「女将軍レーミア様登場っ! ……だけど、魔族も見た目で判断しちゃダメだね……」
日が沈みかけているので、森の中はより薄暗かった。
そんな状況にも関わらず、俺たちが乗るバイコーンは物凄い速さで木々を縫い進む。
見えてる見えてないとかじゃなく、どこをどう進めばいいのかわかりきっているようだ。
時折、木の枝が頭を掠めたり、葉っぱが飛んで来たりする。
ほら、今も葉っぱの1枚が鼻の頭に引っ掛かった。俺は頭を振って葉っぱを払う。葉は後方に流れていく、そこには同じく猛スピードで後を付いて来るバイコーン、そしてその上に跨る姉エルフがいた。
彼女は片手で耳を抑え、何か囁いているように見える。何をしているのだろう?
俺は前方に向き直った。
シャーナの後ろで束ねた髪がポンポン跳ねている。
バイコーンが走り出してから約5分、彼女とは言葉を交わしていない。
通りすぎる木々を眺めるのは飽きて来たので、シャーナに話しかけてみよう。と言っても、ゴブリン王やレーミア将軍の事を訊いても答えてくれないだろう。
本当のところ、魔族側の勢力については、早く把握しておきたい。
ゴブリン王やダークエルフたちと話してわかった事は断片的でしかない。魔王なる存在がいる事、将軍という位が存在する事、ゴブリンという種族はどうやら格下に見られている事、そのゴブリンの王が何者かの命令で極秘で何かをしようとしていた事、ダークエルフたちはそんなゴブリン王を追跡していた事、その彼女たちの主がこれから会うレーミア将軍だという事。
でも、ま、それは後回しだ。
「ねぇ、シャーナさん、この森には普通の生物はいないみたいですね?」
この森についても疑問に思う事はあったからね。確か、ゴブリンは<静寂の森>とか言ってたっけ?
「はぁ?」
風を切る音で俺の質問が聞き取れなかったのか、シャーナがチラッとこちらを振り向き、聞き返す。
「ほら! この森には! 虫と鳥とか、その他小動物を見かけませんよね!」
少しを声を大きくして言い直した。
シャーナは頷く。
「この森のどこかにハグレ魔族の集落があるからよ。動物たちは怖がって森にさえ入ってこない」
シャーナはいたって普通の声で答えた。大声を出しているわけではないのに、俺にはハッキリと聞き取る事ができた。
「ハグレ魔族って……?」
「魔王様の体制下に入っていない者たちのこと。彼らは団結してこの森のどこかに安住できる集落を作ってるそうなの。私はもちろん、他の魔族も、彼らの集落がこの森のどこにあるか知らないわ」
ふーん。魔族にもいろいろあるんだな。
森で初めて出会ったスライムとデカモグラの事を思い出す。あいつらもハグレ魔族だったのだろうか? あの出来事が大分前の事のように思える、まだ数時間しか経っていないのに。
と、待てよ、1つ疑問が浮かんだぞ。
「この森のどこかに魔族の集落があるのなら、どうして人間たちはあんな森の近くに住んでいたんでしょう?」
シャーナは肩を竦めた。
「さぁ、人間じゃないんだから、そこまでは知らないわ。ただ、ハグレ魔族はそのほとんどが、魔王様の実力主義についていけない者たちで構成されているから。さほど脅威には感じなかったんじゃないかしら? 壁も超える事はできなかったでしょうし……」
壁……か。あのコンクリートのような物できた壁の事だろう。あれは魔族対策か。弱いハグレ魔族じゃ壁を越えられない。町ができたのが先か、ハグレ魔族が住みだしたのが先かは知らんが、どっちにしても人間たちには眼中になかったって事だな。
だけど、そこにゴブリン王たちが攻めて来たと。
「町の人間からしたら、ゴブリン王が攻めて来たのは予想外だったんですね」
シャーナが頷く。
「そうね。あの町の人間たちは運が悪かった、としか言えないわ。ここら辺は比較的安全だったでしょうからね」
ふむふむ。
俺は話を少し戻す事にした。
「さっき言ってましたよね? "魔王様の実力主義"って。それってどういう事ですか?」
シャーナはなびく前髪を手で払った。
