「知られてしまったのだ、俺の弱味を」
第一の課題が終わった時には既に夕刻となっていた。
巨大馬車から降り立った受験生は、例外なくみな疲れ切った顔をしていた。
「あーあ、何体か仕留めそこなっちまったぜ」
街の中へ入る道中、ソーユーが愚痴を言う。
「まだましだ。僕は伐士帯の点検を怠ってしまったんだ。大分減点されているだろう」
「マジかよ? おいおい、優等生のアーロン様がどうしちまったんだい?」
「わからない、緊張しすぎていたのかもな」
「緊張ねぇ。じゃあ、ルシアンはどうだったんだよ?」
「俺は……まぁ、ボチボチかな」
「なんだよそれ? はっきりしねぇなぁ」
同期の連中は口々に第一の課題の事について言い合っていた。そんな中でジーンキララはだけは特に気にする様子もなく澄まし顔で歩いている。
「ジーンちゃんはどうだったの?」
そう尋ねると彼女は肩を竦めた。
「まぁ、問題はないと思う。アルゴンはどうだったの?」
「俺? うーん、まぁ、ちょいと失敗したんだなぁ、これが」
「どうせ黄色のゴーレムでしょ?」
「ギクッ!」
「そりゃ、わかるって。でも意外だなぁ、君にも苦手なモノがあるんだねぇ」
ジーンはクスクス笑いながら俺の顔を見返している。すると、横合いからルシアンが話に加わって来た。
「そう! 意外なんだよ。なぁアル、どうして雷が苦手なんだ?」
どうしてって、そりゃ苦手なモノくらい誰だってあるだろ。そう答えると、ルシアンは首を傾げた。
「そりゃダルみたいに船が苦手ってんならわかるんだけどさ、ヲイドが創り出した源数そのモノってのはそう滅多にないことなんだぜ?」
あら、そうなの……?
そう言われると返答に困るな。
「……まぁいいじゃない。アルゴンにはアルゴンの事情があるんだよ」
「お、おう、そうだな」
どう答えようか思っていたところ、なんとジーンキララが助け船を出してくれた。っても、そもそもこの話を振ったのは彼女なんだが。
◆
夕食は宿泊所でセブンス氏と共に行った。
彼は試験内容に興味があるようで、しきりに俺たちに尋ね回った。
食事を終えた後、俺は人気のない通りに向かい、誰もいないことを確認すると、懐から法螺貝を取り出した。程なくして法螺貝から若い女の声が聞こえてきた。ダークエルフのシャーナだ。
「連絡が、遅く、ないかしら!?」
怒気を孕んだ声だ。いちいち区切ってしゃべっている。可愛い。
「ちょっと、ご飯、食べてたんだ、よん!」
「真似すんなバカ」
おう、辛辣だ。
「あいや、どうしてそんなに厳しいんだい? 俺、何かした?」
「当ったり前でしょ。私たちに隠れてコソコソ動いていたわけだから」
それはごもっともである。
「それは謝るよ。ただね、こう魔人の都合と言うのかな、その都度の機微的なゴニョゴニョ」
「はいはい、わかったから。それで例の件はどうなった?」
とりあえずプリマス越しに聞いた会話を彼女に伝えた。
「まだ動いていないわけね」
「そうなるね」
一瞬黙り込んだ後、
「ねぇ、そっちにフォースはまだ来てないの?」
と彼女は尋ねてきた。
「来てないみたいよ。たぶん、試験最終日辺りじゃないかな?」
「ってことは、その日に試作機の性能テストを行うつもりかしら」
「だろうねぇ」
複数のプリマス分身体を使って見張らせているけど、大きな動きはないんだな。
でも、試験最終日には必ず動くはずだ。それまでしっかり見張らないと。
シャーナと連絡を終えた後、俺はクリスたちがいる宿泊所へと向かった。ここは下層との行き来ができるので、応援に来てくれたクリスたちと会うことができるのだ。
「天気がどうにも悪いねぇ。次の試験はどんなのだい?」
「縦走だよ。養成所のメンバーでチームを組んでいくつかの山頂ポイントを通過するタイムを競う。ただし、何かしらの罠も仕掛けてあるらしいよ」
宿泊所のラウンジにて、ルミばあさんとルシアンが第二の課題について話し合っている。
第二の課題については今ルシアンが言った通りだ。規模がデカい障害物競走のようなモノらしいのだ。
「アルゴンくん調子はどう?」
「うーん、微妙なんだよね。慰めてクリスちゃん」
「えぇ!?」
深刻な表情で考え込むクリスに慌てて冗談だと言う。
なんだかベネルフィアに帰ってきた気分だ。
あれ程緊張していたルシアンも大分寛げるようになっているし。
今夜はこの心地よい気分のまま安眠できる。そう考えていたところに招かれざる客がやって来た。
ラウンジの入り口からゾロゾロと数人の男たちが入って来る。
それまでの和やかな雰囲気が一変する。誰もがその新たな客たちと目を合わせようとしない。
「……シックス」
近くに座っていた男が小声で呟いた。
そう、入って来た連中はローウェイン・シックスとその取り巻き連中だった。
