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「このダーティめに少し考えがありまする」

 ワイバーンが砂漠の街に降り立った。

 全体的に軒が低い建物で構成されている。土を固めて作られているようだ。

 ワイバーンの背からサラサラした砂の上に降り立つ。靴の代わりに足袋のようなモノを履いているからね、直に砂の感覚が伝わってきて気持ちいい。


 この砂漠の街の住民たちは今まで見た事もない魔族たちだった。下半身はサソリの体で上半身は人間に近いが褐色の鱗のようなモノに覆われている。彼らは衣服を身につけない主義らしく、男はともかく女に対しては目のやり場に困るね。


「ダーティ、こっちだよ!」


 ロイから呼び掛けられた。

 俺が街を眺めている間に彼らは例のピラミッドカメの方に向かっていた。

 こう下から見るとホントにデカいカメだ。確かギザのクフ王のピラミッドの高さは約146メートルだったはずだが、それと同等の大きさだと思う。


「なぁ、これが巨神ガメなのか?」


 ロイの側に駆け寄って尋ねた。


「うーん、一応そうとも言えるけど、正確に言えば違う。巨神ガメの親戚の種族かな。ホンモノの巨神ガメはもっとずっと大きいらしいよ。僕も見た事はないんだ」


 ピラミッドカメの甲羅には何人ものサソリ人間が張り付いていた。甲羅に付いた砂や塵をブラシで払っているようだ。指示を出しているらしいサソリ人間が俺たちに気付いて近づいて来た。


「準備はできている?」


 レーミア様の問いかけにそのサソリ人間は愛想を笑いを浮かべながらヘコヘコと頷く。


「えぇ、いつでも出発できますよ」

「急がせてしまって悪いわね」

「いえいえ将軍様の頼みとあればいつでも喜んで」


 サソリ人間は尻尾をユラユラと揺らしながら話し続ける。やっぱりこの尻尾にも毒はあるのかしら?


「お急ぎでしたら本当は砂馬車を利用される方がよろしいのですがね。セイレーンの街までは距離がありますし、今は全て出払ってしまってまさぁ」


 サソリ人間はある方向を指し示した。

 そこには低い柵で覆われた空き地があった。どうやらそこに砂馬車とやらがあるらしいのだが、今は全て使用されているらしい。


「構わないわ。ロイもいるから、役に立つでしょ?」

「おぉ、ダークエルフの旦那が一緒ならありがたいです。風読みも楽になりまさぁ」


 サソリ人間の案内で俺たちはピラミッドカメの甲羅に立て掛けられた梯子を登った。

 甲羅の表面はちょっと急な階段のようになっている。中腹の辺りにはポッカリと穴が開いていた。その先はいくつもの通路が入り組んでいた。下り坂になっている通路を進むと、ちょうど甲羅の中心部分辺りが部屋のようになっていた。設備もまぁまぁ整っている。


 多少は快適な旅ができそうだね。


 ◆


 荒ぶる砂などと呼ばれているから、相当ヒドい天候なのだろうと覚悟していたのだが、拍子抜けする程快晴だった。


「ダーティさんこっちですよぉ!」

「わぁ、まてーリリアンナちゃーん!」


 なので、ピラミッドの上で追いかけっこなんかしちゃう俺とリリアンナ。ちなみにレーミア様は陽射しが強いのは嫌いらしく、ピラミッド内部の部屋で寛いでいる。ロイはカメの頭部に設置されている観測所(側からみればカメがトンガリ帽子を被っているように見える)で砂漠の風の強さなどを測っていた。


