのだろうか?


 ◆


 ピラミッドカメに帰りついた時には俺もロイも汗だくだった。

 リリアンナが水と布を持ってきてくれた。レーミア様はチラッと俺に目を向けると微かに笑みを浮かべて立ち去ってしまった。


「ダーティさんが干からびてなくて良かったですぅ」

「マミーは映画だけで十分さね」


 渡された水をゴクゴクと飲んでいると急に腕をリリアンナに掴まれた。


「むむぅ! ダーティさん、これは何ですかぁ?」


 リリアンナは俺の腕に嵌っている金属のリングを指さしている。

 これは砂鯨の中で見つけた02と番号が掘られている首輪らしきモノだ。あの騒ぎの中でずっと握りっぱなしだったのだけど、何となく気になって持ち帰ってしまった。


「これ鯨の腹の中で見つけたんだ。特に高価そうでもないけど……」


 リリアンナは目を輝かせて首輪らしきモノを見つめている。


「もしかして、コレ欲しいの?」

「ありがとうございますぅ!」


 貰う気満々じゃないですか。


「そんなこと言って。またレーミア様への贈り物だなんてことはないだろうね、ちみ?」

「そ、そんなことないですぅ!」


 前はそれで手作り髪飾りをレーミア様にプレゼントすることになったからな。

 そういやレーミア様はあの髪飾りはどうしたのだろう。まさかゴミ箱にポイッされてしまったのだろうか。


 いや、今はそれは置いておこう。

 手の中の首輪らしきモノを見やる。まぁ、別に明確な目的があって持ってきたわけじゃないからな。


「ほい、あげる」

「わぁ、ありがとですダーティさん!」


 嬉々として首輪のようなモノを腕に嵌るリリアンナ。ま、良しとするか。



 とまぁ、砂嵐の件はあまり釈然しないものの、それから砂漠を超えるまでは平穏に旅は続いた。










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