ヤツはキョロキョロと見回し、コチラに気づいた様子で笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「やぁ、奇遇だね」
けっ、何が奇遇だ。最初から俺たちを煽る為に来たんだろうよ。でなきゃ、ヤツらがわざわざ下に降りてくるとは思えない。
「君たち、第一の課題はどうだった?僕は1つミスをしてしまってね。あぁ、悔しい限りだ」
俺は当たり障りの返答で誤魔化す。ところがルシアンは、
「俺は……俺は1つもミスしませんでした」
と、言い切ったのだ。
隣にクリスがいるから今回は少し強気のようだ。ってか、ノーミスってすげぇな。ローウェインの野郎も一瞬ポカンとしてやがった。
「それはすごいね、グウィンくん。まぁ、採点は試験官がするものだからねぇ、自己評価を甘くしていたら落ち込むことになるかもしれない」
後ろの取り巻き連中がニヤリと笑みを浮かべている。どこまでも人をバカにしたヤツらだ。
「ちょいとお待ちよシックスの坊や、競い合う者に対する礼儀というモノができてないんじゃないかい?」
ルミばあさんが物腰柔らかく諭した。
ローウェインはそんなばあさんに冷めた視線を向ける。
「誰に口を聞いているんだ?僕はシックスだぞ!」
「止めろ」
ばあさんに詰め寄ろうとするローウェインの前に俺が立ち塞がった。
「おばあちゃん……」
クリスがばあさんに寄り添う。それを見ていたローウェインが俺を押し退けてクリスの前に立つ。
「君、名前は?」
「ク、クリスソフィア・ルイスです」
おずおずと答えるクリスを、ローウェインは舐めるように見つめる。
「中々だな……」
そう言って彼女の顔に触れようとする。
「よせっ!」
ルシアンがローウェインの腕を掴んだ。
ヤツの目の色が変わる。もう一方の腕を振り上げてルシアンを殴ろうとする。
その腕を俺が掴み取った。
「き、貴様っ!」
ローウェインが声を引き攣らせる。
その時俺は悟った。
こいつは俺のことを恐れている。体が微かに震えているし、目も少し泳いでいた。
なるほどなぁ。
自分の親分に加勢する為に取り巻き連中が動き出した。
俺もヤツら戦う為に身構える。その時、窓の外を稲光が走った。眩い光でラウンジ内が満たされる。そして間髪入れずに怪物の咆哮のような雷鳴が轟いた。地面が揺れる。心臓が高鳴る。血が逆流し、視界が霞む。俺は思わず床に膝を突いた。
「アルッ!」
ルシアンの叫び声も再度の雷鳴によって掻き消された。
肉の焼け焦げた幻臭が漂う。
俺は顔を上げた。
稲光と共に照らされたローウェインの顔は、
勝利の笑みを浮かべていた。
知られてしまったのだ、俺の弱味を。
「試験期間中の問題行動は失格になりかねませんぞ」
鋭い声が響く。
見れば、黒豹を思わせる風貌のダーツ教官がコチラに歩み寄ってくる。
ローウェインは舌打ちして取り巻き共々去って行った。
「大丈夫か?」
差し出されたダーツ教官の手を掴んで立ち上がる。
礼を述べて大丈夫だと答えるとダーツ教官はただ頷くばかりであった。
「お前たちは明日に備えて宿泊所に戻れ」
教官にそう言われて俺とルシアンは自分たちの宿泊所へと戻った。
お互いに気を使ったのか、特に会話らしい会話もしない。
ベッドに入り込み、考える。
ローウェインの野郎は俺の弱味を知った。
第三の課題、ビリビリ攻撃のオンパレードであることが確定したな……。
俺はため息を吐きながら目を閉じた。
◆
さて、第二の課題についてなんだけどね。
実は、とても穏やかに、波風たつこともなく終わったんだよね。
つまり、特に語ることもないってことなのよ。
ってなわけで、第二の課題については会話ダイジェストでお送りいたします。
…………
「うっ、腹いてぇ」
「その辺の草むらでしてこいよ」
「ど、どれで拭けばいい?」
「草」
「いや、奴ウ力使えよ」
「ションベンしたい」
「その辺の岩場の陰でしてこいよ」
「なぁ……頂上からションベンしてきていいか?」
「……何言ってんのお前?」
「ヒャッホー!」
「ねぇ見てアルゴン、あそこに虹が出ているよ」
「見ちゃダメだジーンちゃん! あの虹は汚れている!」
「……お手洗い、行きたくなっちゃった」
「……」
「……」
「……」
「各山頂ポイントに、お手洗いあるんだよね?」
「……」
「……」
「うおおおお!おめえら急ぐぞ!」
「死ぬ気で走れ! 死ぬ気で走れ!」
「目的地はッ?」
「「お手洗い!!」」
…………
てな感じだったの。
半ばテンションがおかしくなっていたのだけど、無事にやり遂げることはできたんだ。
ここまでは平穏だった。
だけど、問題はこの第二の課題が終わった後に起きたんだ……