「現魔王、ビゾルテ様は種族に関係なく力のある者に幹部を任せているの。つまり、格下である低魔族でも上に立つチャンスがあるってわけ。低魔族が高魔族を従える事もある。力の前にはみなが平等。富や名声が欲しくば、強くなれ、賢くなれ。それが魔王様の実力主義よ」
なるほど。
俺はスライムがドラゴンなり巨人なりのあらゆる魔族を引き連れている姿を想像してみた。
うん、なんかムカつくな。
「だけど、まぁ、それは力のある者には理想的でしょうけど、弱い者にとっては過酷な世界でしょうね。ハグレ魔族たちは云わば、魔王様に迫害された存在とも言えるわね。こんな事、レーミア様の前で言ったら八つ裂きにされちゃうけど。だけど、魔王様のやり方に異を唱える者も少なからずいるのは確かよ……」
シャーナはここでハッとしたように口を噤んだ。
「お前! まさか何気なく話し掛けて私から情報を引き出そうと!?」
「え、違いますよ!」
「嘘っ! もうお前とは話さないからっ!!」
シャーナはプイッと前を向いてしまった。
話しかけても答えてくれそうにない。会話はここまでようだ。
だが、中々実りある情報を手に入れる事ができた。少なくとも、魔族側を混乱に陥れるのに役立つ情報だ。
よし、魔族側の情報は今後、手に入れるのは容易くなるだろう。だってこいつらチョロいもん! 問題は人間側だ。あっちの情勢がよくわからない。とりあえず解っている事は、人間たちはヲイド教なる宗教を信仰している事、伐士という戦闘集団がいる事、彼らは奴ウ力を使用する事、そして、尤者という謎の存在……あいつは町人も躊躇うことなく虐殺した。
尤者……か。
あ、そうだ。自分のステータスで確認したいことがあるんだった。
俺はシャーナの腹から手を離した。
だか、すぐにバランスを崩して、右手でシャーナを肩を掴む。
「ひゃ! ちょっと!」
「すみません、目にゴミが」
彼女は訝しげな目で俺を見ていたが、再び前を向いた。
俺は空いている左手で鼻を抓み、現数力を行使した。
青い文字が展開し、俺の情報を構築する。
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オサダ・アルティメット 0歳 男 レベル:3
種族:魔人
【基礎体力】
生命力:3(-57) 奴力:50 魔力:27(-33)
攻撃力:11 防御力:511(+1) 速力:23
【奴ウ力】
火奴ウ――レベル:1
水奴ウ――レベル:1
雷奴ウ――レベル:1
風奴ウ――レベル:1
土奴ウ――レベル:1
天奴ウ――レベル:1
・灼滅槍葬 消費奴力:600
無奴ウ――レベル:1
魔奴ウ――レベル:1
【魔鬼理】
・現数力 消費魔力:1
・肉体学習 消費魔力:1
・レベル奪取 消費魔力:2
・スライム体術 鉄砲突き 消費魔力:2
・スライム体術 粘水捕縛 消費魔力:3
・穴堀り 消費魔力:2
・火球 消費魔力:5
・集叫 消費魔力:10
【装備】
・姉エルフが見つけた手頃な葉っぱであるが、化け狐の小便がかけられていた。姉エルフは「まっ、いっか」と思い構わず作った葉っパンツ:防御力(+1)
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生命力やべぇ! あと少しで死んじまうところだった。
そして、奴ウ力の天奴ウのところに追加された《灼滅槍葬》。なるほど、奴ウ力も肉体学習できるんだな。ただ、消費奴力が大きすぎて使う事ができない。俺はどうやら上級技を身につけたみたいだな。ただし、使えなければ宝の持ち腐れでしかないがね。
そもそも、尤者が何者なのかはまだよくわからない。人間なのかもわからん。ただ、仮は必ず返す。
この奴ウ力を使えるレベルになった時こそ、正面からヤツをぶっ潰す時だ。
まぁ、それは置いておいて……何、この葉っパンツの説明。
化け狐の小便ってさ。「ま、いっか」じゃないよ、姉エルフさん。
そんな事を考えていると、バイコーンが嘶き、急に動きを止めた。
な、何だ?