「ダーティさん見てください。砂が川の水みたいに流れて行くですぅ」


 ピラミッドの縁辺りからリリアンナが示す先には確かに砂が川のように流れていた。

 実際、ピラミッドカメは砂漠を歩くのではなく、泳いでいるみたいなんだよね。だから、あんまり揺れたりしないのだけど、砂の下の足はどうなっているのやら。


 砂に混じって黒い物体も流れていく。

 この物体はワイバーンが降り立つ前に見たまだら模様の正体だ。

 あれは砂嵐で発生した静電気によって砂が溶けてガラス状に変化したものらしい。だから、太陽の光を反射してキラキラと輝いてみえたりする。


「リリアンナちゃん、そんなに身を乗り出したら砂の中に落っこちまうよ」

「はーい……あれ、あれあれ?」


 リリアンナは不思議そうに少し離れたところに目を向けている。

 そこにはカメと並行して黒い巨大な生物が砂の中を蠢いているようだ。


「何でしょうねぇ、あれ」

「あれは砂鯨サンド・ホエールですよ」


 リリアンナの質問に答えてくれたのは、俺たちの側にいたサソリ人間だった。


「砂鯨?」

「ええ、体は大きいですが、基本無害です」


 砂鯨は悠々とその巨体を砂の上へと現し始めた。

 本物の鯨ってヤツを見た事なかったけど、きっとこんな感じなんだろうな。


「あっ……」


 サソリ人間は急に階段を上に登り始めた。

 訝しむ俺たちの視線に気付いたサソリ人間は俺たちに向かって声を上げた。


「そこにいたら危ないですよー!」


 何が?


 と、思っていたら、砂鯨の方から大きな音が轟いた。頭部辺りから急に空気の塊が吹き出したのだ。それによって鯨の体表に付着していた砂が舞い上がり、俺たちに降り注いだのだ。


「うええぇぇっ! 砂が口の中に入って気持ち悪いですぅ!」


 リリアンナが咳をしながら顔をしかめた。その顔や髪も砂まみれだ。俺も同じような状況だろう。

 鯨の潮吹きならぬ、砂吹きかい。エライ目に遭った。


「だから言ったのに……」


 サソリ人間が哀れむように言った。


 ピラミッドの内部で砂を落としていると、ロイがカメの頭から戻って来た。


「おう、ロイ。砂嵐は起きそうか?」

「いいや、ありがたいことに起きる気配は感じないよ。ただ、どうにも嫌な予感がする……」


 どうにも釈然としない様子のロイ。


「はっきりとはしないのだけどね。でも、胸騒ぎがするんだ」


 何だろう?

 今のこの穏やかな天気は嵐の前の静けさだと言うのだろうか?


 それから1日後、ロイの予感は的中した。


 ◆


「レーミア様、大規模な砂嵐が発生したようです」


 ロイが深刻な面持ちで部屋の中に入って来た。


「どれくらいでこっちに来るの?」

「およそ3時間くらいだと思われます。ただ、これまで感じたこともない規模の嵐なので、どう動くか予測できません」

「このカメでも耐えられない?」

「おそらく……」


 レーミア様は唇に指を当てて考え込んだ。


「遠回りになってもいい。なるべく回避して」

「わかりました」


 ロイはカメの頭部に走っていった。


 それから1時半後。

 ピラミッドに立つ俺とロイは遠くにうっすらと見える黒いもやのようなモノを眺めていた。例の砂嵐だ。


「おかしい。さらに規模は大きくなっているし、速さもさらに増している。これじゃ1時間もかからず直撃するぞ!」


 よく見ると、砂嵐の中で雷が轟いている。アレに巻き込まれたらタダじゃ済まないな。


「風が鋭い牙のように敵意剥き出しなんだ。こんな風は初めてだ。これじゃまるで……」


 ロイは信じられないように首を振った。


「……古音虎のようだ」


 古音虎?


