「……賢楼?」
今の俺ならどんなスーパーモデルよりもくびれたウエストを持っている自信がある。問題は右側だけであることと、そこから大量の血が流れ出ていることだろう。これじゃ綺麗なウォーキングなんてできないわ!
なんて、現実逃避もしたくなる状況だぜ。
さっきまで前にいたはずのフォースがいつの間にか後ろにいる。
別に特別な力を使われた訳ではない。ただの突進だった。ただし、圧倒的な速さから繰り出される光剣の突進だ。思うに、彼は次の攻撃のことなどまるで考えていないのではないか? 初撃で決める。その絶対的な自信による全力を注いだ一撃だった。シンプルだからこそ、究めれば隙が無いってヤツだ。むしろ、脇腹を抉っただけで済んだことが奇跡的かもしれんね。
次を喰らったら確実に死ぬ。とにかく直撃は避けないと。
魔手羅は強烈な一撃を喰らって萎縮してしまったらしい。俺のコントロール下に戻っていた。よし、体勢を立て直すぞ。
魔鬼理≪風の舞踏≫!!
奴ウ力≪回・転≫!!
魔奴ウ≪獄王の指輪≫!!
街道の石畳や土が浮き上がり、土星の環のように俺の周囲を回り始める。俺を守ってくれる盾のようなモノだ。まだまだ層は薄いけど、無いよりマシだ。
それと――
≪血界≫!!
周囲30m以内の地面が赤く染まり、その上に立っていた伐士たちが次々倒れていく。全力の血界だ。レーミア様のように戦場全体を効果範囲にはできないけど、それでも伐士十数人を無力化することはできた。ただし、再度のフォースの攻撃で片方の魔手羅が吹き飛ばされてしまった。これは覚悟していたことだ。
「離れていろ!」
フォースが残っている伐士たちに指示を飛ばし剣を構えようとする。が、彼は犬の糞を踏んづけた時のような顔で足下を見おろしていた。その足にスライム状に変化した魔手羅の一部が張り付いているからだ。その間に俺は森に向かって走り出していた。
傷口から血がドクドク流れ落ち、地面に点々と跡を残している。俺は手を傷口に当てた。血を止める為ではない。流れ出る血に奴力を流し込む為だ。
チラッと後ろを振り返れば、フォースは既にスライムを吹き飛ばして剣を構えていた。
やべぇな。もうちょい時間を稼げるかと思っていたが……
その時、森の方から何か巨大なモノが飛び立って来た。突風がそのモノに向かって走る。それは半透明の巨大な女性の姿、ダークエルフの魔鬼理≪風の女帝≫だった。
その下からシャーナが走り出て来た。
「バカ! 何で出て来たんだ!?」
俺の叫びと同時に背後から光の槍が飛んで来た。
それは俺を追い越して森の方へ向かっていく。先にシャーナを仕留める気なのだ。
俺は反転して背後にいるフォースに向かって周囲を回り続けている石を発射した。
高速回転していた石だから、その勢いは半端なモノではない。しかし、フォースは大剣の一振りで石群を薙ぎ払った。
傷口に当てていた手を離す。そこには圧縮された血液の塊があった。
さらに、火竜の炎を創り出す。
風の女帝はいつの間にか掻き消え去っていた。
マズい、シャーナが負傷したのだろうか?
俺は魔手羅の一部をスライム状にしてボールを作り、フォースに向かって投げつけた。
彼は再びカリヴァロンで薙ぎ払った。が、今度は剣の先端にスライムボールが付着している。そのボールの中には圧縮した血と火竜の炎が入っている。その2つはスライム壁によって隔てられている。火竜の炎はスライムを徐々に焼き焦がしていく。そして圧縮血液と触れた瞬間大爆発が起きる。
魔奴ウ≪爆瀑丸≫――いや、時限式爆瀑丸だ。
何か様子が変だと勘付いたフォースはカリヴァロンを一瞥した後すぐに空に向かって大剣を投げ上げた。その次の瞬間、衝撃波が辺り一面を襲った。
凄まじい爆発の衝撃吹き飛ばされながらも俺は森の中へと駆けこんだ。
チラッとフォースの方を見れば、彼は風奴ウによるドーム状の風壁で爆風を封じ込めて、他の伐士たちを守っていた。手傷さえも負わせる事ができなかったらしい。
「シャーナちゃん!!」
折れた木の側にシャーナがうつ伏せに倒れていた。その背からは血が大量に流れている。
「そんな……」
彼女の側に屈み込む。顔は真っ青だった。脈は一応あるが、このままでは出血死してしまう。傷を塞がないと。しかし、ここでグズグズしていたらすぐにフォースたちに見つかってしまう。
と、そこで急に意識が遠のいた。脇腹からどくどくと血が流れだし続けているせいだ。
そうか、俺もこのままじゃ出血死してしまうんだったな。
次々と流れ出す血がシャーナの背中へと滴り落ちて、彼女の傷口からどんどん中に入り込んでいく。
えっ!?
