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「アーリルフ将軍は木の魔族なのですか?」

 レーミア様との再会を喜ぶ暇もなく、俺は彼女に連れられてこの建物の共同ブロック3階にある第二資料室、通称【ラムゼウの間】にやって来た。


「座って」


 部屋の中心に置いてあるテーブルに彼女と対面する形で腰掛ける。

 そういや、以前この資料室でセリスから人間社会について教えられてたんだっけ。あの時もこんな風に座っていたなぁ。


「ここの方が安心して話ができるわ」


 レーミア様はその長い脚を優雅に組んで俺にこれまでの出来事について報告させた。

 アルゴン・クリプトンとしてベネルフィアに住む事になってから起きた様々な出来事。もちろん、ジーンキララについては省いた。


「なるほど、大体はセリスたちから聞いていた通りね」


 レーミア様はしげしげと俺の体を見回した。


「お前の脇腹の傷を治したのは魔手羅だったのよね?」

「あー、断言はできないのですが、セリスちゃんの話と自分の状態を見る限りはそうだったのだろうと思われます」


 どうにも答えにくい話題だ。そもそも俺自身がよくわかっていない。


「セリスによると、シャーナは傷の割には出血量が少なかったそうね?それもお前の魔人の力によるモノじゃないの?」


 ううっ、その通りだ。

 俺の血が彼女の血管内にどんどん入り込んでいったのだ。ある種の輸血みたいなモノだな。

 俺はその事を正直にレーミア様に話した。


「なるほど血がねぇ」


 レーミア様は納得したように頷いている。


「実はねダーティ、魔人の体のあらゆる臓器を他者に移植できるという噂があるの」

「移植?それは、例えば心臓とか?」

「目玉や耳やそれに血液、とにかくあらゆるパーツよ」


 えぇ、なにそれ怖い。俺の体を高額で売り捌こうとするヤツもいるんじゃないか?

 おぉ、怖い怖い。


「噂でしかなかったのだけど、これで信憑性が増したわね。ダーティ気をつけなくてはならないわ。誰かがお前の体を狙うかもしれない」


 まぁ!体を狙うなんて、嫌らしい。きっとグチャグチャにされちゃうんだわ!

 ってか、冗談抜きで恐ろしいな。


「さて、今度は私の方の状況を話そうかしら」


 レーミア様が軽くのびをしながら言った。

 そんな些細な動作も美しい。あぁ、もういちいち魅力的だな!もう!


「セリスから聞いていたかもしれないけど、私は一時期中央大陸に戻っていたのよ」


 そういえば、選抜試験の頃にセリスがそんなことを言っていたな。


「先代ゴブリン王クラムギールの過去の行動を調べていたの」


 先代ゴブリン王、つまり現ゴブリン王セトグールの父親だ。

 まだ俺がこの世界に来たばかりの頃に出会った。何の目的かは知らないが、彼率いるゴブリン一派はとある人間の街を占領していた。そしてその後、ゼムリアス・ファーストに街ごと焼き尽くされた。あの時は俺も本当に死にかけたぜ。

 んで、この先代ゴブリン王はどうやら何者かの命令で密かに動いていたらしいのだ。

 その何者かはどうやら何か良からぬことを企んでいるらしいって事で俺とレーミア様は考えていた。


「クラムギールの行動を辿っていった結果、最終的にどこにたどり着いたと思う?」


 レーミア様は含み笑いを浮かべながら言う。

 あぁ、ホント可愛らしい!マジ……いかん、話に集中せねば。


「はて、どこなのでしょう?」

「セイレーンの街よ」

「セイレーン!?」


 確か、セイレーンの街は海底にあるのだとか聞いたな。

 いや、それよりもセイレーンと言えば、ベネルフィアの夜海の水龍襲撃事件の時に魚人どもを操っていたらしい者がいるのだ。

 そのセイレーンの街にクラムギールが行っていた。偶然とは思えない。

 もしそこに繋がりがあったのだとしたら、同じくセイレーンと繋がりがあるらしいジーンキララたち魔人とも関わってくるのではないか?


