閑話 ある少女の物語III
イヴアリスたちが小さな城門を抜けると、門兵たちは微笑みを浮かべていた。元気に走り回る彼女たちの姿を見れば誰もが笑顔になる。
イヴアリスたちはさほど大きくないお城の中を駆け抜け、小さな中庭へと走り出た。
小さな池を背景に男女2人。女の方は腰掛けて編み物を、男の方は木剣で武芸の鍛錬を行なっていた。
「サイマスウェル! ラムゼウ!」
イヴアリスは2人の姿を認めると、無邪気に駆け寄った。その後をシャルがフラフラ飛びながらついていく。
「イヴアリス様」
女の方サイマスウェルがにこやかに笑いかけた。彼女の金色の長い髪が陽光を受けて輝いてみえる。首元には同じく金色の装飾細工が着けられている。質素な紺色のローブとのギャップが相まって彼女自身がそうであるように、より美しい印象を見る者に与えた。
「イヴ様はやんちゃ盛りですな。見ているこっちも元気が湧いてきますぞ」
男の方ラムゼウが高らかに笑い声を上げた。彼は大柄で筋肉質な体型で、短い灰色の髪から無骨な印象を与える。
「えへへ! あ、そうだサイマスウェル、これを見て」
イヴアリスは手に持っていた白い花をサイマスウェルに見せた。
「これは……ラウラエルの花ですね。この花の香りには心を穏やかに保つ作用があります」
サイマスウェルは花を観察しながら答えた。彼女は豊富な知識の持ち主で、王の相談役を務めている。
「うん! お母さまにプレゼントしようと思って採って来たの」
「きっとお喜びになるでしょう……しかしイヴアリス様、この花は確か北の丘にある大樹にしか咲かない花のはずですが、まさかそこまで行ってきたのですか?」
サイマスウェルが目を細めて言うと、イヴアリスはもじもじしながら頷いた。
「あの大樹の側には【巨神獣】古音虎の巣があるのですよ? 彼らは少々荒っぽい気性の持ち主たちなのですから、むやみに近づいたら怖い思いをさせられるかもしれません」
「はーい」
イヴアリスはしゅんとして相槌を打った。
「古音虎かぁ。僕はどちらかと言えば同じ巨神獣である水龍たちの方が怖いと思うけど。あいつら、僕を見かけるやいなや、すぐに水を掛けてくるんだよ」
シャルがため息を吐きながら呟いた。
「まぁ、確かに水龍たちのイタズラにはこちらも手を焼いている」
ラムゼウが大きく頷いて同意を示す。
「グルガンゴウム様がきちんと叱ってくださればよいのだが、あの方は身内に甘いからなぁ」
ラムゼウはそこでハッとしてシャルを見やった。
「それはそうとシャルよ。お前、ちゃんと鍛錬しているのであろうな?」
「えっ?」
身を強張らせるシャル。その様子を眺めながらイヴアリスはクスクスと笑っている。彼が鍛錬をサボっていることは彼女が一番理解しているからだ。
ラムゼウは王国一の兵士であり、他の者たちに稽古もつけている。もちろんシャルも彼から鍛えられていた。その厳しい稽古から抜け出してシャルは彼女とよく遊びに出かけていた。
「おいおい帝竜の主になる者よ、そうやって鍛錬をサボるから水龍たちに舐められるのだぞ? それに、もし他の王国が攻めて来たらどうする? お前にもしっかり働いてもらわんとな」
ラムゼウはバシバシとシャルの背中を叩いた。痛みに呻きながらもシャルは反論する。
「でも、僕はラムゼウさんが敵と戦っている姿を見たことないよ? せいぜいトロールの大男と投げ合いしているくらいじゃないか」
「むっ!?」
予想外の反論にラムゼウは狼狽えた。
「シャル、それこそが一番良いことではないかしら。兵士が戦わないでいることほど素敵なことはないでしょう?」
「うん。そうだよね」
シャルはうんうんと頷いた。
「でもさ、本当に他の王国なんてあるのかな?僕は一度も行ったことがないからわかんないや。ラムゼウさんは行ったことある?」
そう尋ねられたラムゼウは再び狼狽えた。
「い、いや、実は俺も行ったことはないのだ。サイマスウェルはどうだ?」
「私も行ったことはありません。しかし。観たことはあります。1つだけではなく、いくつも……」
サイマスウェルは俯き加減に答えた。
「じゃあ、この王国を攻めて来るような怖い王国もあったりする?」
不安そうな顔つきでシャルが尋ねると、彼女は首を振った。
「さぁ、そこまでは私にもわかりません」
「でもさ!」
それまで話を聞いているだけだったイヴアリスがニッコリと笑って話に割り込んだ。
「いくつもあるのなら、きっと私たちと仲良くしてくれる王国もあるんじゃないかな?そしたら、今よりたくさん友達ができる!それってワクワクしない?」
「そうですね。みんなイヴアリス様のように優しい心の持ち主ならきっと……」
サイマスウェルが微笑み返す。金色の首飾りがキラリと光った。