後ろのバイコーンが俺たちの横に並び動きを止めた。
姉エルフは前の木を見つめている。
「い、一体どうしたんですか?」
俺は2人に尋ねた。すると、
バサッと木の上から何者かが飛び降りてきた。
褐色の肌に銀髪、露出の多い衣服。シャーナたちと同じダークエルフだ。
彼女は俺たちに近付きながら、2人に問いかけた。
「セリス、シャーナ、話は聞いているわ。本当なの?」
「えぇ、ゴブリン王たちは殲滅されたの、町ごとね」
彼女の問い掛けにセリス(姉エルフの名前がやっとわかった)が答える。そして、シャーナの後ろの俺を指す。
「そして、こいつが魔人よ」
ダークエルフは俺の事をしげしげと眺めた。
てか、何でこのダークエルフはもう話を聞いてたんだ? 電話とか無いだろうに……。
「ちょっとここで待ってて。レーミア様に報告してくる」
そう言うと、彼女は軽やかな足取りで奥の方に駆けて行く。
その後ろ姿を目で追いながら、俺はシャーナに尋ねた。
「あの、シャーナさん、レーミア様はこの森に来てるんですか?」
「……」
シャーナは何も答えない。
「あの、シャーナさん?」
「……ツーン」
ツーンって何だ、ツーンって、かわいいなぁ、もう!
「あんた、何か怒らせるような事したわけ?」
セリスが苦笑しながら言った。
「アハハ、まぁ……」
「ハァ……レーミア様はここに来てるわ。すぐに面会する事になる、心の準備はいい? 無礼のないようにね。でないと、手足の1本もぎ取られるわよ」
真顔で恐ろしい事を言うセリス。
え、レーミア様ってそんな怖い方なの? かわいらしい名前なのに……。
セリスの言葉に不安を感じていると、先程のダークエルフが戻ってきた。
「レーミア様は一刻も早くその魔人に話を訊きたいそうよ」
「わかったわ、ありがとう。じゃあ、行くわよ」
セリスが促し、俺たちは奥の方に進んだ。
後ろを向くと、先程のダークエルフは洗練された身のこなしで木の上に登って行った。
バイコーンが数十歩歩くと、やがて開けた場所へと出た。
空を見ると、日は沈みかけて薄暗い。
その薄暗い空の下、青白い炎を湛えた松明が数本、地面に置いてあった。その周りには見た事もない魔族が数十体控えている。
その中央には、バイコーンをより大きくして、3本角にした魔獣が悠然と佇んでいた。そして、その背に跨る女性。おそらく彼女がレーミア将軍だろう。
彼女の長い髪は、青白い松明だけではハッキリとは言えないが、紺色をしているように見える。その目もハッキリとは言えないが、同じく紺色をしているようだ。
ただ、ハッキリとわかる事が1つ、それは彼女の肌の白さだ。その白蝋めいた色は、彼女が人形なのじゃないかと思わせる。生気を感じさせない肌の色。だが、それは彼女の美しさのアクセントになっている。
そして、彼女が身に着けている衣服は……いや、鎧か? 西洋風の鎧に見えるし、日本の戦国武将が身に着けていた鎧にも見えるし、豪華なドレスにも見える。不思議な出で立ちだ。ただ、とても優雅で、とても美しい……。
戦場の女神――そんな言葉が思い浮かんだ。……なんかキモイな、俺。
レーミアに見惚れている俺に、セリスがバイコーンから降りるように言った。
俺は指示に従いバイコーンから降りた。
両脇を2人に抱えられ、俺はレーミアの下まで連れて行かれる。
彼女の下に俺を跪かせると、2人も俺の両隣に跪いた。
レーミアは魔獣から降りた。地面に降り立つと、鎧のような服がジャラジャラと鳴った。その一連の動作も美しい……やっぱ、キモイな俺。
「ご苦労だったわね、セリス、シャーナ。クラムギール王が死んだそうね?」
レーミアが言葉を発す。その声音は鈴のようであるが、力強さも備えていた。
「はい。私たちが到着した時には既に町ごと消滅させられていました」
セリスの言葉にレーミアはため息を吐いた。……ため息する姿も美しい。
「ハァ、尤者の仕業、ね?」
「はい、私たちもそう考えております」
尤者という言葉に思わず俺は反応してしまう。チラッとレーミアがコチラを見たような気がする。
「尤者がわざわざ出てくるなんてね。面倒な事になりそうだわ」
「はい」
「……それで、その男が魔人ね?」
「はい、そうです。町の付近に埋まっていました」
「埋まっていた?」
レーミアが訊き返す。まぁ、疑問に思うよね。
「はい、頭だけを出して……」
レーミアが俺をしげしげと眺めてくる。自分の顔を見られるなら、きっと赤面している事だろう。
「よろしい……。お前たちは下がりなさい。詳しい事は後で訊くから」
「はい」
セリスとシャーナは一礼すると、後ろに下がって行った。
跪く俺を見下ろすレーミア。そしてそれを見守る他の魔族たち。
レーミアが口を開いた。
「あなた、怪我をしているわね? 大丈夫?」
わぁ、俺を気遣ってくれた!
