「第三の魔人現る、か」
目が覚めると、そこはほの暗い洞窟の中だった。
俺は簡易的なベッドに寝かされていた。右わき腹には綺麗な布が巻かれている。魔族の誰かが手当をしてくれたらしい。触ってみると痛みはあるのだが、抉られた肉がすっかり元に戻っていた。
果たして回復用の魔鬼理でここまでできるのだろうか?
疑問に思いつつも周囲に目を走らせると、すぐ近くにもう一つベッドが設置してあり、そこにシャーナが横たわっていた。
「シャーナちゃん!?」
慌てて立ち上がろうとすると脇腹に鋭い痛みが走った。
「いててて!」
「まだ動かない方がいいよ」
突然セリスから声を掛けられた。
見れば彼女は奥にある大きな穴の側に立っていた。穴の奥にはさらに洞窟が広がっている。どうやら、今俺たちがいるところは小さい小部屋になっているらしい。
「シャーナちゃんは大丈夫なのか?」
ベットに座り直しながら彼女に問い掛ける。
「えぇ、傷は深かったけど、出血はそこまで無かった。さっきまで意識も戻っていたよ」
セリスは俺に液体の入った小瓶を渡してきた。
確かこれは魔素濃縮ドリンクってヤツだ。魔族にとっての栄養ドリンクみたいなモノだね。俺はそれを一気に飲み干した。前に飲んだのと同じレモンサワーのような味がする。
「むしろね、あんたの方が出血が酷くて死にかけてたよ」
そうだろうな。なにせ俺から流れ出た血がシャーナの中に入り込んでいったのだから。
彼女に大丈夫かどうか尋ねたのはフォースによる傷はもちろん、魔人の血の影響も危惧していたのだ。一応、なんともないようなので良かったけど。
うーむ、この魔人の体には他にも色々と秘密があるのかもしれないな。
「誰が俺の手当をしてくれたの? 見た限り、脇腹がすっかり元通りなんだけど」
そう尋ねると、セリスは不思議そうな顔をした。
「布を巻いたのは私。だけど、それだけ。ここに運び込む間、あんたの魔手羅がずっと脇腹を覆っていて、それが外れた時には元通りになってた」
なんだってっ!?
「あんたの魔手羅には肉体の損傷を修復する能力があるのか?」
「って聞かれても、正直俺にもわからん」
肉体の修復?
そんな能力のことなどンパ様は一言も言っていなかったぞ。どうにもモヤモヤする。
「ところで、あんたそろそろ街に戻った方がいいんじゃない?」
「あ! ってか、あれからどれくらいの時間が経ったの?」
色々ありすぎてすっかり忘れていた。まさか1日経ったなんてことはないと思うけど。
「5時間くらいだよ」
「よかった。この隠れ家はコルヴィアからどれくらい離れているの?」
「そこまで遠くない。ここはコルヴィアから南東にある岩窟。徒歩で1時間くらい。だから、そこは問題ないけど……」
セリスはマジマジと俺の体を見回した。
「全身の擦り傷をどうにかしないと、人間たちに怪しまれるね」
そう指摘されて初めて俺の手足が傷だらけであることに気づいた。
「もしかして、顔にも……?」
「うん」
「やだ、お嫁に行けない!」
「ポーに傷を隠してもらおう」
セリスはトコトコと部屋の外に出て行った。
すぐに戻って来た彼女の後ろに、シェイプシフターのポーが従っていた。
「また派手にやられましたね」
レーズンのような目を細めて言う。
「渋さが増したろ? 歴戦の猛者って感じでさ」
「歴戦の――何です?」
「いいから早くやっちゃって」
セリスに急かされる形でポーの傷隠しが始まった。
「今回は完全変態を行うので、申し訳ないですが、しばらく動くことはできません」
「オッケー」
むしろ、念願の完全変態を習得できてありがたい。
◆
すっかり陽が沈み、辺り一面真っ暗な中、遠くにコルヴィアの街の灯りがぽっかりと浮かんで見える。
今俺たちが立っている場所は、丈の高い草に覆われた丘の中腹だ。街道を避けてコルヴィア付近まで歩いて来たのだ。背後には付き添いとしてついて来てくれていたセリスとポーがいる。
「じゃあ、ここからは俺1人で戻るよ」
「怪我していることバレないようにね」
セリスの顔を見ても、何を考えているのかよくわからない。
「なぁセリスちゃん、俺のこと怒っているか?」