「巨神獣のか?」

「そう。 絶滅したとも聞いているけどね。古音虎は風を操る、というよりも風そのものなんだ。その気性は激しかったらしく、嵐は古音虎の怒りによって生み出されたらしい」


 そう言われたら、確かに砂嵐は飢えた肉食獣のようにこちらを狙い澄ましているようにも思える。


「でも絶滅したんだろ?」

「まぁね。だからアレはただの砂嵐なのかもしれない。でも、もし本当に古音虎だったとしたら、決して逃げ切れないよ」


 さらに数十分後。

 砂嵐によって空は暗くなり、暴風が吹き荒れている。

 サソリ人間たちは慌てたようにピラミッドの上下を行ったり来たりしている。


「さて、どうしましょうか?」


 レーミア様が砂嵐の方を眺めながら言った。


「僕の全力で少しは進行を抑えられるかもしれません」


 ロイが覚悟を決めたように言った。


「その間に少しでも遠くに逃げてもらいましょう」

「それはお前を犠牲にしてということね。ダメよ」

「あいやお待ちをレーミア様」


 レーミア様たちの会話に割って入る。


「このダーティめに少し考えがありまする。それは――」

「いいわ、やってみなさい」

「それは……え?」


 レーミア様は俺が詳細を述べる前に同意しやがりましたですよ。


「考えがあるのでしょ? ほら、さっさとやりなさいな」

「し、詳細は聞かないのでござるか?」

「自信があるんでしょ。お前に任せるわ」


 そう言うとレーミア様はさっさとピラミッド内部に戻っていった。まるで俺がどうにかすると決めてかかっているようだ。


「ダーティさん、干物になってもちゃんとリリアンナが拾ってあげるですぅ」


 さらっとひどい事を言ってリリアンナもあとを追って行った。

 まるで危機感がない。


「それで、どんな考えがあるのかな?」


 ロイが苦笑しながら歩み寄ってくる。

 既に風の中には砂が混じっている。目に砂が入らないようにフードを被って竜仮面を装着した。


「お、おう、簡単に言えば砂嵐を俺たちで吹き飛ばそうってわけだ」


 砂嵐の発生原因は上と下の急激な気温差による強風らしいんだな。だから、熱い風を送り込めば打ち消せるんじゃないかと浅はかな考えを思いついたのだ。


「うーん、それで上手くいくのか正直不安だけど。レーミア様が信じたのなら僕も信じよう」


 俺は自分を信じられないけどね。



 ロイの魔鬼理で砂漠を滑空する。

 目指すは前方に高々とそり立つ砂の壁だ。


「ここまでが限界だ!」


 ロイが大声で叫ぶ。その声も暴風によって掻き消されてしまう。


「全力の風を創り出してくれ! それに俺が合わせる!」


 砂漠に降り立ち魔手羅を展開する。狙いを砂嵐に向ける。時々ギザギザの雷が走っている。アレが砂漠に落ちてガラス状に変化させているのだ。

 砂嵐は獣の咆哮を上げていた。これは比喩的なモノではない。ホントのホントに獣が吠えている声だ。


「ロイ!」

「あぁ、これはやはりただの砂嵐じゃないらしい!」


 この砂嵐の正体は本当に古音虎なのか?

 いや、今はとにかくこの砂嵐を始末しないと。


「ダーティ!」


 ロイは砂嵐に向けて魔鬼理≪風の女帝≫を放った。

 それに合わせて俺も、


 奴ウ力≪風波≫!!


 魔鬼理≪火竜炎射≫!!


 こいつは魔奴ウ≪獄炎犬の息吹≫の上位互換の技だ。


 魔奴ウ≪地獄の向かい風ヘルファイア・ウィンド≫!!


 強力な灼熱熱風が、ロイの風によってさらに勢いを増して砂嵐とぶつかる。


 そのまま吹き飛んじまえ!


 なんて望みとは裏腹に砂嵐は消え去る様子はない。

 それどころかさらに荒ぶり始めた。


「このままではダメだ!!」


 ロイが叫んでいるが、風(古音虎?)の咆哮によって掻き消される。


 そして俺は見た。

 砂嵐の中心に浮かぶ獣の姿を。

 はっきりと姿が見えたわけではない、空気の揺らめきが形を成しているようなモノだ。


 ソイツははっきりと俺の姿を認識したらしい。

 鋭い敵意を含んだ風が俺に襲い掛かって来た。

 バランスを崩し、砂嵐の中心に引っ張られていく。


「ダーティ!!」


 ロイが叫ぶ。

 暴風が襲い掛かる。

 周囲に雷が走る。


 そして、目の前の砂の中から巨大な砂鯨が現れた。

 口を大きく開けている。砂がどんどん流れ込んでいく。


「あっ!」と思ったときには既に俺は砂鯨の腹の中へと飲み込まれていた。





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