我が目を疑うような光景だ。俺から流れ落ちた血はシャーナの体に吸収されている。
大丈夫なのかコレ? 彼女と俺の血液型とかわかんねえぞ。血液凝固とか起きるんじゃね?
あ、ヤバい……
朦朧とする意識の中、
「――ダーティ」
すごく遠いような、近いような声が聞こえる。セリスの声だった。すぐ近くに彼女とその他の魔族たちがいた。助けに来てくれたらしい。
呼びかけられるが反応する気力もない。
体が風に包まれて宙に浮かぶ。セリスの風の力だろう。そうして安全な所まで運ばれて行く。
『マスター、こうして感覚を共有できているということは一応生きておられるということですね?』
道中、プリマスから連絡が入った。
『私の分身体が馬車の中に潜んでいます。爆発による死者はいません。フォースがまとめて庇ったようですね。彼らの話が聴けそうなので感覚を共有させましょう』
その言葉の後、右目の視界が暗くなった。
次に視界が開けた時には、先程の馬車が止まっていた街道の映像に切り替わっていた。これは馬車の中にいたプリマス分身体が見ている映像だ。フォースと伐士たちが立っている。驚いたことに、誰も怪我さえしていないのだ。
フォースはカリヴァロンを物思いに耽った様子で眺めていた。そこに、1人のフードを被った男が歩み寄って来た。
「お久しぶりですね、フォース様」
男はフードを外しながら伐士団長に声を掛けた。男は30代半ばの痩せぎすな体型をしていた。明るい金髪が陽に輝いて見える。
「コシュケンバウアー、君自らがやって来るとは思わなかったよ」
フォースは軽く笑みを浮かべながら答えた。
「それはこちらの台詞ですよ。フォース様が動かれるとなれば私もきっちり働かなければなりません」
コシュケンバウアーも笑って答える。
てか、コシュケンバウアーっていや、カルスコラのバロー博士が言っていた王立奴ウ力学会の会長さんじゃないか!
学問の頭が戦場に何しに来たんだろうかね?
「あの馬車の中に偽物の試作機があるのですね?」
「そうだ。君の部下の報告通りな」
コシュケンバウアーの問いにフォースは頷いた。
「ユーゲルン博士は良くやってくれました。シックスは彼の目を誤魔化せたと思っていたようだが、とんでもない思い上がりでしたね」
「実際、精巧に造られていたのでだろう? 普通の伐士、ましてや見習いなら気づかないのも当然だな。偽物の試作機を造ったのは確か、ヨム博士と言ったかな?」
「えぇ、そうです。ヨム博士は今回の件以前より我々は監視していましたのでね。まさか連続街道襲撃と繋がるとは思いませんでしたが……」
コシュケンバウアーは苦い顔つきで首を振った。
「まったく、人間が魔族と手を結ぶなんて信じられませんね。ヲイドの教えに反している」
「そうだな」
「だからこそ、今回の件には【愚者たち】が関わっていると思ったのですがね。まさか序数持ちの企てだったとは……」
「シックス家はこれからどうなる?」
「まぁ、混乱を招かない為にも秘密裡に時間をかけて処分は下されるでしょう。教会側はこのような件には厳しいですからね」
ローウェインやシックス氏の顔が浮かんだ。
自業自得とはいえ、これから彼らにとってツライ事になりそうだ。うん、同情しないけど。
てか、愚者たちって誰だろう?魔族とも違うようだが……
「今回の事件……さらに何者かの思惑が働いていたんじゃないかと思うんだ」
フォースが手元のカリヴァロンを眺めながら言った。
「やはり【愚者たち】が動いていたと?」
「わからない。ただ、さっき戦った魔族が気になるんだ」
「それはどんな魔族なのですか?」
「見た事もない種族だ。竜の紋様が描かれた仮面と妙な衣服を身に纏い、背中から巨大な獣の腕を生やしていた。捕えようと思っていたのだか、まんまと逃げられてしまったよ」
その言葉にコシュケンバウアーは心底驚いているようだった。
「まさか! そんな魔族が存在しているなんて。相手は強かったのですか?」
「普通の魔族と違ってダークエルフや吸血鬼などの多様な魔鬼理を使いこなしていた。それに」
フォースはそこで再びカリヴァロンに目を落とした。
「この剣がな、その魔族と対峙した時に重くなったんだ。まるであの者を傷つけないように、な」
「カリヴァロンが? それは不思議ですね」
カリヴァロンが俺を傷つけないように……?
意味がわからないが、それで助かったともいえるな。
「なんにしてもコシュケンバウアー、これからよろしく頼むぞ」
「はい。我ら【賢楼】が眼を光らせている限り、内からの脅威を食い止めてみせます」
賢楼?
聞いた事がない用語だ。何らかの組織のようだが。
その時、コシュケンバウアーが怪訝な顔をした。同じくフォースも辺りを見回し、そしてなんと! こちらと視線がぶつかり合った。
ヤバい!
「自壊しろ!」
フォースが迫って来たところで暗転し、プリマスとの感覚共有は途切れた。