そう尋ねてみても、あまり表情は変わらない。
「怒っていない――って言ったら嘘になる」
あぁ、だよね。
「でも、あんたのお陰でシャーナが助かったのも事実ででしょ? だから、とりあえず不問にしてあげる」
そう答えると、セリスはクルリと背を向けて歩き出した。その後を少し慌てた様子で追いかけるポー。
「それでいいのか?」
その背に問い掛ける。
「こっちの気が変わらないうちにとっとと戻った方がいい」
彼女たちは立ち止まることなくそのまま歩き去っていった。
「ごめんな、セリスちゃん、シャーナちゃん…………あっ……それとロイも」
俺も彼女たちとは反対のコルヴィアの方に向けて歩き出した。
丘を下りきった先には森が広がっていた。
しばらく歩き続け、そしてもっとも木々が深いところで立ち止まる。ちょっと休憩したいのもあるが、誰にも邪魔されない今こそやらなければならないことがある。
「ンパ様、少しお話したいことがあります」
語り掛けてみるが、ンパ様は姿を現してはくれなかった。
ちょっとの間待った後、諦めて歩き出した瞬間、目に前に金色に光る大きな目玉が浮かんでいた。
「うお、ンパ様!」
「何を驚いている? お前が呼んだのだろう」
まぁ、そうなんですが。
「ンパ様……」
いつになく真面目な様子の俺に、ンパ様は黙り込む。
「俺の忠誠心はもちろん変わりません。が、ただ、教えて頂きたいだけなのです。どうしてあなた様はあぁまでフォースに憎しみを向けたのか」
「……」
ンパ様は答えない。
金色の輝きに少し翳りが見えた気がした。
「もちろん望まれるのら必ずフォースは倒しましょう。今はまだ手も足もでませんが、いずれ必ず。ですが――」
「アーティ」
ンパ様が俺の言葉を遮る。
「お前が気にすることではない。ただ為すべきことを為すのだ。もしそれができないのなら――」
ンパ様の眼玉がグッと近づいて来た。
「お前の変わりはいくらでも見つけられるのだからな?」
「……はい」
「それから、お前、少しばかりこの世界の住人たちに感情を寄せすぎているのではないか?」
ギクッ!
同じようなことを前にセリスから言われたことがある。そのセリスたちにも心を許しすぎているのかなぁと常々考えていたわけだが、
「そこは‶私たち″ではないでしょうか?」
「何が言いたい?」
あ、つい言ってしまった。
「申し訳ありましえええぇん!!!!」
地面に頭を擦り付けるくらい土下座する。
「で、出過ぎたことを言ってしまいました」
あ、ヤバい。
どうしよ。触手だよ。触手来ちゃうよ、コレ!
「アーティ――」
「ひゃい……」
「今のは聞かなかったことにしてやる」
お?
すっと頭を上げると、既にンパ様は周りの闇に溶けて消えていた。
「――?」
ンパ様が消え去った後、声が聞こえた気がしたが、たぶん聞き間違いだろう。
だって「……すまない」なんてね。
◆
コルヴィアにたどり着いた翌日。俺たち一行はベネルフィアへの帰路に着いた。
もう疲労困憊で半分以上は寝ていた気がする。完璧に体調を取り戻すのにそれから2、3日は掛かった。
さらに1週間後、選抜試験の結果発表の日がやって来た。
結論から言おう。
俺は不採用だった。
採用されたのはジーンキララとルシアンの2名のみ。まぁ、こんなもんだろう。俺の場合は既に諦めていたからな。あくまでローウェインをぶっ倒すのが目的だったし。
受かった2人以外はまた、他の伐士隊採用試験を受けることになる。
俺はどうするかなぁ。街道伐士隊を受けようかな。色々な情報が手に入りそうだし。
そんな風に考えていると、教官たちからなぜか俺だけ呼び出された。
コルヴィアの件のこと、また説教を喰らうのだろうか?
そんなウンザリした気分で教官たちの待つ部屋に入ると、2人とも戸惑った表情を浮かべていた。
「王剣器隊のことは残念だったな」
ドゥリ教官が気遣うように言う。
「はい。しかし、後悔はしていません。今はもう次に向けて頑張るのみっすよ」
「そうかそうか、それは良いことだ。ところでどこか志望はあるのか?」
これって進路相談的なモノだろうか?