 これが事実なら俺たちが追っている相手は相当広く根を張っているように思える。気がついた時には絡め取られて養分にされていたなんて勘弁だ。


「セイレーンの街は魔王軍の影響下にない。だから、良からぬことを考える者たちが集まりやすいの」


 なるほど。


「だからダーティ、これから私たちでセイレーンの街に行ってみましょう」


 なるほど、これがレーミア様の頼みだったのか。もちろん行くにきまっている。てか、断れるわけないし。


「よし、今日中に出発するわよ?だから、休息は今のうちに取っといて」


 そう言って立ち上がろうとするレーミア様を俺は呼び止めた。


「すみません、1つ質問してもいいですか?」

「なあに?」

「セイレーンの話とはまた違うのです。俺を近衞伐士にスカウトしに来た男、キリアン・ヴァルコが王都に潜入している魔人なのでしょうか?」


 答えはもう知っているのだが、彼が魔王軍として動いているのかどうか知りたかった。


「違う……と、答えるつもりだったけど、その様子を見るに、相当確信しているみたいね」


 レーミア様は苦笑を浮かべた。


「そうよ。ヴァルコが王都に潜入している魔人。お前がベネルフィアに潜入できるよう諸々の手続きをしてくれたのも彼」


 そうだったのか。

 なら、ヴァルコは今の所は味方と考えて良いのだろうか?


「じゃあ、俺が近衞伐士に選ばれたのも魔王軍の意向なのですか?」

「いいえ、そうではないわ。向こうの王女がお前を気に入ったと聞いているわ」


 あぁ、そこは変わらんのだな。

 一応、王都行きも安心して良いのかもしれない。


「ダーティ、魔人としてヴァルコに接触してはダメよ。それと、お前が彼のことを魔人だと気付いていることは私たちの秘密ね」


 レーミア様が立ち上がった時、外へと通じる扉が開かれた。

 そこには異常に骨張った男が立っていた。目立つのは、彼の顔や手など衣服から覗く素肌が焦げ茶色の木の表面のような皮膚をしていることだ。

 動かなければ、グロテスクな人の形をした木に見える。


「お邪魔だったかな?」


 男は嗄れた声を発した。


「いいえ、私たちはもう出るから大丈夫よ」


 レーミア様が答え、俺の方を振り返る。


「そういえば、まだ紹介していなかったわね。アーリルフ、彼が魔人アルティメットよ」


 取り敢えず頭を下げる。


 アーリルフ?

 それって……


「そしてダーティ、彼が北方四将軍の最後の1人、アーリルフよ」


 やっぱり将軍だったか。

 そういや、まだ最後の1人には会ってなかったもんな。


 アーリルフは無表情で俺を眺めてくる。それがあまりにも不気味だったのでレーミア様の「行くわよ」という言葉はありがたかった。


「アーリルフ将軍は木の魔族なのですか?」

「木人と呼ばれている種族ね。知恵者が多いとされている」


 前にシャーナが言っていたな。アーリルフは研究者で、フェムートからの援助で研究を続けているって。


 レーミア様と共に部屋に戻っていると、前方から巨大な体躯の持ち主が現れた。

 その巨体と赤髪を見ればすぐにわかる。


「おうレーミア、それと、ダーティだな?久しぶりじゃねぇか」

「トゥーレ将軍お久しぶりです」


 北方四将軍トゥーレはしげしげと俺のことを眺めてきた。


「へぇ、しばらく見ないうちに結構強くなっているな。どうだ?これから手合わせってのは?」

「ごめなさいね、ダーティはこれから私と中央大陸に戻るの」

「なんだ、そうだったのか。そりゃ残念だ」


 トゥーレは軽く手を振った。


「また今度な。大陸に戻るのなら俺の分まで祭りを楽しんでこいよ」


 そう言ってトゥーレは立ち去って行った。


「祭りがあるんですか?」

「ん?あぁ、そういえばそんな時期ね。ま、リリーにでも聞いてみなさいな」


 レーミア様は無関心といった様子でさっさと歩き始めた。


 ◆


 俺は自分の部屋に戻った。

 俺がいない間もリリアンナが掃除をしていてくれたらしく、前と何も変わらない。

 取り敢えずベッドに座り込み、懐から黒い飴玉のようなモノを取り出した。


「大丈夫かプリマス?」

「えぇ、まぁ窮屈ではありますが、消滅する程ではありません」


 飴玉が俺の手のひらでコロコロ回りながら言った。

 この飴玉の正体はプリマスの本体というか魂のようなモノだ。 さすがにゴーレムの大きさで砦の中には持ち運べないからね。


「それで、静寂の森からこの砦までの道はわかったか?」


 俺は意識を失っていたけど、このプリマスがずっと観ていてくれたのだ。


「それがですね、わからないのです」

「わからない?」

「はい。道が、というよりは森の木々が勝手に動いているらしく、気がついたら地形が変わっています」


 おおう、何だそれ?


「じゃあ、静寂の森の木は意識を持って動いているのか?」

「全てではないようです。砦に近くなる程そういった木が多く生えているようです」


 もしかしてアーリルフの仲間か?

 まぁ、それだけやっているからこそ、この砦は安全なのかもしれない。


「プリマスよ、悪いがもう少しその姿でいてくれろ。これから中央大陸に戻るんだ」


 飴玉プリマスは同意するようにコロリと揺れた。



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