「ユニコーンが優等生なら、バイコーンはヤンキーって印象だな」
「これから、あんたをレーミア様のところまで連れて行く。だけどその前に、シャーナ」
「うん、わかってる」
シャーナが返事をしながら、座り込んでいる俺の前に歩いて来る。
彼女はしゃがみ込むと、顔を俺の体に近づけた。
え? ちょっと! え!? 何を?
シャーナは目を閉じ、鼻で俺のニオイを嗅いできた。
ちょ、ニオイフェチかな?
彼女は30秒程俺のニオイを嗅いだかと思うと、満足げに頷いて顔を離した。
何に納得をしたのかな? ワイルドな汗臭さだったとか?
「うん、マーキングはされていないわ、大丈夫よ、お姉さま」
シャーナの言葉に姉は頷く。
おいおい、何、2人で納得してるんですか。マーキング? あの、犬のションベンの? ションベン掛けられてないか心配されてたの? さすがの俺もそこまで不潔じゃないぜ。
「あの、マーキングって?」
俺の質問に、シャーナが答えてくれた。
「お前が人間たちの罠じゃないか調べたの。今はこれだけしか言えない」
姉が後を継ぐ。
「言っとくけど、私たちはあんたを信用したわけじゃない。それだけは理解しておいて」
「……はい」
今の状況の俺を信用してくれってのは無理な話だよな。俺が彼女たちの立場なら、絶対信用しないもんな。
「それじゃ、そろそろ行くよ。でもあんた、歩く体力は残ってないみたいね」
姉エルフが……って、姉エルフ、姉エルフって言うのもメンドイな。かと言って、わざわざ現数力を使ってまで名前を調べる必要性もないし、ま、いっか!
とにかく、姉エルフが森の方に向き直り、口笛を吹いた。短いながらもしっかりとした音。
すると、森の奥からガサガサという音が聞こえ、1分と掛からない内に、2匹の獣が森の中から飛び出して来た。
馬に似た生き物であるが、2匹とも頭の上から2つの角を生やしている。海獣イッカクのような角だ。体は黒、目は真っ赤で、中々邪悪な印象を受ける。
「その様子だと初めて見るみたいね。まぁ、これくらいだったら説明してあげる。この子たちはバイコーン、普通の馬とは違う。森の中を身軽に動く事ができるの。ちょっと気性が荒いところが玉に傷だけどね」
俺の物珍しげな視線に気づいたシャーナが説明してくれた。
バイコーンかぁ。聞いた事あるな、確かユニコーンの邪悪版だっけ……?
なんか、ユニコーンが優等生だとすると、バイコーンは不良生徒って印象だな。ちょっと怖い。
「私たちが乗ってきたこの2匹しかいない。だから、あんたはシャーナの後ろに乗りな」
姉の言葉にシャーナはギョっとし、首を振った。後ろに束ねた銀髪も一緒に振り乱れる。
「え!? こいつが後ろに乗るの? 嫌よ、こんな変態!」
グヘヘ、そう言うなよ、シャーナちゃん……さすがに傷つくよ……。
姉エルフはやれやれとため息を吐く。
「気持ちはわかるわ、シャーナ」
わかるのかいっ! 傷口を抉っていくのぉ。
「この見苦しい姿をどうにかしてもらわないとね」
俺を顎で指す姉エルフ。
「ちょっと待ってて」
彼女はそう言うと、森の中に入って行った。
ガサガサと音がする。何をしているんだろう?
それから約5分後。
姉エルフは大きな葉っぱを手に持ってやってきた。その葉には蔓が刺し通してある。
「これでその下品なモノを隠せ」
その葉っぱを俺に手渡す。
なるほど、これは下着ってわけね。葉っパンツだ。
蔓を腰に巻き付け、葉っぱでドラゴンを隠す。バッチリだ。
何かコレ着けてると、やった! やった! って踊りたくなるね。
「よし、少しはマシになったな」
満足げに頷く姉。だが、妹はまだ不満そうだ。
「そんな顔をするな。私がちゃんと後ろからこいつを見張るから」
その言葉にシャーナは渋々納得した。
彼女はサッとバイコーンに飛び乗った。その滑らかな動きは素直に凄いと思った。
姉エルフも同じように飛び乗った。
ダークエルフってのはその身軽さが強みの1つみたいだな。
シャーナの乗ったバイコーンがこちらに近づいて来た。その赤い目でジッと俺を見つめている。怖い。
「ほら、乗りなさいよ」
と、シャーナに言われたが、このデカいバイコーンにどうやって乗っていいのかわからん。今更気づいたんだけど、バイコーンには鞍や手綱がついてないのだ。
俺が途方に暮れていると、シャーナが俺の首根っこを引っ付かんで引っ張り上げた。
訂正、ダークエルフの強みは身軽さだけじゃなく、腕力の強さもだな。
俺はシャーナの後ろに跨がった。バランス取るの難しくね?
シャーナがギロリと振り返った。
「私に触ったら殺すわよ?」
などと言う。
「だけど、俺はどこに捕まっていればいいんです?」
「そんなの知らないわ。自分で考えてよ」
そんな無茶なぁ!
シャーナを見ると、彼女はバイコーンのたてがみを軽く掴んでいた。
じゃあ、俺は……。
バイコーンのケツの当たりに手を置いてみた。
少しは安定するかもと考えたのだが……。
バイコーンは甲高い声でいななき、暴れた。
「ちょっと! この子も女の子なのよ! 変なところは触らないでよ!」
「え?」
シャーナが何か言っているが、聞いていなかった。
振り落とされないようにするだけで精一杯だ。
ヤバい! あ、落ちる! あ、
落ちそうになった俺は咄嗟にシャーナのお腹に手を回した。
「ひゃっ!?」
シャーナが頓狂な声を上げた。
キッとこちらを睨みつけてくる。
「お前! 触らないでって言ったでしょう!?」
「ふ、不可抗力ですよ。それにどこかに掴まってないと、マジで落ちちゃいますよ」
シャーナは苦虫を噛み潰したような顔をしている。そして、
「わかったわ。掴まってていいから。ただし、変なところは触らないでよ?」
ようやく彼女は妥協してくれた。
バイコーンも大人しくなってくれた。
「あんたたち、そろそろ出発したいんだけど?」
後ろの姉エルフが呆れ気味に言った。
「ごめんなさい、お姉さま! もう大丈夫だから!」
そう言って再度、俺の方を向く。
「いい? 絶対だからね!」
「もちろん、わかってますよ」
俺の言葉を聞くと、彼女は前方に向き直った。
この時もし、俺の方を向いていたら、殴ってきただろう。
なぜなら、そこには俺のニヤニヤした顔があったからだ。