嫌だな。俺は前世の頃から進路相談ってヤツが嫌いだったのだ。なんか無駄に焦らせるじゃん。あーやだやだ。
「まぁ、街道伐士隊とかいいかなぁと考えています」
「なるほど」
教官たちはお互いに顔を見合わせた。
「実はなクリプトン」
今度はダーツ教官が話し始めた。
「貴様を採用したいと直々に仰られている伐士隊があるのだ」
「俺を、ですか?」
いったいどこだろう?
まるで心当たりがない。
「聞いて驚くなよ。それがなんと近衛伐士隊からなんだよ!」
ドゥリ教官が信じられないという声音で言った。
近衛って。
王族関係の特別な兵隊ってことだよな。
「何で俺が……?」
ドゥリ教官は肩を竦めた。
「私にもわからん。先方から突然打診されてな。わかっていると思うが、こんな話は滅多にないぞ」
「ですよね~」
突然の話過ぎて頭が回らない。
「まぁ、今すぐ決めろとは言わん。ゆっくり考えるといい。ただな、近いうちに近衛伐士隊の副隊長殿がこのベネルフィアに立ち寄るらしいのだ。そのときにお前と会いたいと仰られている」
「わかりました」
うーむ。
一気にノーベンブルムの王族に近づけるのか。そこは魅力的だが、一応セリスたちとも話し合わなきゃな。
ってなワケで俺は数日間頭を悩ませた。そして近衛伐士副隊長がやって来る日になっても結論は出ていなかった。
ドゥリ教官に連れられて、養成所の応接間に通される。
黒革張りのソファに三十代の見るからに引き締まった体付きの男が座っていた。艶やかな黒髪が目を惹く。
男は立ち上がった。視線を真っ直ぐ俺に向ける。
「こちらが近衛伐士隊のキリアン・ヴァルコ副隊長だ」
ドゥリ教官が紹介してくれた。
「初めましてクリプトン君。会えて嬉しいよ」
ヴァルコは愛想良く笑みを浮かべて握手を求めてきた。
俺は握手に応じた。すると、なぜか背中がゾワゾワしてきた。
何だコイツは?
どうにも信用できない印象を受ける。
「突然の話で驚いただろう?」
「えぇ、まぁそうですね」
「君の選抜試験での成績は実に優れていた。本来なら王剣器隊に入隊できるはずだったとフォース伐士団長も仰られていたよ」
「そうなんですか?」
「だから、このまま君を一般の伐士隊に入隊させるのは惜しいと思ってね。急遽君の事をスカウトしに来たのだ」
うーん、それだけで? って感じだなぁ。
すると、ヴァルコは俺の心を読んだように笑みを浮かべた。
「それだけじゃない。我々が君に注目したきっかけはね、ルクスアウラ王女なのだよ」
ルクスアウラ・サード?
この国のお姫様じゃないか。前にカルスコラのお茶会で見たことがある。銀髪が特徴的なとても美しい人だった。
「王女は君のことをカルスコラのお茶会で一目見た時に興味を持たれたらしい。潜在的な奴ウ力が強いと判断されたそうだ」
それってお茶会でローウェインの取り巻きの1人をPSYの力でボコボコにした時のことだろうか?
不本意とはいえ、あれのせいで悪い意味で目立ってしまったらしい。
「当然、君が入隊した際には王女の護衛に入ってもらう」
ヴァルコはジッと俺の事を見つめた。
「どうかな? 大変栄誉あることだと思うが」
「……」
美女の護衛ってのも悪くない。いや、むしろ大歓迎。だが、確かめなければならないことがある。
さりげなく鼻に手を当て抓む。
「ポウッ!」
「ポウ……?」
「すいません、くしゃみを――」
怪訝な顔をしているヴァルコから青色の数字や文字が浮かび上がる。
現数力だ。そしてそこに書かれた彼の情報は……
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キリアン・ヴァルコ 45歳 男 レベル:780
種族:魔人
【基礎体力】
生命力:730 奴力:700 魔力:800
攻撃力:760 防御力:500 速力:850
【奴ウ力】
火奴ウ――レベル:72
・亜火赦 消費奴力:20
――中略――
魔奴ウ――レベル:79
・$#&&% 消費奴力:??
・’&%$# 消費奴力:??
・E$#%’ 消費奴力:??
【魔鬼理】
・&|*()$ 消費魔力:??
・#&・$# 消費魔力:??
・%#@*= 消費魔力:??
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「――してしまいまして」
第三の魔人現る、か。
俺の心は固まった。
六章はこれで終わりです。閑話を2つ挟んで、第七章「スーラン座の魔人」を投稿していきます。