セリスが脅すからどんな化け物かと思ったけど、美人で優しそうだし、チョロそうだぞ。
「ねぇ、私の質問にちゃんと答えてくれたらその怪我治してあげるわ」
「それは……ありがたいです」
尋問が始まるようだぞ。でもこの分だと大丈夫そうだな。
「では質問するわね?……あなたはクラムギール、ゴブリン王と何を話したの?」
おっと、いきなり核心か。
「いえ、あの、俺はゴブリン王には会った事もありません。俺がたまたま町辺りを歩いていると、光に包まれまして……」
話を続けようとする俺を手で制した。
「わかったわ。では、質問を変えるわね? どうしてあなたはあの町のあたりにいたの?」
んむぅ、これは本当にたまたまだもんなぁ。
俺はそう答えた。
「そう、たまたまね。なら、あなたから、ゴブリンだけが唯一好んで食べるカザンオオムカデの臭いがするのもたまたまかしら?」
「え!?」
カザンオオムカデ? あのゴブリン王がくれた肉の臭いが?
「シャーナが臭いを嗅いだそうね。報告してくれたわ」
レーミアはニッコリと笑っている。
報告? いつの間に? てか、シャーナさんが臭いを……あぁ、あのマーキングがどうとか言う。
俺は勢い良く後ろを向いた。シャーナとセリスが立っている。シャーナは舌をチロッと出してウィンクした。かわいい……って言っとる場合かっ!!
俺はすぐ様レーミアに向き直った。
「シ、シャーナさんの勘違いですよ! きっと。やだなぁ、俺が食べたのはウボンゴの肉ですよ! あ、ウボンゴってのは……」
再び手で制すレーミア。
「まだ、お前は見苦しい言い訳をするの?」
言い訳って……て、あれ? お前?
松明の下の魔族どもがざわめく。
「あー、あいつ終わったな」
「ほらな、怒らせる方に賭けて良かったぜ、今日は美味い血酒が飲めるぜ」
「ある意味あいつが羨ましい……」
な、何言ってんだよ、こいつら?
俺が困惑していると、レーミアが俺のすぐ前まで近付いて来た。
そして、両手で俺の側頭部を抑える。
キスでもされるのか? と期待したのだが、次の瞬間、
彼女は思いっきり俺に頭突きした。
「ぶへぇ!?」
俺は衝撃で地面に倒れ伏した。
「そのなめ腐った根性、叩き直してあげるわ。レミル! 治癒して!」
ローブを纏った魔族が出てきた。
そいつは俺の額に手をかざし、空いた手で地面に触れた。
そいつの手から何か暖かいモノが流れてくる。
《大地の祝福》
そんな言葉が頭に浮かぶ。
体の変化は目覚ましいものであった。体にできた火傷の後は消え、チリチリしていた髪と髭が艶やかになる。体の重さが消え、楽になった。
俺の体はすっかり治癒していた。
ローブの魔族はそそくさと元の位置に戻って行った。
「さて、これで簡単に死ぬことはないわね。尤者の攻撃に耐えられたのだから、私も遠慮なく遊ばせてもらうわね」
レーミアは笑みを浮かべながら俺の肩に手を置いた。だが、その目はとてつもなく冷ややかだ。
「い、いやや! 助けてぇー!! いやあああ!」
薄暗い森の中、俺の悲鳴が響く。
俺の中の麗しき女神のイメージは、邪悪な笑みを浮かべる悪魔へと姿を変えていた。
魔族も……見た目で判断しちゃダメだね。




